鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

五十七話 人と神


「当たれ、当たれ、当たれ、当たれ、当たれえええええええ!!」

 広い空間の中に、青い光が縦横無尽に迸っている。もはや一本や二本では効かず、避けるどころか正面から受ければ背後から撃たれかねないと言える程の大量の熱線が、エイジと相対する敵へと襲い掛かる。
 だが、その相手、莉緒には当たらない。別段、宙を舞うようにして飛び回っているわけでは無い。彼の戦闘スタイルは変わらず、派手な動きを見せる事は少なく、ただ地にしっかりと足を付け、隙を見かけたら一瞬で踏み込めるように常に機会を伺っている状態だ。だが、そんな状態でも周りはしっかりと見ており、視線を向けていないにも関わらず、正面を向きながら横から、後ろから迫る熱線を悉くかわし続けていた。

「クソッ!!」

 じわじわと詰めてきていた莉緒から距離を取る為に手が止まる。その瞬間を見逃さず、莉緒の足が一歩、二歩と大きく踏み出された。しかし……

「……」

 防がれる。攻防一体の万能武装とはまさにこの事。莉緒の攻撃は先程からほとんど防ぎ切られていた。
 エイジはグラスのようにトリッキーな動きをするタイプではない。故に、莉緒の動きはどちらかと言うと待ち、ではなく攻めにシフトしている。だが、彼はフェイントやカウンターを使う事はあれど、高速で相手の後ろに回り込んだり、それこそ飛び道具などといった相手の虚を突く攻撃は持ち合わせてはいない。
 ひたすらに直線的で、尚且つ無骨な正面からの殴り合いに特化した彼は、多彩な飛び道具と、防御力に特化したエイジに有効打を与えられずにいた。

「全く、無駄に硬い……!!」

 防がれるだけならばまだしも、足を止めればその瞬間に複数の熱線が莉緒に襲い掛かる。その瞬間、攻撃の手が少し緩むと思いきや、意外にも攻撃に回している銅板はそこまで多くはなく、あくまで防御最優先といった様子だ。そのおかげで、踏み込むべき瞬間というものを見定められず、足踏みが続く羽目になっていた。
 とはいえ、攻撃が当たらないのはエイジも同じだ。先ほどから角度を変え、位置を変え、タイミングを変える等で試行錯誤を繰り返しているが、莉緒に攻撃が当たる様子は無い。それどころか、攻撃パターンを一つ一つ見切られ、二度使おうとすると、一度目の隙に付け込み、その瞬間に踏み込んでくる、という事が何度かあった。その為、彼もまた、細心の操作で莉緒を追い込もうと画策するも、徐々に自分の動きが見切られてきている以上、やがて距離を詰められるのは自明の理だった。

「ちょこまかと!!」

 実際は、エイジが言うような動きは見せていない。しかし、細かな動きを何度も繰り返しているせいか、エイジにはちょこまかと動きまわっているように見えるのだ。いや、実際に最小の動きで何度も避けているとはいえ、それを何度も繰り返していればちょこまか、という表現が出るのもおかしい事ではない。逆に言えば、避けに徹させている、と言えなくもないが。
 しかしながら、攻撃パターンを一つ、また一つと見せていくことで、エイジは確実に自身の首を絞める事となる。当然、それが分からない彼でもない。だが、ここで手を止めれば、間違いなく莉緒の反撃が来る。そう確信しているからこそ手を止められない。止めれば、今度貫かれるのはエイジの胸だ。兄の下へと莉緒を行かせない為にも、何よりグラスの仇を討つ為にも、ここはどれだけ時間が掛かろうと、莉緒を何としても仕留めなければならない。

「……チッ」

 エイジの秘めたる想いが、密かに攻撃の速度を加速させる。これまでのものに動きを合わせていた莉緒からすると、厄介極まり無い話だろう。銅板の動きは、今まででも十分なまでに素早いものだったが、ここに来てそれが加速している。まだ避ける事に意識を割けばどうにでもなるが、そうなると攻撃の機会を伺う事が出来なくなる。先の事を考えれば、これ以上エイジに時間を割く訳にはいかない。

「仕方ないか……」

 別段、これ以上莉緒の力に先があるわけでは無い。ここから覚醒したり、実は隠された力が、なんてのも存在しない。あればどれほど楽だったろうか、と本人が聞けばそんな風に洩らしそうだ。
 単純な話だ。ここから先は覚悟の話。即ち、今の状態で進めないのならば、例え危険が見えていようとその中に踏み込むのみ。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。火の粉を払う為に篝火の中に手を突っ込むのでは、本末転倒な話だが、火を直接押さえなければ消えないのであれば、そうするのみ。
 一度、熱線が集中出来ない程の距離まで下がると、体勢を低く構える。

「一撃必殺、なんて大層な事は言わんさ。だが……、死にたくなければ避けろよ?」

 低い声でそう言い放つ。小さく、それこそ呟くような声量だったが、その声は確かにエイジの下へと届く。そして、エイジもまた莉緒の攻撃に対する為、周囲に展開していた銅板の動きを統一させる。莉緒の渾身の一撃に耐える為。彼がそう判断した為だ。
 ひゅ、と唇から小さく息が漏れる。と、同時にその足が強く地面を蹴った。
 来る、そう思って身構えたエイジだったが、その予想外の動きに思わず面喰ってしまう。
 直線では無い。
 一撃に賭ける、と取れる風に言った割には、彼の動きはエイジの先ほどまでの攻撃を避けるような軌道をとっている。しかしながら、流石と言うべきだろう。まるでジグザグに動いているにも関わらず、鋭角部分ですら莉緒の速度が落ちる事は無い。まるで既にある軌道をなぞっているようだ。

 ……そうだ、まるで莉緒はあらかじめ存在する軌道をなぞっているかのような動きを見せている。それはつまり、エイジまでのルートを先読み出来るという事だ。元々頭脳派を自称しているエイジはすぐにこれに気付く。そして、莉緒がとるであろう軌道を先読み、詳しく言えば、速度を落とさずに、それでいてエイジを攪乱出来る軌道の位置を割り出す。それらをこの数秒の間にやって見せたのは、やはり頭脳派と自称出来る程の頭の良さのおかげか。はたまた、概念魔装でブーストでもされているのかは分からないが、迎撃の為の軌道割り出しが無事に終わる。

「残念だが、そう簡単には行かせないぞ!!」

 即座に莉緒の進行方向の先に銅板の正面を向ける。これもまた、一種の偏差撃ちのようなものだ。エイジの予想は、これまた見事としか言えない程に適確に莉緒の進行方向を当てていた。更には、その場に向けて熱線も放っている為、後は得物が網にかかるのを待つのみ。そう、思っていた時だった。

「なっ!?」

 莉緒の姿が消えた。

 一瞬の事だった為、上手く視認出来なかったが、熱線の中に消えたわけでは無い。彼の進行方向にある熱線に触れる瞬間、唐突に瞬間移動でもしたかのようにその姿が消え失せたのだ。
 すぐさま辺りを見回して莉緒の姿を探すも……いない。だが、あれだけの速度で近づいてきていたのだ。もしも、失速していなければとうにエイジの下に辿り着いている筈。それが無いとすれば、加速が出来ない場所にいるという事。

「まさか……!!」

 上空、いや、空中を仰ぎ見る。そこに……莉緒がいた。
 熱線に触れる瞬間、真上に跳躍したのだろう。これまで彼が一切地面から足を離さなかった為、その発想に思い至る事すらなかった為か、完全に不意打ちを受けた形になる。

「だが……、終わりだ!!」

 しかし、莉緒がいるのは身動きの取れない空中だ。実際、彼の足は地に着いておらず、この状況であればもはや撃ち落とされるだけだ。その事を莉緒が知らない筈も無いだろう。にも関わらず、この状況に持って行ったのであれば、それは焦りか、それとも単に頭から抜けていただけか。
 エイジが指示を出し、一斉に宙に浮かぶ莉緒へと銅板を向ける……が、そこで気付いた。莉緒が背中に手を回して、何かを隠しているような仕草を取っている。
 ふと、何かに思い当たり、エイジは自身が操っている銅板の数を数える。……一枚、足りない。
 そんなまさか! そう叫ぼうとしたその瞬間、莉緒が背中に隠していた、いつの間にか拝借した銅板を足場にして、宙に浮かぶ他の銅板を蹴りながら不規則な軌道を描いて地上に降りてくる。
 莉緒の拳を受け止めたように、エイジが操る銅板は正面からの衝撃には滅法強い。それを逆手に取られた状態だ。

「このぉ!!」

 すぐさま振り払うようにして銅板を散開させるも時すでに遅し。地上に降りた莉緒の間合いに、自分が入っている事に気付き、即座に防御用の銅板と攻撃用の銅板を自身の周りに停滞させ、迎撃準備を行う。
 それを見た莉緒がさせまいと一気に踏み込んでくる。ガアン、と甲高い音を立て、莉緒の拳が止まり、それを見たエイジがすぐさま制止した彼を狙うようにして銅板を配置するも、その一瞬のラグを見逃さない。
 莉緒は一歩踏み出すと、再び拳を銅板に打ちこ……まない。横を掠る様にして空振りするように見せたが、次の瞬間、更に前へと踏み込み、腕を折りたたむと、横から銅板を肘で弾き飛ばした。
 そう、先程の話、この銅板は正面からの衝撃には強いのだが、それ以外、特に横からの衝撃にはかなり弱い。そもそも、側面で防御をするという想定がされていないのだ。そのうえ、並ばせればそれだけで大きな壁になる。そもそも横からの攻撃に対応する事自体が余計な事だったのだが、ここ事に至っては、それが仇となった。
 弾かれた銅板の向こう側には、すぐ傍にエイジがいる。また一歩踏み出し、彼に向かって拳を打ち付けようとするも、それを許すエイジではない。
 周囲に浮かんだ銅板を一点に集中させるのではなく、莉緒がいる場所を大まかなポイントとして、拡散するように熱線を発する。これなら、避けられる事はまずない。そう思っての判断だった。
 一撃一撃の威力は絶大だが、その一撃で莉緒を打倒出来る程では無い。その為、エイジの目的は至近距離まで近づいてきた莉緒を倒す事ではなく、一度、たった一瞬でいい、彼を後ろに下がらせる事だった。だったのだが……

「あっ……ついなぁ!!」

 止まらない。
 熱線が莉緒の腕を貫通するが、それは左腕だ。利き腕の右では無い。まさか傷を負ってでも強引に詰めてくるとは思わなかったのか、エイジの思考が一瞬鈍る。
 エイジはこの状況に陥る前に思い出すべきであった。自身の妹であるグラスが、どのようにして敗れたのかを。彼女を倒した際に莉緒が負った傷は、何も運が良かったわけでは無く、またグラスの最後っ屁というわけでもない。
 あれは、莉緒が彼女の油断を誘い、尚且つ自分の懐に踏み込ませる事で、攻撃の瞬間に出来る大きな隙を狙ったものだった。
 異能を操る魔人を打倒する為ならば、腕の一本や二本、惜しくは無い。流石にそこまででは無いだろうが、肉を切らせて骨を断つ、という作戦は、彼にとっては常套句。むしろ、かつて今ほどの力が無かった頃には多様していた戦法だ。その際に付いた傷は、今も生々しく莉緒の体に残っている。
 なりふり構わず、といったものでは無く、完全にこの瞬間のみを待ち望んでいた莉緒にとって、これ以上の好機など他には無いだろう。故に、今この瞬間、彼が振るうのは必殺の拳。確実に敵の命を葬る為の絶招。
 それがエイジへと突き出され……たが、その拳が彼に届く事は無かった。

 甲高い音を立て、銅板が莉緒の拳をすんでのところで止めていた。辛うじて一枚が間に合った、といったところだろう。しかし、これで莉緒の動きは止まった。このまま彼をこの場にくぎ付けにし、後は熱線で焼くだけ。そう思っていたエイジだが、今の一撃は莉緒の絶招である。止まった、と思うのは、あまりにも早計であった。

 次の瞬間、銅板の後ろから放たれた異常な衝撃がエイジを襲いかかった。

「鬼哭迷世のフェルネグラート」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く