付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第30話 成長

走りながら、ハーピーの群れの位置を確認する。敵の移動速度は予想より早く、もうすぐ攻撃が始まるところだった。


「魔力の消費は押さえたかったけど……仕方がないか」


気持ちを切り替えると、身体の中心に魔力を流す。胴体から顔にかけて刻み込まれた魔術陣が浮かび上がり、身体能力が向上する。視力も良くなり、アミーユお嬢様の姿がはっきりと見えるようになった。


メイさんとカルラさんを従えた彼女は、空を見上げて睨んでいる。黙り込んだまま動かない。不思議に思いながらも見ていると、口が小さく動いたことに気づいた。


『先生、見ていてください』


気のせいだったかもしれない。でも僕には、そう言っているように思えた。


アミーユお嬢様は、ゆっくりだが練習通りに指を動かし、空中に魔術文字を書く。上空に現れたのは、結界より強度の低い《魔力障壁》だ。けど、ハーピーの投石から耐えるには十分だった。


「今度は、動けましたね」


ハーピーの集団が目前に迫り、頼れる魔術師は自分だけ。大人でも恐怖で足がすくんでしまうシチュエーションで、冷静に動いて魔術を発動させたのだ。つい数日前まで、モンスターを前に動けなかった子供が出来ることではない。


「才能の差、か……」


世の中には、天才と呼ばれる例外が存在する。凡人が一歩、一歩、ゆっくりと進む道を、一足飛びで進むのだ。むろん、血のにじむような努力をしているという前提ではあるけどね。


陳腐で無意味な常識など、粉々に砕いてしまい新しい道を示す。アミーユお嬢様はその片鱗を、この場で見せたのだ。


「この場で心配する必要はありませんね」


今のアミーユお嬢様の守りは大丈夫そうだ。助力は必要ないだろう。一般人の避難は騎士に任せれば良い。兄さんたちは必ず戻ってくる。討伐隊だって爆発で全滅してないだろうし、本陣へと帰還するはずだ。


「であれば、やることは一つだね」


急停止して立ち止まると、時間を稼ぐために、ハーピーの群れに向かって走り始めた。


手に付けたグレーのグローブを空に向ける。こんだけ密集していたら、狙いをつける必要はない。目をつぶっていても当てられる。魔力を通して魔術陣が浮かび上がると、ハーピーに向けて《魔力弾》を連続して放った。


白い魔力の塊が当たり、一匹、二匹と順調に撃ち落としていく。けど、十匹目を過ぎた辺りから散在され、命中率が目に見えるほど落ちてしまった。


「対応が早すぎる!」


すぐに対策を打ってきたということは、この中に最後の特殊個体がいると思って、間違いないだろう。時間を稼ぐついでに倒しておきたいな。


「おっと!」


頭ほどの岩が落ちてきたので避ける。
いつの間にか、先行していたハーピーの射程に入ったみたいだ。


「密集していなければ、魔術を使う必要すらないね」


今の僕にとって、この攻撃は無意味だ。全く当たらない状況に苛立ったようだ。投石が終わったハーピーから順番に、突撃してきた。


「モンスターの浅知恵だね」


身体能力が向上したおかげで、動きが止まっているように見える。タイミングを見計らって跳躍し、ハーピーの頭を踏みつける。さらにそこから跳躍すると、ゲームのように次々とハーピーを踏みつけ、空へと駆け上がる。


「見つけたっ!」


群れから少し離れた上空に、そいつはいた。通常のハーピーの倍ほどある体格。老婆ではなく、若い女性の顔。一目で特殊個体だと分かる外見だ。


最後に全力でハーピーの頭を踏みつけて、特殊個体の目の前に跳躍した。


「コ……ロ……セ……」


滑舌の悪い、濁った、高い声に驚き、グローブを付けた手を前に出したまま固まる。


「モンスターが……しゃべった?」


特殊個体の知能は高いといっても限度はあって、人の言葉を話す存在は確認されていない。あり得ない状況に遭遇して、グローブに魔力を通すことを忘れてしまった。


「コ…ロ…セ…。コ、ロ、セ!」


僕の見せた一瞬の隙をついて、周辺にいたハーピーが一斉に飛びついてきた。腕、足、体、全身を引きちぎる様に噛み付く。


今の僕はオーガーのように肌は硬くなっているから、ハーピー程度の牙は通らない。でも、全身に絡みつかれて身動きが出来ず、地面に向って落ちてしまった。


大きな衝撃音と共に全身に痛みが走る。僕に噛みついたハーピーは、最後まで離れることはなく、地面に叩きつけられて絶命していた。


「操っているのか……」


ハーピーの死体を踏みつけ、フラフラと立ち上がる。全身は土と血で汚れているけど、体は動く。


「くっ!」


落下のダメージを確認していると、トドメを刺すためか、投石が再開された。


今度は避ける余裕はなさそうだ。空中に魔術陣を描いて《結界》を張り、頭上に降り注ぐ落石から身を守る。


すでにハーピーの一部は、アミーユお嬢様のところまで到達している。ハーピーが操られているのであれば、特殊個体を倒せば攻撃は止むはずだ。


ただ密集状態を解除された今、魔術を当てるのは飛んでいる鳥を弓で撃ち落とすレベルの難易度だ。残りの魔力量を考えるとムダ撃ちは出来ない。出来れば近づいて攻撃するしたい。どうすれば――。


「随分と男前になったな」


周囲の警戒が疎かになっていたみたいだ。振り返ると、僕以上にボロボロの兄さんたちが立っていた。服は破れ、装備も所々欠けている。


エミリーさんの《魔力障壁》で攻撃を防ぎながら、ここまで走ってきのか。


「兄さんは、服のセンス変わったんじゃない?」
「知らないのか? 流行ってるんだぜ。今日の討伐に参加したハンターは、全員こんな格好になったからな」


あの爆発に案内役のハンターも巻き込まれたのか……。


「他はどうなったの?」
「突入した騎士はダメだろうが、後方にいたリア様は無傷だ。そこは安心して良い」


爆発は人間を狙っていたのか。あの特殊個体は知能が高くなる前に、ここで倒すべきかもしれない。


「で、どうする?」


何か考えがあるんだろ。そう言いたそうな顔をしていた。
一人で戦うつもりだったから悩んでいたけど、兄さんがいるなら別だ。


「敵は空にいるんだ。相手が降りてこない以上、僕らが飛ばないと倒せないよね?」
「どうやって空を飛ぶんだ?」


どんなアイデアが飛び出すか楽しみにしているようだ。ニヤリと笑って、僕の言葉を待っている。


「僕が全力で、兄さんを投げるんだよ」


無茶、無謀だとは分かっている。でも残りの魔力量を考えたら、この方法が最良だ。


「投げるか! クリスから、無茶苦茶な提案が出るとは思わなかったぞ!」


僕の突拍子のないアイデアを気に入ったようで、兄さんは腹を抱えて笑っていた。


「うちの生徒が頑張っていたからね。無理を押し通してでも、先生らしいところを見せないと。反対?」
「するわけないだろ! 良い土産話ができるからな!」


笑いながらも兄さんは受け入れてくれた。


話している間にも魔力は消費され続けている。時間が足りない。方針が決まったのであれば、さっさと動こう。


僕はダモンさんからロープを一本もらうと、兄さんと僕の胴に結び付けた。これで兄さんが空を飛べば、ロープに引っ張られて僕も飛ぶことになる。


「お前も一緒に来るのか?」
「そうだよ」


兄さんだけに危険なことはさせない。それに、二人の方が出来ることは多いからね。


持っていた鉄の棒を地面に突き刺してから《加速》の魔術陣を描く。


「いくよ!」


兄さんの体を軽々と持ち上げると、コマのように回転して手を離した。


弾丸のように勢いよく空に放たれ《加速》の魔術陣を通過すると、さらにスピードが上がる。僕は急いで鉄の棒を握ると、次の瞬間には伸び切ったロープが空へと引き上げてくれた。


「本当に飛んでいるな! 軌道を調整する!」


持ち前の身体能力を発揮して、空中で態勢を整えた兄さんは、少しずれていた軌道を修正した。


急接近する僕たちに気づくと、行く手を阻むためにハーピーが殺到する。それを兄さんは、永久付与されたバックラーで受け流し、前へ、前へと進む。


「こいつら死ぬのが怖くないのか?」
「特殊個体が声で操っている!」
「チッ! 魔術を操るタイプか!」


ハーピーの命を賭けた突撃によって、スピードは落ちたけど……僕たちの勝ちだ。あと数秒で到達する。


「逃がさないよ!」


止められないと悟った特殊個体が、逃げ出そうと背を向けた。僕は、その隙を見逃すほど甘くない。グローブに魔力を通し《魔力弾》を放つと、右腕――羽に命中した。


「ギャァァァァァ」


女性の甲高い悲鳴が響き渡る。それと同時に、通常個体の動きが止まった。


「クリス、よくやった!」


悲鳴によりハーピーにかけられていた魔術が解除された。声で操作していたのか!
我に返ったハーピーが散り散りなって逃げだし、今、僕たちと特殊個体を邪魔するものはない。


「シネ、シネ、シネ!」


憎しみに彩られた瞳が僕らを射貫き、口がほほまで裂けると、喉の奥が明るくなる。


「口から何か出てくるよ!」
「分かっている!!」


兄さんがバックラーに魔力を通すと、魔術陣が起動。付与した魔術が起動してバックラーより一回り大きい膜が出現した。


「クリス、俺にしがみつけ!」


返事をする代わりにロープをつかんで登り、腰に抱きつく。すると周囲の気温が上がっていることに気づいた。前方を見ると、炎の中をバックラーで切り裂くようにして進んでいた。


「口から炎を吐き出したのか!」


兄さんはバックラーから生じた障壁を維持するのに集中していて、身動きが一切取れない。炎の勢いに押されて、上昇するスピードがさらに落ちたけど、その状況は長くは続かなかった。


急に視界が開けたかと思うと、特殊個体のさらに上に飛び出る。炎のせいで、進行方向をずらされてしまったみたいだ。


「これで終わりだ」


僕は、兄さんの腰についているナイフを勝手に抜き取ると、二人を結びつけていたロープを切る。


「兄さん!」
「おう!」


やりたいことは、ちゃんと伝わっていた。兄さんが空中で反転すると、バックラーを地上に向ける。僕はそれを踏み台にして、特殊個体に向かって飛び出した。


僕から逃げ出そうと体をよじるが、羽を痛めた状態では、避けることはできなかった。


「ウォォォォ!!」


僕は、雄叫びをあげながら、鉄の棒を胸に突き刺し手放す。さらに頭を鷲づかみにし、残りわずかになった魔力を使い、ゼロ距離から《魔力弾》を放つ。


パンッと、赤い水しぶきとともに頭部が破裂。特殊個体の体は、地面に向かって落下していった。もちろん僕も、重力に引っ張られて落ちている。


「お疲れさん」


急降下してきた兄さんが、僕を抱きしめる。


「ドラゴンのブレスと落下の衝撃、似たようなもんだよな」
「……そうだね」


魔力の残量はほぼゼロだ。体に浮かび上がっていた魔術陣は消え去り、身体能力も元に戻っている。兄さんは、付与した魔術で何とかなると思うけど……僕はダメかな?


……みんなを守れたから良いか。二度目の人生は、ちゃんと戦えたよ。
そう思って目を閉じようとして、可愛い生徒の声が聞こえた。


「先生っ!! クリス先生ぇぇぇ!!」


アミーユお嬢様が、泣きながら空中に文字を書いている。隣にいるエミリーさんも同じ魔術文字を書き、その能力を補助する模様を付け加え――二つの魔術文字が、一つになった。


「連結魔術……やっぱり君は、優秀な生徒だね」


あと数メートルで地面に激突するというところで、地面から風が吹き、落下速度が落ちる。


押し潰される予定だった僕は、全身打撲だけで済んだ。


「大丈夫ですか!!」


泣きじゃくるアミーユお嬢様を、地面に横たわりながら抱きしめる。


「アミーユお嬢様のおかげで命拾いしました」


今の姿を見られたら、後でカルラさんやメイさんに怒られそうだな。そんなことを思いながらも、頭を撫でて、気が済むまで泣かせてあげることにした。

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