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ノベルバユーザー329392

 部屋を出てスタスタ歩く葵の向かった方向は、時計台の六時の方向だ。
 到着した場所は……葵が最初に確認したなかになにもない空間が、広がっていた建物だった。
 扉の前で葵が言った。
 「デジカメはおそらくここにあるでしょう……」
 歩が葵に確認した。
 「本当にこの中は……空だったの?」
 「僕が嘘をついてると?」
 葵を不快にさせたと思った歩は誤解のないように言った。
 「いや……そういう訳じゃ無いけど……これはあまりにも……」
 葵は歩が話を聞き終えることなく扉を開けた。
 歩は驚いた表情で、有紀は表情を変えない……二人とは違い葵は予想通りの出来事に満足そうな表情だ。
 その建物……小屋の中には、確かに先程パソコンで注文したデジカメが新品でそこには一つだけあった……ポツリと一つだけ……。
 葵は小屋からデジカメを持ち出し、箱から中身を取り出して、辺りを何枚か撮影したりなどして、使えるか確認している。
 「どうやら使えそうです………見て下さい」
 そう言うと葵はデジカメの画面を二人に見せた。
 有紀が言った。
 「これは驚いた……」
 葵の言うように画面には、島の時計台や……葵が適当に撮影した画像が何枚かある。
 歩は驚きを隠せない表情で言った。
 「何がなんだか……手品じゃないんだからさ……」
 葵が歩をなだめる様に言った。
 「今さら驚いても仕方ありません。一応……後で他の部屋でも試してみましょう」
 有紀が言った。
 「そうだな、おそらく他の部屋も同じだろうが……」
 葵が言った。
 「とにかくこの島には驚かされっぱなしです。僕らの常識を遥かに越えていますからね……」
 歩は投げやりげに言った。
 「俺……熱が出そう……」
 歩を気にする事なく、有紀は言った。
 「ここにはもう用はないだろ?次に行こう……歩、熱があるのなら次に行く医務室で診てやる」
 「もう好きにして……まったく大したもんだよ……二人共……この状況に動じないんだから……」
 歩がそう言うと三人は次の目的地に行くため、九時の方向へ戻った。
 「これが九条氏の言っていた、医務室か……」
 島の九時の方向にある、外観の地味なコンクリートの建物の前に立って、有紀が言った。
 葵が言った。
 「さっそく中を確認しましょう」
 最初に部屋に入った時ほどの緊張感はないが、三人は警戒は怠らずにいる。
 部屋は明るい……見た感じ、学校の保健室といった感じか……ベッドに机、椅子、それにガラス扉の付いた棚がある。
 棚の中には消毒薬や、包帯、コットンなどが並べられている。
 歩が言った。
 「九条の言うように、医務室だな……」
 確かにこれといって、変わった様子は無いが、葵が奥を指差し言った。
 「扉があります……九条さんの言っていた実験室では?」
 有紀が奥に行き扉を開けた。
 有紀は中を確認し、葵と歩に「来てみろ」と促した。
 歩は中を確認して言った。
 「実験室ってよりは……オペ室だな」
 部屋の中央のベッドに行き、その側にあるワゴンにある器具などを確認している。
 「メスや吸引気、ピンセットなどもありますねぇ」
 医務室にあったような棚を物色しながら有紀が言った。
 「実験室と言った九条氏の言葉も、あながち間違いではなさそうだ。来てみろ……」
 有紀に呼ばれて二人は棚に行き、並べられている物を見てみた。
 葵が言った。
 「厄介ですね……」
 葵が厄介と言うように棚には、硫酸を初め…様々な劇薬が並べられている。
 葵が言った。
 「硫酸に水酸化ナトリウムに、フェノールどれも規制のある劇薬です……」
 有紀が言った。
 「ああ……医薬品医療機器法……薬事法で規制されている物ばかりだ」
 すると有紀はシャツの胸ポケットから黒のマーカーを取り出して、薬品の入ったビンなど一つ一つに、線引きし印を付けていった。
 「これで薬品が使われたら、わかるだろう」
 薬品に印をを付けている有紀をよそに、歩はなにか感慨深い表情をしている。
 それを気にした葵が言った。
 「どうしました……歩さん?少し疲れましたか?」
 「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
 「嫌なのだろう……この場所が、この独特の空気が……」
 印をつけ終えた有紀が言った。
 「どういう事です?」
 葵の問いかけに答える事なく有紀は言った。
 「さぁ、出よう……ここにはもう用はないだろ?」
 葵は歩の表情を察してこれ以上は深追いしなかった。
 医務室を出た三人は、最後にプールらしき所がある三時の方向へ向かった。
 歩は医務室を調べている時から少し、顔色が悪い。
 葵は歩に声をかけた。
 「大丈夫ですか?先程から顔色が良く無いですが……」
 歩は少し深呼吸をし、息を整え、笑顔で葵に答えた。
 「大丈夫だよ……俺、ああいうところ苦手でさぁ……なんか薄気味悪いだろ?」
 有紀が言った。
 「こんなデリカシーのないやつでも、苦手なものがあるものだ。気にするな、葵……じきに顔色も戻る」
 「そうですか……ならいいのですが……」
 葵はどこか釈然としなかったが、ひとまず納得する事にした、今は調査を優先する時だと……。
 目的地のプールにたどり着いた三人は周辺を見渡した。
 20m程のプールに、プールサイドに休憩スペースがある。
 プール施設の隣には…芝生でおおわれた、広場がある。そんなに広くはない……20m×20m程の正方形だ。
 有紀はプールの水を手で少しすくい、匂いを確認している。
 有紀は水を確認して言った。
 「普通の水だな。歩……そっちはどうだ?」
 歩と葵は芝を調べている。
 歩は芝をつまんで言った。
 「天然芝だねぇ……」
 有紀の言う通り歩の顔色はすっかり元に戻っている。
 葵も芝を調べて言った。
 「芝の手入れも、しっかりいき届いています……。芝の下は……やはり土ですね。一応……後で採取しときましょう」
 有紀が言った。
 「プールもおそらく問題ない……泳いでも大丈夫だ。一応……私も後で水の採取はしておくがな……」
 葵が言った。
 「この島の所有者は、危害を加える気がなく、もてなしてくれてるようですね……セルフサービスですが……」
 歩が言った。
 「とにかくしばらく様子をみるしかないねぇ……」
 葵は指で髪をつまみ、クルクル回しながら言った。
 「気になるのは、パソコンの『AMS』のアプリと……各部屋番の記号と数字ですねぇ……」
 有紀が言った。
 「あとは、オペ室にある劇薬にも気を付けなければならないぞ……」
 歩が言った。
 「そうだな……オペ室の事を皆に伝えるかどうか……悩み処だな」
 葵が言った。
 「既に、九条さんと山村船長は、あの部屋の存在を知ってますからねぇ……ヘタに隠しだてしないほうがいいでしょう……」
 歩が言った。
 「確かに……隠して後でバレたら、俺達の信用がなくなるからね」
 葵が言った。
 「有紀さんがマーカーで印を付けて下さったので、使用すればわかりますからね……」
 有紀が言った。
 「劇薬の危険性を重々伝えて、今調べた事は全て皆に伝えよう……信頼関係は築いておいたほうがいい…」
 一通り調べ終わった三人は他のメンバーの待つパーティールームに戻った。
 九条の言っていたように、パーティールームは船にあったのと同じような広さで、右奥に両開きの扉がある……扉の奥がおそらく厨房だろう……。
 部屋の皆の様子はいたって普通だ、皆それぞれコーヒーや、アイスティーなどを楽しみながら談笑している。九条と山村がなんとかこの場をおさめたようだ。
 三人が戻った事に皆が気付くと、九条が皆を代表するように、三人に歩み寄って来た。
 「待っていたよ……で、どうだった?」
 九条がそう言うと、葵が答えた。
 「人が生活するには……適しているでしょう……天然芝がありました、芝の状態から見て気温も適しているでしょう……」
 九条は葵に聞いた。
 「芝でそこまでわかるのかい?」
 葵の代りに有紀が言った。
 「葵の言う通りだろう、天然芝の育成適温は一般的に……25~35℃と言われている。体感的におそらく30℃前後と、いったところだろう……」
 歩が言った。
 「他にも色々わかった事がある……この島のルールといったとこかな……」
 九条が聞いた。
 「ルール?」
 歩が言った。
 「これは皆にも聞いてもらいたい……そのうえで皆が共通認識を持ち、ここでの生活を楽しもう」
 歩はこの島が、あくまでも『主催者が用意したリゾート地』を前提にして、これまでの経緯を説明した。
 12の宿泊施設、医務室、プール、芝の広場……パソコンの説明をした。
 そして有紀が医務室の奥にあるオペ室兼実験室にある劇薬などの説明をした。
 説明を聞いた皆は、予想通り驚いている。
 愛美が言った。
 「すごいパソコンじゃないっ!それってハイテクのルームサービスでしょ!最初は遭難したかもって思ったけど……プールもあって、船長の料理も美味しいし、言うことないわっ!」
 愛美が少し興奮気味だか、堂島夫婦は困った表情をしている。
 サキが言った。
 「困ったわ……私たち、パソコンなんて使った事が無いですから……ねぇ、あなた……」
 困っている堂島夫婦に順平が言った。
 「安心して下さいっす!俺、そっち系の専門学校行ってるっす!わかりやすく教えるっす!」
 ここぞとばかりに張り切っている順平に、サキは笑顔で言った。
 「まぁ、たのもしい……ねぇ、あなた」
 サキに光一も同意して、順平に言った。
 「うむ、よろしく頼む」
 皆はそれぞれ納得したようだ……だが、それは九条と山村が上手く立ち回ってくれたおかげでもある。
 とにかくしばらく様子をみるしか今は選択肢が無かったので、納得するしかないのも事実だが……うまく皆がまとまったので、よしと言える。
 これから12人の島での生活が始まろうとしている。
 安息や休息を楽しもうと……。
 しかし、その安らぎの時はほんの少しだけだという事は……。
 今は誰も知らない………。

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