鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

三話 噂


 まだ朝靄の晴れぬ早朝の中、大通りを通る車も斑にしか存在しない時間帯に、その影はいた。
 この街一高いと言われている電波塔、その天辺に器用に立つその人影は、ただジッとその場で地上を見下ろしていた。何かを探しているのだろうか。しきりにフードの奥で光る眼光が右へ、左へと動いている。
 やがて、目的の物が見つかったのか、もしくは見つからなかったのかは分からないが、パチン、と音がしたと思えば、その体が黒い靄に覆われ、次の瞬間にはそこに人がいたとは思えない程何の痕跡も残さずに消えていた。



「そういえば聞いた? 例の話」

 いつもの四人が揃って、学校の屋上で昼食タイム、といったところで、委員長という立場上、色んな情報が入って来る奏が、何やら内緒話でもするかのように口元を押さえながら切り出した。

「最近、ヴィーデの発生率が高いんだって。怖いよね……」
「俺もその話聞いたぜ。何かデカい災害でもあるんじゃないか、って親父が言ってた」

 どうやら完全に独占情報だと思っていたのか、奏の肩が目に見えて分かる程に落ち込んでいる。

「でも、最近結構多くない? こういう話」

 奈央が横から入って来る。真面目な話に入って行こうとしているのだろうが、その手は佳樹の弁当の中身を賭けて壮絶な戦いをしている途中だった。

「うん、昨日も隣町で出たって。すぐに対応されたから、被害は無かったそうだけど……」
「ああいうのって、事前にどこからどう発生するのか分からんもんなのかねぇ」

 どうやらミートボール防衛戦は佳樹の勝利で終わったようだ。悔しそう……いや、相変わらず無表情だが、箸を噛んでいるところから、一応悔しさを表現している奈央。そんな二人を仲裁しながらも、奏は不安そうな表情を浮かべる。

 ヴィーデ。
 シンプルに言えば敵性生物だが、その生態は未だほとんど分かっておらず、現在判明している事は、人に危害を加える事と、とある方法で討伐する事が可能、という事だけだ。
 研究が進まないというのも、ヴィーデは討伐されると骸が残らず、そのまま灰となっていく。倒してしまった時点でサンプルは回収出来ないという事になる。ならば生きたまま捕獲すればよいのでは、という話になるが、そもそもヴィーデは触れた物を無機物有機物問わずに灰と化してしまう事から、普通の捕獲手段では捕獲する事が困難であり、またその戦闘力も決して低くは無い為、対応する者達の事も考えて、生け捕り自体を避けてきていた。それ故に調査が進んでいない、という状況だ。

「ま、俺らがそんな事考えててもどうしようもねぇさ。所詮一般人なんだからよ。出会ったら逃げる。これだけ覚えていればいいんだよ」
「えー、ピンチの女の子を颯爽と助ける願望とかないのー?」
「……現実と空想をごっちゃにすんじゃねぇよ。そういう妄想が許されんのは中学生までだ」
「頭の中は中学生特有の真っピンクな事ばっかり考えてるんでしょー? ほれほれー」
「箸で突くな!!」

 相も変わらず無表情だが、よくよく見れば口の端が少しばかり吊り上がっているのが分かる。分かりづらいだけで、存外表情豊かなのかもしれない。
 佳樹と奈央が乳繰り合っているのを見ながら笑みを浮かべていた奏だったが、先程から一切口を開いていない莉緒に気付く。

「えっと、こんな話面白くないよね。ごめんね」
「ん? んにゃ、ただそういう事もあるんだな、って聞いてたから別に良いよ」
「そういう事……? 保泉君が元いた場所には出なかったの?」
「なんだ、今時そんな街がこの国にあるのか? アレは全国共通で災害認定されてるはずだろ?」
「そういうわけじゃないよ。ただ、出たとしても一般の人の目にはほとんど触れなかったから、ヴィーデがどれほどの脅威なのか、って事を分かってない人がほとんどだったから」
「なんだそりゃ。その地区の対応は相当迅速且つ適確だったんだな」
「そうだねぇ……」

 どことなく、莉緒の目が遠くを見つめている気がする。しかし、そんな一面を見せたのも束の間、すぐにいつもと変わらない表情に戻っている。

「何はともあれ、危なくなりゃ逃げる。これがこの街での鉄則だぞ。ってか、お前ここに来てもう二か月以上経つのに、全然街の事知らないんだな」
「ん? 美味しい店は知ってるよ? ほら、ボウリング場の隣のお好み焼き屋とか」
「んな事ばっか知ってどうすんだよ。グルメマップでも作る気か!?」
「お~、それいいね。よし、じゃあ今日も調査の為に一通り目ぼしを付けておいた店を……」
「その前に……、授業、ちゃんと出ようね?」
「うげ」
「それと、お前課題出てるの忘れてないか? あの辞典でも作るのか、ってくらいに積み上げられた課題の山」
「うぅげぇ」
「今日は返さないぜ★」
「ぬぐぐぐぐ……」

 そう、残念ながらそもそも授業内容に付いて行けていない莉緒の為、各教科の教師が作成した課題がまだ残っている。いや、手を付け始めた、と言うべきか。一日二日で終わるようなものではない事をここにいる誰もが分かっているが、やはり地道に消化していかなければ、終わる物も終わらない。
 グルメツアーはまた今度になるようだ。

「ほ、ほら、たまには休憩も必要って言うじゃない?」
「お前は休憩九割、勉強一割未満だろうが。良いからぶつくさ言ってないで黙ってやれ!」
「鬼! 悪魔!! 変態貴公子!!」
「おい、流石に最後のは許容出来ねぇ!」
「え、でもこないだ家に行ったら、引き出しの一番下の奥の二重壁の向こうに『ドキッ☆ ナースだらけの深夜病棟』ってのが……」
「おおおおおおおおお前!! ふざけんな!! 見たのか? どこまで見た!? 言え!!」
「ほほー、学年でも五指に入ると言われる真面目イケメン優等生君はコスプレ物がお好きと見たがいかに!!」
「八重代も乗ってんじゃねぇ!!」

 もはや収拾がつかなくなったその様子を、奏が少し困ったような笑みを浮かべて見ている。しかし、そんな彼らに水をかけるようにして、昼休憩の終了を告げるチャイムが鳴り響く。

「そろそろ戻ろっか」
「嫌だ!! 俺はここにいる!!」
「お前またサボる気か!? 今度は席に縛り付けてでも授業受けさせるからな!! もう付きっ切りで解説役をするのは御免だ!!」
「おぉー、緊縛プレイもオッケーと。いやぁ、マルチな趣味をお持ちなようで」
「ああああああどいつもこいつもぉ!!」

 何やら若禿げが促進しそうな状況ではあるが、時間は待ってはくれない。数分後には、やっとの思いで莉緒を引き摺りながら教室に戻る事に成功した佳樹だったが、その疲れからか、午後の授業は寝て過ごしたという。



「ところでさぁ、コスプレ、緊縛ときたら、次は何があるの? ス●トロ?」
「頼むから……、お前はその口を閉じてくれ……。一応いいところのお嬢様なんだろ!?」
「箱入りだからこそ、一度娯楽に触れると歯止めが効かなくなるのだよ。イェーイ」
「一度でいいから親の顔が見てみたい……」
「いやんそんな、両親に挨拶だなんて……。まだそこまでいってないデ・ショ♪」
「~~~~~~!!」

 はてさて、声にならない悲鳴を上げている彼の髪が先か、それとも胃が先か。それが分かるのはもう少し後の話。

「分かってたまるかぁ!!」

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