付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第43話 一方的に追い出される

リア様の話を聞いた翌日。食堂に向かって歩いていると、通路のど真ん中で仁王立ちしている女性の騎士から声をかけられた。


「襲撃事件が解決するまで、お嬢様の授業は中止になりました」
「え?」


服装からして正規の騎士なのは間違いない。でも、なぜ通路のど真ん中で、しかも一方的な言い方をされなければいけないのか、それが理解できない。授業の中止であればアミーユお嬢様専属のメイドが教えてくれるはずだ。


僕が休暇を取っていた間に何が起こったんだ!?


「理解できませんか? 襲撃事件が解決するまで部外者との接触は禁止、ということになったのです」


戸惑う僕を見て気分が良くなったみたいで、口元がうっすらと笑っている。


「その間は昼夜問わず、我々が護衛します。あなたがこの屋敷に滞在する理由はなくなりました。さぁ、お家に帰りなさい」
「それはリア様からの命令ですか?」
「警備を一任されている方からの命令です」
「…………」


警備を一任ね……。これは騎士団長からの命令ってことなのかな? これは断ることは出来そうにない。魔術を教えているだけの僕は帰るべきだろう。


昨日は公爵家の話を聞かせてもらったけど、ただの気まぐれだ。勘違いしてはいけない。上の人間から命令されてしまえば、拒否権はないのだ。


「分かりました。荷物をまとめて本日中に帰宅します」
「よろしい。再開するときは、こちらから連絡する。大人しく待ってなさい」


あれ? 一瞬、ホッとしたような表情をしたぞ。
もしかして騎士団の独断で決めたことなのかな? そうであれば、アミーユお嬢様に直談判すれば帰宅命令は撤回されそうだけど、いや、止めておこう。強引な方法をとれば彼女たちとの関係が悪化するだけだ。


兄さんが所属している組織と敵対するわけにいかないよね。ここは大人しく引き下がっておこう。


「分かりました。それでは、失礼いたします」


無礼にならない程度に頭を下げると、振り向かずに歩いてきた道を戻って自室に入る。


僕の荷物は少ない。付与ペンといくつかのインク。そして数着の着替えをバッグに詰め込むと、荷造りは終わってしまった。


「結構、大きい部屋だったよね」


立ち去る前にスッキリした部屋を通路から見渡す。
過ごした時間は短かったけど、濃厚な日々だった。また戻ってこれるとは思うけど、どこからともなく寂しさがこみ上がってくる。二度目の人生の中で最も楽しく、刺激的な日々だった。


「ここは護衛の休憩所として使う予定だから、早く出て行ってもらえない?」


そんなアミーユお嬢様と過ごした時間を思い出していると、不意に背後から声をかけられた。


振り返ると、先ほど別れた女性の騎士が立っていた。後ろには従者と思われる人が両手に荷物を抱えている。


騎士団がこの部屋を使う? それって僕の戻る場所がなくなるってことじゃない?


事件が解決したら家庭教師の仕事に戻れると思っていたけど、もしかしたらその考えは甘かったのかもしれない。そういえば、再開する時期は教えてもらえてない。これを機に僕を追い出すつもりなのか?


「どいてもらえる?」


一瞬、抗議しようかと思ったけど、ここで揉めてしまえば兄さんに迷惑をかけてしまう。苦労していた時期を知っているからこそ、それだけは絶対にしたくない。


納得いかない気持ちを持ちつつも、数歩後ろに下がって道を譲ると、従者を引き連れて部屋に入り、バタンと音を立ててドアが閉まった。


一枚の木の板が僕を拒絶している。
元の世界に戻れと、無言の圧力を感じられずには居られなかった。


「……帰ろう。少し前の生活に戻るだけだ」


◆◆◆


クリス付与魔術ショップに戻っても、仕事を再開する気にはなれなかった。


しばらく働かなくても生活できる程度のお金は持っている。全てを忘れて何かに没頭した気分だし、後回しにしていたアーティファクトの研究をしよう。もちろん、対象は黒騎士だ。


ハーピーの集団と戦う前に見せた黒いオーラ。あれは、僕が知らない機能だ。いや、あれは機能というには生々しかった。言葉にならないあれを解析には時間がかかると思うけど、今はそれが嬉しい。余計なことは考えたくないんだ。


僕は食料、水を部屋に持ち持ち運ぶと、イスに座りルーペを取り出して黒騎士の宝石に刻み込まれた魔術陣を調べ、羊皮紙に書き写していく。


過去に一回、同じように解析したアーティファクトだ。どこに何が描かれているかは分かっている。見落としがなかったか、模様や文字を勘違いしていなかったか、丁寧にゆっくりと進める。


疲れたら横になって、おなかが減れば持ち込んだ食料を食べる。それ以外はずっと作業を進めていた。そんな生活をしても書き写すのには数日かかり、羊皮紙は山のように積み重なる。


これで何か一つでも新しい発見があれば報われたと思えるんだけど、成果は思わしくない。


「何もなかった」


そう、何もなかった。あんな黒いオーラを出すような機能を描いた魔方陣は見つからなかった。製作者のイタズラで、どこかこっそりと描いてあるかもしれないと疑ってみたけど、そんなことはない。


実用性だけを追求して遊びが入る余裕は一切無い。ただただ、性能だけを求めて創られたアーティファクトだった。


「騎士として出現すると、キーワードに応じて適切な行動をする。柔軟性は高いけど、人間ほど複雑な命令は理解できない。曖昧な指示を出してしまうと、動かないようになっている」


黒騎士の機能を口に出せば何かに気づくと思ったけど、そんなことはなかった。もう一度、書き写しにミスがないか、見直そう。もうこうなったら、何か見つけるまで寝ないでやる! そう思って羊皮紙の山に手を伸ばしかけたところで、ギシギシと階段を上がる音が聞こえた。


来客? いや、閉店の看板を出していたんだから入ってこないだろう。仮に間違えて入ったとしても、僕の部屋に来るはずがない。


「泥棒か」


ずっと留守にしていたし、最近は治安が悪いから、その可能性が一番高い。殺すわけにはいかないし、拘束の魔術を使うのが最適だろう。


音を立てずにドアから離れると、魔力を人差し指に移す。すると淡い光が灯った。


よし、これで迎撃の準備は終わった。いつでもこい!


「ギィィ」


今だ! ドアが開くと同時に、人差し指で空中に文字を素早く書く。これ以上無い、ベストなタイミングだと思っていたけど、甘かった。


魔術が発動しかけた瞬間に、侵入者がこちらに飛びかかってきた。


「なっ!」


魔術の発動を察知して即座に動くなんて、泥棒のような素人が出来る芸当じゃない! 相手はプロだ!


姿を確認する余裕のない僕は、倒れるように横に飛んで、距離を取る。侵入者は足が止まっている。今がチャンスだ!


再び相対すると空中に魔術文字を書き、手が止まった。


「おう。物騒な歓迎だったな」


先ほどの出来事を忘れるほど、豪快な笑い声を上げる兄さんが立っていた。


「ごめん。泥棒だと思ってた」
「謝らなくていい。慎重なのは良いことだ。特に今はな」


あの声、態度、偽物であるはずがない。
警戒を解いてゆっくりと前に歩き出す。


「どうしてこの家に?」


住み込みで働いている兄さんは、ここに戻ってくることは滅多にない。あったとしても、付与の依頼に来る程度だ。来る理由がないからこそ、泥棒の可能性が高いと思っていたんだ。


だから、実家に帰ってきた兄さんに、こんな質問をしてしまうのも許して欲しい。


「お前に会いに来た」
「僕に?」
「そうだ。騎士団の一部がお前に迷惑をかけたからな」
「追い出されたことを言っているの?」
「あれは一部の人間が独断で進めた話で、騎士団の総意ではない。事件が解決すれば必ず戻ってきてもらう。そこは安心してくれ」


まさか騎士団内でも意見が割れているとは思わなかった。本当に強引に進めたんだろう。


でも実際に行動に移しているということは、騎士団長あたりと話がついているはずだから、あの場で断らなかったのは正解だったと思う。


「もしかしたら二度と戻れないんじゃないかと思っていたから、それを聞いて安心したよ」
「それは絶対にないな。そんなことをしたら、アミーユお嬢様が怒って騎士のクビが何人か飛んでしまう」
「それって物理的に?」
「さぁな」


答えが分かりきった質問を、曖昧に返す兄さん。ちょっとした会話が楽しくて、なぜだか嬉しくなってしまった。


もう少し話していたいけど、兄さんは仕事中だ。僕のワガママで足止めしたらダメだろう。そろそろ本題に入ってもらった方が良いかもしれない。


「兄さんは、そのことを伝えに来たの?」
「流石に俺もそこまで暇じゃない。が、似たようなもんかもな。少し、騎士団の状況を伝えるために来た」


難しそうな顔をした兄さんが、騎士団の事情を話し出してくれた。

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