鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

七話 魔人連合


「魔人……連合……?」

 阿弥がその顔を露わにした少年へと視線を向けながら、小さく呟いた。何か心当たりがあるのか、その目は驚愕に染まっている。

「阿弥ちゃん!」

 茫然としている阿弥を引き戻すのは、野太刀を構えた雲雀だ。奈乃香は既に再び現れたヴィーデの対処に当たっている。

「考えるのは後、今はこれをどうにかしないと!」
「……分かってる!」

 その数は、彼女達がこの場に到着した時の二倍以上はあるだろうか。ヴィーデに集中すれば何とかなるだろうが、あのエイジと名乗った少年が何を企んでいるのかが分からない以上、安易に視線を逸らす事は出来ない。必然的に、目の前の脅威と向き合う事が出来ず、阿弥の動きはぎこちの無いものになる。

「七草!!」
「もうちょっと待って!!」

 一体一体倒していくのではキリが無い。奈乃香の大技で一掃するべきだと考えたあやだったが、帰ってきた言葉に思わず唇を噛む。確かに、奈乃香の一撃は強力だが、そう何度も撃てるものではない。一発放つ毎にエレクトラムのチャージが入り、それが完了次第、という事になる為、どうしても二発目以降はクールタイムが入る事になる。
 一度使えば、次に使いたい時に使えるとは限らない。それは阿弥も分かっているはずだ。歯噛みをしたところで、そう簡単に出来る事ではないという事も。

「……仕方ない」

 そう呟き、阿弥は二刀を持つ手を強く握りしめる。

「何をするつもりなのかは分からないが、そう思い通りにいかないと理解すべきだ!」

 まるでヴィーデに指示を送るかのような手の動きを見せるエイジ。しかし次の瞬間、阿弥に群がっていたヴィーデが一瞬にして斬り飛ばされた。

「ッ!?」

 周囲に舞い散る灰を一瞥もせずに、阿弥の目はエイジへと向けられる。迸る、紫電を纏った双刃を握りながら

「……なるほど、一人が出来る事を他の者も出来ないなんて事は無い、というわけか。ギアの覚醒開放、この目で見るのは初めてだが、それだけで足を運んだ甲斐があったというもの」
「随分と暢気な事を言ってるけど、こうなったらもう手加減は出来ないわよ。覚悟しなさい」
「面白い!! その威勢の良さがどこまで続くのか、是非見せてもらいたいところだ!!」

 エイジ両手を広げ、ヴィーデが一斉に阿弥へと襲い掛かる。しかし……宙を走る紫電が、その悉くを殲滅する。
 自身のけしかけたヴィーデ達が灰になっている事に気付いたエイジだったが、時既に遅し。彼の目の前には、紫電を纏った阿弥が肉薄していた。

「言ったでしょ、手加減出来ないって!!」

 双刃を振るう阿弥。その威力、切れ味は、今しがたヴィーデ達の体を使って実践したばかりだ。当然、そんなものをまともに受ければ、エイジの体などいとも容易く両断されるだろう。
 まともに受ければ、の話だが。

「なっ……!!」

 甲高い音を響かせ、阿弥は驚愕の表情を浮かべる。
 人の体であれば、易々と切り裂くはずの刃が、いとも簡単に止められていた。それも、ただ手を前に翳しただけ……いや、違う、エイジの掌が少しばかり発光し、それがエイジの体と阿弥の双刃の間に割って入っている。

「言っただろう? 君達の知っている事など所詮は微々たるもの。僕は魔人、君達の想像では及ばない領域に立つ者。そう容易くやられるはずがないだろ」

 右手を翳し、左手を上げる。否、指で小さく弾いた。その瞬間、エイジの掌から発生していた物が破裂し、阿弥の体を大きく跳ね飛ばす。

「きゃッ……!!」

 完全に予想していなかったのか、阿弥の体は無防備な体勢で宙を舞う。このままでは上手く着地など出来ようはずもない。
 無様な姿を拝もうと、その時を今か今かと待ち、そして視線をとられていたエイジは気づかなかった。自身を囲むようにして配置されたソレ・・を。

「前が駄目なら、全方位はどうだい?」

 ハッ、として気付いた時にはもう遅い。エイジを囲んでいた無数のナイフが一斉に彼へと襲い掛かる。その切っ先は確かに彼へと向き、情け容赦の無い速度で襲い掛かる。が……

「……これも駄目か」

 土煙の中から現れたエイジは無傷。手は翳していないが、彼の周囲を薄い黄色の膜のような物が覆っている。どうやら、前方だけではなく、全方位防ぐ事が可能なようだ。
 しかしながら、手傷を負わせる事は出来なかったものの、阿弥から気を逸らす事は出来た。直前まで宙を舞っていたその身は、エイジの一瞬の隙を突いて着地点に入った奈乃香の腕の中に収まっていた。

「へ~、阿弥ちゃんが姫様役か? 珍しい事もあるもんだねぇ」
「うるっさい!!」

 いつの間にここに来たのか、憎まれ口を叩きながらも、聖の目はエイジから一寸足りとも外さずに睨みつけている。先ほどのナイフの攻撃は彼によるものだ。

「先輩、ご無事で!?」
「何がどうなってる!!」

 少し遅れて皐月と義嗣が合流する。

「民間人の避難は?」
「完了した。こっちが済んだから、こうしてすっ飛んで来たんだよ。……しっかしありゃなんだ? 怪人役がいるなんて聞いてねぇぞ」
「怪人ね……言い得て妙じゃない」
「は?」
「アイツ、魔人よ」
「魔人? マジか!? 何でこんなところに……」

 信じられない、とでも言いたげだ。しかし、その反応から、魔人という存在自体は知っていたようにも見える。

「ね、ね、魔人って何?」
「奈乃香ちゃん、空気読んで。ね?」

 深刻な空気を醸し出している一方で、奈乃香は魔人という存在について皐月に教えを乞うている。みんながみんな知っている、というわけでは無さそうだ。もしくは、奈乃香のみが特別そういった知識に乏しいだけか。

「……はぁ、やはり君達は浅学だという事か。そんな連中、僕が直々に手を下すまでも無い。今日はここいらでお暇させてもらおうか」
「待て!! 逃がさないぞ!!」
「いいや、君達はボクを見逃さなければならない。何故かって? それはすぐに分かるさ!!」

 大仰な素振りを見せ、その場から踵を返すエイジ。それを追おうとした一同だったが、まるでその行動を遮るようにしてインカムから緊急の通信が入る。

『皆さん! すぐに避難所へ戻って下さい!! 敵が……』

 そう言いかけ、通信が切れる。エイジの言っていた事はこういう事だったのだろう。追ってきても良い、しかし、こちらにかまけていては、本来守るべき人達に危害が及ぶ。

「……クソッ!!」

 苦々し気に歯噛みをする阿弥だったが、目下の問題はここでエイジと名乗る魔人が消えた先を睨みつける事ではない。

「阿弥ちゃん」
「……分かってる」

 彼女としては、魔人と名乗るあの少年は何が何でも追いかけたかったのだろう。悔し気な表情を隠そうともしない。
 しかし、彼女はこの街の特戦課、その実働部隊の隊長だ。ここで最も優先すべきは、エイジも言っていたように民間人の命である。個人的な感情で動くべきではない。その立場にいるという事は、正しい判断が出来るという事。阿弥はこれ以上は何も言わずに先に避難所へと向かった奈乃香達の後を追った。

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