アリス ー黒の旅ー

黒の旅 始まりの歌

                    真っ暗闇の怖い森  
                赤いお花を辿ってごらん  
                   森を抜けたその先に
               ひっそり佇む小さなお家
                 お家の中には魔法の鏡
                  鏡の前に立ったなら
               不思議な世界へ迷い込む
                 物語の主人公のように       



                  「どこにいるのー?」
      家の中からお母さんの声が聞こえる。
「お昼ご飯の準備を手伝ってちょうだい!」
お昼ご飯…もうそんな時間。お気に入りの本に夢中で全く時間を気にしていなかったようだ。庭の木陰にいたから、時計もない。本はまだ読み途中だったが、四つ葉のクローバーの栞を挟み、本を閉じる。栞と言ってもそんなに綺麗なものではない。森で見つけた四つ葉のクローバーを何冊もの本に挟んで栞にした簡単なものだ。だから丁寧に扱わないとすぐボロボロになってしまう。生憎、他に栞の代わりになるものがないからこれを大事に使わなければならない。とは言いつつ、流石に耐えきれず、色々な部分が破れかけている。そろそろ代わりのものを見つけなければ。そんなことを考えているうちに今度はお姉ちゃんがやって来た。
「あら?またその本を読んでいるの?本当にお気に入りなのね。」
「うん。この本が1番好き。お姉ちゃんも読む?」
「うーん…どうしようかしら。まぁ時間があったら読ませてちょうだいね。」
「そっか。面白いのになぁ…」
「そんなことより!早くご飯の準備を手伝ってちょうだいな。お母さんがそろそろ怒るわよ?」
「はぁーい…」
そんな会話を交わしながら本を木の下にそっと置く。今日のお昼ご飯はなんだろうと考えながら家へ向かう。途中、飼い猫の
ノアが擦り寄ってきた。
「ノアもお腹空いたの?もう少しでご飯だからね。」
ノアの頭を撫でると、ノアは嬉しそうに
「ニャアーン」
と鳴き、喉をゴロゴロと鳴らした。
可愛いやつめ、と思いながらお姉ちゃんよりかなり遅れて家の扉を開け、中に入る。来るのが少し遅かったか、もう昼食の準備は済まされていた。するとお母さんがこちらに気づいたようだ。
「少し遅かったわね。もう終わってしまったわ。さぁ、手を洗ってらっしゃい。今日は庭で採れたトマトとバジルのパスタよ。」
トマトとバジルのパスタ。大好物だ。確かに家の中にはトマトとバジルの爽やかな香りがほのかに漂っている。その時、グゥーとお腹から音が出た。意外とお腹が空いていたようだ。お母さんはクスクスと笑っている。少し恥ずかしくなって、
「て、手洗ってきまーす」
と逃げるように洗面所に向かった。お花の甘い匂いのする石鹸で手を洗い、昼食が用意されているテーブルへ向かう。すでにお母さんとお姉ちゃんは席に着いていた。手を洗い終えるのを待っていてくれたようだ。急いで席に着き、3人でいただきますをして食べ始める。パスタを1口、口に運ぶと、トマトの酸味が口一杯に広がる。そして次にバジルの独特な味が酸味を和らげる。この丁度いいバランスがお母さんの料理の上手さを物語っている。あまりの美味しさにあっという間に食べ終わってしまった。やっぱりお母さんの料理は世界一だ。
1人感動していると
「アリス、午後も本を読むの?」
お母さんが話しかけてきた。アリス、それは私の名前。お父さんとお母さんが名ずけてくれた。お父さんはある日を境に、急にいなくなってしまった。どこに行くかも言わず、私たち3人で出掛けていた時に。大好きな、お父さんだったのに。お父さんはいつも優しくて、怒ると怖かったけど、ずっと私たち家族のことを考えてくれていた。あまり条件がいいと言えないお仕事も私たちのために汗水たらして働いてくれた。それなのにお休みの日は一緒に遊んでくれた。疲れているのは分かっていた。でもあまりお父さんと一緒にいられなかった寂しさから、つい我儘を言ってしまっていた。今になって後悔してももう遅いが、もう少しお父さんのことを考えておけば良かったと今更ながらに思う。今もどこにいるのか分からない。生きているのかも分からない。でも…でもきっと生きていると信じている。ある日フラっと帰ってきて「ただいま!今日も疲れたな〜。」なんて言いながら、また一緒に暮らせると信じている。そんな思いを胸に抱き、今日も…
「うん。あと少しで読み終わるから。」



   
         

         本の中の世界に逃げ込むのだ。

                                 



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