鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

二十三話 色々とある


「……で、朝のあれは何なんだよ」
「ん? 何が?」
「惚けんじゃねぇ。いつもなら家出たら友人が何食わぬ顔で待っている光景を想像してたのに、今日は後ろに黒塗りの高級車を侍らせてたんだぞ! 何があったか気にならない方がおかしいだろ!?」
「侍るってそんな……。俺は別に、無機物フェチじゃないんだよ? 逸原と違って」
「俺もんな訳分かんねぇ性癖持ってねぇんだよ!! いや、そういうことじゃねぇ! いつもは徒歩だろ? 何で今日は車だったんだって話だ。寝坊か?」
「遠からず、近からずってところかな……」
「どういう事だよ?」
「世の中、知らない方が良い事もあるんだよ」

 遠い目をしてどこかあらぬ方向へと視線を向ける莉緒に、佳樹は頭の上に疑問符を浮かべている。そんなやり取りをしているところにやって来たのは、普段と同じ面子、奏と奈央だ。

「どしたの、そんなお互いの性癖が上手く噛み合わずに、どこかずれた会話が続く思春期中学生みたいな顔して」
「今言った顔がどんなのか、もう一度説明してみろ。俺が今どんな顔だったかもう一回言ってみろ!!」
「逸原君、どうどう……」
「最近委員長も俺の扱い酷くねぇか!?」

 これぞ普段通りの光景、とでも言うべきだろうか。絡んできた奈央に逆に噛みつく佳樹の姿を見て、莉緒は小さく笑っている。

「で、何の話だったの?」

 そのままフェードアウトしていく、かと思いきや、存外に好奇心の強い委員長。今しがたはぐらかした話を再び掘り起こしていく。

「いや、コイツ今日の朝、俺の家の前にすっげぇ高そうな車で来やがったんだよ。で、何がどうなってそんな事になったのか、聞いてたんだけどなかなか口割らなくてな」
「それって黒塗りの高級車?」
「そうだ。って、八重代は知ってそう……」
「黒塗りの……高級車!!」
「あ、これは違う事考えてる顔だ」

 色々な意味で頭脳明晰な奈央は、普段の会話を聞いていると分かる通り、勉学に必要無いと思われる知識も大量に蓄えている。それこそ、下ネタを語らせれば、その辺りにいる猥談好きな男子生徒がドン引きする程度には知識が豊富だ。

「車で送ってもらったって事? 寝坊でもしたのかな?」
「俺も最初はそう思ったんだけど、普段朝一で俺の家の前で待ち構えている事を考えると、その可能性は薄いんじゃないか、って……」
「だったら、最近色々と物騒だから、防犯の意味もあるんじゃないかな? 一人の通学はいざという時に助けを呼べないだろうし、心配されてるんだよ、きっと」
「……」

 当たらずとも遠からず、といった奏の考えに、莉緒は何一つとして答えない。それをいいことに、話はどんどんエスカレートしていく。

「……実は、保泉家の重大な秘密を握ってて、それをライバル企業に奪われないようにする為の措置とか!?」
「お前んとこが動いてない時点でそれはねぇだろうよ。それよりも、実は一族の中でもかなり上の方の血統で、後継者争いに巻き込まれてるとかじゃねぇの?」
「……」

 奈央の方はともかくとして、佳樹は莉緒の出自を知らないにも関わらず、なかなか鋭い事を言う。残念ながら、莉緒が強制的に送迎になったのはまた別の話ではあるが、彼がこの街に来ることになった理由としては間違っていない。後継者云々は別として。

「二人共、そんな想像ばっかり膨らまして……。本当に厄介な事に巻き込まれていたらどうするつもりなの?」
「どうするってそりゃなぁ……」
「もち、見守る!」

 ビシッ、と立てたサムズアップが眩しい。奈央の顔はこれまで見たことが無いほど希望に輝いていた。人の不幸は蜜の味、とも言うが、彼女は随分と雑食なようだ。

「や~え~し~ろ~さん!!」
「おおう、委員長が怒った……」

 莉緒からは影になって見えないが、奈央の表情を見るに、なかなかシャレになっていない顔をしている様子。

「……」

 とはいえ、こうして空想に胸を膨らませられるだけマシ、というべきだろう。本当にマズい状況に陥れば、こんな馬鹿話で終わらせられる事など出来ない。それどころか、こうして彼らと会う事すら……学校に来る事すら出来ないかもしれない。
 ……そこまで考えたところで、莉緒は首を小さく横に振る。よく考えれば、莉緒一人が犠牲になるだけで事が丸く収まるのであれば、誰だってそうするだろう。それは、今居候をしている保泉家だけの話ではない。実際、先日莉緒は特戦課のメンバーに囮にされるという形で利用された。別段、それに関してどうこう思っているわけでは無い。それが必要だったという事は、囮にされた莉緒も理解していた。
 故に、だ。人は簡単に他人を犠牲にする事が出来る。どんな間柄であろうとも、どんな形であっても……。

「莉緒君?」
「っ……、何?」

 少し考え込んでいた莉緒の顔を覗き込むようにして視界に入ってきた奏の顔に、莉緒は反射的に顔を上げる。もともと覗き込む為にかなり接近していた事もあってか、顔上げた莉緒の目と鼻の先に奏の顔があり、あと十センチ程で触れそうな距離だった。
 一瞬、二人の目が丸くなる。が、次の瞬間には奏の顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤に染まり、弾かれたように後ろにのけぞった。

「え、えっとその……、さっきから何も話さないから、どうかしたのかと思って、ね?」

 慌てて言い訳、と言うよりも弁明をし始める奏の背後で、こういった状況が大好物なムードメーカー二人が囃し立てている。からかってくる二人を、真っ赤になった説得力の無い顔で追い返す奏。そんな友人達を、莉緒は机の上で頬杖を付きながら、笑って眺めていた。



 学校では色々な勘繰りがあったものの、あくまで想像を膨らませる程度で済んだのは友人達なりの気遣いだったのだろうか。何かあったとしても、そこまで深刻に考える必要は無い。暗にそう言われているような気もしない事も無かった。
 しかしながら、彼女達は違う。莉緒がこのような目にあった原因を知っており、尚且つ現在進行形でどうにかしようとしている最中だ。

「まぁ、簡単に言うと、自衛手段を学んでもらう、って事よ」

 人差し指を立てながらそう言う阿弥の姿は、女教師を連想させる。仮にそうだとすれば、生徒からは随分と恐れられる教師になれるだろう。それを利点と取るか否かは本人次第だが。

「はぁ……」

 とはいえ、唐突にそんな事を言われたのでは、いかに莉緒と言ってもそんな気の抜けた返事くらいしかしようが無い。莉緒の反応が薄い事が不満なのか、阿弥の表情はかなりご機嫌斜めだ。

「気にすんな。ありゃあ、お気に入りのスイーツを横取りされて不機嫌になってるだけだよ。決してお前さんのせいじゃないぜ」

 フォローを入れる聖だが、彼はこの訓練に意外と乗り気のようだ。
 一応、特戦課は災害対策部、なんて名前になってはいるが、その後に続く特殊戦術防衛課の名の通り、戦闘を主とする部署である。当然、学生とはいえ公務員の一角に名を連ねる特戦課メンバー達も、公務をスムーズに遂行する為、訓練の一つや二つは行っている。それも、加入した当初に行うオリエンテーション程度のものでは無く、日常的に、だ。ここ最近は襲撃が頻発した為か、訓練よりも実戦の方が多くなっていたが、本来放課後のこの時間帯は大概訓練に当てられる。それは今日とて同じ事だ。

「それじゃ、ちょっと走ってもらおうかしら」

 ……しかし、莉緒の訓練とはどういう事か。彼はあくまで一般人であり、守られる側である。当然、彼女もそれは承知の上の筈だ。

「ちょっといい?」
「何よ、質問なら早めに……」
「何で俺がそんな事しなきゃいけないの?」
「はぁ?」

 口調自体は今どきの女の子、といった感じだ。その声音は非常にドスの利いたものだったが。

「アンタ、馬鹿じゃないの? 作戦に関わって来る以上、自分の身は自分で守ってもらわなきゃ困んのよ。いつまでもアンタの傍に東郷先輩を置いておくわけ無いじゃない」
「でも、俺はただの一般人だよ? 魔人どころかヴィーデにすら簡単にやられる。そんな人間に戦わせるって方がおかしいんじゃないの?」
「……その状況を引き起こしたのは一体誰よ?」
「あの……、三綴先輩……」
「保泉、黙ってなさい」

 皐月が口を挟もうとしたが、阿弥に睨みつけられ、思わず口を噤む。彼女の目は普段から力のあるものだが、今はそれが一層力強いものになっている。いや、眼力が強すぎて、普通の人間なら見つめられただけで足がすくみそうだ。事実、皐月ですらも、一瞬阿弥を怖いと思ったくらいだ。

「……アンタが一般人なくらい、重々承知してるわ。本来ならアタシ達が守らなきゃいけない事もね。けど、アンタはやり過ぎたのよ。手を出すべきじゃないところにまで手を出した。その結果、魔人の標的になりかねない状態になった。こんなもん、自業自得としか言い様が無いわよ」
「自業自得、ね」
「昨日の戦いじゃあの魔人はアンタの事を積極的に狙ってくる事は無かった。でも、次からはそうとは限らない。……アンタがこれから先、無事平穏に暮らしていくには手段は限られているわ。魔人を倒すか、この街からずっと遠くに逃げるか。後者なんて、そう簡単に出来るもんじゃない。なら、選択肢なんてあって無いようなもんよね」
「すげぇ……、力業で選択肢潰しやがった……」
「そこ、黙れ」

 睨みつけられた聖が舌を出してそっぽを向く。とはいえ、彼が呟かずにはいられないのも分かる。あまりにも強引過ぎる誘導だからだ。

「で、どうする?」

 逃げ道を潰した状態で正面に立つ。その追い込み方は、まるで猟でもしているかのようだ。そんな阿弥を見上げながら、莉緒は小さく呟いた。

「……やっぱり、お前もそうか」
「は? 何か言った?」
「いいや、別に何も」

 結局、莉緒の呟きが聞こえる事は無かったようだ。しかし、彼の態度は友好的ではないものの、否定的でも無い。それを見て、阿弥は同意したと認識したようだ。

「ふふん、それじゃ、やっていきましょうか」

 ニヤリ、とサディスティックな笑みを浮かべる阿弥。それを見ると、彼女がこれからやろうとしている事が本当に訓練なのかどうかが怪しくなってくる。
 不安そうな目で阿弥を見つめる一同の中、ただ莉緒だけが無機質な瞳を向けていた。

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