ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい

わんた

意識が戻った先は

 ホワイトのやつ、不安な言葉を残して念話を切りやがった。必要な金を集めたらフェリックスの情報を集めろと言ったのに、なぜ先に手下ができるんだ? アイツの思考がまったく読めないッ!

 まだ生まれたてで常識がないから、仲間を集めろといった指示は控えていたのに、どうしてこうなった……。

 あぁ、くそッ!! 頭を抱えたくなる!

 部下の扱いに苦労するのは世界共通、種族も関係ないといったところか。こんなリアルは求めてなかったんだけどなぁ。

 よし、もう一度、念話を飛ばして余計なことはするなと釘を刺すか。
 体を動かすような感覚で魔力を操作する。

(失敗だと!?)

 腕がしびれて動かせない感覚に似ている。なぜか、脳からの命令を一切受け付けなかったのだ。

 さらに状況は悪化し、ドラゴンの体では今まで感じたことのない眠気に襲われた。思考は霞んで、身体が重い。

 理由や原因は分からないが、どうやら時間切れのようだ。もうすぐ眠ることになる。いや、俺の意識が離れるといったほうが正しいのかもしれない。なんとなく精神が引っ張られるような、魂が抜け出すような浮遊感に襲われていた。

(戻れるということは、生きている可能性のほうが高いのか?)

 バックヤードで倒れてこの世界にきたから、死んでいる可能性も考慮していたが、諦めなくても大丈夫なようだ。

 死んでなかったことを喜べばいいのか、それとも社畜生活が再開されるのを嘆けばいいのか、判断に迷うところだな。

 独身で、心配してくれる家族もいない。生命活動を維持するためだけに働く人生が続くとは。この世は地獄か、いや、悪夢なのかもしれないな。

 あぁ、幸せに生きたいものだ……な…………。

 切りそろえられた芝の上に力なく倒れる。
 葉をすりつぶしたときに出る青臭さを感じながら、視界がぼやけていく。
 遠くからクレアの声が聞こえた気がした。

 俺の意識がなくなったら、ドラゴンはどうなるのだろう。中庭で寝るときは同じ位置で起きるので、今回も一緒か? いつか他人の視点で、この姿を見てみたいな。そんなことを考えながら、意識は次第に黒く塗りつぶされていった。

◆◆◆

 目覚めると白い天井に、細長い蛍光灯があった。

 薬品の臭いが鼻にこびりつく。首を横に動かすと、腕から細い管が伸びていた。その先には輸液容器につながっており、黄色い液体がポツポツと落ちている。恐らく、栄養剤か何かを体に入れているのだろう。

 他にも心電図や使用目的の分からない機材が並んでいて、ピッピッっと、一定のリズムで音が聞こえる。訪れたのは初めてだが、見覚えのある光景。

「病院?」

 それも集中治療室だ。

 かすれた声を出したことで、軽く咳き込む。どれほど寝込んでいたのだろう。それに、誰がここまで運んでくれた? 店じまいの途中で倒れたので、通報があったとしても、一日近くは放置されていたはずだ。

 疑問が次々と浮かんでは消えていくが、誰かに聞かなければ答えは出ないものばかり。無駄な思考をする前に、自ら動いて情報を集めるべきだろう。

 指や腕に力を入れれば、簡単に動いた。体のほうは問題なさそうな気がする。ダルさは残っているが、それは寝たきりだったからだろう。

 行動するにしても、病人が勝手に歩き回ったらまずいだろうし、ナースコールでも押すか?

 そんなことを考えていると、ガチャリと音がなり、胸のポケットにボールペンが数本ささっている、白い服を着た看護師が入室した。髪を後ろで束ねて団子状にしており、やや深いシワが見える女性だ。年頃は四十過ぎぐらいだろうか。慣れた手つきからもベテランの風格が漂っている。

「三田さん。お目覚めになられたんですね」

 俺の顔の前で手を振って、意識を確認した。
 何か文字を記入しながら医師に連絡を入れているようだ。
 まるで実験動物のような扱いだな。一部の客が店員を同じ人だと思わないように、彼女も俺のことを人としては見ていないのだろう。寂しさは感じるが看護師としては信用できそうだ。

「おかげさまで助かりました」
「今がどういう状況か分かりますか?」
「事務室で倒れたところまで記憶があります。誰かが救急車を呼んでくれたのでしょうか。搬送されて集中治療室で寝かされていたと」
「そこまで意識と思考がはっきりされているのであれば問題ありませんね。意識の混濁はなし、と」

 どうやら会話をするための質問ではなく、意識レベルを確認していたようで、まともな返事はもらえなかった。普通に考えれば、この女性が搬入されたときの状況を細かく知っているわけがないのだ。答えようもないのだろう。数多くいる患者の一人に過ぎないのだからな。

「先生をお呼びするので、少し待っていてくださいね」

 急ぎ早に出て行くと、しばらくして若い男性の医師を連れて戻ってきた。艶の残る黒髪は短く切りそろえられており、Vネックに半そでのスクラブの上に白衣を身につけている。医師といえば誰もが想像するような姿だ。

 いくつかの質問に答えて、数値をチェックされると驚くほど早く、一般病棟に移ることとなった。まだ検査のため数日入院する必要があるみたいだが、問題なければすぐに退院できるとのことで、少し安心した。

 俺がいない間も代理の店長が派遣されて店は問題なく回っているだろう。だが、のんびりと長期間休んでしまえば、代理が正式な店長となり、俺はクビになるだろう。生活の糧を失うわけにはいかないので、早めに復帰できるに越したことはない。

◆◆◆

 目が覚め、職場に連絡を入れてから数日。ようやく検査も終わり、医師と最後の面談をしていた。これが終われば明日には退院できるとのことだ。

 ちなみにその間、ドラゴンの体に戻ることはなかった。過去にも何度か経験したことがあるので、特に焦ってはいないが、ホワイトが無茶をしていないか気がかりだ。できれば一度、夢の国に行きたかったが……そんな都合のいい状況にはならなかった。つくづく思い通りにならない人生だな。

 と、そんなことを考えながら、目の前に座る若い医師に決まりきった質問をした。

「先生、どうでしょうか?」
「一部を除いて三田さんは健康そのものです。これなら退院しても問題ないでしょう」
「一部というのは?」
「今は安定していますが、睡眠が非常に浅いみたいですね。ICUに運び込まれたときから、常に脳が覚醒しているような状態だったみたいです。つまり、普通の人より疲れが取れにくい体質ということですね。疲労が蓄積され、回復しない。そんな状態が続いて倒れたのだと思います。普通の人より多めの睡眠を心がけてください」

 心当たりがあるぞ。間違いなく、夢の世界のことだろう。

 眠りに落ちると、魂がドラゴンの体に乗り移っていると思っていたが、脳だけは起きていたということか。それに気づくことなく騙し騙し生活していたが、ついに無理が出てしまったという感じだな。

 すべて想像でしかないが、何となく腑に落ちた。
 だが安心はできない。
 原因は判明したが解決策はないからだ。

 寝るだけでドラゴンの体に意識が飛んでしまう。抵抗のしようがないのだ。

 それに俺の職場は激務だ。一般人より睡眠時間が少なく、睡眠中も活動しているのであれば、また同じように倒れてしまうのは間違いないだろう。何度も倒れてしまえばクビになってしまい、生活ができなくなる。

 さすがの俺も自殺したいわけではないので、なんとか解決しなければいけない。

 ん? いや、死んでも誰も悲しまないのでれば、別にたいした問題ではないか? どうせ困るのは俺だけだ。流れに身を任せるのも悪くはない、か。自分ではどうしようもない問題だしな。

 達観というよりも諦め。そんな感情に支配されかかったとき、医師がボールペンで書き込んでいた手を止めて、椅子を回転させてこちらを向く。

「そうそう、救急車を呼んでくれた方が、退院前にお見舞いに来てくれるそうです。彼女がいなければ最悪の場合、亡くなっていたかもしれませんから、お礼は言っておいたほうが良いですよ」

 状況から考えると知り合いの可能性が高いな。出勤したバイトが発見してくれたのか? やはり、丸一日近く床で倒れていたことになる。よく短期間で退院できたな。

 頑丈さだけならホワイトにも負けないかもしれない。いや、今はアイツのことを思い出すのはやめよう。なんだか不安になってくる。

 首を横に振って、笑顔で崇めてくるホワイトの幻影を振り払っていると、医師がアイツ以上にインパクトのある言葉を放った。

「明日は荷物をまとめて、十時には支払いを終わらせてください」

 し、支払い……。雀の涙ほどしかない貯蓄が消えていく……。
 夢の国だったら金に困ることはないのに、現実は世知辛い……のじゃ。

 最後は支払いの不安を抱えながら、肩を落として診察室を出て行った。

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