鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

四十八話 必殺、メテオナックル


「うぉおおおおりゃああああああ!!」

 宙に舞い上がった奈乃香の体が、拳を突き出してヴィーデの大群、その中心に向かって突っ込んで行く。本人は長ったらしい、覚えづらい名前を付けてはいたものの、それを今まで口にした事は無い。正直どうでもいいのかもしれない。
 だが、愚直な一撃ではあるものの、その威力は絶大だ。こと火力に置いていえば、広範囲と高威力を兼ねている奈乃香は、この街の守護役の中でもトップに居座っている。雲雀も短時間内でのダメージ量で言えば負けてはいないものの、彼女の場合は範囲が限られる。
 阿弥は速度に優れるが、火力自体は前述の二人程では無い。むしろ、弱点を的確に狙い撃つ義嗣の方が高いまである。放った矢を直接コントロール出来る彼にしてみれば、弱点を狙い撃つのは当然の事、針の穴に通す事すら容易いものだろう。その正確さから来る殲滅力には目を見張る部分がある。
 しかしながら、それらの力をもってしても、目の前に引き詰められたヴィーデの大群を殲滅するのには時間がかかる。それは、奈乃香の一撃でかなりの数が塵と化したのにも関わらず、その波が止まるところを知らないところを見れば一目瞭然だ。

「こんのっ!!」
「……甘い」

 加えて、ヴィーデを操っている張本人、魔人達の相手もしなければならないのがネックだ。一人に対し一人で対抗出来るならまだ問題は無いが、如何せん魔人一人一人の戦闘力は特戦課の実働部隊一つにゆうに匹敵する。一対一に拘らず、全員で一斉にかかるのが得策と思える程度には凄まじい実力を有しているのだが、ヴィーデのお陰でその戦法を取る事も出来ない。

「こりゃ、キリがねぇな……」
「一体一体まともに相手をしていては、敵の数が減るよりも早く、こちらの体力が尽きるのが早いでしょうね……」

 冷静に分析をしながらも、その手は止まらない。元々積極的に前に出ていくタイプではない皐月と聖は、前衛を前に立てながら援護をするのがメインの戦闘スタイルとなる。皐月は奈乃香、聖は雲雀と言った風に、それぞれが優先すべき相方を随時援護していく形になるのだが、その二人が直接攻撃に加わっているところから、今現在どれほど切羽詰まっているのかが分かるだろう。

「敵の親玉を直接叩く方が早いな……。雲雀ちゃん!!」
「任されたぁ、って言いたいんだけどぉ……」

 雲雀の強烈な一撃が一体だけではなく、その後ろにいた数体のヴィーデを巻き込んでいく。しかし、減った場所には即座に新たなヴィーデが補充され、穴の一つも見つからない……否、作る事が出来ない状態だった。先ほど空中から敵の中心部分を急襲した奈乃香も、その勢いに押されていつの間にか皐月の傍まで戻ってきている。

「なんか、わーって感じで迫って来るよ!!」
「うんまぁ、そんな感じはしてたから、無理に説明しようとしなくていいよ」
「でも、あの人のいる所はそんなに遠くないから、目の前のヴィーデをどうにかすれば……」
「奈乃香ちゃん?」

 何やら考え込む奈乃香。しかし、その状態でもしっかりと敵を打ち倒していくのを、果たして称賛すればいいのか、それとも恐れるべきなのか、判断に困るところである。
 しばしそんな風に思考に浸っていた奈乃香だったが、ようやく決意したのか、顔を上げて前方へと視線を向ける。すなわち、エイジのいる方向に。

「今から、私がこのヴィーデの大群をどうにかするので、その間に魔人を倒す事って出来ますか!?」
「防御壁次第ねぇ……。皐月ちゃんの援護があればどうにか出来るけどぉ」
「援護は任せて下さい。何をすればいいのか、一切分かりませんが」
「その時が来たら、かしらぁ……」

 実際、奈乃香はどうやってこの大群の壁を抉るか、一切メンバー達には告げていない。その様子から、失敗の可能性もある、という事を読み取れたのは、この中でも皐月くらいだろう。だが、彼女の渾身の一撃を放っても、敵の数が一向に減らない事を考えれば、奈乃香の策に乗る他は無い。この場合、多少の無理は承知の上で押していくしかないのだ。

「よっし! それじゃ、突っ込むので、後はお願いします、雲雀先輩!!」
「えぇ~……えぇぇぇぇ……」

 ナックルを打ち合わせると、奈乃香が構えを取る。普段のように振りかぶるものでは無い。前傾姿勢を取りながら、腰だめに拳を構えるその姿は、強烈なストレートでも放とうかという体勢だ。そして、彼女が纏うのは、紅蓮の火焔。
 それが、拳だけでなく、体全体を覆うようにして纏っている。それはまるで、今から吶喊でもしようとしているような……。

「七草奈乃香、吶喊します!!」

 ……どうやら推測は当たっていたようだ。
 完全に突撃体勢をとった奈乃香が、その言葉と共に強く地面を蹴る。すると、慣性で纏っていた炎が後ろに引っ張られ、まるで一つの火の玉のように形作る。その姿は、まるで地上を駆ける隕石だ。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 その状態でヴィーデの群れへと突っ込んで行く。当然やられまいと抵抗するものの、奈乃香の攻撃の威力が見た目よりも強力なせいか、壁とならんとするヴィーデを次々と蒸発させていく。
 塵にする、などと甘い事は言わない。触れた瞬間から消えていくそれは、前述のとおり蒸発という表現が非常に似合っている。
 周囲を囲うようにして展開するヴィーデを次々と屠っていく奈乃香だが、彼女の勢いは止まるところを知らない。押され、足を止めようものならそれ以上の力をぶつけていく。力づく、と言えばいいのだろうか。言い方を変えれば、脳筋、という表現がぴったりだが、それ以上のごり押しに、見ている方は茫然とするほかない。
 だが、その足は確かにエイジの前までの道を作り、大量のヴィーデの群れを切り開いていく。力押しなのは誰が見ても明らかだが、同時にその維持と根性は、ただ見ているだけしか出来ない彼女達に諦観を捨てさせる力強いものだった。

「とぉどぉけぇぇぇぇぇぇ!!」

 穿ち、抉る。そうして向けた拳は、確かに彼女が目指した相手へと届いた。

「相変わらずめちゃくちゃな……!!」

 対するエイジも、自身に触れようとする拳を防ぐため、目の前にこれまで何度も目にした防壁を構築する。それによって、奈乃香の拳は制止させられるが、その勢いが死んだわけでは無い。

「まぁだぁ!!」

 全身に纏っていた炎が消える。しかし、それらは鎮火したわけでは無く、奈乃香の右手、握った拳へと収束していく。

「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 纏うどころか、噴射の様相を見せる奈乃香の拳に焦ったような表情を見せるエイジ。だが、そこまでやっても彼の防壁を貫く事は出来ない。意地や根性論ではどうにもならない事はある。それは奈乃香とて分かっている事だろう。しかし、ここでやめれば、せっかく作った隙が台無しになる。そう考えた奈乃香は、更に地面を踏みしめる足に力を入れる。

「ぬうぅぅぅぅぅぅ!!」

 元より、この拳が届くなど、彼女は思っていない。ただ、一瞬、一瞬だけエイジの意識が攻撃をする者から逸らせる事が出来れば、それでよかったのだ。
 果たして、彼女のその願いを込めた拳が無駄になる事は無かった。

「っ!?」

 エイジが驚いたように背後へと視線を向ける。いや、向けようとしたが、目の前の奈乃香から目を逸らす事が出来ず、かろうじて意識だけを向けている状態だ。そんな様子では、反応出来たとしても、防ぎきる事は出来ない。誰もが一瞬、そう思ったが、エイジはこれを防いで見せた。事前に防御壁を反対側にも構築していたのか、もしくは全面を覆うタイプだったのかは分からない。が、完全な不意打ちだったにも関わらず、エイジのその体が野太刀によって斬り伏せられる事は無かった。無かったのだが……。

「小癪な!!」

 前方の奈乃香に加え、後方からは皐月からの強化をもらった雲雀が野太刀の質量と、持ち前のパワーで防御壁を破ろうとしてくる。完全に挟まれた状態だ。防御壁の耐久力は確かに高いが、無限ではない。故に、以前義嗣が撃った際、受けるのではなく受け流す方法へとシフトしていたのだ。あの戦いの前には、一度奈乃香に防御壁を破られている。同じ轍は踏むまいと対処方法を切り替えていたが、今現在、それが不可能なわけではない。むしろ、目の前の奈乃香の攻撃をこれ以上防ぐならば、その方法が最善だろう。だが、後ろにいる雲雀は別だ。

「きぃえぇぇぇぇぇ!!」

 猿叫一叫。込められた力は、眼前の奈乃香にも迫るものだ。あの受け流す壁は一方向にしか作用しない。故に、奈乃香の攻撃を受け流しても、力の流れ的に、背後の雲雀は引き込む形になる。そうなれば、タイプを変えた防御壁の脆さを突かれ、そのまま押し込まれかねない。

「くぅ……っ!!」

 悩んでいる暇など無いだろう。今のエイジは絶体絶命とは言わないまでも、危機である事には変わりない。

「悩んでいる暇など無いか!!」

 何かを決意したような顔になるエイジ。次の瞬間、前後を挟まれ、対抗策を完全に断たれた彼は、何を血迷ったか、防御壁を……消した。
 刹那、高々と上がる土煙に、奈乃香と雲雀はその身を飲まれていった。

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