天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392



 不敵に笑う福島に、縁は言った。
 「何を笑っている?銃口は俺を向いているが、追い詰められているのは、あんただぜ?」
 すると福島は高笑いした。
 「あはははっ!追い詰められている?私が?……新井場君、残念だが……応援は来ないぞ」
 縁は目を丸くして言った。
 「何?……何をした?」
 福島はニヤリとした。
 「少し細工をね……今頃彼等は山道を迷っている頃だよ」
 縁は言った。
 「なるほど……分かれ道を右に行くように、仕向けたのか……」
 「その通り……あの道を右に行くと、山道が複雑になり、知らない者が行くと必ず迷う」
 縁は表情を険しくした。
 「そのうちに俺を始末して、プレハブ小屋の乾燥大麻を、処分するって訳か……」
 福島はニヤニヤしたまま言った。
 「おとなしく、天菜様の奇跡を信じて、村を出ていけばいいものを……」
 縁は言った。
 「やっぱり、俺が倒れた時……細工していたな……まぁタネはわかったが」
 福島は感心した様子で言った。
 「ほぉ……あれもわかったか……。冥土の土産に聞いてやる」
 縁は言った。
 「社を囲っていたダクトと、それに繋がっている送風機と……天菜の誘導尋問が、奇跡の正体だ」
 福島は薄ら笑いをしている。
 縁は続けた。
 「あの時天菜の後ろにあった祭壇から、お香の煙が立っていた……あの煙は神経性の軽い毒……吸ったら倒れる程度のな」
 福島は言った。
 「流石だな……しかしそれを、君にだけ嗅がすのは難しいと思うが」
 福島はわざと白々しい態度をとった。縁はそれを気にする事なく言った。
 「そこで、ダクトと送風機の出番だ。あのダクトが何故、社を囲っていたのか?それは社内の中央に、風を四方から集中させるため……煙を乗せた風を中央に送れば、中央にいる俺にダイレクトで毒を吸わす事が出来る。俺たちが入る前は換気をして、俺が中央に座った時に送風した。あんたが外に出ていったのは、換気と送風の切り替えをするためだ」
 福島は言った。
 「しかし君の前には天菜様もいたぞ」
 縁は軽く舌打ちをした。
 「チッ……白々しい……。天菜は目元以外、顔は布で塞がっている……煙はガード出来る。後は得意の誘導尋問で精神的に追い詰めれば……奇跡の完成だ。しかし、重要なのはそれだけじゃない……」
 福島は表情を少しだけピクリとさせた。
 縁は言った。
 「だよな……天菜っ!」
 縁の突然の呼び掛けに、福島の背後の物陰から、一人の人物が出てきた。
 天菜だった。天菜は福島の隣に立った。その様子を確認して、福島が言った。
 「よく……気付いたな……」
 縁はぶっきらぼうに言った。
 「用心深そうなあんたが、一人で来るとは思えなかったからな……それだけさ……」
 天菜はどこか儚い目で、縁を見ている。縁は天菜に言った。
 「満足かい?……村を守れて……」
 天菜は表情を変えない。代わりに福島が言った。
 「この村には天菜様が必要だ……数百人の村人のためにも……」
 縁は鼻で笑った。
 「はっ!笑わせるなよ……誰よりもこの村を必要としているのはあんただろ?そりゃドル箱であるこの村を手離せないわな……」
 福島の表情は険しくなった。
 「ガキが……知った口を……」
 縁は続けた。
 「何が村人のためだ……テメェのためだろ?強欲な村長さん」
 縁は目を見開いて笑っている。その様子を見て福島は思った。「縁には恐怖がないのか?」と……銃口を突き付けているのは福島で、縁は丸腰で両手を上げて笑っているだけなのに、その様子に福島は恐怖すら覚えた。
 福島は戸惑いながら言った。
 「貴様……状況が理解できているのか?」
 縁はニヤリとした。
 「俺がこの状況を想定していなかったとでも?」
 福島は表情を険しくした。
 「何?……それはどういう意味だ?」
 縁は言った。
 「あんたらの敗因は……俺をただのガキだと思った事だぜ」
 そう言うと縁は、上げていた右手を大きく振った。
 すると、天菜と福島の背後から、桃子、有村、今野の3人が突如現れた。
 今野が張り切った様子で言った。
 「動くなっ!警察だっ!」
 突然の事に理解できないでいる福島は、思わずうろたえた。
 そんな福島に縁は言った。
 「警戒すべき相手は、桃子さんや有村さんでもなく……この俺だよ……」
 福島は戸惑いながら言った。
 「何故だ!?道に細工をしていたのにっ!何故だ!?」
 その答えを桃子が福島に言った。
 「縁は貴様が、道に細工をする事を予測していたのだ……それを私にメールで伝えた訳だ……」
 有村が言った。
 「縁のメールがなかったら……確実に右に行っていただろうね」
 愕然とする福島とは対照的に、天菜に動じた様子はない。そんな 天菜に縁は言った。
 「あんたの思惑通りか?」
 縁の言葉に反応したのは、福島だった。
 「何?……どういう事だ?……天菜様っ!?」
 天菜は静かに福島に言った。
 「もう……止めにしよう……村長……」
 福島は天菜を睨み付けた。
 「まさか……こうなる事が、わかっていたのか?」
 縁が天菜に言った。
 「俺に術をかけるように仕組んだのは……あんただな?天菜……」
 桃子が言った。
 「全て……福島が仕組んだのではないのか?」
 縁は言った。
 「高校生の俺に術をかけ、危害を加えて恐怖心を植え付けたら、村を出ていくと思ったんだろ」
 天菜は言った。
 「しかし……少年、君は引き下がらなかった……」
 布に隠れた天菜の表情は、どういった感じかわからなかったが、天菜の目は相変わらず儚い。
 縁は言った。
 「あの夜……俺に横瀬の死を、預言を装って教えたのは……あんたなりに葛藤があったのか?」
 縁の言葉を聞いた福島は、訳がわからないと、いった感じだ。
 「横瀬の死を預言した……だと?」
 福島は聞いていないと、いった感じだったが、縁はそれを予想していたのか、納得した様子で天菜に言った。
 「やはり……あんたの独断か……」
 天菜は言った。
 「少年……君の言う通り、私は今まで葛藤の中で生きてきた……大麻の事を公表し、罪を償うか……この村を守るのか……」
 天菜の話を、縁だけでなく、桃子や有村、今野も聞いている。
 天菜は言った。
 「しかし……決心がついた。少年、君を見てな……」
 桃子が言った。
 「縁を見てだと……」
 天菜は桃子に言った。
 「少年だけではない……小笠原桃子、貴女もだ。少年や貴女のような若者がいるのだ……だから、翔にこの村を任せる事が出来る」
 縁が言った。
 「翔……風間さんか……」
 天菜は下を向いて震えている、福島に言った。
 「村長……終わりにしよう……私も共に償う……」
 天菜が福島にそう促すと、福島は先程の消沈気味の表情から一変し、怒りに満ちた表情になった。
 「罪を償うだと!?ふざけるなっ!!」
 そう叫ぶと、福島は銃口を縁に向けた。
 「新井場ぁ!!貴様さえこの村に来なければっ!!」
 福島の錯乱した様子を見て、縁は反射的に身構え、有村と今野も福島を取り押さえようとするが、少し距離がある。
 福島が引き金に力を込める……。
 縁は撃たれると、本能的に察知した。
 「チッ……」
 桃子も縁に向かって叫ぶ。
 「縁っ!!逃げろ……」
 ……パーンッ………桃子の叫びも虚しく、銃声が響いたが……。
 縁に弾が命中することはなかった。
 縁は目の前の光景に目を見開いた。縁の視線の先……縁の前には、天菜が両手を広げて立っていた。
 縁は急いで天菜に駆け寄った。縁が駆け寄ったと同時に天菜は、縁の腕の中で崩れ落ちた。
 福島も天菜の予想外の行動に呆然とし、そしてすぐに有村と今野に、取り抑えられた。
 桃子は縁と天菜に駆け寄り、縁の安否を確認した。
 「縁っ!怪我はっ!?」
 縁は天菜を膝と腕で抱えて、桃子に答えた。
 「俺は大丈夫……でも……」
 桃子が天菜に視線を移す。
 「くっ!」
 天菜は胸の下から血を流しており、白い天菜の衣装は深紅に染まっていた。
 その様子を見て桃子は叫んだ。
 「警視殿っ!救急車だっ!急げっ!」
 縁は苦い表情で天菜に言った。
 「何故かばった!?」
 天菜は薄目で言葉を振り絞った。
 「ふぅ……くふぅ……き、君は……ふぅ……し、死ぬべぎで、は……」
 呼吸もままならない、天菜の様子に縁は言った。
 「呼吸が……肺がやられている……」
 「わ、わた、しは……ふぅ……」
 縁は天菜に言った。
 「もういいっ!喋るなっ!」
 すると天菜は血だらけの手で、縁の手を握った。
 「ふぅ……うぅ……いいんだ。もう……たす、助から……ない……」
 「おいっ!……」
 「さ、祭壇……下を……」
 「祭壇?……」
 「あり、が……とう………………」
 天菜はぐったりとした。縁はそんな天菜に懸命に声を掛ける。
 「おいっ!おいっ!目を開けろっ!おいっ!」
 桃子はそんな縁を黙って見ている。
 縁は黙ることなく、天菜に声を掛けた。
 「おいっ!償うんだろ!?死んじまったら……償えねぇだろっ!」
 縁の声は天菜に届く事なく、ただ山中にこだました。




 ……3日後…喫茶風の声……




 窟塚村の事件から3日後、縁と桃子は無事に百合根町に帰ることができ、二人の行き付けの喫茶店、風の声でアイスカフェを飲んでいた。
 縁はストローでアイスカフェを啜りながら、呟いた。
 「やっぱり……ろくな目に会わなかったよ……」
 桃子は憮然とした表情で言った。
 「全くだ……インチキ教祖の秘密を暴くつもりが、大麻畑を見つけてしまうとは……」
 縁は冷たい視線を桃子に向けた。
 「そういう事を言ってるんじゃないよ……。桃子さんと出掛けるとろくな事がないって、言いたいんだよ……」
 桃子はムッとした表情で言った。
 「私の責任じゃないだろ?事件が私を呼んでいるんだ」
 縁は呆れ気味に言った。
 「また始まった……」
 桃子は話を変えるように言った。
 「それにしても……天菜があんな物を書いていたとはな……」
 桃子の言葉に縁は感慨深い表情になった。
 事件が終息した後、縁は天菜の言葉に従い、社の祭壇の下を調べた。
 調べるとそこには、一冊の日記帳があり、そこにはこれまでの天菜の葛藤の日々が綴ってあった。
 心に傷を持つ者のために、あの村を作り細々とやっていたが、いつからか規模が大きくなっていき、村長の福島が大麻の栽培に手をつけてしまった。
 日記の後半には、縁や桃子の事や、風間や東といった、村の住人の事等も綴ってあり、自分が村を去った後は、風間に全て任すような事も、日記には綴ってあった。
 縁は言った。
 「暴走していく村長の福島を、止めてほしかったんだろな……」
 桃子が言った。
 「殺人を犯してまで、自身の地位を守りたかったようだが……私には理解できん」
 二人は暫し沈黙し、店主の巧がその様子を伺っていると、店に有村がやって来た。
 有村は店に入るなり、巧に言った。
 「マスター……アイスコーヒーちょうだい」
 巧は笑顔で答えた。
 「いらっしゃい、警視さん……。アイスコーヒーね、ちょっと待ってね」
 縁は有村に言った。
 「またサボリか?有村さん……」
 有村は苦笑いした。
 「そんな言い方するなよ……結局、休暇返上だったんだよ、喫茶店でコーヒーくらい飲んでも、バチは当たらないよ」
 そう言うと有村は縁の横に座り、縁にある事を伝えた。
 「縁の言った通り、福島が横瀬のバックアップデータを持っていたよ。肌身離さずね」
 縁は愛想なしに言った。
 「だろうね……」
 有村は言った。
 「供述は今のところ、スムーズにいってるけど、バックアップデータは物的証拠になるからね」
 桃子が言った。
 「しかし何故隠さないで、肌身離さず持っていたのだ?」
 縁が言った。
 「隠したり、捨てたりしたら、誰かに発見されるかも知れないからな……だったら肌身離さず持っていた方が、リスクは少ない」
 有村が言った。
 「あれにはバッチリ大麻畑と、プレハブ小屋の中が写っていたからね……」
 縁が言った。
 「それより、マスコミ対策は?」
 有村は笑顔で言った。
 「心配いらないよ……今回の事件は捜査員も最小限だったからね……マスコミに漏れる事はないよ」
 桃子が有村に言った。
 「で……彼女の容態は?」
 有村は言った。
 「窟塚天菜の容態は、順調に回復に向かっているよ」
 有村がそう言うように、天菜は死んでいなかった。あの後救急車が到着し、天菜は病院に直行し、奇跡的に一命をとり止めたのだ。
 縁が有村に言った。
 「そうか……よかった。ところで風間さんは?」
 「風間翔は、あの村に留まるようだよ……桃子ちゃんの説得が効いたみたいだね」
 天菜が生死をさ迷う事態になり、風間は意気消沈していたが、桃子が渇を入れた。
 意気消沈している風間に対し、桃子は胸ぐらをつかんで「天菜に恩返しするのは……今だろっ!」と、勢いよく怒鳴り付けたのだ。
 その後我に帰った風間に対して、桃子はいつもの包容力で風間を丸め込んだ。
 縁はその時の様子を思い出して、少しニヤリとした。
 「確かに……でも、あれは説得と言うより、脅しだぜ」
 桃子はムッとした表情で言った。
 「仕方がないだろ……あの場合、渇を入れてやらないと」
 有村が言った。
 「しかしこれからが大変だよ……あの村は……」
 風間と村人達が、共に笑顔で野良仕事を行う様子が、縁の脳裏に甦った。
 これから天菜は罪を償い、村には戻れないが、あの笑顔を絶やさなかったら大丈夫だ。
 縁は言った。
 「大丈夫だよ……確かに、大変かも知れないけど……」
 縁は背筋を伸ばし「ふぅ……」と、息を吐いた。
 「天菜から卒業して、また一から理想の村を作れるよ」
 時刻はもうすぐ午後5時になろうとして、少し肌寒さを感じる。
 縁は秋の始まりを、肌で感じ、そして思った。
 窟塚村の人々にも良い秋が訪れるようにと……。

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