気分は下剋上 アメリカ学会編

こうやまみか

 もちろん、今の医局の女房役の黒木准教授と未来の「医局限定」の女房役の柏木先生の差だったが。
 祐樹最愛の人はこの病院、いや医学会のカリスマとして燦然と輝く高嶺の花というか星のような存在として君臨し続けて欲しいというのが祐樹の強い願いだったが。
 そのためなら医局の小姑こじゅうとめと陰口を叩かれても祐樹にはむしろ嬉しい。祐樹がキツいことを言って、それを宥める柏木先生という役回りが似合っているような気もするし。
「……で、壮行会の主役の意見は?荷造りとかは済ませてあるって言っていましたよね?」
 柏木先生が確かめるように聞いて来て我に返った。
「……私は、その後、病院長とアポが有るので、ギリギリその時間だったら付き合えます。
 何でも清水氏と三人で重大な話があるとかで……」
 咄嗟にウソがつけない最愛の人が、病院長と清水氏という――救急救命室にも助っ人という位置づけで勤務している清水研修医のお父様が京都一の私立病院の院長かつ斉藤病院長の親友だと知らない人間はこの医局では知らない医師は居ない。
 そして、何より最愛の人の挙げた固有名詞の人達には共通点が有って、皆お金には全く困っていない。だからどこぞの料亭の一室で密談を交わしていたとしても全然不思議ではないし、皆は軽く納得した表情だった。それにそんな豪華なメンバーで密室に入ってしまっているということにしておけば、医局の医師達が患者さんの容態急変を黒木准教授レベルで必死に抑えるだろうし。ただ、あくまでも医局の責任者なので黒木准教授の手に余るようなことが有れば連絡はあるだろうが、祐樹の把握している限りそういう危険な患者さんは今のところ居ない。
「教授がそうおっしゃるなら、それに従うのみです……」
 祐樹最愛の人が尤もらしい嘘をつけたこととか、いかにも「その時間だけしか取れなくて申し訳ない」といった感じの表情をごく自然に浮かべていることがとても嬉しかった。
 ウソをつくということは本来はダメなことだろうが、世の中には二種類の嘘が有ると思っている。
 人を陥れるとかそういうマイナスなウソは論外だが、人間関係を円滑にする程度の些細かつ人畜無害な言い訳めいたウソは祐樹もよく口にしている。
 以前は全くそれが出来なかった人なので――却ってその不器用さが愛おしい点でもあったが――確実に進歩している。
「じゃあ、早速会場に行きますか。待機組は残ってくれ。ちゃんと管理しているので、次は出席出来るように取り計らうから」
 柏木先生が手を叩いて大きな声で言った。
 皆が嬉しそうな表情で医局から出て行く。
 そして。

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