鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

十二話 説得


「……ふぅ」

 通話状態にあった端末から耳を離し、その画面を見つめる。ディスプレイに表示されているのは、莉緒の名前だ。ご丁寧に、さん漬けまでしてある。
 几帳面、且つ家でも委員長気質を発揮する皐月にとっては当たり前の事なのだろう。しかし、今の彼女の顔には、心配そうな表情で覆いつくされていた。

「何? 例の居候?」
「まぁ、はい。今日はこんな状態ですし、何より父の仕事の関係でいつもの人に迎えに来てもらうのが難しい、という事なのであの人に頼んだんです」
「あの二人、初等部と中等部よね? 大丈夫なの? そんないきなり年頃の男子と一緒にして。変な事されない?」
「それは……無いと思います」
「何でよ? 普段あんまり話さないんでしょ? そういう趣味趣向の人間って、大体無口、って言うか人見知りな奴が多いらしいわよ? アンタんところの居候も、普段は上手く猫被ってるだけで、こういう時になったらガバッと、来るかもしれないわよ」
「そうですね。本当にそうなら私や父の見込み違いだったと言うべきでしょうか」

 阿弥が想像していた反応とは全く異なるものが返ってきたようだ。皐月の目の前にいる少女は目を丸くして、信じられないとでも言いたげな顔をしている。

「何でそこまで言い切れんのよ」
「何ででしょうね……。何と言うか、あの人とこれまで話してみて分かったのは、私達と話す時は空っぽなように見えて仕方ないんです」
「空っぽ?」
「こればっかりは直接話してもらった方が良いかと。話しかけてもこちらを見ておらず、むしろ私達の目の前にいるその人そのものを無いように振る舞え、とでも言われてるような感じです」
「……ますます分からなくなったわ」
「分からない方が良いと思います。三か月以上同じ屋根の下で暮らしてますが、私達ですらまだまともに会話すら出来ていないんですから」

 正確には敷地は同じだが、屋根は別ですが。
 そんな事を自嘲気味に呟きながら、皐月は苦笑いを浮かべている。少なくとも、阿弥がまだ見ぬ保泉家の居候の事を良く思っていない事は確かだが、今はそんな事にかまけている暇は無いだろう。

「そういえば、今日はまだ?」
「まだね。これから対策ミーティングでもやろうかと思って呼びに来たんだけど、取り込み中だったから」
「それは……すみません」
「いいのよ。必要な言なんでしょ? だったら、こっちよりも優先すべき事じゃない。少なくとも、妹さんの貞操を守る為には、ね」
「いえ、だから、貞操云々という話はですね……」

 そんな事を皐月が口にしようとしたその時だった。
 突如として鳴り響く警報。それに反応し、咄嗟に近くに設置してあるモニターへと目を向ける。そこには、ヴィーデの襲来の文字が表示されていた。

「……まったく、来ると思ったら来なくて、来ないと口にしたら来るんだから……」
「フラグってやつでしょうか? 何にしろ、仕事ですよ、隊長」
「はいはい」

 まるでそこにいる人々を焦らせようとでもしているかのような警報とは裏腹に、二人の少女は軽口を叩くだけの余裕を見せている。
 しかし、忘れてはいけない。これから彼女達が向かうのは、一歩間違えれば命を落としかねない戦場なのだから……。



「状況は?」
「昨日と同じ。街のど真ん中に突然ヴィーデの大群が出て来た、ってところだよ」
「にしても、あいつらは何がしたいのかねぇ? 出てきてから少しの間は民間人を追い回していたようだが、今じゃああして周りの建物を壊す事に集中してやがる」
「そんなもん、操ってる本人に聞けばすぐに分かるでしょ。で、奴はどこ?」
「姿形は見えず、ってところだな」

 阿弥と皐月が現場に辿り着いた時にはもう、ヴィーデによる破壊行動はピークを迎えていた。しかし、先に到着していた聖達からの報告によれば、今のところ人的被害は多少の怪我人こそいれど、死者は相変わらずゼロとの事。そして、肝心の黒幕については、今のところ姿を現していないとも。

「どっちにしろ、まずは掃除からか。ホント、せめてどこに出てくるか教えてから出てきてくれれば、ここまでなる前にどうにか出来るのに」
「今までそれやってて効果が無かったから方針を切り替えたんだろ。それか、そもそも管轄が違うか、だな」

 呆れたように聖が返した言葉は、既にヴィーデの群れへと向かっていた阿弥の耳に届いたかどうか。

「非戦闘員はまだ?」
「いんや。もう全部避難したはず。今回は初っ端から俺らの出番、ってわけだ」
「あら、戦闘は得意じゃないんだけどね~」
「……一番物騒な得物振り回している人が何を言ってるんですか」

 義嗣の言葉に反応したのか、雲雀の顔がゆっくりと彼へと向けられる。

「あら? これでも私、か弱い乙女で通ってるのよ?」
「野太刀を振り回す乙女なんて、いてたまるもんか!!」
「これだからチェリーボーイは。女に幻想抱く方が悪いんだぜ」

 あくまで笑顔で流す雲雀と、未だ女性経験の無い義嗣を弄り倒す聖。そんな彼らの様子を後ろから見ていた皐月は、思わず溜息を漏らす。

「はぁ……、ってあれ? 奈乃香ちゃんは?」

 さっきまで黙って皐月の隣にいたのだが……いつの間にか姿が消えていた。親友の姿を探す為、辺りを見回したが……、すぐに見つかった。

「いぃっくぞぉぉぉ!!」

 空高く飛び上がり、顔のすぐ横で拳を構える。瞬間、右手が炎に包まれ、爆炎を纏った拳をヴィーデが集中している部分、その中心に叩きつけた。
 以前も多くの敵を屠ったその一撃は、周辺にいたヴィーデと共に炎を巻き上げ、敵を一掃した。

「アンタ、またそんないきなり大技を……!」
「でも、こっちの方が見つけやすくないですか?」
「は? 何言って……っ!?」

 目の前で屈託なく笑う少女に呆れた表情を向けようとしたその時、何かに気付いた阿弥が、背後を振り返る。
 ……どうやら、奈乃香の目論見は成功したようだ。彼女が今最も見つけて欲しい人物が、そこに立っていた。

「昨日あれだけ言われたにも関わらず……。何だい? 君は馬鹿なのか?」

 薄ら笑いを浮かべるその様子は、誰が見ても嘲笑している事が分かるほどだ。しかし、そんなエイジを前に、奈乃香は真剣な表情で彼を見上げる。

「うん、私馬鹿だから、こんな方法しか思いつかなかったけど……、でも、見つけてもらえたから」
「……」

 エイジの表情が歪む。話し方から察する通り、彼はそれなりに理屈的な人物のようだ。それが、理屈に合わない行動を前にして、同様しているのか、それとも単に馬鹿にしているのかは分からないが、少なくとも好意的な様子ではない事だけは確かだ。

「なるほど、なるほど……。どうやら、君達はボクが思っていた以上に頭がアレらしい。で、ボクに見つかってどうするつもりだったんだい? まさか、説得する、なんて言わないだろうね?」
「その、まさかだよ!」

 奈乃香が構えていた拳を下ろす。そして、傍から見れば無防備そのものの体勢で、エイジに話しかける。

「私達は、あなたとお話ししに来たの。だって、お互い人間なんだよ? 言葉が通じないなんて事は無いんだよ」
「ふむ、言葉が通じるから会話をすると。確かに、それは納得せざるを得ないな。でも、そこからどうするのかな? ボクと君達は敵同士。会話が成り立ったとて、そこから何に発展すると?」
「簡単だよ。どうしてこんな事をするのか、教えて欲しいんだ」
「……」

 何故率いて街を襲撃するのか、その理由を問う奈乃香に対し、エイジはただただ冷たい目つきで彼女を見下ろしている。その目には、一切の感情が無い。怒りも、憎しみも、哀れみも、僻みも。彼の目はまるで道端に転がっている石ころを見るようなものだ。
 もし、と奈乃香は続ける。目の前の少年が、自身にどのような目を向けているのか、分からないはずが無いだろう。何せ、当の本人の目の前、メンバーの中で最も近い場所にいるのだから。

「もし、何か困っているのなら、私達が力になるよ! だから、こんな事は止めて、話を……」
「……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまでとは。怒りを通り越して哀れみすら覚えてくるよ」
「ふぇ?」
「奈乃香、下がりなさい!!」

 奈乃香が話している間、後ろに控えていた阿弥が前に出る。彼女は気づいていた、目の前の少年の雰囲気が変わった事に。

「まったく……まったくだ!! 言葉さえ通じれば、お友達になれるとでも思っているのか!? これほどまでに頭のネジが緩んでいる人間、見たことが無い!!」
「……何かマズかったのかな? ハッ! もしかして、まずは軽く世間話から入るべきだったとか!?」
「……頭のネジが緩んでるのは同意するわ。しっかし、まともに話すら聞かしてくれないとわね。なら、今一度聞くわ、アンタの目的は何?」

 奈乃香を背中に庇う阿弥の下に、次々と特戦課のメンバーが集まって来る。エイジの醸し出すその異様な雰囲気に、誰もが警戒心を隠せない様子だ。ただ一人を除いて。

「ボクの目的? はっ、そんな分かり切った事、むしろ何故聞かれるのか、こちらが問いかけたいところだよ! ボクは魔人連合。ボクらの目的はただ一つ、人類の救済だ」
「きゅーさい? 玉ねぎとか?」
「それは根菜。ってか、アンタわざとやってない?」

 ふざけている、と思われても仕方の無いやりとりだが、何故かエイジは笑っている。笑ってはいるのだが、その口は禍々しく歪んでいる。

「馬鹿の世話は大変だね、分かるよ。何しろ、ボクも今、全く同じ気持ちだからね」
「……好き放題言ってくれるわね」
「事実だろう? 何せ、刃を向け合う関係の相手に、困った事があれば力になる、なんて宣う連中が馬鹿以外の何だと言うのさ!?」

 そう言いながら、エイジが右手を上げ、そして……
 パチン、と乾いた音が鳴った。

「いやはや、しかし君達の馬鹿さ加減がどれほどのものか知りたくなってきた。……さて、この状況、君達馬鹿なら、どうする?」
「何を……」

 身構える一同。しかし、そんな彼女達の状況に水を差すかのように鳴り響いたのは、携帯端末の呼び出し音だ。

『皆さん! 聞こえていますか、皆さん!!』
「聞こえてる! こっちは忙しいのよ! 後に……」
『皆さんの周囲一帯で多数のヴィーデ反応!! これは……範囲が広すぎる!!』
「アンタ、まさか……!?」

 阿弥がエイジを睨みつける。周辺一帯に現れたヴィーデの大群。それが誰によってもたらされたのかは、この際考えるまでも無いだろう。しかし、問題はそこではない。

「流石にこの身一つでこれだけの規模を呼び出すのは難しいのでね、昨日の内に仕込みは済ませておいたのさ」

 トリガーさえ弾いてしまえば、いつでも呼び出せる状態だった、という事だ。しかしこれは、率直に言ってマズいなんてレベルでは無いだろう。

「さて、諸君、舞台は整った。せいぜい君達がどこまで足掻けるか、ボクは高見の見物と行かせてもらおうか!!」

 声高々に、そう言い放ったエイジは、その場から一瞬にして姿を消す。どこに行ったのかはこの際問題では無い。高見の見物と言っていた以上、そう遠くまでは行っていないだろう。問題は……

「座標送って!! 早く!!」

 端末に向かって怒鳴る様に声を荒げる阿弥。対するオペレーターも、かなり焦っているのだろう、いや、そもそも本部自体が混乱しているのかもしれない。要領を得ない返答が返って来るも、今欲しいのはソレでは無い。

「……来た!!」

 ピロン、と非情に軽快な電子音と共に、画面いっぱいのマップに、膨大な数の光点が灯る。
 みんなが同じ方向へ向かっては非効率的だと判断した阿弥が、それぞれ向かう方角を指示しようとしていたその横で、何故か皐月が画面を見つめたまま固まっていた。

「保泉! 今アンタがそんなだと、手間が……、どうしたの?」

 その様子に流石の阿弥もおかしいと感じたのだろう。皐月が見つめている画面を覗き込むも、阿弥達の端末に送られたものと変わった点は無い。

「ちょっと、ホントにどうしたのよ?」

 阿弥が顔のすぐ近くで声をかけると、ようやく我に返る皐月。しかし、どこか落ち着きの無い様子を見せる。
 ひとしきり迷うような態度を見せた後、皐月は表示されている光点の一つを指差した。

「ここ、私の妹達が帰りに通る道の近くなんです……」

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