天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392





 ……翌日…喫茶店風の声……




 事件から一夜明けた放課後、縁は風の声にいた。
 カウンター席には縁の他に、桃子と有村もいた。
 コーヒーを啜りながら、桃子が言った。
 「しかし警視殿……我々があのビルにいたと、よくわかったな……」
 「加山君からの供述でね……彼は「俺は神に選ばれた」と言っていてね。それで思ったんだ……加山君は誰かに要り知恵されたんじゃないかってさ……」
 桃子は言った。
 「それはわかったが……場所はどうしてわかった?」
 「縁のスマホのGPSだよ。桃子ちゃんの車は、病院の駐車場にあったのに……二人の姿は消えていたからね。縁の事だから、真犯人の所に突っ走ったと思ったんだよ」
 「正解……」
 さらりと言う縁に、有村は頭を抱えた。
 「さらりと言うなよ……」
 縁は苦笑いをした。
 「ゴメンゴメンッ!……でも助かったよ」
 すると、桃子が縁に言った。
 「あのアンリとかいう男は……なんなんだ?」
 縁は桃子の言葉を聞いて、眉間にシワを寄せた。
 有村が言った。
 「アンリ・ウィルス……国際指名手配犯だよ」
 桃子は目を丸くした。
 「警視殿……知っているのか?」
 「各国のテロ組織と繋がりのある、超危険人物さ……キャメロン捜査官が来日したのも……彼を追うためさ……」
 「危険な思想家か……」
 桃子がそう呟くと、縁が言った。
 「そんなんじゃねぇよ……」
 桃子と有村は目を丸くした。
 縁は言った。
 「あいつは思想家とか、そういった類いじゃない……」
 有村は言った。
 「じゃあ……なんなんだい?」
 「あいつは……ただ美しい花火を上げたいだけだよ……人の命を使って……」
 桃子は眉間にシワを寄せた。
 「人の命を何だと思っているっ……」
 縁は言った。
 「アンリは……この世で一番儚く美しいのは、人の命だと思っている」
 桃子は憮然とした表情で言った。
 「矛盾しているな……だったら何故奪う?」
 「儚いからこそだよ……「儚いものは散る時が美しい」あいつがよく言っていた」
 有村は言った。
 「どっちにしろ、危険人物には代わりないね……」
 縁は言った。
 「あいつは……必ずまた現れる。俺の前に必ずな……」
 縁の瞳には力がこもっていた……桃子はそんな縁を心配そうに見た。
 「縁……あの男には関わるな……」
 「俺も……できることなら、関わりたくねぇ……」
 そう言うと縁はコーヒーを一口すすった。
 「そうだね……縁と桃子ちゃんは一般人だ。テロ組織と関係している人物に関わる事じたいが、ナンセンスだ」
 有村も桃子と同意見のようだ。
 桃子は眉間にシワを寄せた。
 「あの男……全然本気ではなかった……」
 桃子の呟きに、縁と有村は目を丸くした。
 桃子は言った。
 「手合わせしてわかった……あの男は、私が蹴りが得意だと確信していたのだ。最初の跳び蹴りで……だから左後ろ回し蹴りを放った時に、普通に避けずに、あえて抉ったんだ」
 桃子は拳を握りしめた。
 「軸足を壊すために……」
 「まぁ……とりあえず、足を治せよ……」
 そう言うと縁は立ち上がった。
 有村は言った。
 「帰るのかい?」
 「ああ……眠たいから帰る……じゃあね……」
 そう言うと縁は風の声をあとにした。
 有村は桃子に言った。
 「おとなしくしてると思うかい?」
 「さぁな……ただ縁は私が守る。それに私もこのままでは終われない……縁に関わらすつもりはないがな」
 巧が言った。
 「珍しい……先生が縁を巻き込まないなんて……」
 桃子は憮然とした表情で言った。
 「人聞きの悪いことを言うなっ……それに今回は、不吉な予感がする」
 有村は言った。
 「やれやれ……だったら桃子ちゃんもおとなしくしておいてよ……」
 縁が自宅に到着すると、とある人物が新井場邸のまえで待っていた。
 FBIのキャメロンだった。
 縁はキャメロンに気づくなり、あからさまに不機嫌な表情になった。
 「なんのようだ?」
 縁がそう言うと、キャメロンは少しニヤリとした。
 「随分な言いぐさね……」
 「用がないんなら帰れ……」
 縁が門を潜ろうとした時だった。
 「会ったのね……」
 キャメロンの一言に、縁はピタリと動きを止めた。
 キャメロンは言った。
 「彼を止めるのは……私たちの義務よ……」
 「あいつは……止まらねぇよ……」
 キャメロンは縁をきつく睨んだ。
 「放っておくつもり?」
 「そんな事をいってるんじゃねぇ……ただお前に覚悟があるのか?」
 キャメロンは怪訝な表情をした。
 「覚悟?……」
 縁は言った。
 「あいつを……アンリを殺す覚悟だ……」 
 キャメロンは目を丸くした。
 縁は言った。
 「アンリを止めるには……息の根を止めねぇ限り……あいつは止まらねぇ」
 縁はキャメロンの目を見た。
 「お前に……あいつを殺す覚悟があるか?」
 キャメロンは縁に返す言葉がなく、険しい表情をしている。
 縁は言った。
 「放っておいても、あいつはまた必ず現れるさ……」
 キャメロンが言った。
 「博士が生きていたら……こんな事にはならなかった……」
 「ジジイは関係ねぇよ……」
 縁はキャメロンにそう言い残して、家の中に入って行った。
 取り残されたキャメロンは呟いた。
 「エニシ……貴方には……」
 「殺す覚悟があるの?……アンリを……」




 ……喫茶店風の声……




 放課後……縁は風の声に寄り道をしていた。
 カウンター席にはいつものように、桃子がいて、二人は並んで座っていた。
 桃子はコーヒーを飲みながら、スマホを操作していた。
 「少し季節外れだが……待受はこれにしよう……」
 桃子がそう言うと、縁は隣からスマホを覗きこんだ。
 「どれどれ……!?」
 縁は目を丸くした。
 「夏祭りに行った時の写真だ……綺麗に撮れているだろ?」
 それは夜空を美しく覆う、色とりどりの花火だった。
 縁は反射的にキャメロンの言葉を思い出した。
 『貴方には……殺す覚悟があるの?……アンリを……』
 昨日の様子だと、キャメロンにアンリを殺す覚悟はなさそうだった。
 ただ漠然とアンリを止める……彼女の頭の中に具体策はなかった。
 では縁にその覚悟があるのか?……答えはNO……キャメロンと違い、縁はアンリを止めるつもりもなかったのだ。殺す殺さないの、選択肢は縁には存在しない。
 縁はニヤリとした。
 「さて……どうしたものかな……」
 桃子は呟いた縁を、怪訝な表情で見た。
 「どうした縁?……何をぶつぶつ言っている?」
 「いや……それでいいんじゃない?待受画面……」
 縁はコーヒーを一口飲んで言った。
 「花火は……誰に対しても美しいから……」

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