気分は下剋上 アメリカ学会編

こうやまみか

「え?貴方まで空港に来られることはないと思いますが……。
 ただ、あの神の手でも不可能なほど早く、そして精確せいかくかつ滝のように躍動的な手技は、もしかして、時間を短縮するためでしたか?」
 祐樹の飛行機の便に合わせて――本来ならば出張扱いなので出勤しなくて良いと言ったにも関わらず――ギリギリまで主治医を務める患者さんの引き継ぎなどを行うために医局に居た祐樹を最愛の彼が呼び止めてくれた。切れ長の涼しげな眼差しで促されてエアポケットのようになっている廊下の隅へと移動した。
 自分の医局の様子を見てーー以前のように祐樹だけが目的ではないのは最愛の人にとって進化だろうーー祐樹はちょうど医局の自分のデスクで主治医を数日間だけ代わってもらう引継ぎのカルテを作成中だった。
 祐樹最愛の人が医局に来ると、良い意味で医局の空気が変わるし、祐樹にとっては怜悧かつ端整な顔とかすらりとした花のような佇まいを見るのも大好きだった。
 医局のカリスマとして、いや病院内全体かもしれないが君臨する最愛の人には当然熱烈なファンもいる。
 「そういう」気持ちではないことも分かっているので祐樹としては気が楽といえばそうなのだが、遠藤先生が椅子を思いっきり引いて立ち上がって最敬礼している。
 香川外科と呼ばれている医局は「外科」としては温和な人間が集まっているというウワサではあるものの「夏の事件」の時にはメスを振りかざして脳外科に殴り込みに行くという暴挙の発案者だった。
 今ではすっかり医局を立て直した脳外科の(当時)准教授だった白河教授が医局に土下座をしにきたせいで収まったらしいが。
 海外出張といっても、大げさな荷物ではないので、祐樹の当初の予定では病院から関西空港まで飛行機の時間を見計らって行く積りだった。
 選ばれた本人にとっては光栄極まりない学会であっても、救急救命室から見事昇格した「救急救命センター」の名ばかりの責任者ーーと病院内ではウワサされている北教授も「国際的認知度」という点では病院を代表する教授の一人だ。しかし、救急救命「センター」には、救急救命の血塗れの天使とかあだ名は山ほどある杉田師長の印象がより強いのも現状だった。
「そうだ。せめて見送りに行きたくて……。帰国した時には名前が鳴り響いていると確信しているので、病院長とか日本の医学会の重鎮とかも来るだろうから」
 祐樹はーー実際のところ2晩睡眠もろくに取れていない過酷なスケジュールだったにも関わらずーーこれから始まる学会の講演が楽しみでそんなに疲れは感じていない。。
 まあ、LA行の飛行機の中で熟睡する予定だそうで、もう数時間の我慢だと思っていたのも事実だった。
 それに。
 

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