ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい

わんた

ドラゴンスレイヤー

「父――国王にホワイト様をご紹介したいので、ご同行いただけますか?」

「うむ、案内しろ」

 偉大なるシロ様に創造され、御使いとして活動している私にとって、本来であれば挨拶する必要はない。

 だが、シロ様はバスクール王国を気にっておられるし、守護すると決めている。
 ご意向を無視するわけにはいかないので、渋々うなずいた。

 私の態度に眉をひそめる兵士もいるが、人ごときが生意気だ。

 お前らが勝手に決めた階級がすべての種族に通じると思う方がおこがましい。声に出さなかったことだけは評価してやるから、そのまま立っていろ。

「では、こちらに」

 クレアの背中を追う。かかとが高い靴を履いているせいか、歩みは遅い。暇だ、それに無駄が多い。

 石造りの場内に入り、赤い絨毯の上を歩く。足が沈むほど厚いのでやや歩きにくい。地面は固い方が力が入れやすいのだが……理解に苦しむ。

 たっぷり時間をつかって三階まで上がる。さらに数分歩くと、ようやく目的の部屋に着いたようだった。中からは複数の男性の声が聞こえる。

 ドラゴニュートの私だからこそ聞き取れる大きさだ。人では音が漏れていることなんて気づかないだろう。

「この会議室に国王がいらっしゃいます。私が先に入って事情を説明しますので、少しお待ちいただけないでしょうか」

 振り返り頭を下げた。

 無視して中に入ることもできるが……この女はシロ様のお気に入りだ。加護をお与えになったことから疑いの余地はない。顔を立ててやるか。

 無言でうなずくと、クレアは安堵した表情を浮かべてから、ドアをノックして入っていく。

「うむ、また暇になったな」

 時間を潰すため、窓から外を見ることにした。

 まずはじめに、シロ様の偉大なる姿が目に入る。身体と尻尾を丸めて、休まれている。

 何とも壮大で優雅な姿なのだッッ!! ずっと見ていたい! 眺めていたい! 可能であればあの魅力的な鱗を頬ずりしたい!!!

 ……いや、冷静になれ。今はそんなことを考えている暇はないはずだ。
 この国を守らなければいけないのだから。

 視力を強化して城下町の様子をうかがう。

 気にかけるに値する国ではあるのだろう。シロ様を崇めているのは当然として、城下町で歩いている人々には活気がある。子供が元気よく遊んでいる姿も見受けられる。

 この光景を守るのが私の使命だ。
 記憶するために目を閉じていると、背後から声をかけられる。

「お待たせしました」

 顔を向けると、戻ってきたクレアが立っていた。ドアは開きっぱなしで、長いテーブルと、その上に地図がある。

「国の重鎮たちが集まっています。ご紹介させてください」

「好きにしろ」

「ありがとうございます」

 クレアに続いて私も入り、すぐに立ち止まる。
 窓のない部屋に入ると、むわっとした熱された空気と加齢臭が歓迎した。

 鼻頭にシワを寄せながら、周囲を観察する。

 テーブルを囲うように二十代から初老までの男性が六名立っており、部屋の最奥には、五十代と思われる男性がいた。この中でも一際、豪華な衣装を身にまとっており、私を目の前にしても萎縮していない姿は、なかなか好感が持てる。

 獲物を狙うような鋭い眼光は、年齢による衰えを感じさせず、立ち位置や顔の造形がクレアに似ているところから、彼が父であり国王であることは誰の目から見ても明らかだ。

「ホワイト様をお連れしました」

「お待ちしておりました」

 国王の発した言葉で、この場にいる全員が一斉に頭を下げた。

 人の頂点に立つ国王といえども、シロ様にとっては凡人と変わらない。その代理である私に対しても、上位の者として扱う姿勢は非常に好ましい。礼儀をよくわきまえているようだな。

「ホワイト様、それではこちらに」

 席の奥――国王の隣に誘導される。
 クレアは会話の邪魔をしないようにと、後ろに控えている。

「我が国は、ホワイト様をお待ちしておりました」

「なぜだ?」

「恥ずかしながら、お二人の力がなければ守り切れないからです」

 全てはシロ様の戦力を当てにした行動と言うことか。

 正直に話すところは好感は持てる。だが、シロ様を利用しようとする浅ましい思考には反吐がでるな。本来であれば、この部屋を血の海に変えるべき蛮行。

 自然と手に力が入り、魔力が高まる。

 ――戦争に役立て。努力しましたではダメだ。俺は結果を求める。必ずバスクール王国を守れ。任せたぞ。

 偉大なるシロ様のお言葉が蘇る。

 私が思うがまま行動してしまえば、意に反することとなる。それは許されざる行為であり、万死に値するのだ。

 ならば、人よ。
 我らを上手く使って見せろ。
 シロ様が望む結果を出せるのであれば、全ての行為を許そう。

 だが、失敗したときは……覚悟しておけ。一体誰を利用しようとしたのか、その身体に刻み込んでやろう。

「何を望む?」

「二つです。攻め込まれたとき、シロ様にはこの首都の守護を。ホワイト様にはグルーン王国軍との戦いを手伝っていただければと」

「問題ない。だが、私は一人だ。集団戦闘には向かないと思うが?」

 シロ様のように広域魔法といった手段があれば別だが、残念ながらそのようなものは持ち合わせていない。精々、十数人をまとめて攻撃できる程度だ。

「グルーン王国軍は我々が抑えます。その間に、指揮官の首をとっていただけないでしょうか」

「そういうことか。得意分野だ。任せたまえ」

「フェリックス王子が直々に指揮を執ると思います。警護は近衛兵が担当しているはずですので、お気をつけください」

「余計な心配だが、忠告は素直に聞いておいてやろう」

 人ごときが私に勝てるとは思わない。
 侮辱に近い話だが、発言した国王の表情があまりにも真剣だったので、怒鳴る気は失せてしまった。

「私からも質問だ。この国にはシロ様がいる。なぜ、無謀にも攻め込もうとする?」

 バスクール王国はシロ様に守られていることで有名だ。さらに大陸を分断するような山脈と森に囲まれているので、侵略のリスクは高い。

 婚約破棄を認められない大国のプライドがあるとしても、勝算がなければ攻めてこないだろう。

「かの国には、ドラゴンスレイヤーと呼ばれる常勝無敗の将軍がいます。間違なく、今回の戦争に参加するでしょう」

「ドラゴンスレイヤーだと?」

「は、はい。どうやら単騎でワイバーンを打ち倒したとの噂です」

「ほぅ、ドラゴンもどきを倒した程度で調子に乗るとは……」

 ワイバーンは全長2m~3mほどのドラゴンに似た魔物だ。尻尾にある毒は強力だが、ブレスや魔法は全く使えない。姿が似ているだけで、シロ様の様な真のドラゴンと比較できるような存在ではなく、ドラゴニュートの私ですら倒せる程度の強さだ。

 哀れなことに、その違いに気づけていないのだろう。
 なんと愚かで、罪深いことだ。

 ワイバーン程度に勝てたからと調子に乗っているのであれば、シロ様の偉大さを教え込まなければいけないようだな。

 なに、授業料はお前らの命だけで許してやろう。
 ふふふ、全身に魔力がみなぎってくる。

「「「…………」」」

 気がつけば、周囲の人どもが青ざめた表情をして、私を見つめていた。
 怯えているのか?

 心配せずとも、この怒りは全てグルーン王国の兵士どもに向いている。
 非力なお前たちは、素直に守られていれば良いのだ。

「人の戦いは人が詳しいだろう。作戦は任せる。私は戦えと言われた相手に挑むだけだ」

 クレアに目配せをしてから、部屋を出て行く。
 ドラゴンスレイヤーと名乗っているぐらいだ。調べれば情報など簡単に手に入るだろう。

 いや、戦争が始まる前に戦ってみるのも良いかもしれないな。
 どんな顔をするか、今から楽しみで仕方がない。

「フフ、フハハ! 私を見て逃げるなよ。愚かなドラゴンスレイヤー!」

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