天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

後編①



 ……道中車内……




 「『DOサークル』!?」
 百合根が丘展望公園へ向かう道中の車内で、桃子の声が響いた。
 縁は言った。
 「『Drop Out Circleドロップアウトサークル』……つまり、人生から逃げ出したい者が集う……掲示板さ……」
 「それにその五人が入っていたのか?」
 縁は首を横に振った。
 「いや……掲示板はもう無くなっているから……何人入っていたかまでは……でも、利用していたのは確かだよ」
 「つまり……それで最後のターゲットが、わかった訳だ……」
 「ああ……他にもサイトはあったけど……百合根町に住んでいる人物で絞ったんだ……」
 「それが最後の一人か……」
 縁はまた首を横に振った。
 「いや……正確には二人だ。一人は死んでしまっている」
 桃子は目を丸くした。
 「何だと!?何故だ?」
 「詳細ははっきりしないが……そのサイトが関わっていると、俺は思っている。それだと全てが繋がる……」
 「全てが繋がる?」
 「桃子さん……話しは後だ。もうすぐ到着する……」
 縁の言うように、すでに百合根が丘付近まで車はいた。公園までは目と鼻の先だ。




 ……百合根が丘展望公園……




 展望公園の駐車場に到着し、車から縁と桃子は飛び出した。
 縁は辺りを見渡した。夕方という事もあってか、辺りに車はなく、物静かだった。
 縁は舌打ちをした。
 「チッ……やっぱまだ警察は来ていないか」
 縁は道中、有村に連絡を入れて、百合根が丘展望公園付近に警察を、緊急配備してくれと、頼んだが……まだ出来ていないようだ。
 「急ごう桃子さん!」
 そう言うと、縁は展望台に向かって走り出し、桃子も黙って頷き、縁の後を追った。
 きれいに整備された遊歩道を走っている最中だった……縁は何を思ったのか、いきなり大声を出した。
 「山崎さぁんっ!!」
 縁の声は、辺りに声はこだまし、桃子はその様子を目を丸くしながら見ている。
 縁は気にせず続けた。
 「山崎さぁんっ!!無事かっ!!もうすぐ警察も来るっ!!」
 桃子は縁の意図を察した。山崎留衣がすでに死んでいたら、その意味はないが……そうとは違い、今まさに襲われている最中なら、この縁の叫び声は犯人の耳に入り、犯人は警戒しその場から逃走するはず……。
 後は今頃到着しているだろう、警察が不審者である犯人を確保するはずだ。
 縁は言った。
 「これまでと同様に、犯人は必ず目立つ場所に死体を遺棄するはずだ……この公園でその場所は展望台だ。そして、展望台に行くにはこの表遊歩道と、裏遊歩道の2本だけ……逃げた所で既に到着している警察に確保される」
 桃子が言った。
 「間に合えばだが……」
 「ギリギリってところだ……時刻は午後5時前……展望台が閉鎖するのは、午後4時……犯行に及ぶなら、閉鎖してからだろうし……」
 桃子は表情を歪めた。
 「くっ……微妙だな……」
 引き続き大声で、山崎留衣を呼び掛けながら先を進むと、ようやく展望台に到着した。
 展望台は見渡しのよい広場になっており、それはすぐにわかった。
 展望台の隅の方で、誰が倒れている。
 縁は慌てた様子で言った。
 「もっ、桃子さんっ!あれっ!」
 縁と桃子はもうダッシュで、その場に駆け寄った。
 倒れていたのは小柄な少女で、首に引っ掻き傷のようなものがあったが……息もあり、胸にバツ状の傷もない。
 縁はすぐに抱きかかえて、少女に声を掛けた。
 「おいっ!しっかりしろっ!」
 桃子はスマホで何処かに電話をしている。おそらく救急車を呼んでいるのだろう。
 しばらくすると、救急車が到着し、数人の警察官と加山刑事も、展望台にやって来た。
 山崎留衣は担架で運ばれていき、縁と桃子はそれを見送った。
 加山は縁と桃子に敬礼した。
 「お手柄ですっ!お二人ともっ!」
 縁は言った。
 「で……犯人は?」
 加山は言った。
 「犯人は現在逃走中だけど……百合根町全域に検問をはってるから、確保は時間の問題だよ……」
 縁は眉間にシワを寄せた。
 「逃げられた?……何故だ……」
 山崎留衣の様子から察するに、縁と桃子が展望台に到着する直前に、展望台から裏遊歩道に逃げたはず……縁と桃子が展望台に到着する前に、パトカーのサイレン音が聞こえたので……逃げれるはずがない。
 縁は加山に言った。
 「加山さん……両遊歩道の林に、犯人が逃げたかもしれない。そっちの探索も……」
 加山は頷いた。
 「既にやっているけど……誰もいないよ……多分もう園外に逃走したよ」
 縁は首を傾げた……ここにきて、またあの違和感を感じると……犯人が園外に逃走できた不可思議な事とは別の違和感……。
 縁は髪をクシャクシャさせた。
 「くそっ!行くぜ桃子さんっ!」
 「何処へだ?」
 「風の声……。一から考え直す……違和感による気持ち悪さが治まらねぇ……」




 ……喫茶店風の声……




 カウンターテーブルに置かれたアイスコーヒーを、縁は口にすることなく、難しそうな表情で睨んでいた。
 グラスの水滴はコースターに付着し、コースターは水分を含んで変色している。
 「おかしい……」
 縁がそう呟くと、桃子と巧は顔を見合わせた。
 桃子が言った。
 「また言った……何回目だ?」
 巧が答えた。
 「もう……10回……」
 縁が「おかしい」と言った回数だ。縁は席に着いてから、ずっと同じ事を呟いている。
 桃子が言った。
 「縁……何がおかしいのだ?犯人があの場から消えた事か?」
 縁は桃子を見て言った。
 「それもあるけど……犯人は何故……俺達より一歩手前をいっているんだ?」
 「それは……計画が緻密に計算されているからだろ?」
 縁は再びアイスコーヒーを睨んで、呟いた。
 「おかしい……」
 桃子は呆れた様子でアイスコーヒーを飲んだ。
 「まぁ……とりあえず最後の被害者を出さずにすんだんだ。ゆっくり考えろ……」
 すると縁はおもむろにスマホを取り出した。
 有村からのメールを確認するためだ。山崎留衣の情報とは他に、もう一人の情報もメールで受け取っていた。
 縁はその情報に目を通した。
 「市原いちはらひかり……この娘だけが死んで、あとの五人は生きているのか……」
 市原ひかりが今回の事件に関係しているのは、わかっているが……。
 「家族はいないんだよな……」
 縁が言うように、市原ひかりは幼い頃に両親を亡くしている。死ぬまでの間は施設で育ったと、メールには記載されていた。
 「施設か……」
 縁は自分の幼い頃を少し思い出した。縁には母はいたが、父親は縁が生まれてすぐに死んだ。
 縁は祖父が所有していた、ある施設で14歳まで過ごしていた。そこには色々な少年少女がおり、仲間思いな者や、自分勝手な者など様々な個性があった。
 すると桃子が言った。
 「どうした?縁……」
 「いや……ちょっと昔の事を……」
 桃子は心配そうな表情で縁を見た。
 すると縁はある事に気づいた。
 「そういえば……あの頃の俺達は……」
 縁は目を見開いた。
 「まさか……いや、だとしたら動機もある……」
 桃子が溜め息混じりに言った。
 「ふぅ~……しかし本当のところ……あの『星形の折紙』は何だったんだ?」
 巧が言った。
 「人が亡くなったりしたら、よく「あの人は星になった」とか言う事もあるよね……漫画とか小説で……」
 桃子は少し笑いながら言った。
 「ははは……マスター、意外とロマンチストだな……」
 すると二人の会話を聞いていた縁が、いきなり立ち上がった。
 そんな縁を、二人は驚いたように見た。
 「わかった……」
 縁がそう言うと、桃子が言った。
 「縁……まさか……」
 縁はニヤリとした。
 「ああ……わかった星の意味も、犯人も……」
 縁は桃子に言った。
 「急ごう桃子さんっ!山崎留衣が危ない」
 桃子は目を丸くした。
 「しかし縁……彼女は入院中で、警察が警備しているぞ」
 「この犯人には、警察の警備は意味がない……」
 「どういう事だ?」
 「とにかく急ごうっ!東應医大だっ!」
 縁と桃子は風の声を飛び出し、東應医大に向かった。
 山崎留衣を守るため……。そして……犯人と対峙するために……。



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