天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392



 ……東京拘置所……




 部屋の中央にある、無数の小さな穴が付いている、透明の壁……部屋を中央で分断させているその壁は、同じ空間でありながら、世界の違いを感じさせる。
 縁と桃子はそこである人物を待っていた。
 しばらく待つと、監守に連れられその人物がやって来た。
 その人物は縁と桃子の姿を確認すると、目を丸くした。おそらく面会に来るには、意外だったのだろう。
 縁は言った。
 「久しぶりだね……天菜……」
 縁と桃子が会いに来た人物は……窟塚天菜……。窟塚村の象徴だった女性……。何故拘置所にいるかというと、彼女が所有している窟塚村で大麻が精製されており、その罪で拘置所にいるわけだが……。
 「久しいな少年……私に何の用だ?」
 天菜は愛想なしに言った。
 縁はそんな天菜を気にせず言った。
 「村の状況を伝えに来た……あんたには命を救われたからな……」
 天菜はニヤリとした。
 「フッ……それで……翔は村をまとめているのか?」
 桃子が言った。
 「風間はしっかりやっている……」
 「そうか……翔ならば問題はないだろう。よかった……」
 桃子は言った。
 「しかし……ずっと独りで村を守るつもりはないようだ……」
 天菜の表情は険しくなった。
 「なんだと?」
 「風間は……いや、村人達は天菜……貴女が村に帰るのを待っているそうだ」
 天菜は言葉を失い黙っている。
 縁が言った。
 「あんたが村に帰ってこそ……窟塚村だそうだ……」
 天菜は呟いた。
 「しょ……翔……」
 桃子が言った。
 「福島はもういない……罪を償い、村に戻ってやり直すんだな……村人や、心に傷を持つ者のために……」
 縁は立ち上がった。
 「伝える事は……伝えたぜ。じゃあな……」
 去り際の縁に天菜は言った。
 「少年……いや、縁……過去を精算しなければ、現在いまを平穏に暮らすことは、できないぞ……私に言えた義理ではないが……」
 「ご忠告どうも……」
 そう言うと縁は、桃子を置いて部屋から出ていった。
 部屋に残された桃子は天菜に言った。
 「どうして……縁にあんな事を?」
 「村に来た時から感じていた……彼が持つ瞳が、何かに捕らわれていると……訴えているようだった」
 桃子は苦笑いをした。
 「フンッ……さすがは元カリスマ教祖様だ……人心掌握はお手のものか……」
 天菜は桃子の嫌味を聞き流した。
 「小笠原桃子……」
 名前で呼ばれた桃子は、少し動揺した。
 「なっ、何だ?」
 「彼は……望んでいなくても、儚く美しく……そして、危険に好かれるようだ……」
 桃子は怪訝な表情をした。
 「何が言いたい?」
 「決して……離すなよ……」
 天菜の言葉に桃子は目を丸くしたが……すぐにニヤリとした。
 「フンッ……言われずとも……」


 拘置所からの帰りの車内で、桃子は少し考え事をしながらハンドルを握っていた。
 縁の過去……祖父……キャメロンやアンリなどのかつての仲間……そして縁の育った施設……。
 縁は帰国するまでの事を話したがらない……具体的な理由は知らないが、話したがらない理由はだいたいわかる。
 それは余り良い思い出がないからだ。
 それはキャメロンやアンリに再会した縁の反応を見ていれば、察しがついた。
 桃子はチラリと縁を見た。縁は窓に肘をついて、外を見ている。おそらく天菜の言葉の意味について考え事をしているのだろう。
 桃子は言った。
 「縁……」
 「何だよ?」
 「私と一緒にいるのは……嫌か?」
 縁は目を丸くした。
 「やぶからぼうに……何だよ?」
 「お前は……普通に暮らしたくて帰国したのだろ?……しかし私といることによって、普通ではなくなっている……」
 縁は苦笑いをした。
 「ははっ……今さらだな……」
 「私は真剣に言っているのだっ!」  
 桃子の真剣な表情に、縁はさらに目を丸くしたが……すぐにニヤリとした。
 「今は……結構楽しいぜ……」
 今度は桃子が目を丸くした。
 縁は言った。
 「確かに最初は、「なんて女だっ!」って思ったけど……適度な刺激に、今はそれなりに楽しいよ。それはあの頃にはなかったものだ」
 「縁……お前……」
 縁は言った。
 「天菜のいう通り……『過去を精算』しなきゃならねぇかも……」
 「縁……心配するな……お前の気持ちはわかった」
 桃子に険しい表情はすでになく、今度は自信に満ちている。
 縁は怪訝な表情で言った。
 「表情の変化が激しいな……」
 「火の粉は私が振り払ってやる……」
 縁は苦笑いをした。
 「ははっ……そんな表情してる時は、桃子さんが火の粉になる場合があるんだけど……」
 桃子は縁の言葉を気にせず言った。
 「私と縁の、幸せな生活のためにも……邪魔物には消えてもらう」
 縁は頭を抱えた。
 「物騒だし……さりげなく何か言ってるし……」
 桃子はハンドルを持つ手に、力を込めた。
 「私と縁にかかれば、どんな困難な事も解決できるっ!」
 縁は呆れた様子で、窓に肘をついて外を見た。
 「まぁ……いいか……」
 二人を乗せた車は、秋道を疾走した。
  つい最近まで感じた、夏の面影はいつの間にか消えており、冬に向けて季節も動き出していた。

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