ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい

わんた

第5話国王

上空に浮かんだ魔方陣から降り注ぐ音楽は、鳴り止まない。


尻尾で隠したクレアだけではなく、周囲に控えていた侍女が一人、また一人と、眠っていく。やりすぎたと気がついた時には手遅れで、中庭で起きているのは俺だけになっていた。


え、どうしよう。これって完全に俺が悪いよね!?


無かったことには、できそうにない。


どうしようか。


…………うん。たまにはこんな日があってもいいだろう。


そもそも働きすぎは体に良くない! 疲れを取ってるんだから、逆に感謝してほしいぐらいだ。ドラゴンが人に気を使うなんてあり得ない。王が直々にお礼をしに来てもいいレベルだ。いや、来なければ失礼に当たるってやつだ。


それが圧倒的に立場が上のドラゴンから押しつけられたものだとしても、ね。「ありがとう」と一言言ってもらえれば、全てが丸く収まるはず!


夢の中では珍しく頭をフル回転させて、とんでもない理論で俺自身を納得させる。


俺は、人ではなくドラゴン。誰がどう思うと、一人で自由に生きていける。


だが、魂は小市民である俺には変わらない。だから、こんなことでもうろたえてしまうのだ。無い物ねだりだとは分かっているが、心もドラゴンのように強くなりたかった。そう思わずにはいられない。


「ど、どういうことだ……」
「何があった!」
「医者だ! 医者を呼んでこい!」


物思いにふけっていると、周囲が騒がしくなっていた。


鎧を着た兵士が続々と中庭に集まると、眠っている侍女を介抱する。しばらくすると、真っ白い神官のような服を着た若い女性と、しわくちゃのお爺さんがやってきた。


「寝ているだけのように見えるがのぅ。そっちはどうじゃ?」
「魔力の残滓を感じますが、効果が続いている様子はありません。恐らく、魔法で眠らされただけかと。叩けば起きると思います」


女性の神官は芝生で寝ている侍女の頬を軽く叩く。
短いうめき声と共に目が開いた。


「何かあったでしょうか?」


普段は人気のない中庭には兵士をはじめとした神官、医者、そして野次馬根性丸出しの貴族と思われる、若く派手な服を着た人々が集まっていた。


目が覚めた瞬間に、周囲の変化に戸惑い、疑問に思うのも無理はないだろう。


何事もなかったんだから業務に戻ってくれ! 願うようにして、そんな様子をジッと眺めていた。


「中庭で寝ていたんです。何あったんですか?」


集まってきた全員を代表して、女性の神官が質問をした。起こされた侍女は思い出すように瞳を動かす。眠る前の記憶につながったのか、ハッとした表情を浮かべると、こちらの方を見た。


この流れは知っている! 俺が悪者になるパターンだ!


事実だから仕方がないんだけど少し気まずい。


逃げるようにして顔を上に上げて空を見る。


「シロ様が音が鳴る魔法を使ったので、聞いていたら眠っていました」


全員が一斉に俺の方を見た。


こんなに注目されたことは今までない。失敗を咎められているように感じてしまい、すぐにでも飛び出したい気分だ。だが、それはできない。


「お前はクレア様の侍女だったな? 姫様はどこに?」
「シロ様のお近くにいます」


魔力を発する鎧、剣を装備をした兵士が質問をして、侍女が俺に向かって指さす。


そう、クレアはが俺の腹を枕にして寝たままだ。尻尾で抱擁するように隠しているので、誰も近づけない。


「シロ様の近く、か……」


忠誠心よりドラゴンに近づく恐怖心が勝っているのか、誰も動かない。


顔を見合ったり、背中を叩いて"お前が行け"と押しつける。その行動は様々だ。強そうな装備をした兵士は腕を組んでうなっていた。


気持ちは分かる。俺が人だったら同じようにしていただろう。だが自国の王女様だぞ? そろそろ動いた方が良いんじゃないか?


「お前たち! 何をしている! さっさとクレア様を助けに行け!」


ほら。貴族っぽい男が怒鳴り始めた。お前が行けとは思わなくもないが、それよりも発言した内容に不快感を覚えた。


助けに行け、だと?


辛い思い出を薄れさせるために魔法を使い、メンタルケアをした俺に向かって言ったな?


本気で怒ったわけではない。ただイラッと感じただけだ。それでも無意識のうちに態度に出てしまっていたようで、低いうなり声とともに牙をむき出しにしていた。


「ヒィッ!!」


にらまれた貴族の男性は、腰を抜かしてしまった。


ドラゴンの怒りを買ったように見えたのか、人々は離れていき、周囲に誰も居なくなる。不自然な空白が作り出された。


「お、お前たち! に、逃げるのか!」


「シロ様との会話を邪魔しないように配慮したまでです!」


兵士が酷い言い訳をしているが、この場にいる人の総意なようで、否定する声は上がらない。


若い貴族の顔は急速に血の気が引いていき、顔が死人のように白くなる。


周囲の変化に驚いた俺は、先ほど湧き上がった不快感は既に霧散している。すでに平常心だ。


早く察してくれ! 俺は怒ってないんだ!


心の中で叫ぶが、それをこの場で伝えるすべがないので、人々は勘違いしたまま動かない。落としどころが見つからないまま、沈黙が続いているのだ。


気まずい状態がこれ以上続くと、俺の精神がもたない。


彼女には悪いが、そろそろ起こしてしまうか。そう決断した瞬間に、周囲が再び騒がしくなった。


ん? これ以上の騒動は勘弁して欲しいと思うのだが、どうやらそうはいかないらしい。集まっていた人が両脇に移動すると道ができた。


そこに王冠をつけた壮年の男性がこちらに向かってくる。


鋭い目つきに、がっしりとした肉体。一見すると戦士のように見えるが、彼は国王だ。名前は……忘れたな。なんとかバスクールだろう。


後ろには二人の兵士が追従している。頭からつま先までミスリル製の装備を身につけており、強い魔力を放っている。先ほどの兵士とは比べものにならないほど、強者の雰囲気をまとっているところから、国王直属の近衛兵といったところか?


思いつきで魔法を使ったら国王が登場するとか……ちょっと騒動が大きくなりすぎじゃないか? 想像以上の大事となってしまい、ドラゴンなのに背筋が冷たく感じる。やっぱり俺は、強靱な体を持っても小心者なのだ。


「騒がしい。何があった?」


国王が立ち止まると、近衛兵が声を上げた。
力強く、自信に満ちあふれている。


「シロ様がクレア様と侍女に睡眠の魔法を使ったため、我々が駆けつけました!」


先ほどの強そうなが代表して答えた。
近衛兵は一瞥すると、うなずいてから女性の神官と医者っぽい爺さんを見る。


「それは本当か?」


「はい。魔力の残滓から、ほぼ間違いないと思います」


「刺激を与えたらすぐに起きたからのぅ」


「ふむ」


考え込むように一度うなずいてから、近衛兵は国王に近づき、膝をつく。


「この騒動、全てシロ様が原因とのことです。いかがしましょう」


この場にいる全員より、俺の方が圧倒的に強い。それに俺は、結界魔法を使いこの城中心に首都全体を守護している。魔物は近寄らず、外敵の侵入を阻む強力な結界だ。


この程度の騒動で、それを捨てるような判断は国王に出来ないだろう。


だからどうか、無難な決断をしてくれ。


神に近いしドラゴンは一体誰に祈れば良いのだろう。そんなことを考えながらも、国王から目が離せないままでいた。

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