天才・新井場縁の災難
②
 ……午前9時……
 窓から差す日差しで、縁は目覚めた。本日も天気がよさそうだ。
 昨夜は結局桃子がベッドで就寝し、縁は床に布団を敷きそこで眠る事になった。
 縁は起き上がって背中をさすった。
 「背中が痛い……」
 桃子が寝ているベッドを見ると、桃子の姿はなく、もうすでに起きているようだ。
 すると、洗面所から桃子が出てきた。
 「縁……起きたのか……昨日はぐっすり眠れたか?」
 縁は背中をさすり、苦笑いしながら言った。
 「はっ……おかげさまで……」
 桃子は背中をさする縁を、気にする事なく言った。
 「そうか……。さっさと顔を洗え……朝食に行くぞ」
 縁は洗面所に向かい顔を洗いに行った。すると、部屋の方から桃子の声がした。
 「今から着替えるからな……見たければ見てもいいぞ」
 縁は少し顔を赤くした。
 「バッ、バカ言うなっ!誰が覗くかっ!」
 「ははは……照れるな」
 「照れてねぇよっ!それより、俺の着替えを洗面所に持ってきてくれ」
 「何だ?部屋で着替えればいいだろ……」
 縁は言葉を失い、黙ってしまった。
 桃子は言った。
 「私は気にしないぞ」
 縁は声を荒げた。
 「俺は気にするよっ!」
 結局縁は、桃子に着替えを洗面所に持ってきてもらい、そこで着替えた。
 準備が終わり、2人は食堂へ向かった。
 食堂に向かう道中、桃子は縁にからかい半分で話しかけた。
 「あれぐらいの事で照れるとは……まだまだガキだな」
 縁は不機嫌そうに言った。
 「うるせぇよ……」
 桃子は口を尖らせた。
 「しかし、お前と私の仲だろ……着替えくらいいいではないか……私のファンが知ったら、羨ましがるぞ」
 「それが一番面倒なんだよっ……それに……」
 「うん?……それに、何だ?」
 縁は言いかけた言葉を飲み込んだ。
 「いや……なんでもない……」
 縁は「意識してしまう」と言いそうになった。しかし自分でも何故だかわからないが、その言葉を飲み込んだ。
 そうこうしているうちに、食堂に到着した。食堂には有村がすでにおり、他には風間しかいなかった。
 有村は2人に気付き声を掛けた。
 「おはよう二人とも……眠れたかい?」
 縁は苦笑いして言った。
 「床で寝たからな……背中が痛いよ……」
 有村はニヤニヤしながら言った。
 「ベッドで仲良く寝ればよかったのに……」
 縁は呆れて言った。
 「アホか……。それより、横瀬はいないようだけど……話しは聞けたのか?」
 有村は両手を広げて言った。
 「それが……知らぬ存ぜぬの、一点張りさ……」
 諦め顔の有村に縁は言った。
 「大方の予想通りだな……。で、警察は?」
 「後、1時間程で来ると思うけど……これからが大変だね……」
 桃子が言った。
 「どうしてだ?」
 縁が言った。
 「今は金尾が死んだ事が村に回っていないけど……警察が来たら嫌でもわかるからな……」
 有村が言った。
 「なるべく混乱を避けるために、鑑識も含めて、少数で来るように指示したけど……あまり意味はないと思うね……」
 縁は言った。
 「まぁ、仕方ないか……」
 有村は二人に聞いた。
 「で、お二人さんは……これからどうするの?」
 桃子が答えた。
 「縁と村を回る……気になる事があるらしい……」
 「気になる事が?なんだい?」
 縁は言った。
 「たいした事じゃない……」
 有村はニヤリとして言った。
 「たいした事……な、わけないでしょ……縁が気になるんだから……」
 縁は有村に言った。
 「トリックのタネ探しさ……」
 「トリックのタネ?」
 「俺が気を失った理由は必ずあるはずだ。そのタネ探しだよ」
 有村は少し慌てた様子で言った。
 「おいおい……それと大事だけど、事件の捜査も協力してくれよ」
 縁は呆れて言った。
 「高校生に何を言ってんだ……」
 有村はニコニコして言った。
 「謎を解くのに、大人も高校生も関係ないよ」
 「勝手な事をいうなよ……。でも、心配するな、捜査には協力する。それに、タネ探しが捜査協力になるかもだぜ……」
 「どう言う事だい?」
 「それは後のお楽しみ……」
 有村は釈然としない感じで言った。
 「縁……その勿体ぶった態度をとるのは、感心できないよ……」
 縁はすぐさま有村の指摘を否定した。
 「別に勿体ぶってる訳じゃないよ……確証のない事をベラベラ話したくないだけだ」
 有村は心配そうに縁を見た。
 「それならいいけど……無茶は止めてくれよ……」
 縁は呆れて言った。
 「捜査協力をしろって、言ってんのにか?」
 有村はしれっと話を変えた。
 「この漬け物美味いよ……味噌汁も最高だ」
 有村は漬け物をポリポリかじり、味噌汁をすすって、満足そうな表情をしている。
 縁は「この人も俺の平穏な生活を妨害している」と思ったが、口には出さなかった。
 美味しい朝食を終えた3人は、それぞれの行動を開始するために、別れた。
 縁と桃子は村の調査に、有村はこれからやって来る警察の対応にと、それぞれ別れた。
 宿舎から外へ出た縁と桃子は、清々しい朝の太陽に心を癒された。
 桃子は両腕を上げて背筋を伸ばしている。
 「う~ん!清々しい朝だな……天気が良くてよかった」
 縁もそう感じたのか、桃子に同調した。
 「ああ……良い天気だ。気持ちいい朝だよ」
 桃子は体を伸ばすのを止めて、縁に言った。
 「それで……何処へ行くんだ?」
 縁は言った。
 「社に行く……」
 社は村の最奥……突き当たりにある建物で、縁が初めて天菜に会った場所だ。
 桃子は言った。
 「社か……中を調べるのか?あの村長が調べさせてくれるとは……思えないが」
 「外観だけでいい……」
 桃子は怪訝な表情言った。
 「外観を?何故だ?」
 「俺の考えだと、必ずある物があるはずだ」
 桃子はますます理解できない表情だ。
 「ある物?」
 縁は桃子の反応に満足したのか、少しニヤリとして言った。
 「行ってからのお楽しみさ……行こうぜ」
 縁と桃子は社に向かった。
 目的地に到着した二人は、社を見上げた。相変わらずシンプルな造りをしている。
 縁は社の正面から側面と、順番に観察していく。各面の下から上まで丹念に観察をし、そして呟いた。
 「やっぱり……社を囲うように、ダクトがある……」
 縁が言うように、社の上部にはダクトのような物があり、それは社を囲うように備え付けてあった。
 桃子は縁に言った。
 「確かにダクトのようだが……それがどうした?」
 縁は桃子の問いに答える事なく、社の裏側に向かい、桃子もそれを追った。
 社の裏側に行くと、高さが1m程の大きな四角い機械があった。
 縁は機械を触りながら言った。
 「ファンが付いているな……これで風を送ってるのか……なるほどな……」
 桃子は言った。
 「一人で納得するなよ……」
 縁は不敵に笑った。
 「ククク……タネはわかった。後は……物だな……」
 桃子は怪訝な表情で言った。
 「さっきから何を言っている?説明してくれ」
 縁はニヤリとして言った。
 「この機械とダクトを使って、中に風を送っているのさ……しかも換気機能も付いている」
 「だから何なんだ?」
 桃子は釈然としない感じだ。
 縁は言った。
 「簡単に言うと、これを使って俺を気絶させたんだよ」
 桃子はますます理解できない感じだ。
 「さっぱりわからん……」
 縁は言った。
 「金尾と横瀬が、何の目的でこの村に来たのか……少し見えてきたよ。さぁ……次へ行こうぜ」
 「次に?何処へ?」
 縁は村の畑の方角を指差した。
 「村の東側さ……畑と東宿舎の裏側は森になっている。そこへ行く」
 「森へ?」
 「ああ……何かありそうだろ?」  
 桃子は呆れて言った。
 「勘か?」
 縁は口角を上げた。
 「半分はね……」
 縁は社を離れ、村の東側に向かった。桃子は釈然としないまま、縁の後を追った。
 畑に近づくと、畑仕事をしている数人の村人の確認ができた。畑仕事をしているのは数人の男女の老人たちだった。
 すると、近付いてくる縁と桃子に気付いたのか、男性老人の一人が、二人を指差した。
 桃子はそれに気付いて、縁に言った。
 「私たちの事を……何か言ってるみたいだぞ」
 「何だろ?」
 桃子はニヤリとして言った。
 「縁が天菜に、豪快な啖呵を切ったから……怒っているんじゃないか?」
 縁は憮然とした表情で言った。
 「何でニヤニヤしてんだ」
 そうこうしているうちに、男性老人が二人に声を掛けた。
 「ちょっとあんたら……」
 桃子が答えた。
 「何だ?」
 男性老人は特に怒った様子はない。
 「あんた、この前……天菜様にコテンパンにやられた人でねぇか……」
 男性老人のストレートな言葉に、桃子は愕然とした。
 「コッ、コテンパン?」
 縁は桃子の様子を見て、ニヤニヤしている。
 男性老人は続けた。
 「仕返しに来たのかい?」
 桃子は言葉にならず、震えている。
 男性老人は言った。
 「止めとけ止めとけ……また恥じかくぞ」
 男性老人の一言に、畑にいる他の老人達が笑いだした。桃子は完全にバカにされている。
 桃子は怒りと情けなさが、入り交じった表情で縁を見た。
 「縁ぃ………」
 縁は呆れて言った。
 「情けない声を出すなよ……」
 すると、縁が老人達に言った。
 「ちょっと聞きたいんだけど……」
 女性老人が言った。
 「なんだい?」
 「この奥の森って、入れるの?」
 縁が森を指差して言うと、女性老人は答えた。
 「山道はあるけど……立ち入り禁止だ」
 「立ち入り禁止?」
 「猛獣が出るらしいぞ……儂らも入った事がねぇよ」
 猛獣という言葉に、桃子は少し怯えた。
 「も、猛獣が……」
 縁は老人達に言った。
 「わかった……ありがとう」
 縁は老人達の忠告を聞いたにも関わらず、森の方へと向かって行った。
 桃子は慌てて縁の後を追って、縁に言った。
 「おいっ!縁……聞いてなかったのか?猛獣が出るんだぞ!」
 縁は足を止める事なく、桃子に言った。
 「本気で言ってんのか?」
 桃子は目を丸くして言った。
 「本当ではないのか?」
 縁は呆れて言った。
 「何だよ……ビビってんのか?」
 桃子は明らかに動揺して言った。
 「ビ、ビビってるだと?……こ、この私がか?」
 「動揺を隠せてないぞ……とにかく近くまで行ってみようぜ」
 縁は動揺している桃子を、気にする事なくスタスタ歩いて行った。
 「ちょっ……縁、私を置いていくなっ!」
 桃子は情けない声を出しながら縁を追った。
 畑と宿舎の間の道は、車が1台通れる程の広さで、それをしばらく歩くと、老人達が言っていた山道が見えてきた。
 しかし山道の入口には、高さが2m程の木製のバリゲートがあり、立入禁止の札が立ててあった。
 山道の入口前は少し広いスペースがあり、そこから山道の様子を二人は伺った。
 縁の後ろに隠れながら、桃子は山道の様子を見ながら言った。
 「いかにも……何か出そうだ……」
 桃子が言うように、山道には森林の影が掛かっているので、薄暗く感じ、どこか薄気味悪い。
 縁は気になる事なく言った。
 「考え過ぎだよ……行こうぜ」
 縁が山道に向かおうとすると、桃子が慌てて言った。
 「い、行くって……先に進むのか?」
 「当たり前だろ?……今更何を言ってんだ?」
 「縁……老人達が言っていた事を忘れたのか?……猛獣が出ると言っていたぞ」
 縁は呆れて言った。
 「何を言ってんだ……んなもん、出るわけねぇだろっ……」
 縁は桃子の制止も聞かず、バリゲートをよじ登り山道に入ろうとした。
 すると、背後から男性の声がした。
 「そこは立入禁止ですよ……」
 縁が声に反応して振り向くと、村長の福島が立っていた。
 よじ登っている最中だった縁は、さすがにバツの悪そうな表情になった。
 福島はバリゲートにしがみついている縁に言った。
 「危ないから降りて来なさい……」
 縁は軽く「チッ」と舌打ちをして、仕方なく降りることにした。
 すると、降りている最中に山道に棒状の跡があることに、縁は気付いた。
 「うん?何だこの跡は?」
 山道には棒状の跡が、約1m半程の感覚で、山道の両端に1本づつあり、山道の奥へ続いていた。
 縁がその跡に見とれて、動きを止めると、福島は縁を焦らすように言った。
 「何を固まっているのです?さっさと降りて来なさい」
 福島そう言われると、縁はようやく下に降りた。
 縁が降りると、福島は二人に問いただした。
 「で……こんな所で何を?」
 縁はしれっと言った。
 「村を見学していたら、ここに出てきたんだよ……そしたら、こんなところに山道があったからさ……」
 福島は呆れて言った。
 「立入禁止の札が見えなかったのですか?」
 縁は薄ら笑いをしながら言った。
 「はは……好奇心が旺盛なもんで」
 福島は言った。
 「その好奇心で命を落とすこともあるのですよ……この山道は猛獣がでますからね」
 桃子は福島の「命を落とす」という言葉と表情に、少し身震いをした。
 しかし桃子とは対照的に、縁は福島に対して相変わらず挑発的だ。
 「猛獣……本当にそんなものがいるのかな……」
 福島は縁を少し睨んだ。
 「何が言いたいのです?」
 縁はニヤリとして言った。
 「別に……ただそう思っただけさ……」
 すると一触即発の二人の間を、桃子が割って出た。
 「すまん、村長……すぐこの場を離れる……だから今回は見逃してくれ」
 すると福島の表情は元通り柔らかくなった。
 「わかって頂ければ……我々も客人に怪我でもされたら困りますから……」
 桃子は福島に「それでは」と一言に言って、縁を連れて元来た道を戻った。
 しばらく歩き、山道の方を振り向くと、福島はまだ二人の方を見ていた。
 縁は桃子に言った。
 「何であんなに卑屈になるんだよ?桃子さんらしくねぇぞ」
 桃子は言った。
 「私は……猛獣や不気味な所が……」
 桃子は何故か躊躇っている。
 縁は怪訝な表情で言った。
 「何だよ?……」
 すると桃子は意を決したように言った。
 「苦手なんだっ!」
 縁は桃子の突然の告白に目を丸くしている。凶悪犯を殴り飛ばすくせに、猛獣はともかく、オカルトが苦手という、ギャップに縁は少し可笑しくなり呆れた。
 縁は頭を抱えて言った。
 「まだそんな事を言ってんのか?」
 「怖いものは怖いんだ……」
 縁は呆れて言った。
 「安心しな……猛獣なんていないよ」
 縁にそう言われても桃子は引かない。
 「どうして……そう言える?見るからに不気味で何か出そうではないか……」
 「本当に猛獣がいたら、あんな木製のバリゲートじゃ、防ぎ切れないよ……」
 桃子は少し怯んで言った。
 「うっ、確かに……」
 縁は続けた。
 「それに山道に、棒状の跡が2本あった。あれはリヤカーか何かの後だよ」
 桃子は目を丸くして言った。
 「リヤカー?」
 「つまりあの山道は、人が何かの目的で往き来している事になる」
 すると畑を抜けて、村の中心に着いた頃に、桃子の表情は怒りに満ちた。
 「おのれぇ……この私を騙すとは、あの村長いい度胸だ」
 桃子は拳を握りしめている。
 縁は呆れて言った。
 「ちょっと考えればわかるだろ……。でも、やっぱこの村は何かあるぜ」
 すると村の入口付近に、ワゴン車とセダン車が現れた。おそらく警察車両だろう。
 縁は口角を上げた。
 「警察の到着か……面白くなってきた」
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