アリス ー黒の旅ー

黒の旅 ー〇〇しちゃったー

           邪魔者いっぱい〇〇しちゃえ
              それが救いの道となる
                  耳を劈くその悲鳴
            聞こえぬふりで知らんぷり
               水で落ちないその匂い
               花の匂いで誤魔化そう
            バレたらきっと〇〇される
                  染み付いた赤色は
              花の色だと誤魔化そう
             バレたらきっと〇〇される
                      だったらさぁ
           〇〇される前に〇〇しちゃえ



目を開けた時には見知らぬ森の中にいた。見知らぬ森、というかさっきまで見ていただけの森、の方が正しいだろうか。さっきまで鏡の外から見ていたのと同じ風景が目の前に広がっている。夢ではないかとほっぺたをつねる。じんわりと痛みが襲ってくる。これは夢じゃない。いかにも古風な確かめ方だが、夢じゃないことは証明できた。肌に直接感じる風と、風の匂いも夢じゃないぞと言っているようだった。それにしてもこの森は暗すぎないだろうか。ほとんど何も見えない。さっきまで見えていた光を探そうと目線を下に落とす。意外とそれはあっさり見つかった。それは赤く光っていた。最初に鏡に触れた時の色と同じ、血のような色だった。その花が光っているのか、その花の色が光っているのか、そんなことはどうでも良かった。少しずつ花を目で追って行くとさらに奥へと続いている。その怪しげな光に誘われるようにフラフラと足を進めた。奥へ進むたびに気持ちの悪い虫が増える。毛虫やムカデ、蜘蛛にゴキブリ。見ただけで具合の悪くなりそうな虫ばかりが湿った地面を這っている。そんな虫など見えないように踏み潰して進む。グチャグチャと音がする。聞こえぬふりでずんずん進む。しばらくして別れ道に出た。赤く光る花もそこで途切れている。どっちに進もうか。悩んでいるとどこからか
「どっちに行けばいいんだろうねぇ?右かな?左かな?にゃはははははっ」
耳に障るやけに明るい声が辺りに木霊した。辺りを見渡し、声の主を探す。どこにも居ないようだ。キョロキョロしているとまた、
「こっちだよ」
左耳のすぐ側で囁かれた。すぐさま左を振り返る。誰もいない。すると今度は右から
「こっちこっち。にゃはは」
さっきよりも早く振り返る。また、誰もいない。すると今度は木の上から
「にゃはははははっ  やっぱり人間は面白いにゃ」
と呑気な声が聞こえた。上を見上げると、猫がいた。濃いピンクと白の縞模様の猫。
今まで見たことのない模様と色の猫だ。黄色い目を横向きの三日月型にして、下卑た笑みを浮かべている。
「あなたは誰?」
問いかける。だがその猫は
「誰だろうね?誰かな?誰なんだろう?」
と答えにならないことを言い始める。頭に来て
「誰なのって聞いているのよ!」
とほとんど叫び声のように聞く。それでも猫はそんなこと気にしていないと言うように
「キミこそ誰なんだい?それを先に言わなきゃねぇ…にゃはっ」
と言う。イライラしながら
「私はアリス。さぁ教えたわ。今度はあなたよ。」
ぶっきらぼうに言う。
「ボクは、チェシャ猫さ。」
すぐ答えてくれた。そんなこと、最初から教えてくれればいいのに。
「ここは何処なの?あなたは何?どうして喋れるの?」
質問を畳み掛ける。
「そんなに一変に答えられないよ。そんなの自分で調べればいいじゃないか。ボクは辞書じゃないんだ。それくらい考えられるだろ?」
いちいち腹のたつことを言う猫だ。早く離れたい。でもどっちに進めばいいのか。
「……どっちに行ったらいいと思う?」
チェシャ猫の言葉を無視して聞く。
「さぁね。ボクは知らないよ。キミ自身で確かめな。」
すごくイライラする。もう一度
「どっちに行ったらいいと思う?」
と聞く。チェシャ猫もイライラしてきたようだ。
「だから知らないって言ってるだろ?知らないって言葉の意味を知らないのかな?」
バカにしたように言う。さらに
「そもそも、ボクに聞けばなんでも教えてくれると思わないで欲しいなぁ。ボクだって忙しいんだよ」
木の上に寝転がって毛づくろいしている癖にどこが忙しいというのか。意味がわからない。呆れて
「じゃあもういいわ。役に立たない猫ね」
吐き捨てるように言い、歩を進める。するとその言葉に腹を立てたのかチェシャ猫は
「役に立たない?それはキミのほうじゃないのか?全てボクに聞いて解決しようとして。」
「……何が言いたいわけ?」
思わず足を止めチェシャ猫を睨む。
「アリス、キミはいつも本を読んでいるよね。お姉ちゃんはお母さんの手伝いをしたり、ピアノでお母さんを癒したり、苦手ながらに勉強もやっている。」
「……。」
「それなのにキミはどうだ?いつも本を読んでばかり。今日なんてお昼ご飯の準備もしていなかったじゃないか。」
「…あれはたまたま遅れてしまっただけよ。」
「そうかい。でもお父さんがいた時もいつも我儘を言って遊んでもらっていたよね。お姉ちゃんは肩たたきしてあげてたのに。キミは遊んでもらうことに必死でお父さんのことなんて考えていなかったんじゃないかい?」
「………………ないで。」
「ん?なんだって?」
「何でもかんでも、お姉ちゃんと比べないで!!!!」
叫んでチェシャ猫を強く睨む。もう聞きたくない。これ以上自分が傷ついたら狂ってしまう。もういやだ。でもそんなことどうでもいいと言うようにチェシャ猫は言葉を紡ぐ。
「比べないでって言われてもなぁ。実際、ボクの言っている通りだろ?なにも間違いなんて言ってないじゃあないか?」
「大体、キミがもっとしっかりしていれば良かったんだよ。お父さんが消えたのもそのせいだったりして?お母さんとお姉ちゃんも愛想を尽かして消えちゃったんじゃないかい?」
「可哀想だねぇ。哀れだねぇ。自分のせいで大好きな家族に迷惑かけてるなんて。」
         


             「キミは最低なやつだねぇ」



頭の中の線が切れる音がした。心の中で何かが崩れる音がした。




気づいた時には、手は血塗れになっていた。手だけじゃない。服も足も、靴も。顔を触るとヌルッとした感触があった。でもどこも痛くない?ハッとしてチェシャ猫がいた場所を見上げる。…いない?恐る恐る下に視線を移す。赤い水溜まりがある。その中心になにか塊が落ちている。最悪な事態が頭をよぎる。その予感は当たった。落ちていたのは紛れもない、チェシャ猫だった。どうやら怒りがピークに達して殺してしまったようだ。でも、どうやって?武器なんて持っていない。辺りを見渡す。それはすぐ見つかった。簡単に持ち上げられるような石。少し小さいが尖っていて、何度も殴りつければ殺せそうな物だった。凶器にはぴったりすぎる。その証拠に石にはベッタリと赤い液体が付いている。他にもあるかも知れないともう少し辺りを見ることにする。周りにはいくつか石が転がっていた。恐らくそれらの石をチェシャ猫に投げつけて落としてからその石で殴り殺したのだろう。記憶が無いので答え合わせは出来ないが、自分でやったことなので恐らくその通りだろう。それにしてもよく殺せたものだ。我ながら感心する。よく見るとチェシャ猫の死体の先に赤く光るあの花が咲いている。その先にも点々と咲いているようだ。…チェシャ猫め。あんた、抜け道を隠していたのね。もっと早く教えてくれていればこんなことにはならなかったのに。……可哀想な猫!!あんなにバカにしていた癖にこんなあっさりと殺されるなんて!!自然と口角が上がる。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
何がおかしいのか、自分でも分からないが、笑いが止まらない。傍から見れば狂気に染った笑みなのであろう。一通り笑い終わり、呼吸を整える。
「はぁ……役立たずが役立たずに殺されちゃったわね。可哀想…   フフっ」
これ以上思い出すと笑いすぎでこっちも死んでしまう。チェシャ猫の死体をグチャリと踏み潰して先へ進む。その時、後ろでカラン、というか金属が転がるような音がした。振り返るとそこにはチェシャ猫の死体はなく、代わりに剣が落ちていた。不思議に思いながらも剣を手に取り再び歩き始める。これでもう何も怖くない。





剣を手にしたアリスの顔は狂気に満ちた笑みだった。



剣を手にしたアリスの歩みはあまりにも堂々としすぎていた。

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