鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

六十話 戦いを終えて


 戦いを終え、地上に出た守護役達を待っていたのは、同じ特戦課に所属する各部署のメンバーや、他にも警察関係者や消防、医療関係者などの姿だった。
 その中でも、ひと際目立つ見た目の人物を遠めに見つけた阿弥達は、その人物が駆け寄ってくるのを見て、ようやく安堵の息を吐く。

「全員無事か!?」
「見てのとおりよ」

 近づいてきたまるで熊のような巨体の巌の言葉に、阿弥は素っ気なく返す。そのいつもと変わらない様子に、巌もまた、安心したような顔になる。熊のような見た目の人物が、相手を安心させようとしているような表情をしていれば、それはそれで怖いというものだが、ここにいるメンバーは皆、巌の人となりを理解している。故に、彼のそういった顔を見たところで、苦笑いを浮かべて終わるのが大半なのだが、一番後ろにいる莉緒は別だ。何やら、見てはいけないものを見た、とでも言いたげな表情を浮かべている。
 そんな莉緒の事はさておき、阿弥は巌へと中であった事を一通り報告していた。その間、他のメンバーは傷の治療を受け、安静にしているのがほとんどだったが、一人だけ違う行動をとろうとしている者がいた。莉緒だ。

「どこに行くつもりですか?」

 その背後に音も無くとりついたのは、妙に威圧感を感じる笑顔を浮かべた皐月だ。別段進行方向が塞がれているわけでもないにも関わらず、莉緒の足はそれ以上進むことが出来ずにいた。

「……いやほら、迎えも来てるみたいだし、もういいかなぁって……」
「私を連れて帰るように蘭に言われたんですよね? でしたら、当然一緒にいますよね?」
「ぬぅ……」

 居心地が悪そうにしているのはいつもと同じだが、何故だか今日に限ってはそれに拍車がかかっている。
 ……よくよく考えれば、莉緒は巌達にあれだけ自分は協力しないと言っておきながら、今この場にいるのだから当然の事だ。別に理由があったとはいえ、ここにいるのは事実なのだ。何なら最初からいるべきだと悪態を吐かれてもおかしくはない。

「……と、普段ならそう言うところですが、どうやら私はまだ帰れそうにありません。明日の朝までに帰られるとは思いますので、その事だけ、あの子に伝えてもらえますか?」

 そんな莉緒の心中を察したのか、皐月は先ほどとは打って変わった表情でそう告げる。莉緒に笑いかけるその表情は、どこか呆れが半分、諦め半分といったところか。だが、彼女の様子から、莉緒をここに留める事を諦めたわけではない事が分かる。彼女の胸中では、迎えに来た、と言いながらも、最後まで共にいようとしない莉緒に対して、諦めがついた、と言ったところだろうか。
 そんな彼女の想いなどいざ知らず。莉緒は、これ幸いと皐月の視線を振り切り、その場から立ち去ろうとする。立ち去ろうと、した。

「ちょっと君!!」

 踵を返した莉緒の背中にかけられるのは、突き刺すような厳しい男性の声だ。振り返った莉緒とまだすぐ傍にいた皐月がそちらに視線を向けると、何やら険しい表情をした男性が近寄ってくる。素性がバレたか、と身構える莉緒に対し、男性は何故か彼の顔は見ずに、その腕へと視線を向けている。

「酷い傷じゃないか。応急処置しか出来ないが、治療するから早くこっちに来るんだ」

 予想外の言葉に完全に呆気にとられていた莉緒は、そのまま男性に引きずられて近くのテントに連れていかれる。当初予想していた反応とは完全に異なるものであった為、莉緒自身もどうしていいか分からずじまいでなされるがままになっていた。
 しばらくして、阿弥から報告を受けた巌が安静にしている守護役達の下へとやってくる。その傍には、彼女もまた治療を受けたのだろう、阿弥がところどころを包帯で白く染めながら、その顔に疲労の色を濃く表していた。

「ひとまず、全員よくやった。レイラインの方は残念ながら守る事は出来なかったが、最悪を免れた事を素直に喜ぼう」
「「……」」

 鬨の声、なんてものを上げる気力も勝ったという実感も無い。途中のエイジとグラスに関しても、最後のアイオーンの自爆に関しても、結局は莉緒がいなければこうして彼らがこの場に戻ってくる事は無かっただろう。今回の事件は、彼らに魔人という存在の強大さ、そして自分達がいかに無力かを知らしめるいい機会になったと言える。失ったものは多かれど、得たものも多い、といった具合だ。
 これらをこれからどう生かすか、それは彼らにとって当面の間の一番の問題になってくる。

「しかし、だ。最悪の結果は免れたが、こうも跡形も無く崩れてはな……」

 哀愁を漂わせながら、巌は大きく崩れ、クレーターのようになったその跡を見つめる。確かに、今回の件で、最も重要なのは、魔人がいったい何を企んでいたのか、というところだ。しかしながら、魔人が構築したあの空間も、そしてその場にあった物も、全ては瓦礫の下。掘り出そうとすると、どれだけ時間がかかるだろうか。

「まぁ、その事に関しては、映像記録などで解析を進めるとして……、問題はもう一つある」

 チラリ、と巌が一つのテントへと視線を向ける。それに釣られて阿弥達もそちらへと目を向けるが、今来たばかりの阿弥以外は、そこに誰がいるのか知っている。

「関わるな、と言われた手前、こう言うのはなんだが、やはりあの力は無視出来ない。本人がどう言おうと、こちらに何とかして引き込むつもりだが、それに対して異論がある者はいるか?」

 互いに視線を交わす。莉緒の力は、ここにいる彼らが一番よく知っている。いや、目の当たりにしたのだ。巌のその提案に対し、異を唱える者はいない。が、彼の横にいる人物はどうだろうか。

「……」

 阿弥は難しい顔をしていた。が、一言めに拒絶が入らない辺り、彼女もまた、自分達が直面している問題や、それに伴う課題を理解している、という事だろう。莉緒の事はまだ信用していないが、それは一朝一夕に為るものではない。時間をかけてゆっくりと構築していけばいい。
 唸ることもなく、無表情でしばらく考えていた阿弥だが、ようやくその首が縦に振られる。

「そうか……、なら決まり……」
「お断りだ」

 満場一致、と思いきや、どうやら異を唱える者が一人だけいた様子。否、正確には拒絶か。
 こちらもまた、治療を施されたのか両腕に包帯を巻いた状態でテントから出てくる。その後ろでは、先ほどの男性が心配そうに彼を見ている。

「本人が不在なのをいいことに、好き勝手言ってくれる。おたくらにどういう思惑があるのかは知らないけど、俺を巻き込まないでくれる?」
「巻き込む、などと……。これは君自身の問題だ。今後、君の身に何かあれば、困るのは君自身だぞ」
「現在進行形でその何か、に巻き込まれてるんですが……」
「ですが、莉緒さん、司令の言葉にも一理はあります。今後、何か別の事件に巻き込まれないとも言い切れません。そう考えると、特戦課の庇護を受けた方がいいというのは妥当以外の何物でも……」
「……君らは今まで何も考えなかったわけ? 元本庁所属の守護役とはいえ、まだ成人してないただの子供が、何の後ろ盾も持たずに名前を変えたり、この街に引っ越してきたり出来ると思ってたの?」

 そういえば、と、ここに来てようやく彼らはその事に気づく。本来であれば、真っ先に皐月が気付くべきだった事だ。莉緒をこの街に、いや、保泉の家に押し付けたのは誰だったか、その人物はどういう立場の人間だったのか。

「保泉、景久……。まさか、お爺様が!?」
「あのじいさんから話が行ってる時点でそれ以外無いだろうに……」

 莉緒が呆れたように呟く。しかし、その場にいた他の面々は、その事に驚きを隠せずにいた。

「保泉家はそういうのに厳しいって聞いた事がある。それも、当代の当主はことさら厳しいってな。身内であろうが、親族だろうが、立場で優遇する事も無いっていう話だったんだが……」
「取引だよ、取引。……まぁ、俺の後ろ盾に関してはこの際いい。そこで、だ。じいさんとも取引でこの身の自由を得た。なら、この場でも同様に行こうじゃないか」

 いきなり何を言い出すのか、と一同が怪訝な表情を浮かべるも、莉緒がおもむろに懐から取り出したそれ・・を目にして驚愕の表情を露わにする。

「莉緒さん、それ……」
「アンタ、いつの間に……」

 言葉は発しないものの、他のメンバーも似たような反応をしていた。
 莉緒が取り出したそれは、力が注ぎ込まれる事が無くなるも、鈍いながらも青い光沢を放つ、半分に割れた龍玉の片割れだった。
 それを指で摘まみ上げるようにして掲げる莉緒の口が、半月状に歪む。何を考えているのか、手に取るように……とはいかないが、あの龍玉の片割れをただで渡すほどお人好しでは無いことを、ここにいる誰もが知っている。

「全てあの中に消えたと思っていたが……、よく確保してくれた。さぁ、こちらに……」

 ……が、どうやらこの熊のような男は一切分かっていなかったらしい。莉緒から龍玉を受け取る為に手を伸ばすが、それを避けるようにして手を引っ込めてしまう。

「冗談。ただで渡すわけないだろ?」

 眼前に垂らした糸をすんでのところで引き上げる事を面白がっているのか、それともほいほいと引っかかる巌を嘲ているのかは分からないが、やはり莉緒の口は歪んだままだ。

「……何が目的だ?」

 ここでようやく莉緒の真意に気付いたのか、巌が非常に難しい表情を浮かべながら、低い声で唸るようにして問いかける。そんなもの、聞くまでも無いだろうに。

「俺の事は、放っておけ。ただこれだけだよ」

 実にシンプルな要求。しかしながら、その内容は巌の思惑とは正反対、つまり彼らの莉緒に対する要求を真っ向から拒絶するものでもあった。当然、即はいと答えられるようなものではない。しかしながら、今この場において、莉緒が持つ龍玉の片割れにどれほどの価値があるのか、それが分からない巌では無い。

「…………………………分かった。その要求を飲もう」

 随分と長い葛藤の後、ようやく判断した巌に対し、先ほどまで笑みは鳴りを潜めた代わりに、疑わしげな視線を向ける莉緒。その目は巌をこれでもかというほど疑っているものだ。だが、言質をとった以上、話し合いを無駄に引き延ばすのも何か、と考えたのか、莉緒もまた、少し考えた後にようやくその手に持った龍玉の片割れを巌へと引き渡した。

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