鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

三十話 魔人と莉緒


「しかしまぁ、こうもごちゃごちゃと……」

 ヴィーデが侵入して荒らしたのか、それとも元からこのような状態だったのかは分からないが、通路に散乱する売り物の残骸と思われる物を足で退けながら進む莉緒。彼が目指しているのは、出口のはずなのだが、如何せんこのモールに来たのは今日が初めてだ。土地勘の無い莉緒では、どこをどう行けば外に繋がるのかなんて分かる筈も無い。必然、外に向かっているであろう道を、勘のみを頼りに進んだ結果、明らかに出口とは異なる開けた場所に出る事に成功? した。
 方向音痴では無いのだが、風の向くまま気の向くまま、の代償とでも言うべきか。
 とはいえ、開けた場所という事は、何かしら案内板や、少なくとも外に繋がる通路ぐらいはあるはずだ。まずはソレを見つけるところから始める。そう、考え、莉緒がそれっぽい物に近づいたその時、頭上からどこかで聞いたかような声が響き渡った。

「これはこれは、随分と珍しい所で会ったものだ」
「……はぁ」

 莉緒がそちらに目を向ける事は無い。ただ、非常にめんどくさそうな重々しい溜息を一度吐くと、またすぐにフロアマップを探す作業へと戻る。

「おい、ボクを無視するな!!」

 スルーされた事に腹を立てたのか、今度は随分と近くから声が聞こえた。本来有利なポジションである上空から降りてくる程、莉緒に無視されたのがショックだったのだろうか。

「あぁ、もう、めんどくさいなぁ……」

 振り向いた莉緒の視線の先にいたのは、ここ最近は顔を会わせる事が無かった、自称魔人のエイジの姿があった。

「何か用? 俺、さっさとここから出たいんだけど」
「……ボクも、会う事が無ければ君の事など忘れていただろうね。しかし、だ、君の姿を見るとどうしても疼くんだ。君に付けられた顔の傷が」
「傷なんて無いじゃん。何? 中二病? やめてくれない? 俺をそういう妄想に巻き込むのは」
「余裕だね。目の前に大量破壊を行う魔人がいるってのに」
「ん~? まぁ、感心の無いものにいちいち時間を使うタイプじゃないんだよ。だからさ、ほら、さっさとどこかに行っ……」

 そこまで言ったところで、莉緒が調べていた柱が吹き飛ばされた。誰がやった、などと考えるまでも無い。背後にいるエイジが、莉緒のすぐ傍に向かって指を差していた。

「これ以上御託を聞くつもりは無い。ボクは君の命を奪いに来た。そのまま大人しくしてくれれば、苦しむ事なく殺してあげるよ」
「……奪いに来た、という割には、今まで随分と間があったけど、何でまた急に? お兄ちゃんにでも怒られたのかい?」
「その巫山戯た事ばかり言う口を閉じてもらおう。こちらは本気だ。その気になれば、君の首から上を吹き飛ばす事だって出来る。そんな事になれば、君の変わり果てた姿を見た人はどう思うだろうね? 君に、君の死を悲しんでくれる人はいるのかな?」

 厭らしい笑みを浮かべるエイジ。対して、彼に視線を向ける莉緒の顔は無表情そのものだ。相変わらず、目の前にこれ以上無い脅威が迫っているというのに、焦り一つ見せる事が無い。
 ただジッと自身を見つめられている事に居心地を悪くしたのか、エイジの表情が憤怒のそれに代わる。

「何とか言ったらどうなんだ!?」
「……何? 黙れって言ったり、何とか言えって言ったり、情緒不安定なの? もう反抗期って歳でも無いでしょうに」
「やはりその口は癇に障る……」

 パチン、とエイジが指を弾くと、莉緒の顔のすぐ傍に瓦礫の欠片が着弾する。いや、それは欠片と言うにはあまりにも鋭利な形をしており、まるで意図的にそう形作られたとしか思えないようなものだった。言うなれば、瓦礫の矢、と言ったところか。
 明かな攻撃を受けたにも関わらず、莉緒の表情は相変わらず無表情そのものだ。目の前の明確な脅威に逃げ出すどころか、怯える素振りすら見せない。

「以前もそうだったが、どうして君はそこまでされているにも関わらず、そんな平然としていられるんだい? 普通の人なら、まず確実に威嚇だと分かっていても何らかの防衛反応を示すはずだ。にも関わらず、君は眉一つ動かさない」

 エイジの疑問は最もだ。もはや莉緒の態度は冷静を通り越して異常としか言い様が無い。その疑問に対する莉緒の返答は、実に簡単なものだった。

「……あんたがそれを言うのかい?」

 そう言われた瞬間、エイジの眉がピクリと動いた。しかし、すぐに元に戻り、再び莉緒を冷たい目で見つめている。

「ボクが、とはどういう事かな? 君の言っている事がイマイチ理解出来ないんだが」
「無意識か、それとも単にはぐらかしているだけなのか……。ま、どっちにしろ俺にはあんまり関係無いから良いんだけど」

 結論、どうでもいいという事に落ち着いたようだ。しかしながら、当の本人はそうはいかないようで、納得のいかない表情をしている。だが、莉緒はそれ以上何かを口にする事は無く、再び黙秘状態に入る。

「こいつ……! ……まぁ、いい。どのみちここで死ぬ事は確定なんだ。今の内に好き放題していればいいさ」
「あ、そう? そんじゃ、俺さっさとここから出たいから、案内してくれない?」
「そういう意味で言ったわけじゃない!!」

 そんなつもりは無いはずが、何故か莉緒と話すエイジの姿は、彼に振り回されているようにしか見えない。本来であれば、莉緒は命を狙われる立場であり、尚且つ目の前にいるのはその命を狙っている本人だ。こうも気安く声をかけられるはずも無いのだが……。

「あぁくそ……、これまで直接話す事は無かったが、こうやって会話してみて分かったぞ。君、よく面倒臭いとか言われないか?」
「あぁそういえば、よくそんな事を言われるね。疲れるとかどうとか」
「随分な評価じゃないか。そんな君によく愛想を尽かさないものだ」
「奇怪極まりない奴ばっかりだからね。おたくもそうじゃないの?」
「ふ、ふふふ……、ボクもまたおかしな連中の一人だと? 確かに、君たちから見ればそうだろうな。だが、ボクらとて、れっきとした大儀の下に行動を起こしている。君達のように、日々を怠惰に生きる凡人とは違うんだよ!!」
「で、その大儀って何?」
「ほう? ボクらの目的に興味を持ったと? なら、冥土に土産に教えてあげよう。ずばり、人類の救済だ!!」
「……」

 大仰な仕草で天を仰ぎながらそう言ったエイジを前にして、どこか莉緒はウンザリとした表情を浮かべている。ひとしきりそんな顔で目の前の自称魔人を眺めた後、再び先程していたように、出口が記された物が無いかを漁り始める。

「おい、まさか冗談を言っている、と思っているんじゃないか?」
「随分大層な事を考えてるんだな、とは思ってるよ」
「まぁ、君のような一般人には分かるまい。ボクらの背負った使命の重さなど。ボクらが魔人になったあの日、人間達の真の姿を見た。それを見たボクやグラス、そして兄さんは人間をこのままにはしておけない。救わなければならないと、思い至った。故に、ボクらの行動は決して単なる破壊活動では無い。まさに、人を救う為の多大な犠牲を払っているという事になる!!」
「あぁ、そう」
「理解出来るとは思っていないさ。所詮君も、そちら側・・・・の人間だ。救われるべき存在ではあっても、ボクらと共に歩める訳では無い。その事を理解して……」
「いや、前にも似たような事を言ってた奴がいたんだよ。結局、そいつら・・・・は、救済以前に自分を破滅に追い込んだみたいだけどね」
「……」

 エイジの顔色が変わった。自らの口上を莉緒に邪魔されたからではない。莉緒が口にした、以前にも救済を掲げた人物がいたという事。そして、その人物達は、失敗したという事だ。
 そんな事が過去にあったから驚いているわけでは無い。実際のところ、エイジもそれは知っていた。過去、時間にすれば約三年程前の話だ。救済を掲げ、今のエイジ達のように破壊活動を行っていた者達がいた。しかし、それが公になった事は無い。何故か? もしも公になれば、政府存亡の危機にすら関わるからだ。

「何故それを……、ッ!?」

 莉緒がそれを知っているのはまずあり得ない。一般人であれば・・・・・・・、の話だが。その事を問い詰めようエイジが莉緒に詰め寄った瞬間、彼の頭上から、円盤のような物体が唸りを上げて飛来する。

「莉緒さん!!」

 避けられはしたものの、莉緒からエイジを離す事に成功した円月輪を片手で受け止めながら、上階部分と思われるバルコニーから皐月が姿を見せる。その隣には阿弥もいた。
 彼女達は、すぐさま莉緒の元へと向かおうとするが、距離的に言えば離したとはいえ、未だエイジの方が近い。下手に動くと、莉緒に危害を加えかねない。しかして、その予想は当たらずとも遠からずといったところか。

「特戦課か……。来るなら来てみるといい。彼がどうなっても良いと言うのならね」

 そう言いながら、エイジは莉緒に向かって手の平を差し出す。すると、周囲の瓦礫がそれぞれ鋭利な棘のような姿に代わり、その先端を莉緒に向けて宙に留まっている。その数、ざっと見ても百は越えているだろう。

「くっ……」

 その光景を見て、思わず皐月の足が止まる。しかし、その状態でチラリと横に視線を向ける。その先には通信をしている阿弥がいる。

「……いけますか?」
「準備は出来てる。いつでもいけるらしいわ」

 通信の相手は、このモールから少し離れた場所にある高層ビルの屋上で例の装備の準備を行っていた義嗣だ。街一番の高さではあるが、流石に天井に穴が空いていてもこのモールの中を見通すのは不可能と言える。しかし、専用のスポッターで、対象をマーキングすれば、それが屋内であっても、建物越しに確認する事が出来る。そして、阿弥は既にエイジをマーキング済みだ。つまり、準備が整ったとはそういう事。

「今なら……」
「ですが、莉緒さんが近すぎるのでは……!」
「何をこそこそと!!」

 莉緒に手の平を向けたまま、エイジが皐月と阿弥に向かって言い放つ。彼女達が何をしようとしているのか、エイジには検討もつかないだろう。しかし、だからこそ今しかチャンスは無い。

「……宇佐美、やりなさい」
「な……!? 先輩!?」
「撃ちなさい、宇佐美!!」

 例の武装の威力がどれほどの物かは分からない。しかし、莉緒とエイジの距離は十メートルも開いていない。今あの武装で攻撃すれば、莉緒も被弾しかねない。しかし、阿弥は一人の人命より、これから先拡大するであろう被害を抑える事をとった。それは、決して間違っているとは言い難い選択だ。例え莉緒が巻き添えを受けたとしても、仕留めるのであれば、ここ以外には無いだろう。
 果たして、阿弥の叫びがホールに響き渡る。そして……

「ッ!!」

 その数秒後に、全長二メートル近い銀色の杭が、モールの壁を貫通してエイジの眼前へと飛来する。
 弾道、速度、その全てが完璧と言える。義嗣の本来の獲物は弓だが、それ故に精密な射撃コントロールも可能と言えるのだろう。彼の放った一撃は、確かにエイジを正確に貫く軌道をとっていた。

「君達はあれだね、学習しない生き物なんだね」

 放たれた銀の杭は、瓦礫を巻き上げ、モールの地形を一部変形させるほどの威力を、その場にいた者達に思い知らせてくれた。当然、そんな攻撃を受ければ、人間は貫かれる、などと優しい表現では済まないだろう。まさしく木っ端微塵になるのが目に見えている。
 しかし、それは命中すれば、の話だ。
 エイジが、銀の杭が放たれた方角へと向けて、片手を差し出していた。そして、その手は原型を留めているどころか、傷一つすら見られない。
 特戦課が全てを賭けた一撃は、エイジに当たる事は無かった。否、当てる事が出来なかった、と言うべきだろう。

「ちょっと、そんなのアリなの……?」
「……」

 阿弥がそう呟くのも仕方の無い話だ。確かに、義嗣の放った一撃はエイジを確実に穿つ軌道をとっていた……のだが、彼に当たる瞬間、その手が持ち上げられると、まるでその手を避けるようにして杭の軌道が変わり、エイジの頭上を素通りしていった。当然、着弾した場所から広がる衝撃波などもあるが、それを想定していない彼ではない。

「今の攻撃は、まるでここにいる彼を巻き込むのもお構いなし、といったものだったね。君、喜ぶといい、ここにいる彼女達は、君が死んだところで涙一つ流す事は無いそうだ。これで、心おきなく死ねるというもの」
「待っ……!!」

 エイジの口元が歪み、莉緒に向けていた手の平をゆっくりと閉じようとする。

「莉緒さん、その場から離れ……」
「へぇ、君は莉緒って言うのか。それじゃあ、莉緒君。さようなら」

 ぐっ、とまるで視界に入っている莉緒を握りつぶすようにしてその手を掴む。その瞬間、莉緒の周囲に浮かんでいた瓦礫が一瞬、その場で震えたかと思うと、次の瞬間には……

 凄まじい勢いで莉緒へ突っ込んで行った。

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