鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

四十七話 防衛作戦


 敵はたった三人。されど、それぞれが特戦課の一部隊に匹敵する程の実力を持っており、そんな者達が三人で徒党を組んでいるのだ。特戦課のメンバー達の戦いが、どれほど熾烈なものになるか、目に見えるようだ。だが、彼女達の役目はこの街を守るために戦う事だ。それ以外には余程の事が無い限り手を出す事は無いが、だからこそ、課せられたこの責務だけでもきっちりと務めるべき。そう心構えているのか、各々が見せる表情は引き締まっていた。緊張している、とも言えるが。

「ウサミミ、分かってるわね?」
「宇佐美、だ!! 分かってる! 迷うな、だろ」
「そ、きっちり狙いなさい。三人を同時に撃退するのは無理でも、一人一人なら何とかなる。そう強く思う事が重要よ」
「確信は無いのか……」

 少なからず不安の声が背後であがるものの、阿弥は気にせずに自分達の敵を睨みつける。彼の魔人達もまた、今の彼女達のように高所から見下ろすような形をとっており、特戦課に気付いているのか否かは分からないが、阿弥達へと視線を向ける事は今のところ無い。だからと言って、気付いていない、と言い切るのも危険である事は確かだ。
 先手がとれるならば、それに越した事は無い。強いて言うなら、阿弥達に意識を向けていない今がチャンスと言ってもいい。
 仕掛けるべきか、否か。このまま不意を打つのもいいが、その場合三人を相手にする事になる。そうなれば、いくら先手をとったとしても、不利になるのは阿弥達特戦課側だ。出来る事なら、それだけは避けたい。

「行きますか?」
「いや、ちょっと様子を見るわよ」

 吶喊する気満々の奈乃香を冷静に抑えながら、阿弥は魔人達の動向を窺う。彼らもまた、阿弥達の動きを警戒しているのか、その場から動こうとしない。このまま去ってくれるなら、それはそれで特戦課としても戦う必要が無くなり、無駄に命を賭ける事も無い。
 彼らも彼らで最後の仕上げに慎重になっている、という事だろうか。とはいえ、全くと言っていいほど動きを見せない事に、そろそろ一同が痺れを切らし始めた頃、皐月がある事に気付く。

「あの下の様子を窺う体勢、長時間維持するの辛くないんでしょうか?」

 言われてみれば、おそらくエイジと思われるフードを被った人影は、体をくの字に折り曲げ、自分達が攻めるであろう場所を覗き込んでいるが、その体勢はまだまだ現役の皐月達をして、辛いと言わせる程の体勢だ。そも、体を鍛えているとは言えない彼には辛いはず。にも関わらず、その姿勢が伸びる事は無い。それどころか、他の二つの人影も、先程から同じ姿勢を維持するばかりで、ろくに動こうとしない。

「まさか……!!」

 あの三つの影の正体、その推測を口にしようとしたときだった。
 突如として、轟音と共に地面が大きく揺れる。一瞬、地震かとも思ったが、揺れ方が違う。地震は横だが、今現在彼女達が体感している揺れ方は縦だ。それはつまり、地下からの衝撃で揺れている事になる。

「やられた!! 各自、戦闘態勢!! 突入するわよ!!」

 阿弥の声に応えるようにして、それぞれが武器を構え、一気に防衛目標を守るべく、眼下へと着地し、即座に揺れの発信源と思われる場所へと向かう。
 その動きは迅速そのものだったが、正直なところ遅すぎたと言わざるを得ない。事態は既に、恐るべき速度で急降下していた。



 揺れの原因となった場所、そこに辿り着いた特戦課のメンバーを待っていたのは、散々な光景だった。
 これまでの破壊行為など生易しいと表現せざるを得ない。まさか、土台のその下に巨大な空間を作り、一気に崩れ落とすなど、まともな人間ならば考えないだろう。
 地下に広がる空間には、土砂が高々と積み上がり、その中にはこの地に未だ祀られていたであろうご神体などが埋まっていた。

「罰当たりな連中ね……!!」
「結構。だが、事が済めば理解するだろう。誰が罰を下す側なのかを」

 まるで阿弥の言葉に答えるかのようにして姿を現した三人の人影。地上で見たものと違い、本体の方はローブなどで姿を隠す事も無く、堂々とその素顔を晒していた。
 莉緒の攻撃で負傷した筈のエイジは、既に完治しているのか、何食わぬ顔で特戦課メンバーを見下ろしている。その傍にはグラスがおり、こちらは特にこれといって大きな怪我などはしていなかったが、その装いには変化が見られ、これまでのよりも一段と戦闘に特化したものとなっていた。
 そして、二人の間にいる人物。これまではフードで顔が見えなかった三人目の魔人。その顔は、モデルとしてもやっていけそうなほど整っているものだったが、冷たい視線を向けているせいか、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。だが、その顔はやはり兄妹と言えよう、傍らにいる二人によく似たものだった。

「とはいえ、我々も無情な殺戮者というわけではない。ここで大人しく下がるのならば、見逃す事もやぶさかではない」
「……はっ、冗談!」

 阿弥がアイオーンの言葉を笑い飛ばす。彼女達の答えは最初から決まっている。いや、選択肢など、始めからありはしない。この場において、特戦課メンバーが勝利する最低条件の中に、生き残る事、は含まれていない。魔人達を止めなければ、どうなるかなど分かったものではないのだ。
 考え得る中でも最悪に近い対峙の仕方をするも、それをいまさら後悔したところで事態が好転するわけでもない。であれば、ここは素直に腹を括るしか無いだろう。

「ならば、仕方が無い」

 アイオーンが右手を掲げる。すると、周囲に赤い陣が浮かび上がり、そこから大量のヴィーデが現れる。その数は、この狭い空間では、その質量だけで押しつぶされそうな程だ。

「この期に及んで、自分で戦う事をしないわけ!!」
「自ら手を下す必要も無い。あったとしても、こいつらの相手で消耗したところを叩けばいいだけだ」
「チッ……、掲げる理想は壮大な癖に、やってる事は小物じゃないのよ」
「……安心して、私達も戦うから」
「それはそれで面倒なので控えて欲しいですね……!」

 阿弥の傍に立つ皐月が円月輪を構える。敵は強大だが、人数の有利不利で言うならば、魔人よりも特戦課の方が多い。もっとも、ヴィーデを入れればその優位はいとも容易くひっくり返されるが。

「ったく、少しはこっちの事情も考えて欲しいもんだ」
「でも、やりがいはあるわよねぇ」

 そんな状況でも、流石は年長者、聖と雲雀からはどこか余裕のようなものも感じられる。この場において、自分達が一番狼狽えてはいけないという事を分かっているのだろう。その辺りはやはり経験値の高さが生きている、という事か。

「僕はそんな風には考えられませんが……精一杯やってみます」

 義嗣もまた、先輩二人に続く。

「よっし、それじゃ、行くよ!!」

 そして、最後に声を張り上げ、ナックルガードを強く打ち鳴らすのは奈乃香だ。彼女は一つ、気合を入れると、腹から思いっきり声を出して自身を奮い立たせる。その効果は、本人だけに留まらず、周囲にいた仲間にも影響する程だった。

「……行くよ」
「分かっている。さっさと終わらせて、兄さんに続くとしよう」

 こうして、防衛戦と言うには、色々と手遅れな戦いが今火蓋を切られる。

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品