鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

四十三話 噛み合わない


 結局、逃がした魔人のその後は知れず、莉緒達は、その場での後始末に追われる事となった。が、今回はあの魔人単騎での襲撃だった事と、人通りの少ない場所だった為か、人的被害は一切出ておらず、あるとすれば取り壊し予定だった廃ビルが本格的に取り壊さなければ危ない状態になっている事と、その付近の建物の壁を突き破った程度のものだ。人一人が起こしたもの、と捉えれば相当な被害ではあるが、ヴィーデが絡めばこの惨劇はもっと広範囲かつになる。しかも、壁に穴が空いた、なんて暢気な事を言ってられないのは自明の理だ。
 そんな被害を出した現場でたった一人で戦っていた莉緒だが、彼の窮地に駆け付ける事が出来た特戦課メンバーとは異なり、一人だけ非常に不満そうな表情を浮かべていた。

「いつまでぶー垂れてるつもりよ。アンタ、それでも男なの?」

 憎まれ口を叩く阿弥に対し、莉緒は少しジトっとした目で彼女を見ている。が、少ししたら小さく溜息を吐き、まるで呆れたように顔を背けた。

「ちょっと、今のはどういうつもり? 説明しなさい!」

 背後から阿弥が怒りをぶつけるも、莉緒は振り返りもせずに崩壊しかかっているビルへと向かう。その途中には、二人が突入してきた時には、外で待機していた皐月が待っていた。

「……せめてお礼の一つくらい言っても罰は当たらないのでは?」
「礼? 冗談でしょ?」

 その口調は、本気で皐月を馬鹿にしているもののようにも思えた。そんな事、頼んだ覚えは無い、なんて言えば、その場にいる者達全員から顰蹙を買うのは当然だろう。莉緒の態度を見ていれば、口にしなくともそう言っているのと同義だ。皐月は少しむっとした顔になりながら、莉緒のその態度を諫めるべく、口を開こうとした。

「二度も三度も同じように上手くいくとは思えない。あそこで決めるべきだったんだ」
「……どういう事ですか?」

 負け惜しみ……とは一概には言い切れない。しかしながら、皐月としては、あの状況で莉緒が逆転の一打を打てるとは思っていなかった。それ故に、何故そう思ったのか、好奇心で聞いてしまう。

「一年のブランクはあまりにも大きい。実際、一年前ならあの魔人の動きにも対応出来てただろうけど、今の俺にはかなり難しい。だからこそ、自分で追うのが無理なら、引き込むしかない。わざと大きな動作を見せ、時間が経てば経つほど消耗しているように見せかける。最終的に、こちらが体勢を崩して出来た隙に飛び込んできたところを迎撃する、はずだったんだけどねぇ……」

 頭に手を当て、深く溜息を吐く。今日これで何度目だ。

「何でこうなるかなぁ~……」

 あの隙は、決して莉緒の疲労が溜まって出来たものでは無かった。攻めて捉えられないのであれば、カウンターを叩き込むしかない。しかし、相手はこちらの動きを用心深く見定めてくる。ならば、敢えて別の戦法に切り替えたと思わせ、自分で作った隙に飛び込んできてもらおう、という腹積もりだったらしい。
 結果は、知っての通りだが。

「事前にそう言ってくれていれば……」
「そっちが来るかどうかなんて分からなかったし、何より敵の目の前で作戦会議でもする気? そんな間抜け、見逃す方がどうかしてる」
「そういう事じゃありません! 話す機会はこれまでに何度もあった筈です。その時に一言でも言ってくれれば良かったんじゃないですか?」
「奴さんがどういう戦い方をするのか分かりもしないのに?」
「そこは、一度見ているのですから、そこから推理して……」
「推理して外れてたら、それこそ無駄な時間を過ごす事になっただろうね。そっちだって、あの魔人もどきに秘密兵器使ったけど、簡単に対処されてたじゃない。あれと一緒だよ。自分の戦い方なんて、曲芸でもない限りは人の目に晒すもんじゃない。対応されるからね。逆にそれを利用する手もあるけど、それこそ相手の手の内を晒させる為の戦法だ。あくまで自分が有利になる為の一手でしかない。正直、あの魔人もどき相手にそこまで準備する程の余裕は無かった。だから、土壇場で試して、無理だったらこっちも全力で行くつもりだったんだけど……」

 チラリ、と莉緒の目が離れた場所にいる阿弥へと向けられる。彼女の傍にいる奈乃香にしてもそうだが、おそらく自分達の立てた作戦が外れれば、そこから一気に瓦解しかねない。ただでさえ個々の戦闘力が追いついていないのだ。そんな状態で徒党を組んだとて、逆に崩されればそこからはもうまな板の上の鯉と言ってもいいだろう。莉緒がフォローすればいいだけの話のようにも思えるが、単騎で敵複数と戦うならともかく、ターゲットがどこに向くか分からない状態でのフォローは時として自分の身すらをも危険に晒す。故に、彼が誰かと共に戦う事は無い。そこまで手が回らないのだから。

「とはいえ、今のままだときっついなぁ……。多分また来ると思うから、それに備えて調子を戻しとかないと駄目かもしんない」
「だったら、尚更特戦課にいるべきでは? 必要な施設も、機材も用意できますし、莉緒さんのギア……、第一世代って聞きました。それを改良する事だって……!」
「師匠の影響かな……。そういう組織に属したり、集団に入るのって嫌いなんだ。あの人も孤高の虎みたいな人だったし、技だけじゃなく人格まで受け継いだのかもねぇ」

 皐月の提案すら、素気無く拒否する莉緒の顔は、どこか懐かしさを感じているかのようだった。

「お師匠さんがいたんですか。その人は今どちらに……?」
「さぁ? 大崩落に巻き込まれて死んだんじゃないの。あれっきり姿を見てないしね。死んでなかったとしても、どこかで元気に生きてるでしょ。あのじーさん、絶対に百越えてもピンピンしてるだろうねぇ」

 ニヤリ、と小さく笑みを浮かべる彼の中では、かつて教えを受けた記憶でも反芻しているのだろうか。
 そんな表情を浮かべる莉緒は、皐月から見れば、普段よりも随分と楽しそうに見えた。つい先ほどまで命の取り合いをしていたとは思えない。むしろ、友人と遊び、帰ってきた、と言われてもおかしくは無いものだった。

「さて、と」

 ひとしきり過去の残影を堪能したのか、一息ついた後に莉緒が再びギアを身に纏う。

「! どうしたんですか、いきなり! 敵襲ですか!?」

 目の前でエクリプスギアを装着した莉緒に驚き、つい気が動転する皐月。そんな彼女に向かって、莉緒は手を横に振っていた。

「違うよ。あのビルの片付けしないと。変な壊し方したから、業者だとしても危ないだろうし、先にこっちで出来る事はやっとかないと」
「……はい?」

 予想外の返答に、思わず目が点になる皐月。彼は今何と言った? そう、片付けだ。

「い、いや……、そんな事しなくても、専門の人がやってくれますよ?」
「……俺の話聞いてた? はぁ、もういいよ。さっさと下がってくれない?」

 どこか落胆したような様子で皐月に向かって手を払う仕草をしている莉緒。そんな従兄を前に困惑していると、彼女の背後から阿弥がやって来ていた。

「ちょっとちょっと、何かあったの?」
「いえ、これは……」
「オタクの隊員は片づけも出来ないの? 随分と上等な教育受けてんだね」

 棘のある口調の莉緒を前にして、イマイチ状況が飲み込めない阿弥。そんな彼女に皐月が懇切丁寧に説明すると、阿弥もまた、先程の皐月と同様に、何故そんな事をするのか、と言いたげな表情で莉緒を見ていた。

「あのね、アタシ達の役目は今アンタが身に纏っているギアを使って街の平和を守るために戦う事なの。その時の被害なんかは、専門の業者がやるからアンタはそんな事までやる必要は無いのよ」
「……そういえば、こないだのモールの一件でも、君らは警察に言われてから行方不明者の捜索なんかしてたよね? あれ、何で?」
「何でって……、そんなのアタシ達の仕事じゃないからに決まってるじゃない」

 あっさりと、それこそそれが当然だ、とでも言いたげな表情で、阿弥はそう言い放つ。行方不明者の捜索や、怪我人の対処などは、専門家の手が足りない場合、あくまで手伝いとして行っていただけで、それが彼女達本来の役目ではない。阿弥達特戦課は、ヴィーデへと対応する為の役職であって、消防士や救急隊の真似事をする職業では無い、と彼女はそう言い切ったのだ。
 その言葉を聞いた瞬間、莉緒の顔から表情が消え失せる。そして、阿弥達に背中を向けると、抑揚の無い声で呟いた。

「あぁそう。なら、それでいいんじゃないか、お前ら・・・は」

 もはや振り返る事すらせず、莉緒は黙って今にも倒壊しそうなビルへと向かって行った。

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