天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392





 ……新井場邸応接間……




 縁は今野とキャメロンを自宅の応接間に招き入れた。
 棚に並べられた、アンティーク雑貨品が洋風の部屋に実にマッチしていて、どこか癒される。
 ガラステーブルを挟んだソファーに、今野とキャメロンの対面に座った縁と桃子だったが、縁は眉間にシワを寄せてキャメロンを見ている。
 縁は言った。
 「で……警視庁の刑事さんと、FBI捜査官が家に何の御用で?」
 怪訝な表情で嫌みっぽく言う縁に、今野は顔をひきつらせた。
 「縁君……そんな怪訝な表情をしないで……」
 縁は言った。
 「もうすぐ母さんが人数分のコーヒーを持ってくる……」
 キャメロンはすました表情で言った。
 「わかってるわ……」
 縁は言った。
 「らないい……」
 怪訝な表情の縁に、桃子は言った。
 「何の話だ?」
 「こっちの話だ……気にするな……」
 「しかし……この少女が来てから……お前、様子が変だぞ……」
 「チッ……」
 縁が軽く舌打ちをすると、キャメロンが言った。
 「お気になさらず、ミスオガサワラ……彼は私に会いたくなかったのでしょう……」
 すると応接間のドアをノックして、縁の母が人数分のコーヒーをお盆に乗せて、入ってきた。
 縁の母はそれぞれの席にコーヒーを置いていき、キャメロンを見て言った。
 「可愛らしいお嬢さんねぇ……縁のお友達かしら?」
 キャメロンは縁の母に会釈をした。
 「留学生のキャメロンと言います……」
 縁の母はニコニコしながら言った。
 「あらっ、ご丁寧に……ゆっくりしていって、ちょうだいね……」
 すると、縁が言った。
 「母さん……話、長くなると思うから……」
 「はいはい……じゃあごゆっくり……」
 そう言うと縁の母は応接間を出て行った。
 縁は表情をしかめて言った。
 「何が留学生だ……ふざけやがって……」
 「貴方が言ったのよ……わかってると思うかって……」
 そう言うとキャメロンは、置かれたコーヒーを一口すすった。
 今野が言った。
 「縁君、実は……捜査協力をしてもらおうと思って、今日は来たんだよ……」
 縁は言った。
 「百合根町連続殺人事件の事か?」
 今野は頭を掻いた。
 「さすがだね……話が早いよ……」
 「ニュースでやっていたからな……見当はつくよ」
 「それで有村警視の指示で、キャメロン捜査官を連れて来たんだけど……知り合いだったとはね……」
 縁は言った。
 「昔のな……」
 キャメロンはクスクス笑っている。
 縁はキャメロンに言った。
 「お前……いつ来日した?」
 「夏よ……日本の夏も暑いわね」
 縁は何かにピンときた表情をした。
 「なるほど……お前が裏で糸を引いてやがったな……」
 桃子は不思議そうに縁に言った。
 「裏で?何の話だ?」
 縁は言った。
 「桃子さん……俺達が巻き込まれた、『豪華客船爆弾事件』があっただろ?」
 「あれは散々だったな……」
 「あの捜査を、おそらく有村さんと一緒に指揮していたのがキャメロンだ……」
 キャメロンは変わらず、クスクス笑っている。
 縁は言った。
 「変だと思ったぜ……警視庁のいち警視が、海上自衛隊まで動かすなんてさ……でも、合点したぜ……キャメロンは日米両政府ともパイプがある……こいつなら、あの対応ができる」
 キャメロンは言った。
 「ご名答……でもその程度の事はすぐに気づかないとね……思った通り、重症ね……エニシ……」
 桃子が言った。
 「重症?何の話だ?縁は病気なのか?」
 キャメロンは不敵な微笑みを浮かべた。
 「フフフ……病気……確かにそうかもしれないわ……貴方は病気よ『腑抜け』と、言う名の……」
 桃子は思わず激昂した。
 「何だとっ!」
 キャメロンは桃子を見向きもしないで、縁に言った。
 「貴方は……この国にいるべきじゃない」
 キャメロンの言葉に、応接間はしばらく沈黙した。
 すると桃子が立ち上がった。
 「さっきから言わせておけば……縁の知り合いだか、なんだか知らんが……縁は腑抜けなどではないっ!」
 キャメロンは激昂した桃子とは、対照的に静かに言った。
 「ミスオガサワラ……貴女は縁の何を知っているの?」
 「確かに縁は事件に巻き込まれるのを嫌うが……だが、いざ事件と向き合うと、最後まで……全力で謎と向き合い、必ず事件を解決するっ!」
 キャメロンは言った。
 「やはり貴女といるのが、間違いのようね……」
 桃子は目を丸くした。
 「何だと?……」
 「言ってる意味が理解できていないようね……貴女と縁は不釣り合いよ」
 桃子はさらに激昂した。
 「貴様……」
 すると縁は桃子の手を引いた。
 手を引かれた桃子は、縁を見た。
 「縁……」
 縁はガラステーブルをまっすぐ見ている。
 すると縁は桃子の手を引いたまま、キャメロンに言った。
 「確かに……あの頃と比べたら、腑抜けになっちまったかも知れねぇ……」
 縁は目線をキャメロンに向けた。
 「でもなキャメロン……お前の言う『腑抜け』ってやつを、俺は結構気に入ってるんだぜ……」
 キャメロンは怪訝な表情をした。
 「気に入ってる?ふざけないで……」
 縁はニヤリとした。
 「ふざけてねぇよ……それに桃子さんは、あの頃の俺達に、無かった物を持っている」
 「無かった……物?」
 キャメロンに先程の不敵な微笑みはなかった。
 今度は縁が不敵な微笑みをした。
 「捜査協力してやるよ……どんな事件か詳細は知らねぇが、解決してやる……」
 縁は立ち上り、口角を上げて目を見開いた。
 「それと……あまり『俺達』をなめんなよ……キャメロン……」
 縁の啖呵を前に、キャメロンは立ち上がった。
 「フッ……そう……なら、この事件をヨロシクね……」
 縁は言った。
 「どこへ行く?」
 「帰るわ……事件の詳細は、ミスターコンノから聞いてちょうだい……」
 桃子が言った。
 「捜査に加わらないのか?」
 「FBIの私に、日本の事件を捜査する権限はない……前回はテロリストが関わっていたから、やむ終えなくよ……」
 縁は言った。
 「『紅い爪』か……」
 キャメロンは縁達に背を向けていたが……『紅い爪』という言葉に、明らかに反応した。
 「だからFBIか……わかりやすい奴……」
 縁がそう言うと、キャメロンは手を振った。
 「ごきげんよう……また会いましょう……」
 応接間から出ようとして、ドアノブに手を掛けたキャメロンだったが……最後に桃子に言った。
 「ミスオガサワラ……」
 桃子は言った。
 「何だ?」
 キャメロンの口元が確認できたが……ニヤリとしていた。
 「You become a hindrance by all means.(貴女は必ず足枷になる。)」
 桃子は難しそうな表情をした。
 「私が必ず……何だ?……」
 「フッ……ではごきげんよう……」
 そう言うとキャメロンは応接間を出て行った。
 桃子はすかさず縁に聞いた。
 「縁……彼女はなんて?」
 「せいぜい頑張れって事だろ……気にすんな……」
 縁はソファーにどかっと座り直し、今野に言った。
 「それで?事件の詳細は?」
 縁に促され、今野は鞄から捜査資料を取りだし、ガラステーブルの上に広げた。
 一方で……新井場邸を出たキャメロンの前に、1台の黒い高級車が停まった。
 キャメロンは迷う事なく、高級車の後部座席に乗り込んだ。
 運転席に座っていた、筋肉質でスーツ姿の白人男性が、キャメロンに言った。
 「古きよき友人に会った感想は?」
 キャメロンはルームミラー越しに、その男性を睨み付けた。
 男性はそれを確認して言った。
 「Oh……怖い怖い……」
 男性はそのまま、どこかに車を走らせた。
 キャメロンが高級車でどこかへ去った頃、新井場邸では百合根町の連続殺人事件の話がなされていた。
 縁は捜査資料を一通り確認し、顎を指で摘まんだ。
 「星形に折られた折紙と……数字……」
 今野が言った。
 「やはり被害者二人に接点があるのかなぁ……」
 縁は言った。
 「さぁ……それはまだわからないけど……これで終わりじゃないと、思うよ……」
 今野は目を丸くした。
 「何だって!?」
 「無差別かどうかは置いておいて……星形の折紙は、犯人からのメッセージ……星の角は5つあるから……後3回、計5回殺人を犯すと示唆されている」
 今野は慌てて言った。
 「すっ……すぐに有村警視に……」
 縁は言った。
 「それはいいんだけど……今のところ手の打ちようがないよ……誰が狙われるか、わからないからね……」
 桃子が言った。
 「ではどうする?」
 縁は言った。
 「手懸かりを探さないと……後、これも気になる」
 縁は被害者が発見された時の、写真を持った。
 「被害者は二人とも、首を絞められて殺された後に、胸に大きく『バツ状』に切り傷を付けられている……これにも必ず意味があるはずだ……」
 縁は立ち上がった。
 「俺と桃子さんは殺害現場に行くから……今野さんは、俺が協力するって、有村さんに言っておいて……」
 今野は慌てて言った。
 「ちょっと縁君……君達だけじゃ……」
 桃子は今野に言った。
 「諦めろ……それに私も、縁と二人の方がいい……」
 桃子も立ち上がり、縁と応接間を出て行った。
 「まったく……」
 そう言うと今野は頭を抱えて、縁と桃子を追った。
 桃子のスポーツカーに乗り込み、桃子はエンジンに火を入れて、縁に言った。
 「どっちの現場から行くのだ?」
 「そうだな……百合根池にしよう……百合根池は今朝、事件が発覚したばかりだし……期待薄だけど、手懸かりが残ってるかもしれない……」
 「百合根池だな……行くぞ……」
 そう言うと桃子は、ギアを入れて車を発進させた。
 運転している桃子に縁は言った。
 「桃子さん……キャメロンの事……気にするなよ」
 「やぶからぼうに……何だ……」
 「気にしているかなと、思ってさ……」
 「私がいちいちそんな事を、気にすると思うか?」
 「気にしていないなら……それでいい……」
 縁は助手席の窓に腕を掛けて、外を見ている。
 桃子は言った。
 「あのキャメロンとかいう少女……施設時代の仲間か?」
 縁は外を見たまま言った。
 「ああ……」
 「縁に執着しているように……見えたんだが……」
 「あいつは……キャメロンは、ジジイの事を心底尊敬していた……執着しているように見えたんなら、俺がジジイの孫だからだろ……」
 桃子はすまし笑いをした。
 「フッ……そうか……私はどうやら嫌われたようだが……」
 「あいつは誰も好いたりしない……だから気にすんな……」
 桃子は実は気にしていた……キャメロンは、縁にとって桃子の存在がマイナスでしかないと、思っている事を……桃子は直感で感じていた。



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