天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

 秋は様々な感覚が刺激される。食欲、物欲、睡眠欲など欲の季節でもある。食欲の秋に、文学の秋など、色々な秋があるが……それは様々だ。
 気候的にそういった感覚になりやすいのかも知れない。
 そんな秋風が吹く10月の午後、縁は学校で友人たちと、昼休みに談笑をしていた。
 10月になってからは、桃子からのお誘いは無く、平凡な生活を送っていた。
 夏から秋にかけて色々有りすぎた為か、縁にはこの10月が少し退屈だった。
 しかし、退屈な気持ちになるのも一時の事だと、縁は思っていたので、今のこの平凡で平和な毎日を楽しもうと思っていた。
 この時期の高校生の話題と言えば、恋人の話題や、デートスポットなど、浮いた話が多いが、この学校……いや、巷での話題は、今は別の事が話題になっている。
 友人の達也が興奮気味に言った。
 「ニュースみたかよ?また出たみたいだぜ……『ピエロ』」
 同じくクラスメイトの瑠璃も興奮気味に言った。
 「知ってる知ってるっ!格好いいよねっ!」
 達也と瑠璃が言っている『ピエロ』とは、『華麗なる道化』の呼び名で、現在巷を騒がせている泥棒だ。
 狙う物は、珍しい絵画や宝石などで、予告状や、犯行の手口などが華麗に行われる事から、犯罪者でありながら、巷では人気がある。
 縁が言った。
 「ピエロはサーカスで見るもんだぜ……盗みを働くのは、感心できないな」
 達也が言った。
 「確かにそうだけどよ……でも、映画やドラマみたいで、格好いいじゃんっ!」
 すると瑠璃も達也に同調した。
 「そうよっ!それに、盗むって言っても、悪徳企業が違法な形で手にいれた物を盗んでるのよっ!」
 さらに達也が言った。
 「狙った獲物は必ず手に入れるっ!神出鬼没の大泥棒っ!」
 縁は呆れ気味に言った。
 「ル◯ンかよ……」
 瑠璃が縁に言った。
 「新井場君……対決してみたら?」
 縁はげんなりした表情で言った。
 「何言ってんの?雨家さん……」
 すると達也がニヤリとした。
 「でも、あの桃子って人はこういうのが好きそうじゃん?」
 瑠璃も達也に同調した。
 「確かに小笠原さんは、食いつきそうね……」
 縁はさらにげんなりした表情になった。
 「否定できないから、嫌になるよ……」
 達也と瑠璃と『ピエロ』の話で盛り上がっていると、担任の女教師の一瀬椿いちのせつばきが教室にやって来た。
 午後の始業チャイムはまだ鳴っていないので、教室にいた生徒達の視線は、自然と椿に向いた。
 すると生徒達の視線を集める中で、椿は言った。
 「新井場君……教室にいる?」
 すると生徒の一人が、縁の席……教室の一番奥に向かって、叫んだ。
 「縁っ!呼ばれてんぞっ!」
 縁は明るさまに嫌な表情をして、立ち上がった。
 その様子を見て達也が言った。
 「縁……何かやったのか?」
 教師に呼び出された生徒に対して、クラスメイトが必ず言う言葉だ。
 「何もやってねぇよ……」
 そう言うと縁は、椿の待つ教室の入口に向かった。
 椿の前に到着すると、縁は憮然とした表情で言った。
 「何?先生……」
 椿は笑顔で言った。
 「警察の人が、あなたに会いに来てるわよ……」
 縁はすぐさま嫌な予感がした。椿の表情から察するに、犯罪者扱いで呼ばれた訳ではなさそうだが……。
 縁は呟いた。
 「有村さんか……もしくは、今野さんか……」
 すると椿は怪訝な表情をした。
 「有村?今野?……そんな名前じゃなかったけど」
 すると二人の会話を聞いていた生徒が、興奮気味に言った。
 「何だよっ!何かやらかしたのか?縁……」
 これもクラスメイトが必ず言う言葉だ。
 クラスがざわつき始めたため、椿が縁を教室の外に連れ出した。
 「新井場君……ここじゃあれだから、応接室に……」
 縁はクラスメイトの反応にぶつぶつ言いながら、椿に付いて行った。
 「あいつら……俺の事を何だと思ってやがる……」
 応接室に向かう途中、縁は考えていた。有村や今野では無いとしたら、一体誰が会いに来たのか……もちろん縁に犯罪に荷担した心当たりは無い。
 だとすれば、警察の人間が縁に会いに来た理由は、事件の捜査協力の可能性が高いが、有村や今野以外で来る人間に心当たりは無い。
 縁は椿に聞いてみた。
 「先生……何の用で警察が俺に?」
 椿は答えた。
 「さぁ……詳しくは聞いていないけど、誰かの紹介で来たって、言っていたわ」
 「誰かの紹介?有村さんかな……。警察の人って一人?」
 椿は首を横に振った。
 「ううん……二人よ。男の人と女の人……」
 縁はさらに嫌な予感がした。
 「女?……まさか……」
 椿は笑顔で言った。
 「すっごい美人な人だったよっ!……でもどこかで見た事がある気がするのよねぇ……」
 縁は頭を抱えた。
 「奴だ……やっぱりあの人が関わっているのか……」
 そうこうしている間に、応接室に到着した縁は、両開きの扉の前で溜め息をついた。
 「はぁ……開けたくねぇ……」
 そんな縁の様子を、椿は怪訝な表情になって言った。
 「どうしたの?新井場君……」
 「別に……ただ憂鬱なだけだよ……」
 「憂鬱?何で?……開けるわよ」
 そう言うと、椿は扉をノックして開けた。
 扉を開けると、そこは至って普通の応接室で、高そうな木星のテーブルを、これまた高そうな黒いソファーが囲っていた。
 縁が恐る恐る中を確認すると、知らない男性と、よく知る女性がソファーに座っていた。
 縁は頭を抱えた。
 「やっぱり……桃子さん……」
 ソファーに座っていた女性は、縁の予想通り、桃子だった。
 縁の様子を見て、椿は言った。
 「どうしたの?頭を抑えて?入るわよ」
 そう言うと椿は「失礼します」と一礼して、応接室に入った。縁も椿に続いて応接室に入った。
 縁が応接室に入ると、桃子がさっそく縁に声を掛けた。
 「縁……待っていたぞ」
 縁は憮然とした表情で言った。
 「とうとう学校にまで、やって来やがった……」
 すると桃子の隣に座っていた男性が、桃子に言った。
 「小笠原先生……彼が?」
 スーツ姿の男性は、歳は有村と同じ位だが、有村とは違い男臭さが漂った感じだ。しかし、だからといって、不潔感があるわけではなく、真面目な感じもする。
 桃子がその男性に言った。
 「そうだ……彼が新井場縁……私のこの世で最も大事な人間だ」
 桃子の言葉に椿は顔を両手で覆った。どうやら何かを勘違いしたようだ。
 縁は桃子に言った。
 「色々面倒くせぇから、そんな言い方をするな……で、何の用?」
 桃子は笑顔で言った。
 「照れるな……まぁ座れ……」
 縁は対面のソファーに座ろうと、椿を促した。
 「先生……座れってさ……」
 「大事な人間って……あんな美人が、新井場君に……」
 椿は手で顔を覆ったままだ。
 縁は呆れ気味に椿に言った。
 「いつまでやってんだ……早く座ろうぜ……」
 縁は再度促された椿は、戸惑いを隠すように、背筋を伸ばした。
 「えっ、ええ……座りましょう」
 「やれやれ……」
 縁はそう言いながらソファーに座った。
 ソファーに座った縁は、さっそく桃子の隣に座っている男性の事を聞いた。
 「その人は?刑事さんだろ?」
 男性は縁に対して自己紹介をした。
 「捜査三課の木村だ……よろしく」
 男性は見た目通りに愛想はなさそうだった。
 縁は言った。
 「新井場縁……高校2年……で、三課の刑事さんが俺に何の用で?三課だと、窃盗とかだよね」
 縁の態度に少し腹が立ったのか、木村はムッとした表情になった。
 それを見た椿は、慌てて縁に言った。
 「ちょっと、新井場君!刑事さんに失礼よっ!」
 木村は桃子に言った。
 「小笠原先生……本当にこの少年を捜査に加えるのですか?」
 こんどは桃子が木村の態度に、ムッとした表情になった。
 「縁と一緒じゃなきゃ……協力しない」
 縁は怪訝な表情をした。
 「俺と一緒じゃなきゃダメ?桃子さん、まさか……」
 木村は言った。
 「有村警視から小笠原先生を紹介されてね……今回の捜査協力を頼んだんだが……」
 縁は言った。
 「俺と一緒じゃなきゃ、捜査協力をしないって訳か……」
 状況が飲み込めない椿は、恐る恐る木村に聞いた。
 「あのぉ……どうして新井場君を?」
 木村は言った。
 「捜査一課の有村警視から、そこの新井場君の事も聞いていまして……小笠原先生と共に捜査協力をして頂こうと、こうしてやって来たのです」
 「でも新井場君はまだ高校生ですよ?」
 椿はまだ状況が飲み込めないようだ。
 桃子はニヤリとして、椿に言った。
 「縁の担任のくせに、何も知らないのだな……可愛い顔をして……」
 「えっ?……」
 椿は桃子の言葉に戸惑っている。
 木村が言った。
 「私も高校生である彼に、捜査協力を乞うのは……どうかと、思っているのですが……」
 桃子は木村に釘を指すように言った。
 「警部殿……縁が一緒じゃないと、協力はしないぞ」
 「はぁ……」
 木村はげんなりとした表情をした。
 縁はそんな木村を不憫だと思い、桃子に言った。
 「で?捜査の内容は?三課だから殺人とかではないだろ?」
 縁の言葉に椿は、少し怯えた様子になった。
 「さ、殺人っ?……」
 椿の様子が勘に障ったのか、桃子は憮然とした表情で言った。
 「貴女は少し黙っていてくれ……」
 縁は椿を庇うように言った。
 「俺の担任にそんな言い方をするな……」
 桃子は表情を変えずに言った。
 「ふんっ、まぁいい……本題に入ろう。縁、『ピエロ』を知っているか?」
 縁は言った。
 「知ってるよ……サーカスじゃない方だろ?『華麗なる道化』……俺のクラスでも話題になっている、大泥棒だろ?」
 木村は表情をしかめた。
 「ふんっ、ただのこそ泥だ……」
 木村を気にせず、桃子は続けた。
 「そのこそ泥から、予告状が届いたそうだ」
 縁は目を細めた。
 「予告状?まさか……」
 桃子は笑顔で言った。
 「私と縁で『ピエロ』を捕まえよう……」
 さらりと言った桃子に対して、縁は目を丸くして言った。
 「はぁっ!?」
 縁と同様に、椿も驚いた表情をしている。
 縁は言った。
 「何で俺が?」
 桃子は笑顔のまま言った。
 「私と縁のゴールデンペアなら、捕まえられる」
 縁は激昂した。
 「何がゴールデンペアだ!それにそんな事を心配してるんじゃねぇっ!何で俺が、そんな訳のわからん盗人を、捕まえなきゃならないんだよ!?」
 桃子は激昂した縁を、気にする事なく言った。
 「事件の捜査協力は国民の義務だ……」
 「俺は十分過ぎる程、捜査協力をしてきたっ!」
 すると桃子は険しい表情で言った。
 「私達が捜査協力を断ると、確実に不幸になる人間がいる」
 「いきなり何を……」
 すると桃子は木村を手で指した。
 「ここにいる木村警部殿は、次にピエロを取り逃がすと、地域課に飛ばされるらしい……」
 桃子にそう言われた木村は、先程とはうって変わり、しょぼんとしている。
 縁は複雑な表情をした。
 「マジか……」
 桃子は言った。
 「目の前で困っている者がいるのに、それを放っておく何て事は……私にはできんっ!」
 木村はしょぼんとした表情のまま言った。
 「俺だって一般人に頼るのは、不本意だが……今回は藁をも掴む思いで、やって来たんだ……我々にはどうにもならないんだっ!」
 木村はやけくそに、なっているようにも見える。
 縁はげんなりした表情で言った。
 「で、有村さんに相談したら、俺と桃子さんの名前が出てきたんだな……」
 桃子は笑顔で言った。
 「そういう事だ。頼られるのは、いい気分だな……」
 縁は桃子に冷たい視線を送った。
 「何でそんなに、呑気なんだ……」
 すると今まで黙っていた椿が、興奮気味に言った。
 「新井場君っ!是非とも協力しなさいっ!」
 縁は興奮気味の椿に、少し驚いた。
 「な、何だよ……先生、興奮して……」
 「あの『ピエロ』と対決なんて……こんな凄い事はないわっ!」
 椿の興奮は覚めることはない。
 縁は桃子から椿に、冷たい視線を移した。
 「先生……言ってる事が、クラスメイトと同じレベルだぞ……」
 椿は縁の冷たい視線を、気にせず言った。
 「それに困っている人を、見捨てるなんて……教師として、見過ごせないわっ!」
 すると桃子は、椿を感心するように言った。
 「中々話のわかる教師のようだな……」
 木村も言った。
 「担任の先生にそう言ってもらえると、ありがたいっ!」
 縁は木村に突っ込んだ。
 「あんた……さっきまで、俺の事を良く思ってなかっただろっ!」
 椿は縁を気にせず言った。
 「私は教師として、当然の許可をしただけですっ!」
 縁は言った。
 「おいっ!俺はまだ……」
 桃子は言った。
 「気にいったぞ、縁の担任っ!確か、一瀬と言ったな?ピエロを捕らえるには一体感が大事だ」
 木村は言った。
 「今度こそ奴を捕らえてやるっ!」
 縁は言った。
 「おいっ!」
 椿は言った。
 「大丈夫ですっ!きっと捕まえる事が出来ますっ!」
 縁は言った。
 「お~い……聞いてますか~?」
 桃子は言った。
 「ふふふ……面白くなってきたぞっ!なぁ、縁……」
 縁は叫んだ。
 「俺はっ!面白くねぇっ!」

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