鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

二十話 囮作戦一


「……向こうは作戦通りね」

 大方片付けた塵になりかけているヴィーデの残骸を横目に、阿弥が姿を見せたエイジと、彼の出したヴィーデの軍団、そしてそれを殲滅せんと奮闘する雲雀を見上げていた。

「ったく、土壇場でめちゃくちゃな作戦を立てやがる」

 聖が呆れたような声でそう言い放つも、阿弥の目には、どこか強い自信のようなものが感じられた。

「とはいえ、東郷先輩の実力は、僕らの中でも一二を争う。いや、経験や純粋な技術だけで言えば、七草さんですら勝つのは難しい。ここは先輩を信じる他無いな」
「んじゃ、アタシ達はさっさとポジションに着きますか。せっかく民間人にあんな危ない役割やらせてるんだから、アタシ達もきっちりと本来の役目を果たすわよ」
「……当の本人に黙って作戦立てた癖に、とんでも無い事言いやがるな、この隊長さんは」
「何の事かしらね」

 そう、この作戦、ここにいる面々や雲雀は承知している事だが、囮役の本人――莉緒には伝えられていない。更に言えば、莉緒と同じく、巌もこの作戦については知らない。あの指揮官は、あの見た目をしておきながらも、その実敵を確実に倒す事よりも、民間人の安全を第一に考える節がある。特戦課としての本来の役目を鑑みれば、それが正しいのだろうが、時には必要な犠牲もある。阿弥が巌に作戦を伝えなかったのはそういう意図あっての事だ。
 莉緒を前にすれば、あの魔人は必ず隙を晒す。そこを四方から距離を詰め、一気に不意討ちで倒そうという算段だ。
 ……正直なところ、成功確率が高いとは言い難い。あれだけの防御力に併せて、聖の不意打ちだと思われていたナイフすら凌いだのだ。この攻撃すらも防がれる可能性は十分にあり得る。
 しかし、だ。攻めるべき時に攻めなければ、今以上の犠牲が増える事になる。それだけは避けるべきだと阿弥は考えていた。

「七草、行けるわね?」
「……」

 呼ばれた奈乃香は、どこか不満そうにしている。昨日、交渉が失敗した事を悔やんでいたのはここにいる誰もが知っていた。そして、その結果、こういう方法しか取れなくなっている事も。その事に対し、奈乃香は露骨に声をあげる事は無かったが、その表情で彼女が本来取るべきだった行動とは正反対の方向へと進んでいる事が分かる。

「……どうせ戦うなら、正々堂々と戦いたいな」
「それで勝てるんなら。最初からそうしてるわよ。勝てないからこういう方法なんでしょうが。それよりもいいわね? アンタが奴さんの防御壁貫けなきゃ、攻撃は届かないんだからね?」
「分かってます」

 いくら気に入らない手法とはいえ、これしか方法が無いのも確かだ。

「奈乃香ちゃん」

 拳を握り、覚悟を決めた奈乃香の傍に、皐月が歩み寄る。彼女の右手から、円月輪が離れ、奈乃香の右腕をその円の中に収めるような形で停滞していた。

「私の力でサポートするわ。……頑張って」
「……うん!!」

 力強く頷き、奈乃香が壁を駆けあがる。その先には、目の前でヴィーデと戯れている雲雀を楽しそうに見つめながらも、莉緒を憎悪に近い感情を秘めた瞳で睨みつけるエイジの姿がある。
 気付いていないのか、彼は背後から忍び寄る奈乃香に一瞥もくれない。いや、その様子は以前の聖を相手にしている時と同じだ。視線を向けていないからと言って、認識していないとは限らない。
 しかしながら、この機会を逃すわけにはいかない。例えあの防御壁に阻まれたとしても、皐月のサポートが乗った奈乃香の火力ならば、十分粉砕する事は可能だ。
 時を見計らう。この間にも、阿弥達は徐々に包囲網を狭めている。ならばこそ、今この時この瞬間しかチャンスは無い。
 ドン、とまるでトラックが壁にでもぶつかったような音が響く。奈乃香が踏み込んだ音だ。その踏み込みに違わぬ速度で、奈乃香の小さな体がエイジに向かって吶喊していく。

「ハッ、気付いていないとでも、思ったのかぁ!!」

 案の定、だ。エイジは背後を振り返りながら、自身の体の周囲に黄色のドームのような防御壁を展開する。阿弥がエクリプスギアの力を十全に発揮しても傷一つ付けられなかったその壁に向かって、奈乃香が拳を振り抜いた。
 エイジはその様子を見て笑っていた。奈乃香の火力は確かに脅威ではあるが、それを一度ならず二度も目にしている以上、彼もまた対策を講じてきているのだろう。故に、その姿を見ても、その拳に収束した力を見ても、こうして笑っていられるのだ。

 ……しかし、彼には一つだけ誤算があった。

 奈乃香が右手を通している皐月の円月輪。その武器に秘められた力を彼は知らなかった。

「うおおおおおおおおおお!!!」

 火炎が迸る。まるで、そこに全てが集中しているかのような輝きが、奈乃香の右拳に宿る。そこで、エイジは気づいた。いや、気付いてしまった。

「待て、何だその熱量は! 何だそのエレクトラムの量は!?」
「おおおおおおおおおおおお!!」

 拳を燃やし続ける奈乃香を前にして、エイジは咄嗟に複数の障壁を目の前に作り出す。最初に張った一枚では足りない。そう判断しての事だろう。防御は硬くなったが、これで彼は自分から暴露したようなものだ。この攻撃には、耐えられない、と。
 奈乃香の一撃は確かに強力だ。拡散させる攻撃ですらも、その威力は通常のヴィーデであれば、一瞬で塵にするだけの火力があり、尚且つ広範囲それを展開出来る。そんなものを一点に集中収束させ、一気に爆発させればどうなるか分かったものじゃ無いだろう。……だが、この火力を成り立たせているのは、彼女だけの力ではない。皐月の円月輪だ。
 奈乃香は火炎を操り、阿弥は雷を纏う。そして雲雀は剛力でただでさえ早い一太刀が更に加速すると言った感じに、適合値が高いとエクリプスギアを通してエレクトラムを原動力に特殊な力を発揮する事が可能になる。それは皐月も同じで、彼女の場合は円月輪の中央部分を通った物を質量や速さ、その衝撃の度合いを増幅する事が出来る。
 つまり、今の奈乃香の一撃は、普段のものの数倍の威力を誇る。通常の状態でさえ、エイジに身構えさせる程なのだ、それが数倍となると、もはや人の力で受け止める事は困難だろう。

 そう、受け止める事は、だ。

 おそらく、普段のエイジであれば気付いていただろう、奈乃香のこの一撃の防ぎ方を。今は予想外の火力に気が動転しているからこそ、そんな簡単な事にすら気付かない。

 故に、破られる。
 絶対防御を誇ったその防御壁が、木っ端微塵に砕かれる。

「ぐぅおおおおおおおおおおおおおお!!」

 重ねがけられた障壁すらも貫き、奈乃香の拳がエイジへと届く。胴の中心を捕らえ、その一撃を以て、彼の体を大きく殴り飛ばした。
 その一撃は、ただエイジの体を吹き飛ばした、なんて生易しいものではない。となりの建造物を貫通し、その向こうの路地へと吹き飛ばされ、道路に何度か体を叩きつけた後、長い制動距離を進み……止まった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 拳に全力を集中した為か、奈乃香の息が荒い。しかし、確実に手応えはあった。

「やった……!?」

 挟みこむ予定ではあったが、これは嬉しい誤算だろう。奈乃香の一撃が予想外に強力だった為か、後から来た阿弥達の助力は不要になった。
 各々が目の前の光景に、ホッと一息を吐いているが、やはり奈乃香の表情は優れない。どんな形ではあれど、彼女は人一人を殺しかねない力を使い、エイジを攻撃したのだ。奈乃香の心情を考えれば、心中穏やかでは無いだろう。
 しかし、これでこれ以上の被害は無くなる。そう考えていた阿弥達は、地面に転がったエイジに近寄ろうとした。

「……痛いじゃないか」
「「!?」」

 驚愕の表情と共に、それぞれが武器を構える。彼女達の視線の先では、つい先ほど奈乃香の渾身の一撃をまともに受けた筈のエイジが、ゆっくりとその身を起こしていく。

「……ウソ」

 そう呟いたのは誰だったか。何にしろ、そう口にしたくなる気持ちは分かる。普通の人間どころか、彼女達守護役でさえ、奈乃香のあの一撃を受ければ無事で済むとは思えない。
 にも関わらず、だ。エイジはゆっくりではあるものの、確かに立ち上がっている。驚くべきはあれだけの一撃を受けた筈が、その身にそれらしい傷は無い。無傷では無いものの、それはあくまで建造物や地面にぶつかった痕くらいのものだ。奈乃香の攻撃によるダメージはほとんどゼロに近いと言ってもいいだろう。

「まったく、野蛮な連中はこれだから困る。何でもかんでもごり押しでどうにかなるとでも思っていたのか?」

 そう口にするエイジの体が、ほんのりと発光している。いや、正確には彼の体を覆う膜のような物が光っているのだ。明らかに、先程展開していた防御壁とは違う。

「アンチエレクトラムコーティング……。まさか、対策していないなんて、思ってないだろうね? 君達を相手にするんだ。予め手は打ってあるさ」

 エイジの言葉通りならば、エレクトラムを原動力に発生する現象では攻撃が通らない、という事だ。当然、先程の奈乃香の炎は当然効かない。しかしながら、それだけなら放たれた拳の衝撃などは防ぐ事は出来ない、建築物を貫いた際、擦れた瓦礫などで怪我をしている事から、ただの物理ダメージならば通用する可能性がある。
 ……だが、それもまた防御壁で防ぐ事が可能だ。残念ながら、瞬時にその二種類の防御手段を突破する術は彼女達に無い。

「……エレクトラムを感知出来るなら、それを遮断する方法も持ってるってわけ?」
「そういう事だよ。あの攻撃は予想外だったが、そこまで考えていなかった辺り、やはり低能と言わざるを得ない」
「……ホント、歩く要塞ね」
「攻撃はそこまででも無い。せいぜい亀がいいところじゃないか?」

 余裕を見せる阿弥と義嗣だが、それが虚勢である事はここにいる誰もが分かっている。しかし、渾身の作戦が破られた以上、こうでもしなければ彼女達に後は無い。

 ……だが、そんな特戦課を待ち受けているのは、更なる絶望だった。

「攻撃……か。確かに、ボクはそこまで攻める事は得意じゃない。だけど、これだけの防御力を誇るボクが更に攻撃をするなんて……必要無いんだよ」
「どういう意味……?」
「……こういう意味」
「「……!!」」

 ふと、聞きなれない声が耳に届いたその時、阿弥が咄嗟に後ろに振り向き、二刀を交差させて盾にするように構えた。次の瞬間、甲高い音と火花が散るその向こう側に、もう一人ローブを被った人物が現れた。

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