文字語(もじがたり)

ノベルバユーザー329392

 銀行内は隔離されており、外の様子は目ではわからなかったが……警察が到着したのがすぐにわかった。サイレン音が聞こえてきたからである。
 「来やがったか……」
 覆面男の一人がそう言うと、銀行内にいた人質達はざわつき始めた。
 「警察が来てくれたんだっ!」「助かるのか?」「トイレに行きたい……」
 すると銀行内の電話が鳴り響いた。


 プルルルルルルッ……プルルルルルルッ……プルルルルルルッ……ガチャッ……。


 覆面男の一人が電話に出た。
 「これから最初の要求を言う……これに対応すれば……そうだな、人質を数人解放してやる」
 覆面男のその言葉に、人質達は再びざわざわしだした。
 「いっ、今……解放って言わなかったか?」「まさか……聞き間違いじゃ……」「いやっ!確かに解放って言ったぞ……」「トイレに行きたい……」
 覆面男は人質の反応を見て、ニヤリとした。
 「へへっ……それじゃあ、要求を言う……『宅配ピザ』を20人前持ってこい……時間は、1時間待ってやる。それと複数の店はダメだ……一件の店で20人前だ」
 覆面男はそう言うと、一方的に電話を終えた。
 ………『宅配ピザ』………覆面男の要求に、銀行内にいた人質達は、皆目を丸くした。
 「『宅配ピザ』って……お腹でも空いているのですか?……」
 皆と同じように、目を丸くしている三咲は文也に言った。
 「ククク……なるほどな……」
 三咲や他の人質達とは対照的に、文也はニヤニヤしている。
 三咲は怪訝な表情で言った。
 「何が可笑しいんですか?……」
 「さっき言ったろ?時間稼ぎをするって……」
 「そうですけど……ピザで時間稼ぎ?」
 三咲は不思議そうな表情をしており、文也はそれにイラついた感じで言った。
 「チッ……察しの悪い奴だな……覆面男はピザを1時間以内に20人前を用意しろって言ったんだ」
 「それが?……」
 「複数の店舗を使えば……20人前のピザを用意するのは容易いが……覆面男は『1店舗』で用意しろと言った。明らかに矛盾している」
 三咲はポンと手を叩いた。
 「なるほど……」
 「覆面男は1時間以内にピザを用意できないのが、わかって要求してるんだよ」
 「つまり覆面男達は……それほど警察に時間稼ぎしてると、思われたくない……って事ですか?」
 「そう言う事だ……さらに言うと、時間さえあれば計画は成功するって事だ」
 少し納得した様子だった三咲だったが……すぐに首を傾げた。
 「でも……こういう計画って、普通は時間との勝負で段取り良く行うものなんじゃ?」
 三咲の疑問に、文也はニヤリとした。
 「なかなかいい所を……ついてくるじゃねぇか……」
 「えへ……そうですかぁ?……私こう見えてもジャーナリストですから……」
 「へぇー……確かに見えない。ただの情緒不安定のバカだと思った」
 「キィーーーッ!どういう意味ですかっ!?」
 三咲がプンスカ怒っていると、覆面男の一人が三咲を威嚇した。
 「うるせぇぞっ!またお前かっ!ぶっ殺すぞっ!!」
 「ひぃーーっ!すいませんっ!」
 覆面男の恫喝に、三咲は両手で頭を抱えた。
 「騒がしい女だな……」
 呆れた様子の文也を、三咲は睨んだ。
 「貴方が私を怒らせてるんでしょっ!それより、さっきの疑問に答えて下さいっ!」
 「あー……時間稼ぎの事か……。確かに時間は必要だが……無制限って訳じゃねぇ。だから……夏川って言ったか?お前の言う事もあながち間違いじゃねぇ」
 「時間は必要だけど……急いでる?矛盾してません?」
 三咲はチンプンカンプンな表情をしている。
 「矛盾しているようで……矛盾はしてねぇ……つまり、この計画を成功させるには……『◯◯時間できっちり終わらせる』って事が重要なんだ。それは少なくてもダメだし、多くてもダメだ。だから無理な要求で時間を調整してんだよ」
 「……………貴方……凄いですねぇ………」
 三咲は目を丸くして、文也を見ている。感心しているようだ。
 すると覆面男が動き出した。
 「聞けっ!ピザが届いたら……人質を一部解放してやる。まずは10人解放する」
 再び銀行内はざわざわし始めた。
 銀行内の人質達がざわついたのは当然だった。
 ………助かるかもしれない………皆そう思ったに違いない……そうそう起こる事のない、この緊張感のある状況から脱する可能性があるのだから……。
 もちろん三咲もその一人だったが……三咲の期待とは裏腹に、文也はニヤニヤしながら首を横に振った。
 「お前……「私は助かる」とか思ってねぇだろうな?」
 「えっ!?」
 「だとすれば……甘いあまい……」
 「どっ、どういう意味ですかっ!?」
 文也の物言いに、三咲はムッとした表情になった。
 「覆面男達が人質を解放するのは……嘘じゃねぇのは確かだ。警察に交渉の余地があると、思わせるためにも……人質は解放するだろう……しかし……」
 「しかし……何ですか?」
 「解放するのは老人や子供……つまり俺達のような若者は解放しない……」
 「わかってますぅ~!わかってますけど……」
 三咲は泣きそうな表情になっている。三咲もわかっていたのだ……自分は解放の対象外だと……しかしこの命が関わる、緊張感中で、例え可能性が皆無に近くとも、それにすがるしかなかった。
 「よくわかってるじゃねぇか……人質を抱えながら逃走する可能性が有る限り……老人や子供は足手まといになるからな……」
 三咲が泣きそうな表情をしているにも関わらず、文也の言葉は容赦がなかった。
 「どうしてこんな事に……」
 くじけそうな三咲に、文也は不愉快な表情をした。
 「何を死んだような顔をしてやがる……話しは終わってねぇ……」 
 「何の話しなんですかぁ?これ以上私を追い詰めないで下さい……うう……」
 項垂れた三咲に、文也は呆れて言った。
 「喜怒哀楽の激しい奴だな……」
 「ほっといて下さい……うう……」
 「心配すんな……誰も死なないし、死なせやしねぇよ……」
 「何を言ってるんですか?……」
 文也のその一言に、三咲は目を丸くした。
 すると覆面男の一人が人質達に言った。
 「今から解放する人質を選別する……呼ばれた者は出てこいっ!」
 覆面男は拳銃を構えながら、人質の群の最前列の老夫婦と、その後ろにいる子連れの女性……そして年輩の銀行員の男女それぞれ一人づつ呼んだ。
 「おい……そこのお前……前に出ろっ!」
 解放される人質6人の他に、先程覆面男に文句を言っていた、スーツ姿の男性客が覆面男に呼ばれた。
 「な、何だ?……私も解放されるのか?」
 「そうじゃない……もうすぐピザが届く……お前受け取りに行け」
 「どうして私が?……君達が取りに行けばいいだろ!?」
 動揺している男性客を気にせず、覆面男は言った。
 「バカかお前……俺達が行けば捕まるリスクもあるし、下手をすれば発砲される……お前ならそんな心配はねぇだろ」
 すると覆面男は側にいた女性従業員を捕まえて、その女性に銃口を向けた。
 「ただし……逃げようとすれば、この女が死ぬことになるがな……」
 「ひっ!ひぃーーっ!!」
 女性従業員は覆面男の銃口に怯えきった様子だ。
 「くっ!卑怯な……わかった、ピザを受け取る……逃げもしない。だから乱暴はよせ」
 覆面男と男性客のやり取りを見ていた三咲は、感心そうに呟いた。
 「あの人……正義感がありますね……」
 すると文也はいきなり立ち上がった。
 「ちょっと待ったぁーっ!」
 大声を発しながら立ち上がった文也は、もちろん銀行内の人質や覆面男の、視線の的になった。
 「てっ、テメェ……何勝手に立ってやがるっ!」
 覆面男もいきなりの事で、多少は動揺したようだが……すぐに文也に対して恫喝した。
 しかし文也は怯む事なく言った。
 「テメェらが指定した、そのスーツ姿の男……俺達を見捨てて逃げるなんてこたぁ、ねぇだろなぁ?」
 文也の言葉に男性客は、ムッとした表情になった。
 「きっ、君っ!……バカな事を言うなっ!目の前で女性が、銃口を突き付けられてるんだぞっ!」
 怒った男性客の言葉を、聞いているのかいないのか……文也はぐっと眼を閉じて、そして力強く眼を開き、回りを見渡した。
 「君っ!私の話を聞いているのかっ!?」
 文也は男性客を見てニヤリとした。
 「へっ……あんたにその女を救う義理はねぇはずだが?」
 眼光の鋭い文也の眼に、男性客は少し怯んだ様子になった。
 「まぁいいや……おいっ!覆面男、そいつが一人で逃げないようにしろよっ!」
 「うるせぇっ!なんなんだテメェ……ぶっ殺すぞ!さっさと座れっ!」
 「へいへい……わかりましたよ」
 文也は悪態をつきながら、おとなしく座った。
 文也が座ると、すぐさま三咲は文也に言った。
 「何やってんですかぁっ!?……強盗犯を挑発して……どういうつもりなんですっ!?」
 文也は再びポケットから目薬を取り出して、それを眼に垂らした。
 「くぅ~っ!きくぅ~っ!」
 「聞いてるんですかっ!?」
 文也は眉間にシワをよせて、三咲に悪態をついた。
 「チッ……いちいち五月蝿い女だな……怒るか泣くか……どっちかにしろよ」
 文也の言うように、先程まで泣きそうな表情だった三咲は、文也に対して怒った表情をしている。
 「貴方のせいでしょっ!!……それに何のつもりですか?」
 「別に……ここにいる人間の『文字』を見たかっただけだ……」
 先程から出てくる『文字』というフレーズに、三咲は不可解な表情をした。
 「さっきから『文字』とか……見えるとか……何の話です」
 「お前……利き手はどっちだ?」
 「利き手?……手の話をしてるんじゃ……」
 「いいから……利き手はどっちだよ?」
 「み……右ですけど……」
 三咲は怪訝な表情で、右手を文也に差し出した。特に汚れた様子もなく、綺麗な手をしていた。
 すると文也は先程と同じように眼をぐっと閉じ……そして三咲の右掌に向けて、眼を見開いた。
 三咲は怪訝な表情で言った。
 「あのぉ~……何を?……」
 「朝食にパンを食べて、バイクで通勤したな?」
 思わず三咲は背筋を凍りつかせた……文也の言うように、確かに三咲は朝に食パンを食べて、バイクで通勤していた。
 「な……なんで?……えっ?えっ?」
 目を丸くした三咲に対して、文也は「ふぅ」と息をはいて言った。
 「お前の手の記憶を……『文字』から読み取った……」
 「はぁっ!?」
 意味がわからないと言った様子の三咲に、文也は説明をした。
 「俺の眼は……物や人、場所の記憶を……そこから浮き出てくる『文字』によって読み取る事ができる」
 「も……じ?……」
 「説明はしたぜ……信じるか信じないかは……好きにしろ……」
 三咲は混乱した……。先程から文也が言っている『文字が見える』という意味は……こういう事だったのか?と……にわかに信じ難い話だが、先程からの文也の言動と、三咲に対しての言葉……。
 「なんなの?……このひと……」
 三咲はそう呟いて、ブルッと体を震わせた。
 気持ち悪さに体を震わせた三咲だったが、ある疑問が頭をよぎった。
 「あのぉ~……それじゃあ私の手には、何の文字が浮かんだんですか?」
 「『麦』と『ひねる』……」
 文也のいう二つの文字に、三咲は首を傾げた。
 「『麦』はパンを指している……麦を使う食材は多数あるけど……『箸』の文字が浮かんでなかったから、手でつかんで食べる物……すなわちパンだ」
 「な、なるほど……具体的に食べているのが、見えるわけじゃないんだ……」
 「俺が見えるのは……ヒントみたいなもんだ。あとはそれを頼りに推理するだけだ」
 「じゃあ……『捻』は、バイクのアクセルを捻るって意味ですか?」
 「ああ……バイクのアクセルは右ハンドルについているからな……朝から捻るっていったら、バイクのアクセルくらいだろ」
 「信じられない話ですけど……凄いですね……はっ!」
 三咲は話の途中で両手で体を隠した。
 文也は怪訝な表情で言った。
 「どうした?」
 「その話がほんとなら……私は裸も同然でしょっ!?……スリーサイズとか全部バレますぅ~」
 三咲は顔を真っ赤にしていたが……文也は呆れた様子で言った。
 「心配すんな……常に見えるわけじゃねぇ……それにお前の貧相な体にも興味はねぇよ」
 「ひっ!貧相!?……失礼なっ!」
 三咲は顔を真っ赤にしたまま、文也を睨み付けた。
 「確かに私はスレンダーボディではないですけど……貧相って……」
 「気にしてんのか?」
 「気にしてますよっ!……それより、他に何の文字が見えたんですか?」
 「お前のか?」
 「他の人ですっ!!」
 おちょくった様子の文也に、三咲の表情は怒りに満ちている。  
 「人質は皆『恐』『緊』などの文字が浮き出ていた……恐怖や緊張感に覆われている事が伺える……お前からもな」
 文也は目線を三咲に向けた。文也が言うように三咲も命の危険を感じて、恐怖していた。
 「そしてさっきも言ったけど……覆面男に殺意はない。やつらにあるのは『計』の文字……おそらく計画の事で頭がいっぱいなんだろな……おかけで殺意を示す文字が一つもなかった」
 「それで殺意がないと思ったんですか?」
 文也は首を横に振った。
 「それだけじゃねぇ……」
 「それだけじゃない?どういう事ですか?」
 「覆面男は3人いて、拳銃も3丁あるが……その内の2丁は偽物だ」
 「にっ!偽………!?」
 三咲が言い切る前に、文也は三咲の口を手で抑えた。
 「うううっ!……ふぐふぐっ!」
 口を手で抑えられている三咲は悶絶し、文也は小声で言った。
 「しっ!……滅多な事を言うな……1丁は本物だ……」
 三咲は口を抑えられたまま、何度も頷いた。
 「とにかく……もうすぐピザが届く……その後、奴らがどう動くか……」
 「様子を見るしかないって事ですか?」
 「そう言う事だ……でも、大方の見当はついてきたぜ」
 「どういう事ですか?」
 文也はニヤリとした。
 「どういう計画かをだよ……」
 三咲は目を丸くした。
 「計画……この強盗のですか?」
 「まぁな……覆面男達が動くのは……ピザが届いて、次の要求をした時だ」
 「次の要求?どういう意味ですか?」
 「まぁ見てな……すぐにわかる……」
 ニヤリとした文也を見て三咲は思った……危機的状況になんら変わりのないこの状況で、文也は何故にここまで余裕な態度をとれるのかと……。
 だが……今日初めて出会ったこの男の言葉は……何故か納得し、話を聞き入ってしまう不思議な魅力があった。
 おかけで少しだったが、三咲は他の人質客とは違い不安を和らげる事ができた。
 すると……文也の言う『覆面男達が動く時』が訪れた。
 それは銀行内の電話の音により知ることができた。
 覆面男の一人がその電話にでた。
 「もしもし……そうか……わかった……今取りに行かす……妙な真似をしたら………人質を一人殺す……」
 覆面男はそうやって物騒な事を言って、電話を終えた。



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