付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第32話 長期休暇

付与ショップを一時閉店して、アミーユお嬢様の家庭教師になってから二ヶ月が経過した。


授業も順調だ。新しい魔術を教えるとすぐに使えるようになり、基礎であれば教えられることは少なくなってきた。


あと数ヵ月もしたら、僕の役目も終わるだろう。


生徒が成長する嬉しさ、家庭教師としての生活が終わってしまう寂しさ、さまざまな感情が湧き上がってくる。


この仕事が終わったら、僕はどうなっているのだろう。
お店に戻るか、それとも……。


「――先生、聞いてます?」


アミーユお嬢様の声で意識が浮上する。


授土がむき出しになった広い中庭で、授業の時間を待っていた僕に話しかけてくれたようだ。


残念ながら感傷に浸っていて、話の内容を覚えていない。ここは素直に謝るべきだろう。


「申し訳ありません。聞き逃していました」
「もう! ちゃんと聞いてください! 休暇の話です!」


アミーユお嬢様が可愛らしくほほを膨らませて、腰に手を当てている。分かりやすく不機嫌ですと、アピールしていた。


そんな子供っぽい仕草を見た僕は、思わず笑みがこぼれ、無意識のうちに頭を撫でていた。


「私は子供じゃないんです!」


文句を言うけど口だけだ。撫でる手から逃げず、目を細めて気持ちよさそうに受け入れいている。


「そんな顔をしてたら説得力無いですよ」
「そ、そんなことないですっ!」


ほほを染めて恥ずかしがる反応が楽しく、もうしばらくは撫でておこうと思ってたけど、周囲がそれを許さなかった。


「クリス先生。家庭教師としての節度を守ってください」


当事者が同意してても世間は許さない。


気安く接しすぎたせいで、アミーユお嬢様の後ろに控えている、褐色の肌に銀髪メイドのメイさんに、注意されてしまった。


もう一方のカルラさんは特に気にしていないようで、僕たちのやりとりを眺めている。


「すみません。調子に乗りすぎたようです」
「あっ……」


アミーユお嬢様の頭から手が離れた瞬間、寂しそうな声が漏れた。


「先ほどのお話ですが、お嬢様がお出かけの間、休暇をいただけるんですよね? 少し前にリア様から伺いました」


僕はあえて無視して、話しを元に戻す。先生と生徒。心の均衡を保つためにも、この距離を縮めてはいけない。そう思ったからだ。


「はい。お母様と一緒にパーティに出るので、準備も含めて数日、クリス先生の授業がお休みになります」


有力者を招いた公爵家主催のパーティが、一週間かけて開催されるらしい。リア様やアミーユお嬢様も公爵家の末席として参加する予定だ。


コルネリア公爵夫人の長男であるケルト様。その家庭教師であるレオ様であれば、参加資格もあると思うけど、平民出身の家庭教師の僕は当然、資格はない。


授業が無ければ仕事がない。その結果、休暇をもらえたという訳だ。


「実は休暇の話を聞いてから行きたいと思っていた場所があったんです」
「行きたい場所……ですか?」
「はい。港町だったヘルセです」
「あそこは……」


アミーユお嬢様が言い淀むのも無理はない。


あそこは戦時中、敵国がヴィクタール公国に上陸し、真っ先に攻め落とされた町だ。その後は敵の拠点として使われ、激しい攻防の末、終戦間際に取り返した。


しかし戦闘の爪痕は今も深く残り、建物は壊され、復興も後回しにされている。


休暇で訪れるような町ではない。だから驚いているのだろう。


でも僕にとっては、特別な場所だ。


「両親の墓があるんです」


僕の両親は、ヘルセ奪還作戦中にモンスターに襲われて死亡した。と、されている。死体は残っていないけど、奪還が成功した後に町に集団墓地が作られ、埋葬されていた。


「そう……だったんですね」
「もう吹っ切れていますし、お嬢様が気にすることではありません。長期休暇の時ぐらいでないと、お墓参りにすら行けないので、良い機会をいただきました」


両親の墓参りも目的の一つではあるけど、それだけじゃない。わずかだけどヘルセ奪還作戦に参加した人たちが滞在している。


両親の死に公爵家の人間が関わっているのであれば、当時一緒に行動をしていた人たちが、何かを目撃した可能性はある。


奪還作戦には民間人も多く徴兵されていた。そんな人から話が聞ければ、新しい情報を手に入るかもしれない。


そんなわずかな期待を胸に抱いていた。


「戦争は終わりましたが、モンスターの活動は活発になっています。気を付けてくださいね」
「もちろんです。お嬢様。私の方こそパーティが無事に成功することを祈っています」
「先生、ありがとうございます!」


アミーユお嬢様の純粋な笑顔が、僕の心に突き刺さる。


「それでは授業を始めましょうか」
「……先生、その前に一つ質問しても良いでしょうか?」


上目づかいで僕の様子をうかがっている。
これは、おねだりするときのポーズだ。


「私に応えられることであれば」
「先生の入れ墨についてなんですが――」
「あぁ……」


戦闘のどさくさでウヤムヤにしていた入れ墨の件かぁ。


あれは自身に魔法陣を刻み込み、墨の代わりに永久付与液を使ったものだ。気軽に教えて良いものじゃない。


先送りにしていた問題をどう対処するべきか、指を顎に当てて考えていると、再びアミーユお嬢様の口がひらく。


「便利そうなので、私も使いたいと思ったんですが……」


特に深い意味はないのか。


そう思いながら視線を、アミーユお嬢様の後ろに控えているメイドさんに向ける。


彼女たちは無表情に見えるけど、この話は詳しく聞きたいみたいだ。先ほどまでアミーユお嬢様しか見てなかった目が、僕を捉えていた。


目の前にいる少女の様に、知的好奇心を刺激されたと考えるのは浅はかだろう。雇用主であるリア公爵夫人に伝えるために、アミーユお嬢様を使って情報を集めている。そう考えたほうが自然だ。


強硬手段に出ないのは、魔術師や付与師の技術を無理やり聞き出すのは、この世界では忌み嫌われる行為だからだ。まだ様子見といった段階なのだろう。


「あれを覚えるのは、まだ早いと思います」


三人から発生している無言の圧力を感じながら、僕は逃げることにした。


「まだということは、いつか教えてもらえるのでしょうか?」
「前向きに検討しましょう」


久々に日本人らしい、曖昧な回答をした気がする。


入れ墨の技術を教えれば連鎖的に、永久付与が出来ることまでたどり着いてしまう。悪いけど、この機会は永久に訪れることはないだろう。


「ありがとうございます!」


お嬢様は喜んでいるけど、メイドさんたちは不満げな表情を浮かべていた。


その姿を見ると、メッセージを受け取った時に感じた、公爵家に対する不信感が蘇ってくる。彼らは家のために平気で平民を使いつぶす。それが国家を維持するために必要だと信じているからだ。


そんな彼らに対して、平民である僕らはそのことに少なくない不満を抱いている。特に終戦後に課せられた復興税のせいで、いつ爆発してもおかしくはない状況だ。


暴動が起きる前にガス抜きをしなければ……と思ったけど、ただの平民である僕が考えても意味はなかった。僕はアミーユお嬢様の家庭教師でしかない。ただの平民だ。勘違いしないように一旦忘れよう。


「それでは、休暇前の最後の授業をしましょう。この魔術をしっかり覚えてくださいね」
「はい!」


アミーユお嬢様はいつも通りの笑みを浮かべ、元気よく返事をしてくれる。


僕は湧き上がってきた様々な気持ちを押し殺しながら、いつもと同じように先生として振舞うことにした。

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