鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

五話 特戦課


 現在この国において、最も優先度が高い災害、それがヴィーデと呼ばれる存在である。その名前に関しては、道行く人にでも聞けばすぐに分かるだろう。しかしながら、詳細に関してはその限りではない。
 むしろ、相対する事がまずない一般人だからこそ、その姿やどんな攻撃をしてくるのか、そしてその攻撃を受ければどうなるのか、そういった事を知らない人間は非常に多い。そもそも、公開されてはいないが、事前にヴィーデの発生を感知する為の手段が政府にはあり、それらによって一般人がヴィーデに接触する前に避難させるのがほとんどだ。
 そして、当然の事ではあるが、災害認定されている以上、その対応チームも存在する。
 異常災害対策部特殊戦術防衛課。略して特戦課。シンプルに言えば、ヴィーデに対処する為だけに結成された課である。しかし、とある特殊な装備のおかげで、実際に自然災害が起きた場合にも出動する事が可能であり、そういった事情もあってか、彼ら、もしくは彼女達はその年齢や立場問わずに国家公務員としての扱いを受ける。そうなれば、当然だが学生の身であったとしても、給料が発生し、またその公務内容から相当の待遇を受ける事が出来る。
 しかしながら、人を必要とする公務内容ではあるものの、その門は狭く、そしてくぐり抜ける為には相応の素質を必要とする。
 そんな素質を持った人物達が、こうして九十九台第一学舎の高等部、その一画に存在する特戦課専用の会議室にこうして集まるのは今に始まった事では無い。

「そんじゃ、先に連絡が行ってたと思うけど、改めて今回の話を纏めるわよ」

 スクリーンを背後にそう話す阿弥の目の前、階段教室状になった席に座る複数の人影がある。その中でも、一番前に座る五人が、この中でも主要メンバーと言える人物と言っても過言ではない。
 向かって左から、皐月、奈乃香が普段と変わらない様子で座っている……と思いきや、奈乃香は少し眠いのか、寝ぼけ眼を擦っていた。それに鋭い視線を送る阿弥に、即座に背筋を伸ばす奈乃香。
 それを見てクスクスと笑っているのが、彼女達二人の隣に座った少女……いや、女性だろうか。皐月や奈乃香、阿弥と比べると少しばかり年が上の雰囲気を纏う彼女は、東郷とうごう雲雀ひばり。その雰囲気通り、年齢は十九歳で、この五人のメンツの中では上から数えて二番目の年長と言える。楚々とした所作は、皐月に勝るとも劣らないものを見せ、実際彼女はとある名家の出身である。
 その隣に座るのは、確実に少年とは呼べない程の雰囲気を纏った青年だ。この中では年長である彼は、雲城院うんじょういんひじり。今どきの大学生らしい風貌をしており、就活時期でもあるにも関わらず遊び惚けている姿がよく見られると言う。本人は特戦課に永久就職すると言っており、事実彼が抜ければ大きな穴となる程に重要な存在とも言える。
 そして、右端に座るのが、少しあか抜けた姿の少年……にしては少々背は高いが、それでもこの中では下から数えた方が早い程には分かい。名を宇佐美うさみ義嗣よしつぐと言い、阿弥と同じく高等部の二年生である。背の高さと、甘いマスクから女性からの受けが良く、また性格もそれなりに良い為、学校内ではそれなりの人気を誇っている。しかし、うさ耳ネタを振られると怒る。
 そんな彼ら、彼女らから少し離れた場所に立っている大柄の男性は宍戸ししどいわおと言い、特戦課の課長を務め、実質的には司令官の役割を果たす人物だ。しかしながら、この五人を統率するのは事実上の隊長である阿弥であり、巌をあくまで責任者、管理職といった立場になるだろうか。

「で、例の件なんだけど」

 阿弥が口火を切る。各々の反応はあれど、その全員の目が自身に向けられているにも関わらず、阿弥の態度は堂々としたものだ。

「ここ最近増えてきてるヴィーデの動向について。民間人の噂に広がる程度には増えてるんだけど、今のところ目立った被害は無し。んで、この噂をどうするかだけど……」
「戒厳令を敷く、という事か?」

 壁に背を預けている巌が口を開く。そんな彼の言葉に阿弥は肩をすくめる。

「流石にそこまでやる必要は無いでしょ。今はまだ噂の範疇に収まっている程度の被害しか出てないけど、それ以上が出た場合はどうすんの、って話」
「出来る限り迅速に対応はしていますが、それでも限界はあります。それを抜かれた場合、事前に噂として広まっている以上、情報は一気に拡散される、そういう事ですね?」
「そういう事。何故発生件数が増えたのか、その原因が分かっていない以上、地道に潰していくしか無いわけだけど、ほんの少し綻びが出来るだけでどうなるか分からないからね。噂の状態である程度情報を開示して、そういう認識を植え付けるのか、それとも今のままぼんやりとした状態を維持していくのか、それが難しいところよ」

 パン、と乾いた音を立てて阿弥の手がスクリーンを叩く。そこに表示されているのは、最近発生しているヴィーデの数を表したグラフだ。月や年単位で比較しているが、誰がどう見てもここ最近の発生件数は群を抜いている。彼女達ではなく、何の関係も無い一般人が見てもおかしいと感じるくらいには。

「人の口には戸は立てられない、と言うからねぇ。あんまり押さえつけると、いざって言う時に一気に溢れ出ちゃうから」

 ほんわかとした様子で言葉を発する雲雀に同意するようにして阿弥も首を縦に振る。

「なら、阿弥君の考えとしては、今我々が掴んでいる情報を世間に明かすべきだと?」

 巌があまり芳しくない表情を浮かべながらそう言った。とはいえ、そんな顔をしたくなる気持ちも分からないでもない。情報を開示するという事は、機密の一端を知られるという事。外部の勢力がそれを悪用しないとも限らない。そういった行動は慎重にすべきだと、そう言いたいのだろう。

「とは言ってもよぉ、民間人がそこまで事情を察してるとは思えないし、それで意味の無い難癖を付けてる輩ってのは少なからずいるもんだろ? だったら秘密は秘密のままにしといた方がいいんじゃないの?」
「けどそれでは、いざという時に何故こうなっているのか判断しきれない民間人も出てきます。せめて避難誘導がスムーズにいくようにどの区画で発生件数が増えているのか、程度は伝えた方がいいのでは?」

 聖、義嗣が続けて意見を述べる。聖の言う事は最もだが、義嗣の言う事にも一理ある。前者は特戦課の内情を、後者は民間人を優先するという違いはあれど、彼らの言っている事は間違いでは無いのがまた阿弥の頭を悩ませる。

「……どっちを選んでもデメリットばっかでメリットは微々たるもの、ね。原因さえ分かってればここまで困る事は無いんだけど、どうにかならないもんかね」
「調査への動員数は増やしてはいる。……が、一般認識ではヴィーデという存在は自然災害と同義だ。どこかに人為的な、作為的なものがある、と考えて調査するのは難しかろう。気長に待ってくれとしか言い様が無いな」
「気長ねぇ……。そうしている間にも、そこかしこで連中が湧いて出てきてんのに、暢気な事よね」
「返す言葉も無いな」

 辛辣な阿弥の言葉に、巌は首を横に振り、反論すら口に出来ない。いや、本音では調査を頑張っている職員の事も考えてしたいのだろうが、相手は学生、更には自分達とは異なり、命を賭ける事さえ時には必要となる立場を考慮し、こうして素直に認めるしか無いのだろう。
 すこしばかりばつの悪そうな表情を浮かべる阿弥だったが、その事にはそれ以上触れず、今解決すべき問題へと路線を修正する。

「で、結局いい案は無い? アタシとしては、一部情報を開示すべき、って案に一票」
「隠し続けるのも難しいとは思いますし、混乱しない程度には出すべきかと。私も先輩と同じ考えです」

 皐月もまた、阿弥に賛同する。

「開放すりゃいい、って話でもないだろうよ。俺ぁ反対だ。特戦課の予算にケチ付けてくる政治家も少なからずいやがるんだ。連中に餌をやる事は無いと思うぜ」
「確かにねぇ……。民間人の事も考えたら情報開示が一番だとは思うけれど、みんながみんなそう思うとは限らないから。私も聖君に賛成するわぁ」

 二対二。残った一人に全員の視線が集まる。すなわち、義嗣に。

「ぐ……、何でみんな僕を見るんだ!!」
「まぁ、残ってるから仕方ないんじゃない? 事実、アンタが決定権握ってるようなもんだし」
「七草は!?」
「……寝てますね」
「というわけよ。ほら、観念してどっちか選びなさいよ」

 どうやら逃げる事は出来ないようだ。頼みの綱の奈乃香も、疲れのせいかこんな状況にも関わらず熟睡している。それこそ、起こす事そのものを憚られる程ぐっすりだ。

「う……」

 たじろいだ様子の義嗣だが、それで許されるほど阿弥達は甘くない。迫り来る彼女達の圧力に屈しかけた時だった。

「「!?」」

 突如響き渡るアラート音。それが何を示すのか、ここにいる誰もがそのアラートの意味を知らないはずがなかった。

「司令!!」
「どうした!?」

 会議室に飛び込んできた特戦課の職員。普段は冷静な彼女であったが、どうにも様子がおかしい。

「想定外の事態です!!」

 どうやら、彼らが予想していた事態が、思いのほか早くやって来たようだ。

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