鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

四十一話 違和感


「ったく、何なのよ! こいつら!! 大して強くない癖に、何でこう鬱陶しく纏わりついてくるのよ!!」

 莉緒がグラスと激闘を演じている場所から数キロ離れた地点。そこでは、妙に手応えが無い癖に、しぶとさだけは一人前とでも言いたくなるヴィーデを前に、阿弥が絶叫していた。

「はぁっ!! ……あ、でも先輩、殴ったら簡単に消えますよ!!」
「この弱さで消えてくれないときたら、嫌がらせ以外の何だって話よ!! あぁもう、鬱陶しい……!!」
「あははは……」

 普段と同じような面子でこれまた突如として表れたヴィーデの対応に追われる阿弥、皐月、奈乃香の三人。襲来してきた割には、手応えは無く、軽い攻撃ではそう簡単には倒す事が出来ないものの、強めの一撃を入れると塵のように消えていく事から、普段のヴィーデと比べると、違和感のようなものを感じていた。
 とはいえ、その行動はいつもと変わらず、破壊活動をするのは健在だ。実のところ、残りの三名は別の場所に出たヴィーデの対処に向かっており、そちらでもここと同じような個体が多数確認されているとのこと。

「やってる事一緒だけど、どこか弱い、か……」
「もしかしたら材料が無くなってきたのかもね。それで別の何かで代用してるとか?」
「別の何かって?」
「ん~……、綿あめ?」
「ほう……、なら多食らいのアンタには、是非ともコイツらを食べつくしてもらいましょうか」
「お腹こわしちゃいますよ~」
「壊すどころじゃ済まないと思うんだけど……」

 そんなやり取りをしながらも、どんどんヴィーデを殲滅していく三人。やはりそれぞれの個体は決して強いとは言えず、殲滅力に長ける奈乃香や迅速な動きで連続してヴィーデを打倒していく阿弥、パワーは無いが、臨機応変な対応が可能な皐月にかかれば、多少数がいたところで苦になるような事は無かった。

「これで……終わりっ!」

 おそらく最後の一体であろう個体を拳で貫くと、その亡骸は数秒ももたずにさらさらと崩れていく。相も変わらず呆気ないものである。

「よし、それじゃ向こうにも状況を確認するから、二人は周囲の安全確認をお願い」
「は~い」
「承知しました」

 端末を手に取り、向こうの纏め役である聖と通信を行う阿弥。そんな彼女の後ろで、皐月と奈乃香は言われたように辺りの確認を行っていた。
 多少の破壊の痕跡は見受けられるものの、どれも致命的なものではない。修復にはそこまで時間はかからないだろうし、そのままの状態でも十分機能するレベルのものばかりだ。
 この程度の被害しか出せないヴィーデを召喚しておいて、当の本人達は出てこない。一体、どういうつもりなのだろうか、と皐月がそこまで考えていたところで、何やら奈乃香が真剣な表情をしながら何か考え込んでいる。

「奈乃香ちゃん?」

 考え込んでいる、というよりもどこか一点を凝視しているようだ。そして、視線を向けている先はヴィーデが破壊行動を行ったその痕。

「……ねぇ皐月ちゃん。これ、おかしくないかな?」
「おかしい? 何が?」
「だって、今までのヴィーデって、すごい勢いで色んな物を壊してたよね?」
「そう、だね。後にはほとんど何も残らないくらいの勢いで破壊行動に走ってたのは覚えてるけど、それがどうかした?」
「だったら、何で今日のヴィーデ達って、中途半端に色んな所を壊して、次に行く、なんて事をしてたんだろうね?」
「え?」

 奈乃香の言葉の意味が分からないのか、皐月もまた、彼女が凝視している先へと視線を向ける。確かに、今回の襲撃での破壊活動はかなり中途半端だ。いや、そもそも壊す気があるのか、と問いかけたいレベルで少し齧って次に移る、を繰り返している。これまで皐月が見たヴィーデ達は、人間など視界に入ってもお構いなしに一心不乱に破壊活動に没頭する個体がほとんどだ。それこそ、その場にある全ての物を破壊し尽さんばかりの勢いがあった。
 だが、今日のはどうだ。これまでの勢いなど、微塵も感じられない。あるのはただ、少し壊して移るの繰り返しだ。

「……まさか」

 だが、そこで気付いた。彼らの目的は最初から破壊する事がメインでは無いのではないかと。もしも、その目的が別にあり、魔人はそちらにかかりっきりで、こちらは単に自分達の目を向ける為の陽動なのであれば、ヴィーデの手応えが無かった事も、その破壊活動が中途半端だった事も説明が付く。
 だが、問題は彼らがこれまで最優先にしてでも行ってきた破壊活動を半端にしてでもやるべき事が何か、という話だ。少なくとも、皐月には思いつかない。が、ここで奈乃香がふと思い出したように口を開く。

「そういえば、莉緒さんって、今日どこにいるの?」
「あ……」

 そうだ。この間のモールでの一件、あのアイオーンという魔人は、莉緒を異常に警戒していた。戦う事が無い事を望む、などと言っていたが、手を下さないとは言っていない。つまり、不意打ちでも何でも、殺してしまえば戦っていないのと同じだ。

「ここにいたのは……」
「……陽動! 三綴先輩!!」

 今更気付いたところで時すでに遅し。ヴィーデが出現し始めてから、とっくに半刻は経っていた。たとえ、駆け付けたとしても戦いは終わっているかもしれない。いや、そもそも彼女達がそう思っているだけで、実は戦ってなどいない可能性もある。
 後者であれば、それはそれで問題無い。戦いなど、無いに越した事はない。
 だが、そんな事を悠長に思っていられるほど、現状は甘くない。阿弥に魔人の狙いを告げ、すぐさま莉緒の居場所を本部に探知してもらう。……が、引っかからない。

「何でですか!?」
『彼のギアは初期型だ。君達の物に搭載されているGPSなどは取り付けられていない。色々あったせいで、どんなタイプかは教えてもらえたが、そもそも改良はおろか触らせてもらう事すら出来なかった。こっちでは探しようが無い』
「なら、ヴィーデの反応を……」
『そちらに関しても同じだ。君達が今しがた倒したヴィーデを最後に、この街に奴らの反応は無い。……いくら何でも考えすぎじゃないか? いくらいつもと違う敵だからと言って、そうだと決めつけるのは時期尚早だろう。今はとにかく、こちらに帰還を……』

 と、端末の向こう側でそう巌が口にしていた時だった。彼の下に何らかの報告が為される。そちらに目を通した巌の表情が厳しくなり、さっきとは一転した内容を口にし始める。

『前言撤回だ。阿弥君、マップの方にマーカーを設置しておいた。そちらに向かってくれ』
「何かあったの? さっき、ヴィーデの反応が無いって言ってたじゃない」
『ヴィーデの反応は無い。が、今しがた入ってきた報告によると、市民から人気の無い廃ビルとその付近で破壊活動が行われているそうだ。それも、重機や爆発物を使ったものではない、な。おそらくは皐月君の言った通りだろう』
「手のひら返しはっや……。了解、すぐに向かうわ」
『頼んだぞ』

 通信が切れ、皐月に向き直った阿弥は指定の位置に向かう事を告げる。
 嫌な予感というのは、往々にして当たるものである。皐月にとっては、望んでいなかった結果になったが、その結末はまだ変えられる。
 円月輪を握るその手に、強く力が込められた。

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