鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

二十五話 日常と非日常


「……何かお前、最近付き合い悪くねぇか?」
「へ?」

 この学校名物のコロッケパンにかぶりつきながら、唐突な佳樹の言葉に莉緒が非常に間の抜けた声を返す。一瞬、莉緒が食事か、それとも友人との談笑を優先するか考えた後、彼は佳樹の方を選んだようだ。まだ口に物が入った状態で喋ろうとするも、その直前に佳樹に制止される。
「俺が話しかけたのが悪かった。だから、先に口の中の物を飲み込んでくれ!」
「……ん~」

 ならお構いなく、とでも言いたげに再び昼食を再開する莉緒。

「で、だ。別に返事はしなくていいから、聞くだけ聞け。お前、最近帰るのが随分早いだろ? それでまたグルメマップでも作ってるのかと思ってたら、学校でるなり例の車に乗り込んで早々にどっか行くし、連絡しても出ねぇし」
「あ~……」

 口の中の物を飲み込んだ莉緒が、何やら思い当たる節でもあるのか、間抜けにもそんな声を漏らしていた。

「色々あるんだよ」

 ここ最近、よくこの言葉で誤魔化す事が多い。先日の皐月の件もだが、友人に対してもそうだ。

「なぁ、俺らに言えない事なのか? だったら、せめて俺くらいには教えてくれねぇのか?」

 この街に来て、まだそこまで時間は経っていないものの、佳樹は莉緒にとっても親友と言える間柄にまで昇華している。
 本当ならば、彼のような色々と事情を聞いてくれる友人に少しは話しておくべきだろう。しかしながら、事はそう簡単なものではない。彼に話したところで、被害が佳樹に行くわけでは無いが、それでも心配をかけるのは事実だ。
 被害が一人で済むのなら、それに越した事は無い。そう考えている莉緒にとって、こればっかりは友人である佳樹に話す事は出来ない。いや、友人だからこそだろう。

「う~ん……、まぁ、あんまり口に出来るような事じゃないからねぇ」
「何だよ、裏家業にでも首を突っ込んでるとか言うんじゃねぇだろうな?」
「昼は学生、しかしプライベートに謎の多い彼の本当の正体とは……!!」
「誤魔化してんじゃねぇ」
「あはは、ごめんごめん」
「ったく……」

 どうやら諦めたようだ。元々、莉緒がこの街に来た理由なども不明であり、むしろ判明している事の方が少ないくらいだ。そう考えると、隠し事をしているのも今に始まった事では無い。

「まぁ、別に良いけどよ。何か困ったときに頼る事が出来るってのも、友人ってやつのメリットだと思うぜ」
「友人、か……」
「何だよ、俺は違うってのか?」
「うんにゃ、むしろよく俺みたいな得体の知れない人間相手にその関係を維持できるな、って思ってさ」
「得体が知れないって、自分で言うか、普通? けどまぁ、確かに、お前は色々と分からない事だらけだしな。正直こうやって友人関係が維持出来てるってのも奇跡としか思えねぇな」
「奇跡って言えるレベルなんだ……」

 どこか自嘲気味に莉緒が笑う。そんな友人の横顔を少し真剣な眼差しで佳樹は眺めている。
 実のところ、彼は莉緒一人に固執しなければならない程友人に恵まれていないというわけでは無い。むしろ、その見た目や性格も真っ当な事から、男女問わず友人は多い方だ。ならば何故、佳樹は莉緒とこうして友人関係を維持しているだけではなく、もはや親友とも呼べる間柄にまでなっているのか。

「人間、意外とゲテモノでも簡単に食えるもんでな。お前の事も似たようなもんだよ」
「俺はゲテモノかぁ……」

 流石にゲテモノ呼びはへこむようだ。あからさまに落ち込んだ様子を見せるが、それが見た目だけというのを佳樹は知っている。

「とにかく、何か困った事があるなら、遠慮なく相談しろ。俺の出来る範囲内なら何でも協力してやる」
「え、ホント? なら、昨日出た課題をですね……」
「それくらい自分でやれ! ってか、それ出てんのお前だけじゃねぇか。お前の為の課題なのに、俺がやってどうすんだ!!」
「佳樹は復習が出来る。俺は楽が出来る。ウィンウィン」
「思いっきり負けてるんだよ、この馬鹿!!」

 仲が良いのも困りもの、という事だろう。
 ひとしきり罵った後、流石にもう付き合ってられんと屋上から校舎の中へと戻ろうとした佳樹だったが、ドアノブを握ったところで何か思い出したように振り返る。

「っと、それはともかく、お前、今週末空けとけよ」
「また勉強~?」
「勉強も大事だが、お前、前言ってただろ、夏服が無い、って」
「……そんな事言ったっけ?」
「私服にバリエーションが無いって言ったら、そう返しただろうが。基本的には学生服と外行きの一張羅しか無い、って。野郎の服を買いに行くなんざ、正直御免極まりないが、たまにはこういうのも必要だろ」
「服、服ねぇ……。学校のジャージとかじゃダメ?」
「却下だ馬鹿野郎。そもそも、学校のジャージなんて普段着にしたら、いざ必要な時に無いってものあるだろうが! 分かったな、週末だぞ!」
「へ~い」

 本当に分かってんのか、などとぶつくさと言いながら佳樹が屋上から出ていく。実際、莉緒には佳樹の意図の半分程しか伝わっていないだろう。いざ買いに行ったとしても、グルメツアーに早変わりする可能性すらある。
 後日、佳樹はその事に頭を悩ませる事となる。



「はぁ……、しんど……」

 所謂黒塗りの高級車を目の前に、莉緒はただただ重い溜息は吐く。その目の前にいる立淵は、自身が決して悪いわけでは無いが、それでもばつの悪そうに小さく苦笑いを浮かべている。

「やはり、憂鬱ですかな?」
「そりゃまぁ、行ったところで得なんて無いですからね」

 行ったところで、待っているのは阿弥による訓練と言う名の扱きだ。そのせいかどうかは分からないが、莉緒の中ではこの街の特戦課の印象が日に日に下降の一途を辿っている。地に着くのも時間の問題だろう。

「少々過激なところはありますが、悪い人では無いのですよ。面倒見はどちらかと言えばいい方ですし、あのサバサバした性格のおかげで、身内にさえ明かしづらい相談事を話しやすい、という声も聞きます」
「……それが事実なら、さぞストレスが溜まるでしょうね。俺はそのストレスを発散する為のサンドバックに最適、というわけですか」
「そんな事は……」
「分かってますよ。立淵さんに当たったところで変わる事なんて無い。むしろ、アレと同じと思われるのも癪ですしね」

 何気に莉緒も酷い事を口にしているが、そんな言葉が自然に出てくる程、阿弥のトレーニングは酷いのだろう。しかしながら、莉緒もまたその課せられる過酷なトレーニングを何食わぬ顔でこなし、阿弥をムキにさせているという話もある。そういった意地の張り合いが、お互いの態度をエスカレートさせているのだろう。どっちもどっち、と言ってしまえばそれまでだが、阿弥は本来彼を守る立場にある。そして、そのトレーニングの様子を笑いながら眺めている特戦課のメンバーもだ。

「事が収まるまでの辛抱です。何かあれば話を聞きますので、気軽に相談してください」
「……」

 何故か、立淵のその言葉を聞いた莉緒が驚いた表情を浮かべている。

「おや、どうかされましたか?」
「いや、あれだけ邪険にされたのに、よくもまぁそんなセリフが言えるな、と」
「邪険に? されましたか?」

 どうやら自覚は無いらしい。莉緒がこれまでとっていた態度を見れば、その口から皮肉や嫌味が出てもおかしくはないはずだ。いや、実際莉緒が保泉の家にやって来た当初は、逆に得体の知れない人間をお嬢様の傍にはやれない、とまで言っていた程だ。それがここまで態度を軟化させるとは、莉緒はおろか、立淵自身も思っていなかったようだ。

「確かに、莉緒様からは随分と蔑ろにされたかもしれませんが、それ以上に私も貴方に酷い事をしました。事前に親戚筋からご両親のお話を聞き、固定観念を抱いていた事もあります。それ故に貴方に酷い仕打ちをした事もありました。ですが、こうして話してみれば分かります。莉緒様は、決してご両親のような過ちは犯さないと。そう、信じられる程には」
「……」
「申し訳ありません。流れでとはいえ、ご両親の事を悪く言ってしまい……」
「大丈夫ですよ。所詮ロクデナシと考え無しに過ぎません。むしろ、真っ当に批判してくれる人がいるだけマシです」

 まさか、莉緒の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだろう。立淵の顔がより一層驚きに満ちたものとなっている。
 これ以上この話題に触れるべきではない、そう判断したのか、立淵がドアを開け、莉緒に車に乗り込むよう促している。いつもならここで渋い表情の一つも浮かべるのだが、今日は何も言わず、無表情で立淵に従う。
 誰にとっても触れるべきではない部分がある。莉緒そそれが両親についてであったのかは分からない。何せ、本人の口からは何も語られないのだから。

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