天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392





 ……ユリネアミューズメントビル……




 百合根町中央に位置する、ユリネアミューズメントビル……百合根町に住む者は当然として、それ以外の者達が集う複合型アミューズメントビル。
 ゲームセンターや飲食店、衣類や雑貨等のテナントの数多くを、この10階建てのビルにまとめている……若者達のレジャースポットだ。
 その若者達の集うビルの屋上に……一人の人物がいた。
 その者は他のフロアとは違い、殺風景な屋上で百合根町の夜景を眺めていた。
 しばらく夜景を眺めると、持ってきていた大型のスーツケースを床に倒して、それを開けた。
 スーツケースの中には、膝を組んだ状態の女性が入っていた……それは桃子だった。
 気を失っている桃子を見て呟いた。
 「まだ気を失っていル……意外とヤワだナ……」
 少し片言のその者は、桃子をスーツケースから出して、床に寝かせた。
 桃子は両手首を後ろで縛られ……気を失っている。
 その物は桃子を見て、また呟いた。
 「美しい……眠っていると余計にそれが、際立つナ……」
 そしてその者は屋上の出入口に視線を移した。
 「お前もそう思うカ?……エニシ……」
 その者の視線の先には、息を切らしたエニシが立っていた。
 「はぁ、はぁ……テメェだったのか?……はぁ、はぁ……アンリ……」
 縁にアンリと呼ばれるその男性は、薄ら笑いを浮かべている。
 神々しさを感じさせるゴールドの髪に……冷たさを感じさせるが、美しいブルーの瞳……男女問わず引き込まれそうな、その美しさは、どこかカリスマ性おも感じさせる。
 「ククク……いい女ダ。知性が少し足りないそうだガ……それを補うくらいに美く、強い何かを感じるガ……」
 アンリは縁を睨んだ。
 「お前とこの女は不釣り合いダ……」
 縁は息を整えて、アンリに言った。
 「キャメロンが来日した訳がわかったよ……」
 アンリは再び薄ら笑いをした。
 「ククク……あんな奴に用はナイ。それよりオレからのメッセージは……気に入ってくれたカナ?」
 縁は表情歪めた。
 「悪趣味な野郎だ……加山を使った殺人劇は、フェイク……五芒星の本当の意味は……この場所を伝えるため」
 アンリは「ククク」と笑っている。
 縁は続けた。
 「『星形の折紙』にあった数字は、殺人の順番の他に、メッセージが隠されていた。それは、殺害された人物のフルネーム……星の数字は、名前の何文字目かを指す」
 アンリは相変わらず、ニヤニヤしながら聞いている。
 縁は続けた。
 「一人目の被害者、河野純也は『星の1』、つまり名前の最初の文字『こ』を指している。二人目の被害者は、井小山美代子で……『星の2』つまり、二文字目の『こ』……それを同じように、他の被害者に当てはめると……」
 縁はアンリを睨んだ。
 「『ここにいる』となる……そして『ここ』とは、事件のあった場所を五芒星で繋いだ中心……『ユリネアミューズメントビル』の事だ」
 アンリは薄ら笑いを浮かべて言った。
 「ククク……もっと早く気づくと思ったガ……まぁいいダロ……」
 「俺になんの用だ?いや……俺を誘き寄せるために……4人も殺したのか?」
 アンリは怒りに満ちた表情の縁を、あしらうかのように言った。
 「お前との再開にしちゃあ、チープなシナリオだったが……それなりの花火だったヨ……」
 縁は拳を握りしめた。
 「テメェ……」
 「そんなに怒るなヨ……元々死にたがっていたヤツらを、死なせてやったんダ……それも美しくナ……」
 「どうして桃子さんを拐った?」
 今までニヤニヤしていたアンリだったが……桃子に冷たい視線を向けた。
 「この女が……お前の『アキレス腱』だと、わからすためサ……」
 「アキレス腱だと?」
 「現にお前は……こうして窮地に陥っている……」
 アンリはそう言うと、縁に拳銃を突きつけた。
 縁は拳銃に怯むことなく言った。
 「俺を殺しに来た……違うな……目的は何だ?」
 アンリは言った。
 「美しい花火を……打ち上げル。そのためには……お前が昔に戻る必要がアル……」
 「それと桃子さんと、何の関係がある?」
 「エニシ……お前にとって、モモコ・オガサワラは足手まといダ。俺達に知性のないヤツは必要ナイ……」
 縁はげんなりした。
 「俺は……そんなお前らが嫌で、帰国したんだけど……」
 アンリはニヤニヤしながら言った。
 「ククク……それでもお前は謎と向き合っている……そしてこうしてオレと対峙している」
 縁はアンリの足元で倒れている桃子を確認した。
 縁はニヤリとした。
 「アンリ……お前もキャメロンも、桃子さんを侮り過ぎだ……」
 その時だった……アンリの顔面に何かが飛んで来た。
 アンリはそれを顔面に受けて、思わず仰け反った……桃子の蹴りだった。
 桃子は後ろで縛られた両手首の反動で、アンリに跳び蹴りをお見舞いしたのだ。
 桃子はそのまま蹴りの勢いを利用して、縁の方へと体を転がしていった。
 縁は急いで桃子の元へと、駆け寄った。
 「桃子さんっ!」
 縁は桃子の両手首の縄をほどこうとし……桃子は仰向けに倒れたアンリを見ている。
 縁は言った。
 「アンリは!?」
 桃子の表情は険しかった。
 「いや……浅い……かすっただけだ。あの一瞬で、あの男は避けた……私の蹴りを……何者だ?」
 「あいつは……」
 縁が言葉を発しようとした時だった……。
 「ククク……」
 不適な笑い声を出して、アンリはゆっくりと起き上がった。
 起き上がったアンリは、目を見開き、口角を上げた。
 「気を失っているフリをしてやがったナ……」
 アンリの右頬には切り傷が出来て血が流れていた。桃子の蹴りによるものだ。
 アンリは綺麗な顔に付いた傷を、指で撫でた。
 「ククク……イイネェ……面白い……」
 縁に縄をほどいてもらった桃子は、ゆっくりと立ち上がり、アンリを睨み付けた。
 桃子に睨まれたアンリは、さらにニヤニヤした。
 「いい目ダ……思っていたよりも、面白い女ダナ……」
 アンリは持っていた拳銃を床に捨てた。
 「かかってコイ……相手になってヤル……」
 桃子は不適な笑みを浮かべた。
 「フッ……素手で私とやるのか?後悔するぞ……」
 縁は心配そうな表情で桃子を見た。
 「桃子さん……挑発にのるな……」
 桃子は目を丸くした。
 「私が負けるとでも?」
 「あいつは……アンリは強い」
 「どちらにせよ、一戦交えないといけないようだ……」
 アンリは二人に向かって、ゆっくりと歩いて来ている。
 桃子はアンリと対峙するため、縁に背を向けた。
 「心配するな縁……私は負けない。それに……」
 桃子は笑顔で縁に言った。
 「ピンチになれば助けてくれんだろ?」
 縁はその言葉に、呆れた様子で少しニヤリとした。
 桃子はまっすぐと、アンリの方に向かった。
 桃子とアンリの間合いが、少しづつ詰まっていく……桃子とアンリはお互いに身構え、その瞬間を待っているようだった。
 そしてその時が来た……。先に仕掛けたのは……桃子だった。
 桃子は勢いよく、右正拳突きをアンリの鼻に目掛けて放ったが……アンリはそれを難なくかわし、桃子の腕を取ろうとしたが……桃子は正拳突きの勢いを利用して、左後ろ回し蹴りでそれを防いだ。
 アンリは桃子の回し蹴りを、左腕で受け止め、その反動で少し後ろに跳んだ。
 実力は互角に見えたが……回し蹴りを放った桃子の、左ふくらはぎの部分が、血で滲んでズボンが変色している。
 桃子は足を気にすることなく、アンリに言った。
 「貴様……左腕で防いだ時に、右手の爪で私のふくらはぎを……抉ったな……」
 アンリはニヤリとした。
 「なかなかイイネ……今の連続攻撃……」
 縁は二人の戦いを見て思った……このままだと、桃子は負けると……。桃子のふくらはぎは少し損傷したが、実力はほぼ互角だ。
 では何故桃子が負けるのか……桃子とアンリには決定的な違いがある。それは、アンリは人を傷つける事に躊躇いがないのだ。逆に桃子にはそれがある……実力が互角のなかで、その違いは決定的ともいえる。
 桃子は怯まず、右回し蹴りをアンリに放ったが……軽く避けられる。
 「キレがねぇっ!そんなんじゃ、オレは捉えられないゼッ!」
 アンリは右パンチを桃子に放った。
 桃子はそれを左腕で受け止めるが……桃子の表情は歪んだ。
 「くっ!重い……」
 しかしアンリは間髪あけずに、左回し蹴りを桃子の顔面に放った。
 桃子はそれを何とか両腕で防いだが……その威力はすさまじく、思わず仰け反り、尻餅をついた。
 アンリは倒れた桃子に、パンチを繰り出したが……桃子はアンリに対して、足払いを繰り出した。しかしアンリはそれをバク転で鮮やかにかわした。
 桃子は立ち上がって、表情をしかめた。
 「この男……強い……」
 アンリの表情はまだまだ余裕な感じだ。
 「ククク……ヤルナ……久々に愉しいゼ……」
 アンリは目を見開き、口角を上げた。
 「サァ……どんどんイクゼ……」
 ここからアンリの怒濤の攻撃が始まった……。パンチに蹴りと容赦ない攻撃に、桃子は防戦一方になる。
 桃子は左足を怪我したせいで、軸足に力が入らず、技を出すに出せなかった。
 そしてアンリの回し蹴りが桃子を捉えた。桃子は何とか両腕で防いだが……それも虚しく吹っ飛ばされてしまった。
 桃子は仰向けに倒れた。
 「くっ!……蹴りが……重いっ!」
 アンリは倒れた桃子に、拳を振りかぶり、襲い掛かった。
 「眠りナッ!!」
 アンリの拳が桃子に当たる寸前だった……アンリの動きが急に止まった。
 アンリは目を見開き、縁を見た。
 「エニシ……テメェ……」
 アンリの視線の先には、麻酔銃を構えた縁の姿があった。
 アンリは必死に麻酔に抵抗している。
 「グッ……エニシ……タイミングを見計らってやがったナ……」
 アンリはふらふらしながら、桃子から離れていく。
 縁はすぐさま桃子に駆け寄った。
 「桃子さんっ!」
 桃子は上半身だけ起こして、縁に言った。
 「大丈夫だ……それより奴は……」
 縁は桃子に寄り添いながら、アンリに言った。
 「アンリッ!この麻酔銃は強力だ……諦めろっ!」
 するとアンリは苦笑いをした。
 「ククク……ヤッパリ……お前は面白いよ……エニシ……」
 するとアンリはどこからか小型のナイフを取りだし……何とそれを自分の腕に突き刺した。
 「グッ……」
 アンリの表情は苦痛に歪んでいる。
 縁と桃子はそんなアンリを、目を丸くしてじっと見ている。
 アンリは腕を押さえながら言った。
 「フゥー……目が覚めたゼ……」
 するとパトカーのサイレン音が、ビルの屋上まで聞こえてきた。誰が通報したのかもしれない。
 「どうやら……ここまでのようだナ……」
 アンリがそう言うと、縁はいきりたった。
 「テメェ……逃げ切れると思ってんのかっ!」
 「ククク……捕まらねぇヨ……。オレとお前には、こんな舞台はチープ過ぎる……」
 そう言うとアンリは走って、非常階段に向かった。
 「まてっ!アンリッ!」
 縁がアンリを追おうとすると、屋上の貯水タンクが爆発した。
 ドーーーンッ!と凄まじい爆音が、縁と桃子の耳を襲い……それと同時に水飛沫みずしぶきが、屋上を舞った。
 「くっ!」
 縁は水やタンクの破片から、桃子を守るように、桃子に覆い被さった。
 やがて水飛沫も収まり、屋上は静かになったが……アンリの姿は既になく、しばらくすると、有村率いる警官隊が屋上にやって来た。
 縁は全身びしょ濡れで、アンリが去っていった方を見た。
 「アンリ……この国で何をするつもりだ……」



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