天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

 ……京都府長岡京市……




 11月2週目週末の午前……縁と桃子は京都にいた。
 11月も中旬にさしかかり、季節はすっかり冬の準備に入っている。
 「なぁ……何処に向かってんだ?」
 桃子のスポーツカーの助手席で、縁は楽な姿勢で外を眺めながら、桃子に訊ねた。
 「ナビによると、もうすぐのはずだが……」
 「大丈夫かよ?竹藪ばっかだぜ……」
 縁の言うように、車の走る公道は竹藪に囲まれていた。
 ここ京都府長岡京市は、竹の子の名産地であり、町の至るところには竹林があり、比較的緑豊かな町でもある。
 だが竹藪に囲まれたこの辺りは、しなった無数の竹に日を遮られ、薄暗く少々不気味でもあった。
 「小林氏が言っていた屋敷は、もうすぐのはずなんだが……」
 桃子は馴れない景色と、道のせいか……必死に運転をしている。
 ナビを頼りに、右に左と複雑な道をしばらく進むと……ようやく広い場所に出た。
 相変わらず竹藪に囲まれてはいたが、そこには小さな池があり、その奥に大きな屋敷が建っていて、数台の車が停まっていた。
 「ナビによるとあの屋敷だな……」
 そう言うと桃子は、並んでいる数台の車の横に同じように、自分の車も駐車した。
 「これは……見事だ……」
 車から降りた桃子の第一声はそれだった。桃子と縁の眼前にはとても立派な屋敷がそびえ立っていた。
 「見事だけど……奇抜だな。右が洋で、左が和か……」
 縁の言うように、屋敷は普通ではなかった。屋敷は2棟建っており、右は洋式で左は和式になっており、その間にはコンクリートの渡り廊下が備え付けてある。
 「うむ……暗号屋敷と呼ぶに相応しい外観だ……」
 「暗号屋敷だって!?……」
 桃子の言う『暗号屋敷』の言葉に縁はすぐさま反応した。
 「聞いてねぇぞ!暗号屋敷って……あんたまさか……」
 「うん?……言わなかったか?」
 「聞いてねぇ!」
 「好奇心を煽るだろ?」
 「そんな事を言ってるんじゃねぇ!桃子さん……ハメたな?」
 「ハメる?私が縁を?……人聞きの悪い事を……大事な縁にそんな事をする訳がないだろ?」
 「いや……今までさんざんハメられてきたけど……」
 すました表情の桃子とは対照的に、縁は頭を抱えて天を仰いだ。
 「とにかく屋敷に向かおう……車が停まっている……という事は、既に小林夫婦も来ているかもしれん」
 そう言うと桃子はスタスタと屋敷に向かって歩いて行く……縁は先に停まっていた車を確認しながら、桃子の後を追った。
 車は桃子の入れて計4台……1台は小林夫婦の車と推測できるが……残り2台……1台は屋敷の所有者の物、もう1台は……おそらく他の客人だろう。
 「しかし……洋式と和式……どちらの玄関に行けばいいのか?……」
 桃子がそう言うように2棟の屋敷には、それぞれ玄関が付いており、洋式と和式、どちらの玄関に行けばいいのか、迷ってしまいそうだ。
 「どうやら……和式の方が使われている玄関みたいだな……」
 縁の言葉に桃子は不思議そうな表情をした。
 「何故だ?……」
 「郵便受けだよ……洋式の方の郵便受けはガムテープで封印されているが、和式の方は使える状態だ。少なくとも常に使っているのは和式の方だろうね……」
 「ふむ……なるほど……では和式の玄関のインターフォンを押してみよう」
 そう言うと桃子は和式の建物の方へと向かい、玄関の前に立った。縁も桃子の横に並ぶようにして立ち、建物を見上げた。
 屋敷全体の敷地面積は広そうだが……和洋それぞれの建物じたいは、そんなに大きくはなかった。
 竹藪に囲まれている和洋混合の屋敷……なんともいえない異様な雰囲気に、包まれながら桃子はインターフォンを押した。


 ピンポーーン……ピンポーーン……。


 景色にミスマッチな機械音が2回なり、しばらくしてインターフォン越しに声がした。
 「はい……どちら様ですか?」
 落ち着いた感じの女性の声に、桃子は答えた。
 「小林氏の紹介でやって来た……小笠原と申しますが……」
 「ああ……小林さんの……少々お待ちくださいね……」
 受け答えの感じからして、歓迎されているようだ。
 女性とのやり取りからしばらくして、玄関の引き戸が開いた。
 現れたのは女性ではなく、男性だったが……。
 「小林さん……」
 縁は懐かしむ感じで、思わず表情を緩ませた。現れたのは小林だった。
 小林も懐かしむ様子で、二人に言った。
 「小笠原先生……新井場さん……お久しぶりです。お元気でしたか?」
 桃子も思わず表情を緩ませた。
 「久しいな……そっちこそ元気だったか?」
 「ええ……色々ありましたが……現在いまは夫婦共々元気にやっています」
 「弘子ひろこさんもお元気ですか?」
 「ええ……弘子も今日の日を待ち遠しくしていましたよ。さぁ、つもる話しは屋敷で……どうぞ、皆さんお待ちですよ」
 懐かしむのもほどほどに、小林は縁と桃子を屋敷内に案内した。
 小林の案内により屋敷に入った縁と桃子は、意外とシンプルな間取りに少し拍子抜けした。
 暗号屋敷と聞いていたわりに……廊下を歩いた感じでは、それを感じる事ができなかったのだ。
 部屋に入った訳ではないので、詳細ははっきりとはしなかったが……今のところは普通の屋敷だ。
 「ここが大部屋です。ここに皆さんお待ちですよ……」
 小林はそう言うと、襖の前で立ち止まり手を掛けた。
 小林が襖を開けると……中には老夫婦と若い男性が二人、そして小林の妻の弘子が大きなテーブルを囲って、正座で座っていた。
 上座に老人、その左側に老婆と弘子……右側に男性二人がそれぞれの座っており……テーブルには豪華な昼食が並べられていた。
 すると老人が関西訛りで縁と桃子に言った。
 「ようこそいらっしゃいました……私が主人の大山……大山政二おおやませいじです……さっ、中へどうぞ……小林君、お連れして……」
 政二に促され、小林は二人を大部屋の中へ案内した。
 「お二人とも……空いてる席に座って下さい」
 今度は小林に促され、縁と桃子はキョロキョロしながら席を見た。下座と二人の男性の隣が空いていたが……二人の様子に、男性の一人が立ち上がった。
 「私が下座へ………。申し遅れました……使用人の石田と申します……お二人共どうぞこちらへ……」
 石田はスラリとした体格で、白いシャツに黒のスラックスを履いた……如何にも好青年といった感じだったが……関西のイントネーションで言葉を発することに、少し違和感があった。
 二人は席に座ると……桃子が皆に挨拶をした。
 「小笠原桃子だ……本日はお招きいただき感謝する」
 淡々とした桃子の挨拶に、その場にいた者達は目を丸くしたが、弘子はクスクスと笑っていた。
 すると縁が桃子に小声で言った。
 「何でそんなにえらそうなんだ?」
 「これが私流の挨拶だ……」
 すると政二の隣の老婆も弘子と同じようにクスクスと笑いだした。老婆は優しい表情をしていた。
 「ほほほ……堂々としていて好感が持てますわ。わたくしは政二の妻の大山ミツと申します。で?そちらの坊っちゃんは?」
 ミツは桃子の隣に座っている縁に目線を移した。ミツのイントネーションも関西風だったが……上品さはどこかに感じられた。
 「俺は……新井場縁……高校生です」
 縁の簡単な挨拶に政二は言った。
 「小笠原先生とどういった関係で?」
 桃子が答えた。
 「縁は私の大切な……まぁ、助手のようなものだ」
 小林が言った。
 「新井場さんも、小笠原先生に負けないくらいの洞察力を持っているのですよ」
 弘子も言った。
 「そんなんですよ……それにお似合いですわ……小笠原先生と縁君は……」
 弘子の言葉に、桃子は表情を緩めた。
 「やはりそう思うか?……聞いたか縁っ!」
 縁は呆れた様子で言った。
 「顔にしまりがねぇぞ……」
 和やかに話をしていると、右側のもう一人のスーツ姿の男性が政二に言った。
 「大山さん……そろそろ……」
 「おお……そうでしたなぁ……ほな本題に入りましょか……」
 政二の言葉をきっかけに、スーツ姿の男性は話を始めた。
 「皆様はじめまして……顧問弁護士の小山こやまです。本日はお集まりいただきありがとうございます……」
 小山は大山夫婦や使用人の石田とは違い、標準語で話している。
 小山は話を続けた。
 「本日お集まりいただいたのは……大山家の財産についてです」
 小山の『財産』という言葉に縁は少し反応したが……すぐに赤の他人である縁と桃子がこの屋敷に呼ばれた理由がわかった。
 弁護士を交えて財産の話をする場合……本来なら大山家で話し合いをするべきだが……この場にいるのは他人である小林夫婦に使用人、そして縁と桃子……それぞれ血縁関係ではない。
 縁は言った。
 「他人である俺達が、この場に呼ばれたという事は……財産整理が終わってなく、それは暗号屋敷が関係しているという事か?」
 小山は目を丸くして縁を見た。
 「その通りです……そこにおられる大山政二氏には二人の御子様がおられますが……」
 すると政二が「ここからは私が……」と言い、話を始めた。
 「私には娘が二人おってなぁ……私が死んだ後に二人の子供が財産で争う事になったら、死んでも死にきれん……せやから、生きてる内に財産を整理して、二人の子供が揉めんようにしとこと思ってなぁ……」
 弘子が言った。
 「それとこの屋敷に何の関係が?」
 政二は言った。
 「この屋敷は私が父親から譲り受けたものです……」
 小林が言った。
 「それなら問題がないのでは?大山さんはここ以外にも別荘をお持ちですし、それにこの屋敷は2棟ですよ……分配には困らないのでは?」
 すると縁が言った。
 「小林さんの言う通り、普通なら問題はなさそうだが……大山さんが顧問弁護士まで呼んで、この場で問題定義をしてるって事は……『屋敷の中』に問題があるんじゃないか?」
 小林夫婦は目を丸くしていたが、桃子は理解できたようで、ニヤリとした。
 「なるほど……そういう事か……」
 政二は感心した様子で言った。
 「なかなか鋭い坊っちゃんやなぁ……さすがは小笠原先生……ええ助手を連れてはる……」
 縁が誉められたのが嬉しかったのか……桃子はニンマリしている。
 政二は言った。
 「そこの坊っちゃん……縁君やったかな?その子の言う通り、問題は屋敷の中や」
 すると政二の妻のミツが言った。 
 「実は去年……この屋敷である書物が出てきましてねぇ……」
 弘子は目を丸くした。
 「書物……ですか?」
 政二が言った。
 「その書物には、私の父親……大山竜二おおやまりゅうじが遺した絵画や宝石が、隠されてあると……」
 桃子が言った。
 「なるほど……それで暗号屋敷か……先代は洒落の効いた人物だったようだな……」
 縁が言った。
 「つまりこの屋敷のどこかに、それらが隠されており……後々それが発見された時に、二人の子供の間で争いが起きかねない……て、わけか……」
 桃子が言った。
 「つまり私が暗号屋敷の謎を解明し……その後に、そこの顧問弁護士と財産整理をすると……そういう事だな」
 政二が言った。
 「その通りです……私らには暗号の事はさっぱりで……それで今回小林君の紹介で、小笠原先生に来てもぉたんです……」
 「ふふ……面白い……」
 桃子は嬉しそうな表情をしている……こうなったら桃子はもう止まらない。
 「どうだ縁?……」
 「まぁ……仕方ないな……」
 縁がそう答えると、桃子は政二に言った。
 「わたった……引き受けよう……ただ、条件がある」
 「じょ、条件ですか?」
 桃子はニヤリとした。
 「今夜の夕食は……とびきり旨い物を用意しておいてくれ……」

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