天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392





 ……東應医大病室……




 東應医大のとある病室に、一人の少女が眠っている。
 山崎留衣……先程百合根が丘展望公園で、連続殺人犯に首を絞められ、危うく殺されるところだったが……間一髪免れ、今は病院のベットの上で、深い眠りについている。
 しかし、日が沈みかけたその時……一人の来訪者が病室にやって来た。
 先程までは、留衣の両親が病室にいたが……2~3日入院が必要との事だったので、両親は留衣の入院準備のために、一時帰宅した。
 よって今病室は、眠っている留衣とその訪問者の二人だけである。
 訪問者は眠っている留衣を、じっと見つめ、拳を握りしめた。
 「これで……全てが終わる……」
 訪問者は手袋を懐から取りだし、両手にそれをした。
 そしてゆっくりと……両手を留衣の首に近づけていく。
 両手が留衣の首につく寸前だった。
 「止めを刺しに来たのかい?」
 その言葉に反応した来訪者は、思わず手を止めた。
 「やっと辿り着いたよ……」
 病室の入口から聞こえるその声に、来訪者は振り向いた。
 来訪者の視線の先には……縁が立っていた。
 縁は言った。
 「必ずここに来ると思ったよ……意識が戻ってしまう前に、殺しに来るとね……」
 来訪者は黙って縁を睨み付けた。
 縁は言った。
 「おかしいと思ったよ……犯人は何故いつも、俺達よりも一歩前にいっているのか……」
 縁は続けた。
 「そこで思ったんだ……犯人は俺達の『行動を把握しているんじゃないか』ってね……」
 縁は病室にあった椅子に座った。
 「じゃあ何故……犯人は俺達の行動を把握できたのか……答えは簡単、犯人は俺達といたから……だよな?」
 縁は来訪者を睨み付けた。
 「加山刑事っ!」
 そう……ベットで眠る山崎留衣の側にいたのは、縁達と行動を共にした……加山だった。
 加山にいつもの頼りない表情はなく、その表情は憎しみに満ちているかのように、歪んでいた。
 加山は言った。
 「いつ気づいた?」
 「最初に感じた違和感は……二人いっぺんに殺された時……一人目と二人目は、一人づつ殺害したのに……どうして三人目と四人目は、同時だったのだろ?ってね」
 加山は黙って聞いている。
 縁は言った。
 「俺と桃子さんが捜査に加わったその日に、二人が死んだ。最初は考えすぎとも、思ったが……そこにいる山崎留衣が、被害に合った時に、その疑問はさらに深くなった」
 縁は椅子から立ち上がった。
 「山崎留衣が殺されかけたのは……午後5時……明らかに他の四人とはパターンが異なる……いや、犯行に及ぶしかなかった。俺が山崎留衣の存在に気づく前に……」
 するとやっと加山が口を開いた。
 「その通り……君達さえ現れなければ……美しい殺人劇が実現したのに……」
 縁は言った。
 「やはり一人づつやるつもりだったか……」
 加山は言った。
 「君達にターゲットが誰だか……気づかれると厄介だからね。だから、仕方なく二人まとめて殺したんだよ……本当は三人まとめて殺すつもりだったが……新井場君の言った通り、トランクには二人しか入らないから……」  
 縁は表情を険しくした。
 「チッ……」
 加山は言った。
 「もう一歩でこの娘も殺せるところだったけど……少し間に合わなかったね。さすがは有村警視が一目置いてるだけはある」
 縁は言った。
 「おかしいと思ったぜ……警察に見つからずに、展望公園から脱出したんだから……でも警察官のあんたなら、わけないよな」
 加山はニヤリとした。
 「おかけでこの病室にも簡単にこれたよ……」
 縁は言った。
 「そうしてあんたは、山崎留衣を殺害し、そこの窓を開け、外にいる警官に「山崎留衣が殺害された。犯人は窓から浸入し、窓から逃げた」とでも言うつもりだったんだろ?」
 加山は言った。
 「ご名答……まぁ最後まで逃げ切るつもりは……始めからないけどね」
 「山崎留衣を殺した後に死ぬ気か?」
 縁がそう言うと、加山はナイフを取り出した。
 「これ以上君と問答するつもりはない……首を絞めてから、傷を付けようと思ったが……時間もないからね」
 加山はナイフを振りかざした。ナイフは窓から射す夕日にあたり、剣先が妖しく光輝いている。
 一方の桃子は病院の外で、有村と電話をしていた。
 「ああ……そうだ。だから、我々と行動を共にしていた加山が、今回の犯人だったんだ……すぐに東應医大に来てくれ」
 自分のスポーツカーにもたれながら、桃子は有村に縁の推理を伝え、「早く病院に来い」と促している。
 「ああ……じゃあ、よろしく頼む……」
 桃子は有村にそう言うと、電話を終えてスマホを鞄にしまった。
 「縁が心配だ……私も病室……」
 桃子が車を離れたその時だった。
 バチッ……背筋に電流が走る。
 「ぐっ!……」
 桃子は混乱した……犯人の加山は病室にいるはず……だとすれば、誰だ?……。
 桃子はその場で気を失った。
 「ミスオガサワラ……共にエニシを待ちましょう……」
 そして、病室では……加山が今にも山崎留衣を刺し殺そうとした時に、縁が言った。
 「死んで星になることは許さない……」
 加山の手が止まった……ナイフは山崎留衣の喉元まで迫っていたが、なんとか止まっている。
 縁は言った。
 「『星形の折紙』は殺害人数と場所の示唆……そして死して星になった『市原ひかり』の事……さらに言うなら星という字は『ひかり』とも読むことができる」
 加山のナイフを持つ手は……震えている。
 縁は言った。
 「首を絞めて五人を殺す……しかし市原ひかりと同じ星になる事を、許せないとして……胸にバツ状の傷を付けた。違うか?」
 「ひかりと同じ場所に行く事は……許さないっ!だから……だから否定の意味を持つバツ印を、こいつらの体に刻んだんだっ!」
 加山の体は震えている。
 縁は言った。
 「ひとつわからない事がある……市原ひかりは、あんたの何なんだ?施設の仲間で、同じ境遇のあんたは……自殺サイトで死に追いやった五人が許せなかったのか?」
 加山は薄ら笑いをした。
 「仲間か……君にもわからない事があるんだね……」
 縁は目を細めた。
 「何?……」
 「妹さ……たった一人の……」
 縁は目を丸くした。
 「い……妹だって?」
 「『加山星かやまひかり』正真正銘……俺の妹だよ……」
 加山は話始めた。
 「星とは両親を亡くした時に、生き別れてね……10年ぶりに会ったのが、2年前……星が死んだ日さ」
 縁は呟いた。
 「自殺サイトで死んだ日……」
 「久しぶりに会ったのが……死体だったなんて……最初はわからなかったが、俺も刑事だ……その事件の捜査をしているうちに、わかったよ……俺の妹だってね」
 加山は感慨深い表情で、「ふぅ」と息をはいて、再び話始めた。
 「妹だとわかった時は……心底自分の人生を呪ったよ……最後の肉親まで奪うのかと……」
 縁は加山の様子を見て思った……加山の妹に対する愛情は、自分にはないものだと……縁には兄弟はいない。今となっては母親だけが、血の繋がりのある唯一の肉親だ。
 そんな縁に、加山の気持ちなどわかるはずもない。
 そんな縁を見透かすように、加山は言った。
 「君にはわからないだろ?やっと会えた妹が、ただの肉塊になっていた俺の気持ちなんて……」
 縁は加山の表現に気分が悪くなり、話を少し変えた。
 「五人はあんたの妹の死に、どう関わった?」
 縁は市原ひかりの死の真相を、ある程度はわかっていたが、あえてこの質問をぶつけた。
 加山は言った。
 「死ぬ度胸もない恵まれた五人が……星を巻き込んだのさ。こいつらは俺達兄妹とは違い……恵まれている。暖かい家族に、住む家……何もかもが俺達よりも恵まれている。そんな連中が自殺など……ふざけてるっ!」
 縁は右手をズボンの後ろポケットに手を回した。
 「あんたの妹は……あんたが救うべきだったんじゃないのか?」
 縁の言葉に、加山は反応した。
 「何だと?……」
 「あんたは救えるはずの妹を、救えなかった自分を、一番憎んでいるんじゃないのか?」
 加山は明らかに、動揺した。
 「だまれ……だまれっ!」
 「それで……あんたは贖罪のつもりで、こんな事をしたんだ。自分の気持ちを間際らすために……」
 加山は縁を睨み付けた。
 「君との問答は終わりだ……俺は最後の星を……これから供える」
 加山は勢いよくナイフを振りかぶった。
 しかし……加山は振りかぶったまま、停止している。
 加山は目を丸くした。
 「何?……な……な、んだ?……」
 加山は振りかぶったナイフを床に落として、その場で気を失った。
 「ふぅ~……間一髪……」
 そう言った縁の右手には、小さな麻酔銃があった。
 縁は安堵の表情で呟いた。
 「たっくん特性の麻酔銃……」
 すると外からパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
 「やっと到着か……話を長くして時間稼ぎしたけど……意味なかったな」
 パトカーが到着すると、すぐに有村達警官隊が病室に押し掛けた。
 警官隊は気を失っている加山を連行していった。
 「どうして表にいた警官がいなくなってんの?」
 有村は怪訝な表情をしている。
 縁は言った。
 「変に飛び込まれると面倒だから、外してもらったよ」
 有村は頭を抱えた。
 「しれっと言うなよ……」
 「それより桃子さんは?」
 有村は目を丸くした。
 「そういえば……ここにいないのかい?」
 縁は怪訝な表情をした。
 「帰ったのか?……ちょっと外見てくる」
 「ちょっと縁……まだ聞きたいことが……」
 有村の言う事を聞かずに、縁は病室を出ていってしまった。
 走って駐車場にやって来た縁は、桃子のスポーツカーをすぐに確認した。
 桃子のスポーツカーは一際目立っており、すぐに確認できたが……桃子の姿はない。
 「いない……」
 そう呟きながら縁は、桃子のスポーツカーの側まで来て、辺りを再度見渡した。
 すると縁のスマホがメールを受信したようで、受信音が鳴った。
 縁はスマホを取りだし、メールをすぐに確認したが……それを見た縁は目を丸くした。
 メールは桃子の携帯からだったが……内容が不可思議だった。『大事なものは預かった』とメールに記されており、縁は首を傾げた。
 「イタズラ?……いや、しかし……」
 メールの内容は、ありきたりな文章で、イタズラとも、とることも出来たが……縁は胸騒ぎがした。
 「桃子さんはこんなイタズラをするような……人間じゃない……」
 縁は眉間にシワを寄せた……。今回の事件に関係しているのか?……しかし犯人は既に確保され、事件は解決に向かっている……。
 事件を振り返り、縁はある疑問にたどり着いた。
 それは今回の犯人でもある加山刑事の事だ。加山は刑事でありながら、異常なまで縁と桃子を警戒していた……いくら有村に一目置かれているとはいえ、一般人である縁と桃子に、刑事の加山が最も警戒していた事には……疑問符がでる。
 縁は目を見開いた。
 「この事件……誰がシナリオを創ってるのか?……」
 だとすれば……桃子は事件の黒幕に拐われた事になる。
 縁は「チッ」と舌打ちをして、髪をクシャクシャした。
 メールには『大事なものは預かった』とだけあり、その他に場所や時間等は記載されていなかった。要求や条件などの記載も……。
 縁はハッとした表情をした。
 「探してみろって事か……」
 『大事なものは預かった』……このシンプルな文章は、縁に対しての挑発……。
 「この事件の中に……隠されているはすだ……桃子さんの居場所が……」
 縁は目を閉じてこれまでの事を振り返った。連続殺人……自殺サイト……遺体にバツ状の傷……星形の折紙……。
 縁は目を見開いた。
 「わかった……全てが……」
 縁は東應医大の駐車場から、ある方角を見つめた。
 「ピースは揃った……」



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