鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

三十六話 戦う意味


 纏まりかけていた話に待ったをかけたのは莉緒本人だった。彼は、ここまでの話の流れから、自分が特戦課に何らかの形で関わる事を予想していたのだろう。それ故の発言だったのだが、当人達の表情は驚きに染まっている。中には莉緒の一言で、ようやく沈静化していた怒りが再燃する者もいた。

「アンタ、そうやってまた都心特区の二の舞にするつもり? 自分さえよければ、他の人はどうだっていい、って事?」

 口調は先ほどに比べて穏やかではあるが、明らかに怒り心頭といった様子の阿弥。そんな彼女を前にしながらも、莉緒は冷静に口を開く。

「自分だけ、なんて言うけど、俺は一般人だよ? おたくらの上司は、例え一般人であろうと、利用できるなら利用する。そう言ってるんだよ? 本来、その一般人を守るべき立場の人間である筈なのに」
「アンタには力がある。力を持つ者はそれ相応の責務が伴う。当たり前の事でしょ」
「君らはその責務を負うに等しい恩恵を受けてる。待遇と言っても良い。それがどうだ、俺はそんなものを受けたか? むしろ職務怠慢で戦いに巻き込まれる結果になった。それに対する謝罪の一言でも言った覚えはある?」

 今回、莉緒と魔人が戦闘に陥ったのは不可抗力とも言っていい。しかしながら、それ以外、それ以前の戦いに関してはそうでは無い。莉緒を囮にしておきながら、その事を事前に言っておかず、むしろ危険に晒した事さえあった。一番最初に至っては、メンバーの家族を救ったにも関わらず、戦いに関わったから、という理由で不当な拘束も受けた。
 ……今思えば、今までよく不満を爆発させなかったものだ。これでは、クレーム気質では無くとも抗議の一つや二つ、入れていてもおかしくは無い。

「そうは言うが、お前さんの力が無きゃ、俺らが勝てる可能性はほとんど無いんだよ。頼みの綱も、向こうに読まれてたしな。万が一、俺らが倒れたら、誰がこの街の人を守ると思ってるんだ?」

 ヒートアップしかけた莉緒と阿弥の口論に、無謀ながらも横槍を入れたのは聖だ。彼としては阿弥の肩を持つ……、というよりこの先の事を考えての発言だ。おそらく、莉緒に対する交渉材料としては最も有効な一言だろう。……当の本人がそれを問題視していれば、の話ではあるが。

「知らないよ、そんな事。死ぬのが嫌なら強くなればいい。どんな手段を使ってでも。それをしようとせず、他の人間に頼ろうなんて虫が良すぎると思うんだけど?」
「それだって限界がある。何より、今すぐにでも欲しい状況だ。そんなちんたらと修行パートやってる暇なんて無いんだよ」
「だから、自分達の怠慢による実力不足を他人に押し付ける、って訳? ふざけないでよ。そんなのがまかり通るなら、そもそも特戦課なんて必要無いんだよ。国民の義務として戦闘技術を必修化して、そのうえでその場その場にいる人間に対処させればいい。それが出来ないから特戦課なんてものが作り出されたのに、そこにいる人間が無理だなんて言ってどうするつもりなんだよ」
「そいつは極論だ。俺たちも人間なんだから、得手不得手はある。人間なら及ばない領域だってな」
「じゃあ、踏み込めばいいだろ。その領域とやらに」
「簡単に言ってくれる……」

 埒が明かない。まさか、協力しあう、という話からここまで拗れるとは思っていなかったのだろう。比較的頭の回る聖や隊長である阿弥、そして司令官である巌以外のメンツは彼らの言葉に付いて行けていない。奈乃香に至っては、終始首を傾げ、いちいち皐月に彼らの会話の意味を聞いている始末だ。

「さっきから聞いてたら、責任だとか、アタシ達が戦って死ぬのが当たり前、みたいな言い方してるけど、アンタだって同じ穴の貉でしょ! 三年前、街の人を見捨てて逃げた癖に!!」
「おい、阿弥君、それはもう言わないと……」
「言わずにはいられないわよ! コイツが言ってる事はそういう事でしょ? 特戦課なら職務を果たし、民間人を巻き込むな。普段ならその言葉にも頷けるけど、アンタにだけは言われたくないわよ! 都心特区が復興状態にまで持ち直したのだって、守護七聖がいたからじゃない!」
「……はぁ」

 阿弥の言う事ももっともだ。彼女達が実力不足なのは職務怠慢だと莉緒は言う。しかし、その言葉を口にした本人が、過去に同じ事をしているのであれば、その言葉に説得力はおろか、自分の事を棚に上げている事になる。自分がしなかった事を他人に押し付けている。それこそ、今の彼女達と同じだ。
 尤も、阿弥の話、世間に出回っている三年前の事が事実なら、の話だが。

「まさかとは思うけど、ホントに守護七聖なんて存在すると思ってるの?」
「……どういう事よ」

 不穏な空気が流れる。それもそのはず。莉緒のその口調は、彼女が先ほど口にした、都心特区復興の立役者の存在を否定しているのと同義だった。

「いるわけないじゃない。そんな、一般人受けしそうな英雄・・・・・・・・・・・なんてさ」

 その一言は、彼女達の思考を停止させるには十分なものだった。
 一般人受けする英雄像。言われてみればその通りだ。崩壊した街に、粘り強く活動を続ける七人の若者達。そして、最後はその窮地を乗り越え、彼の街を復興させ、そして散っていった。
 端から端まで美談で構成されたそんな話、現実ではまず起こり得ない。よくよく考えれば分かる事だ。

「だが、本庁が発表している事だ。それが、嘘だと君は言いたいのか?」
「考えてもみてよ、大崩落が起き、街は民間人の感情も含めて悲惨な状況。それを立て直すのは簡単な話じゃない。本庁が解決に乗り出そうとも、上層部は既に街から脱出済み。なら、どうすればこの事態を一時的にでも収められるか。……偶像を作ればいいんだよ」
「それが、守護七聖……?」
「都心特区にいる人間に聞けば分かるさ。その辺を歩いている子供でも知ってる。けど、その姿を見た者は誰一人としていない。当然だろ、あの時、本庁にいた特戦課のメンバーの中で、守護役は俺一人だったんだから」

 おそらく、想像していたものとは丸っきり違ったのだろう。阿弥達は、当然の事ながら中央に行った事も都心に住んだ事も無い。あるとすれば、巌くらいだろう。しかし、巌が招集されるとすれば、それは復興の最中ではなく、その前……つまり大崩落以前の話か、完全に中央の復興が終わっている今くらいのものだ。そして、彼もまた、一般大衆と同じ情報を信じている事から、少なくとも莉緒が現役で活動していた時に中央に訪れた事が無い事が分かる。

「……まぁ、俺一人でやってたとか、守護七聖が実は存在しないとか、そんな事はどうでもいいんだよ。ともかく、俺はそっちに協力するつもりなんて無いし、邪魔をする気も無い。ただ、俺を巻き込まないで欲しい」
「むぅ……」

 難しい顔をしながら唸る巌。莉緒の力が加われば、その時点で魔人は脅威では無くなる。しかし、本人はそれを強く拒否し、もしもこのまま強引に引き込めばどうなるか分かったものじゃない。

「……分かった。そこまで言うなら、こちらも君の協力を得るのは諦めよう」
「な、司令!?」
「しかし、だ。協力をしない、と言うのであれば、今後魔人が君の下に現れた際、君自身で対処してもらう。もちろん、こちらも現場には駆け付けるが、それでもタイムラグというものが存在する。逃げるも良し、戦うも良し、その場での対応は君自身の自由だ。当然、その行動に伴う責任は追及しない。だが、分かってるな?」

 暗に、その場にいたにも関わらず、万が一犠牲者など出れば、それは莉緒のせいにする……。巌はそう言っているのだ。例え公的な処罰が下されずとも、その時点で彼らからはそういった目で見られるのだろう。責務を負わせるようなものでは無いが、それでも本人の責任感を使ったその方法は、莉緒から言わせれば流石は特戦課、と悪態を吐くレベルのものだ。

「……まぁ、いいや。いいよ、それで。俺に異論は無い」
「よし、ならこれでこの話は終わりだ。さて、今後の話だが……」

 莉緒の交渉を終え、自らの部下達に今後の方針を説明する巌に背を向け、その場から立ち去る莉緒。
 振り向きざまにチラリと見えた横顔は、どこか落胆しているようにも見えた……。

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く