気分は下剋上 アメリカ学会編

こうやまみか

 目配せは(なるべく早く終わらせて欲しい)と訴えているような気がした。確かに懇談も大切だが良く考えるまでもなく黒木准教授との雑談はいつでも出来るし、万遍なく医局の皆と絡んだ方が良いだろう。
 そして、今回の壮行会の主役は祐樹なので、最愛の人と行動を共に出来るという嬉しすぎるオマケ付きでもある。
 つつがなく終わった共著の本の出版関連行事はもちろん「二人」が主役なので当然ながら行動を共にした。
 テレビ局やサイン会などどれもが極上の宝石のような出来事だった、祐樹の人生において。
 しかし、この壮行会が終わると、少なくとも医局では教授職と一介の医局員なので隣に並ぶ機会はほぼない。
「遠藤先生、田中先生のスピーチ原稿の推敲有難うございました。
 今度は遠藤先生の番ですので、原稿が出来たら私にも絶対に回してくださいね。及ばずながら推敲させて頂きますので」
 最愛の人がごく自然な、そして温かみのある笑みを浮かべて遠藤先生に声を掛けている。手技は凡庸だが、レポートとか論文の才能は有る先生だし、祐樹最愛のの手技を纏めたレポートをアメリカの心臓外科学会に提出し続けてくれているし、そういう意味ではーー黒木准教授や柏木先生とは違った形ではあるもののーー縁の下の力持ち的なポジションだ。
 そして、キレたら怖いので――肝が据わっていると自負してはいるものの、流石にメスをかざして追いかけられたくないし、そんなことをやらかしてしまっては医局の名折れだ。いや名折れというよりも香川外科の権威が失墜するのは火を見るよりも明らかなので、常々注意を払っておく必要が有るだろう。まあ、遠藤先生がキレたのは「夏の事件」の時だけなのでああいう超ど級のアクシデントが起こらなければ大丈夫だろうが。
「私もお手伝いしますよ。
それと、学会には世界心臓外科医学会の重鎮もいらっしゃるようですので、ラリー・コクラン博士を教授はご面識がおありですか?」
 最愛の人が親しくしている――と言っても今はメールだけの付き合いらしいが――人の名前は知っていた。だから、面識がないことは分かっていたが聞く方が自然だろう。
 ラリー・コクラン博士と聞いて遠藤先生は目を丸くしている。
「いや、残念ながらご高名を漏れ聞くだけで……。直接の面識はない。
 ただ……」

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