鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

九話 これからの


「なんだ? 随分と楽しそうじゃぁないか」

 じゃれ合っていた奈乃香と阿弥へと投げかけられたのは、どこか疲れ果てた様子ではあるものの、何とか平静を保とうとしている男性の声だ。しかし、その顔には明確な疲労が浮かんでいた。

「先輩方二人もようやく終わったようで。あとうさみんも」
「うさみん言うな!!」

 これでメンバー六名が全員揃った事になる。とはいえ、ここに集合をかけていたわけではなく、単に皆がここを憩いの場として使っているだけだったりする。

「……おいおい、ここはレクリエーションルームじゃないんだぞ」

 三人に少し遅れてやって来たのは巌だ。こちらはメンバーとは異なり、そこまで疲れている様子ではない。

「そっちは終わったの?」
「あぁ、何とかな。とはいえ、結局詳しい事はほとんど分からなかった、というのが正直なところだ」
「まぁ、アタシ達も似たようなもんだけどね……」

 巌は六人の正面に当たる場所に映像を投影する。そこに映ったのは、先程まで彼女らと戦っていたエイジの姿だ。

「この人、私たちとあんまり年変わりませんよね?」
「お、いいところに気付いたな、奈乃香君。その通りだ。この少年、データベースを参照したところ、姿形が一致するものは一切存在しなかった。声紋パターンも分析してみたが、こちらに関しても同じだ。しかし、君達と同年代らしいという情報を元に、政府に登録されている個人情報ではなく、適合率検査を行った病院のデータベースを漁ってみたところ、該当の人物が発見された」

 リモコンで画面を変える。そこに表示されたのは、阿弥達が戦ったエイジとは少しばかり幼い風貌の彼だ。

黒芝くろしば敏郎としろう。何故エイジと名乗っていたのかは分からないが、おそらくは通り名か、それともコードネームのようなものだろうな。この少年はちょうど阿弥君達と同年代で、同じ時期に別の街で適合率の検査を受けている。結果は芳しくはなかった様子だが、問題はそこじゃない」
「検査を受け、その資料が残っているにも関わらず、政府のデータベース、戸籍情報が抹消されている、という事ですね?」
「そうだ。考えられるのは、海外へ移住したか、もしくは既に死亡しているかのどちらかだが、今回姿を現した事で二つ目ではない事は確かだ」
「いかにも外国人っぽい名前を名乗ってたから、素直に海外に移住した、でいいんじゃないのぉ?」
「そう考えるのが妥当っちゃ妥当だよな。ただそうなると、何でこの街に姿を現したのか、どうやって魔人の力を手に入れたのか、ってのが問題になってくる。そこんとこ、そっちで調べてたりはしてないんすか?」
「不明だ。そうとしか言い様が無い」
「な~るほど。分かったのは名前だけ。それ以外は未だ不明、ね……。ホント、あれだけやられてこれじゃあ不甲斐ないったら無いわね」
「「……」」

 沈黙。阿弥の言葉は別に巌に向けて言ったわけでは無い。この場にいる全員に、そしてあそこでエイジを捕まえられなかった自身に向けての言葉だ。相手の手の内が分からない以上は手の出し様が無い。そう、言い切ってしまえば楽だが、だからと言って捕らえられなかった事の言い訳になるかと言えばそうではないだろう。

「……また、出ると思うかい?」
「出るでしょうね。間違いなく。そうなったら……」
「まずは、話してみよう!!」
「「……は?」」

 そこは確実に捕まえる、ではないのかとここにいる誰もが思った事だろう。しかし、奈乃香が口にした事は完全にこの場の全員の斜め上を行くものだった。

「話して、何があったか教えてもらうんです。それで、もし困ってるなら、私達で助ければいいんだよ!」
「いや、困ってるって……。そもそもアレは敵なわけで……」
「でも、怪我した人は沢山いたけど、亡くなった人はいなかったよ?」
「いやまぁ、それはそうだけど……」
「多分、誰も犠牲にならないようにやってたんじゃないかな? じゃないと、こんな事になって無いと思うんだよ。もしかしたら、今回出てきたのも、話を聞いてほしかったからかもしれないよ? だって、結構喋ってたし」
「そう言われてみれば、そうだったかも……」

 雲雀が思い出そうとするように頭に手を当てている。確かに、あの少年は少しばかりおしゃべりなところがあった。あれが単なる性格ではなく、純粋に自分の話を聞いて欲しい、というものであるのならば、なんという構ってちゃんなのか。

「……んなわけ無いじゃない」

 一縷の望みが出来た、そんな顔をしていた奈乃香に冷水をぶっかけるような言葉を絞り出したのが阿弥だ。彼女の顔は能面のように無表情と化している。

「アイツは魔人、自分からそう言った。だったら、アイツの目的はただ一つだけよ。……街を破壊し、混乱に陥れ、その果てに人を破滅へと導く。それが奴らの目的よ」
「先輩、それは……」

 それは違う。皐月の言葉が最後まで口に出る事は無かった。おそらく、このメンバーの中で一番、阿弥があの魔人に対し複雑な感情を抱いている事だろう。それを否定する事は簡単だが、あの魔人の思惑が分からない以上、はっきりと口に出せる事ではない。
 一同の目は、それ以上何も語らない阿弥へと向けられるものの、その場に漂う空気はとてもではないが軽々しく口を挟めるようなものではなかった。

「……なら、次に奴が現れた時には、まずは説得、それが決裂すれば捕縛でいいな?」

 そんな空気を読んだのか、それとも敢えて読まなかったのかは分からないが、そんな風に巌が口を出す。すかさず彼を睨んだ阿弥の目は、さっきまでの話を聞いていたのか、と暗にそう言っているような目つきをしていた。

「まぁ、待て。確かに、彼は自分から魔人だと名乗った。しかし、彼の正体が本当にそれだという確証は無い。たまたま特殊な力が使えるからそう名乗っている可能性もある。それを見極めてからでも良いんじゃないか?」
「……」

 阿弥は口を閉じたままだ。その提案に納得出来ないわけではない。むしろ、相手が人間だと分かった時点で、まずはお互い対話から始めるべきだという事は、奈乃香でなくとも分かる筈の事。しかし、不満げな表情を隠そうともしないのは、彼女の個人的な事情によるものだろう。

「……はぁ」

 長い、長い沈黙の後、一同から向けられる視線……主に奈乃香の懇願するような視線に降参の意を示す。

「分かった、分かったわよ。まずは向こうの意図の確認、それからこちらとの共存の意思はあるか。それらを確認して、交渉が決裂次第戦闘に入る。それでいいわね?」
「我々としては文句は無い。あるとすれば、交渉が決裂した際、危険に晒される可能性のある現場担当の君らだろう。今決めた事以外で何か懸念点があるなら随時言ってくれ」
「だったら、ちょいと気になってる事があるんすけど」
「何だ?」
「対話中も奴さんの攻撃が続いてたらどうするすか? 今日のアレ見た後だと、話してる最中は攻撃の手を休める、なんてやってくれるような輩には見えませんでしたがね」
「アタシ達が対話をするのは人とだけ。それ以外は知ったこっちゃないわよ。手出してきた方が悪いんだし」
「阿弥君の言う通り……とは言いたくは無いがな。実際その通りだろう。対話にばかりかまけて被害が大きくなってはそもそも対話の意味が無い。戦うべき敵は敵で、きっちりとめりはりを付けておけ」
「はいはーい」

 聖の返事は軽いが、彼の問いかけはこの場において重要な事柄の一つだ。もしも、あの魔人が攻撃の手を止めない場合、それに対応する必要が出てくる。しかし、その行動自体が敵対行動と取られればその時点で対話も何も無くなる。
 阿弥はどこかそうなって欲しい、とでも言いたげだった。表立って口にしてはいないが、先程までの主張を省みると、そう言ったとしてもおかしくはない。

「何にしろ、これで方針は決まった。……んだが、ここ最近の敵の動向を見ても、そう簡単に安心は出来ん。しばらくは忙しくなるぞ」

 巌がそう言ったと同時に、一同の表情が一段と暗くなった。いかに待遇の良い公務員扱いとはいえ、彼らの半数以上は未だ学生だ。学業との両立は難しい以上に疲れるのだろう。
 しかしながら、彼らには頑張ってもらわなければならない。この街、いや、この国には、彼らのような若者しか、頼れる者がいないのだから……・

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