天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392



 ……同日夕方…新井場邸前……




 放課後真っ直ぐ家に帰った縁は、着替えを終えて、家の前で木村警部が迎えに来るのを待っていた。
 今夜は少し冷えるようなので、ロングのTシャツの上に、黒のパーカーを羽織っている。
 昼休みの後、クラスメイトからの質問攻めにあい、誤魔化すのに一苦労した。
 これから予告状が送られてきた現場に、向かう予定になっているが、縁は何処に行くのか、どのような詳細なのかはまだ知らない。
 縁は腕時計で時間を確認した。
 「5時か……そろそろ来る頃だな……」
 約束の時間は5時だったが……まだ来る気配はない。
 縁がしばらく待つ事……10分後、ようやく黒のセダンの車が、新井場邸の前に到着した。この車がおそらく木村が乗っている車だろう。
 縁の前に到着した車の、運転席の窓が降りて、そこから木村の顔が見えた。
 木村は申し訳なさそうに、縁に言った。
 「すまん、新井場君……少し遅れてしまった」
 縁は気にした様子もなく、木村に言った。
 「気にしなくていいよ……わざわざ迎えに来てくれたんだから……」
 木村が縁に、後部座席に乗るように促すと、縁は後部座席に乗り込んだ。すると、後部座席にはすでに誰がが座っており、それを見た縁は目を丸くした。
 「何で先生がいるんだ?」
 後部座席に乗っていたのは、担任の椿だった。
 「担任として、ついて行くのは当然よ……」
 椿は少しバツが悪そうだ。
 学校での椿は白いシャツに、ジーンズといった格好だったが、今はスカートに、黒のブラウスを着ている。どうやら着替えたようだ。
 「わざわざ着替えに戻ったんだね……仕事は?生徒と同じ時間に帰ってもいいのか?」
 縁にそう言われると、椿はすました様子で言った。
 「これは家庭訪問のようなものよ……」
 縁は呆れ気味に言った。
 「勝手な言い分だな……」
 すると助手席に座っていた桃子が、縁に言った。
 「一瀬教師を迎えに行ったから、少し遅れたんだ……」
 桃子の言葉に、椿が再びバツの悪そうな表情をすると、縁が呟いた。
 「なるほどね……」
 すると木村が皆に言った。
 「出発しますよ……」
 こうして4人は、木村の運転で現場に向かった。
 縁は後部座席から、運転席の木村に聞いた。
 「で……何処に向かっているの?」
 木村は運転しながら、ルームミラーで縁をチラリと見て言った。
 「山王商事……百合根町を代表する、大手商社で、その会長が保有するビルの一つだ」
 椿は驚いて言った。
 「山王商事って……百合根町に住む大学生達の就職希望先一位の、あの山王商事ですかっ?」
 「いや……俺もそこまで知らないが、多分そうだろ……」
 椿の驚いた様子に、木村は少し戸惑っている。
 縁は続けて木村に聞いた。
 「それで……そのピエロが狙っている獲物は?」
 木村は表情をしかめて言った。
 「宝石……『マリーのなみだ』だ」
 それを聞いた縁は目を丸くした。
 マリーの泪……世界的に有名な彫刻家『ルイス・ファビアン』の彫刻『マリー』ために造られた、唯一無二の蒼い宝石のネックレス……それが『マリーの泪』だ。
 桃子が縁に言った。
 「何だ縁……知らないわけじゃないだろ?」
 「もちろん知っているさ……彫刻マリーにしか付ける事の許されない、幻の宝石……『マリーの泪』……。しかしそれが何故、百合根町の……しかも、大手とはいえ町の商売人が、幻の宝石を持っている?」
 縁の言う通り、山王商事は確かに大手企業だが、そこまでの大企業ではない。百合根町に本社を置いて、全国的に事業を展開しているが、まだそこまでの知名度はない。
 縁の疑問を木村も納得したようだ。
 「それは、確かに俺も思った。しかし、現に『マリーの泪』は山王商事の会長が所持していて……それが、奴に狙われているのは事実だ」
 縁は木村に言った。
 「それが偽物の可能性は?」
 「鑑定の結果……確かに本物の『マリーの泪』だ」
 縁は顎をつまんで、呟いた。
 「下調べはしているって訳か……」
 木村は目を丸くした。
 「何?……」
 縁は言った。
 「下調べをして、『マリーの泪』が本物だという確証がないと、わざわざ予告状を出してまで、犯行を行わないだろ?」
 すると椿が驚いた様子で言った。
 「す、すごいのね……新井場君……。勉強だけじゃないのね……」
 すると桃子がニヤニヤしながら、椿に言った。
 「フンッ……担任なのにそんな事も知らなかったのか?凄いだろ?私の縁は……」
 縁は目を細めて、桃子に言った。
 「何で嬉しそうにしてんだ……」
 桃子の言葉に言い返す言葉も無く、椿は話を変えるように言った。
 「でも……新井場君が、あの小笠原桃子と知り合いだったなんて……」
 縁は憮然とした表情で言った。
 「別に……特に話す必要もないし……。先生、学校では桃子さんの事を刑事だと、思ってたよね?俺を迎えに来る途中に聞いたの?」
 椿は恥ずかしそうに言った。
 「そうなの……TVで見た事があると思って、さっき聞いてみたの……」
 「やっぱりね……」
 縁は納得した感じで、両手を後頭部で組んで、楽な姿勢をした。
 すると木村が皆に言った。
 「そろそろ到着するぞ……」
 車はいつのまにか、オフィス街に入っており、多くのビジネスマンが街を歩いている。
 するとその中に、一際目立った場所があった。そこは細長いきれいな5階建てのビルで、入口付近に大勢の人だかりがあった。
 縁が木村に言った。
 「木村警部……もしかしてあそこ?」
 木村は人だかりを見て、険しい表情をした。
 「何故マスコミの人間がいる?」
 木村の言うように、人だかりの中にはカメラやビデオカメラを持った、人間も複数混じっており、その場はざわざわしている。
 「仕方ない……裏口に回ろう……」
 そう言うと木村はビルの前を素通りし、近くのコインパーキングに、車を駐車した。
 車を降りると木村が皆に言った。
 「表は見ての通りだったから、ビルの駐車場は使えない……歩いてビルの裏口に行こう」
 木村の案内で、表の人だかりを避けて、ビルの裏口に付近に到着すると、先程とは違い人だかりはなく、すんなりとビルに到着できた。
 すると木村はスマホを取りだし、どこかに電話を掛け始めた。
 「もしもし……どうなっているんですかっ!?マスコミには伏せておくようにとあれほど……」
 どうやらビルの中に連絡を入れているようで、かなり怒っている。
 「ええ……とりあえず裏口まで来ましたので……ええ……待ってます」
 そう言うと木村は勢いよく、通話終了をタップした。
 「まったく……あれほどマスコミに公表するなと、言っておいたのに……」
 木村はブツブツ文句を言っている。
 縁は木村に言った。
 「誰がが漏らしたんだろ……これ以上の宣伝効果はないからな……」
 「確かにそうかもしれんが……盗られてしまったら、もともこも無いだろ?捜査に支障をきたすぞ」
 木村は釈然としないと、いった感じだ。
 すると裏口のドアが開き、一人の女性が現れた。
 スーツ姿の女性は、眼鏡を掛けており、黒い髪のよく似合う、賢そうな女性だった。
 「山内さん……」
 木村がそう言うと、山内と呼ばれる女性は、木村に一礼した。
 「お待たせしました……」
 木村が山内を皆に紹介した。
 「こちらは、山王商事の会長秘書の山内香織やまうちかおりさんだ」
 山内は3人に一礼した。
 「山内です……よろしくお願いします」
 桃子が言った。
 「作家の小笠原桃子だ」
 「聞いております……で、そちらのお二人は?」
 山内は視線を縁と椿に移した。
 桃子が言った。
 「二人とも、私の優秀な助手だ……」
 すると椿が小声で桃子に言った。
 「ちょ……助手って、どういう事ですか?」
 縁は椿の服の袖を引っ張り、小声で言った。
 「ここは話を合わしておいた方がいい……不本意だけど……」
 すると縁は山内に言った。
 「新井場縁です……」
 縁に見習い、椿も山内に挨拶した。
 「一瀬椿です……よろしくお願いします」
 「こちらこそ……では中に……会長がお待ちです」
 山内の案内でビルの中に入った。
 裏口から入ると、裏口のすぐ側に警備員が二人立っていた。
 警備員が山内や他の4人に一礼すると、山内はそれを素通りし、奥に進んだ。
 ビルの中に入った3人の印象は、広くないが第一印象だった。
裏口から入ったためか、物静かでとても商社のオフィスとは思えない程静かだった。
 少し廊下を進むと、広間に出た。広間からは見える、ビルの表口は、ガラスの自動ドアで、先程の人だかりが確認できる。先程はわからなかったが、警察官や警備員が数人混じっているようだ。
 桃子が言った。
 「大手企業の割りには……そんなに大きくないオフィスだな」
 桃子の言うように、ビルはシンプルな造りになっており、派手さもなく、どちらかと言えば質素だ。
 すると、山内が言った。
 「このビルは、会長が個人的に購入した物件ですので」
 木村が言った。
 「今回狙われている、『マリーの泪』以外にも絵画や骨董品などが保管してあるビルだ」
 縁が言った。
 「美術品など、ギャラリー専用……いや、趣味のビルか……」
 「こちらにどうぞ……」
 そう言うと山内は、皆をエレベーターに案内した。
 エレベーターに乗り込むと、中は狭く、表記には8人乗りと記載されていた。
 山内はRの下の5のボタンを押して、エレベーターの扉を閉めた。どうやらこのビルは屋上付きの階建てのようで、エレベーターのボタンにはB1もあったので、地下もあるようだ。
 皆は異様な緊張感に包まれていた。送風機の音が、エレベーター内に響き渡るほどに……皆は黙って5階に到着するのをまった。
 やがてエレベーターは5階に到着し、扉が自動で開いた。ドアが開くと、そこはすぐ短い廊下があり、すぐ奥に両開きの扉があり、そこにも扉の両端に警備員が控えていた。
 皆がエレベーターから降りると、最後に山内が降り、皆に言った。
 「あの扉の奥に、『マリーの泪』が展示されています」
 山内は扉に向かい、警備員に一礼すると扉に手を掛けた。
 妙な緊張感が、縁ら4人を支配する。しかし、そんな事はお構いなしに、山内は扉を開いた。
 開いた扉の奥を見た4人は、少し呆気にとられた。そこはだだっ広い真っ白な部屋で、中央には四角のショウケースだけある、ただの部屋だった。
 そのショウケースの回りを数人の人間が囲っていた。
 部屋に入った山内は、ショウケースの方に向かって言った。
 「お客様をお連れしました」
 ショウケースを囲っているのは、白髪頭の老人と、スーツ姿の男性が二人……それと小綺麗な洋服を纏った女性の、4人だった。
 すると、白髪頭の老人が言った。
 「ははは……ようこそ……待っておったぞ」
 老人が言葉を発すると、木村がその老人に食って掛かった。
 「会長っ!話が違いますよっ!マスコミにはあれほど、伏せておいてくれと……」
 するとその老人は木村の言葉を遮るように言った。
 「すまんすまん、木村警部……どこで嗅ぎ付けおったか、気づいた時にはすでに遅くてな……」
 老人と木村のやり取りを見て、桃子が言った。
 「なるほど……あの老人が、山王商事会長……山王章造さんのうしょうぞうか……」
 桃子が自分の事を話しているのに、気づいた章造は、桃子たちの方にやって来た。
 「そうじゃ……儂が山王章造じゃ……」
 「小笠原桃子だ……」
 桃子がそう言うと、章造は桃子を撫でるように見た。近くで見ると、章造は目力めぢからが強そうな目をしている。
 一通り桃子を見定めすると、章造は言った。
 「主が、小笠原桃子か……TVで見るより美しいのぉ……どうじゃ?今度食事でも……」
 すると桃子は掌を章造に向けた。
 「せっかくだが……遠慮しておく……私は高齢者に興味はない……」
 桃子の無礼ともとれる態度に、章造は怒るどころか、笑いだした。
 「ははははっ!……はっきり物を言うお嬢さんじゃっ!気に入ったぞ……」
 すると高笑いしている章造の元に、スーツ姿で細目に眼鏡を掛けている男性がやって来た。
 「会長……そろそろ打ち合わせを……」
 章造は憮然とした表情で言った。
 「なんじゃ?牧島まきしま……そんなに慌ておって……」
 牧島と呼ばれる男性は、縁らに一礼した。
 「専務の牧島です。会長の失礼をお許し下さい……小笠原先生はTVで存じてますが、あなた方は?」
 牧島の視線が、縁と椿に移ったので、二人は自己紹介をした。
 「新井場縁です……」
 「一瀬椿です。よろしくお願いします」
 桃子が言った。
 「二人とも私の優秀な助手だ」
 牧島は表情を変えずに言った。
 「そうですか……それは心強い……。こちらこそ、よろしくお願いします」
 挨拶や話し方は丁寧だが、この牧島という男はどこか冷たさを感じる。
 するとショウケースにいた、残りの二人もやって来た。
 スーツ姿の太めの男性が言った。
 「私にも自己紹介をさせて下さい……。社長の山王雄一さんのうゆういちです」
 雄一は牧島と違い、優しそうな表情をしている。
 すると章造が雄一の背中を、叩きながら言った。
 「はははっ!鷲の愚息だ……よろしく頼む」
 「痛いですよ……お父さん……」
 雄一は顔をしかめている。
 その様子を見て、小綺麗な洋服を纏った女性が言った。
 「私も自己紹介をしていいかしら?」
 女性はブラウンの綺麗な髪をなびかせている。歳は40代といったところか、どこか落ち着きを感じる。
 「西岡明奈にしおかあきな……会長の娘で、雄一の姉よ……」
 明奈の自己紹介が終わったところで、章造が言った。
 「一通り自己紹介も終わった事だし、こそ泥を捕らえる作戦会議でも始めるか……」
 「その前に部屋を一通り見たい……部屋を確認しないで作戦会議なんて、できないね」
 そう言ったのは縁だった。
 縁の発言に、皆は驚いた表情だ。それもそのはず、縁を知らない者からすれば、縁はただの高校生だ。
 場の空気を読んだ椿が、縁に言った。
 「ちょ、ちょっと……新井場君っ!」
 すると章造が縁に言った。
 「ほぉ……小僧……言うではないか」
 縁はニヤリとした。
 「別に……当たり前の事だよ。ただ、余り余裕をかましてると、やられちまうぜ……そのこそ泥に……」
 すると専務の牧島が慌てて縁に言った。
 「きっ、君っ!会長に失礼……」
 すると章造は牧島を制した。
 「かまわんっ!……確かに小僧の言うとおりじゃ……いいだろう、好きなだけ部屋を調べてみぃ」
 「協力……感謝しまぁす……」
 縁は軽く言うと、ショウケースに向かった。
 章造は桃子に言った。
 「中々活きの良い小僧を飼っておるの……」
 「縁を家畜のように言うな……」
 そう言うと桃子も縁の後を追った。
 章造は不敵に笑った。
 「はははっ……面白くなりそうじゃ……」



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