天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

 港には警察や救急隊、消防隊と様々な団体が到着していた。
 有村の姿も港にあった。
 有村は炎上しているQueensshipを見て言った。
 「何故爆発した?爆弾犯はさっき捕らえたぞ……」
 有村の言う通り、爆弾犯は先程無事に逮捕された。予想通り海上保安庁の巡視船に潜んでいたのだ。
 すると所轄の今野刑事が有村に言った。
 「警視っ!乗客、船員はほぼ無事に脱出したようですっ!」
 有村は今野に言った。
 「今野君……縁と桃子ちゃんは?」
 今野はバツの悪そうな表情で言った。
 「確認は……出来ていません……」
 有村は先程から縁と桃子の携帯に何度も電話をしているが、一向に繋がらなかった。
 すると一人の刑事が有村に言った。
 「警視っ!救急ボート回収は全て終了したとの事ですっ!しかし……」
 有村は言った。
 「しかし……何だ?」
 「乗客2名と船長は未だ……船に……」
 有村は悟った……乗客2名が縁と桃子だと。
 有村は言った。
 「そうか……。引き継ぎ海上保安庁と海上自衛隊と連携し、事後処理に当たってくれ……」
 有村は険しい表情をした。
 「縁……桃子ちゃん……」
 すると有村に付いてきた、麦藁帽子の少女が言った。
 「ミスターアリムラ、出て来た救命ボートは全て手ごき式でしたか?」
 有村は言った。
 「そうだけど……それが?」
 少女はニヤリとして言った。
 「まだ諦めるには早いかもしれませんよ……」
 有村は言った。
 「しかし……船は時期に沈む」
 有村の言う通り、炎上した船は真っ二つに割れて沈んで行く……沈みきるには最早時間の問題だった。
 少女は表情を変えずに、ニヤリとして呟いた。
 「彼なら……必ず脱出する……エニシなら活路を見いだせるはず」
 すると、炎上した船に変化があった。
 船の後尾から何かが出て来た。
 それに有村は反応し、持っていた双眼鏡で確認した。
 「あれは……ボートだ!エンジン式のボートが1隻出て来たっ!」
 ボートに乗っていたのは、縁と桃子そして、気を失った神田だった。
 ボートを操縦していたのは縁だった。
 桃子は風になびく綺麗な髪を手で抑えながら言った。
 「縁っ!よく操縦ができたな!」
 縁は言った。
 「ジジイに散々やらされたんだよ!」
 「しかし、間一髪だったなっ!」
 「ああ……神田船長が非常口の鍵を持ってなかったらアウトだったぜ……桃子さんの運が、俺たちに活路を与えてくれたのかもなっ!」
 縁達は操縦室を出て1層目に降りることなく、2層目に通路をワゴンを押し、F区間を目指し駆け抜けた。
 そして、神田のポケットから非常口の鍵を取り出し、ワゴンを捨てて、縁と桃子が神田を担ぎ、階段を駆け降り……非常口の奥にあったエンジン式のボートで船から脱出した。
 すると、気を失った神田が目を覚ました。
 「うっ……わ、私は……」
 桃子は神田に言った。
 「気が付いたか……」
 「小笠原様……ここは?」
 「脱出用のボートの上だ……操縦は縁がしている」
 神田は起き上がり、その場で座り込んだ。
 「私は……死ねなかったのですね……」
 桃子は言った。
 「私は……余計な事をしたとは、思っていないぞ」
 神田はボートに積まれている絵を発見した。
 「この絵も……持ってきてくれたのですね」
 「大事な物なのだろ?」
 絵に描かれた子供はとても穏やかな表情で笑っていた。
 桃子は言った。
 「私にはその絵の子供は笑っているように見えるが、今の貴方に……その絵の子供は笑っているように見えるか?」
 神田は桃子の言葉に目を見開いた。
 桃子は言った。
 「私は……貴方の子供は知らない……だが……今の憎しみに支配された貴方を、笑って見てくれるか?」
 神田は下を向いている。
 桃子は言った。
 「生きろ……死んでいった家族と……貴方が殺した者の分も……」
 神田は下を向いていたが、泣いているのはわかった。
 風の音で泣き声は聞こえなかったが……神田は声を出して泣いていた。
 一方港では縁と桃子の安否を確認した有村が、縁と桃子の乗ったボートが帰還するのを待っていた。
 すると少女が言った。
 「ミスターアリムラ……私はこれで」
 「もう行くのかい?縁には?」
 「会う必要はありません……今回の任務は終了しましたので……」
 有村は畏まり少女に言った。
 「この度は御協力ありがとうございました……貴方の言う通り、指摘されたポイント5箇所で紅い爪の工作員の確保も、なんとかできました」
 少女は言った。
 「もっとも、私の標的はいなかったようですが……今後もいい関係を継続し、捜査協力をしていきましょう……では……」
 そう言うと少女は黒塗りのセダン車に乗り去って行った。
 そばにいた今野が言った。
 「FBIの捜査官と聞いてましたが……若すぎますね」
 有村は言った。
 「あの実力なら、年齢は関係ないよ……しかし」
 今野は言った。
 「なんだか縁君みたいですね……」
 有村は思った。
 縁みたいと言うよりは……まるで縁そのものだと……。
 有村は呟いた。
 「彼女はいったい……」
 すると、縁の操縦するボートは肉眼でも確認できる程に近づいてきた。
 有村は言った。
 「縁達が戻ってくるぞ!受け入れ準備だ!」
 今野は敬礼した。
 「はっ!」
 間一髪船から脱出した縁と桃子は、無事に港に到着した。
 到着した縁と桃子は有村と今野に出迎えられた。
 有村は言った。
 「縁、桃子ちゃん……よく無事でいてくれた」
 縁は言った。
 「今回はさすがにヤバかったよ」
 「無茶させて、悪かったね」
 桃子は言った。
 「まぁ……私のおかげて脱出できたような物だ」
 縁は言った。
 「よく言うぜ……何も考えないで乗り込んで来たくせに……」
 桃子は少し膨れて言った。
 「そんな言い方をしなくても……」
 縁は微笑んだ。
 「でも……サンキュー……桃子さん」
 桃子は目を見開き少し頬を赤くして、後ろを向いて言った。
 「わわ、私は、と、当然の事を……した、したまでだ……」
 そんな桃子を見て、縁と有村はニヤニヤした。
 有村は言った。
 「柄にもなく照れてるよ……」
 すると縁の目に警察に連行されて行く、神田の姿が写った。
 縁と桃子は神田のところへ行った。
 縁は言った。
 「神田船長っ!」
 神田は立ち止まり、縁と桃子を見た。
 神田の表情はどこか穏やかで、解放された感じがあった。
 縁は絵を神田に渡した。
 「これを……」
 神田は手錠で拘束された手で、絵を受け取った。
 「ありがとうございます……」
 桃子は神田に言った。
 「笑ってるように……見えるか?」
 神田は目に涙を浮かべて言った。
 「はい……笑ってくれています」
 神田は連行され、縁と桃子はそれを見送った。
 桃子は言った。
 「終わったな……」
 縁は頭をかいた。
 「散々な船旅だったよ……」
 桃子は少し笑った。
 「フッ……私達らしくて、いいではないか……」
 縁は溜め息をついた。
 「はぁーっ、確かに……飽きない夏休みだったけど……普通に楽しみたかったよ」
 桃子は言った。
 「そう言うな……何か食べに行こう……お腹が空いた」
 縁は呆れて言った。
 「ほんとにたいした人だよ、桃子さんは……」
 桃子は笑って言った。
 「今さら何を言ってる……それより、何故あれが船長の子供の絵だとわかった?」
 「それは……一緒だったからさ」
 「一緒だった?」
 「ジジイが……家族写真を見ている時の目と、同じだったんだ……」
 桃子は意味深な表情で縁を見た。
 縁は縁はそれに気付いて、話を変えた。
 「それじゃあ……帰りますか……腹も減ったしね」
 こうして縁と桃子の船旅は終わった。
 熱くて永い船旅の1日が……終わった。




……翌日午後…喫茶店風の声……




 店内のテレビでは昨日のQueensship爆破事件の和大で持ちっきりだ。
 紅い爪爆破事件をカモフラージュした、現金輸送車の強奪計画を画策していたと、報道番組で伝えられていた。
 店主の巧はテレビを見ながらニヤニヤしている。
 縁はそんな巧を見て怪訝な表情言った。
 「何をニヤニヤしてんだ?」
 巧は嬉しそうに言った。
 「いや、面白過ぎでしょっ!いつも事件に巻き込まれてるけど、まさかこんな大きな事件まで……」
 「笑い事じゃねぇよっ!これで俺の夏休みはパアだっ!」
 巧は言った。
 「俺……思うんだけどさ……先生が事件を呼んでるんじゃなくて、縁が呼んでんじゃないの?」
 縁はカウンターにおでこを付けた。
 「んなわけねぇだろ……目立たないようにしてんのに……」
 とは言ったものの、縁もそれは感じていた。桃子ではなく、もしかしたら自分が事件を呼んでいるのではと……。
 縁は首を横に振って呟いた。
 「いやっ!ないないっ!それはないっ!」
 その時店に客が来た。
 巧は言った。
 「あっ、先生……いらっしゃい」
 店にやって来たのは桃子だった。
 桃子は店内のテレビを見て、上機嫌になった。
 「マスター、見たか?」
 巧は笑顔で言った。
 「もちろんっ!」
 桃子はニヤニヤしながら言った。
 「私の機転でこうして縁は無事に、マスターの作るアイスカフェを飲む事ができるのだ」
 縁は呟いた。
 「よく言うぜ……」
 巧は言った。
 「でも先生……これでますます有名になったね」
 桃子は胸を張った。
 「有名作家の宿命だな……」
 縁は呟いた。
 「俺は波乱を背負う宿命だ……」
 桃子は縁に言った。
 「さっきから何悲観的な事を言っている?」
 縁は言った。
 「帰国してもう2年……ジジイから解放されて……やっと普通の生活が多少できると思ったのに……」
 縁は立ち上がり力説した。
 「事件ばっかじゃねぇかっ!京都旅行も、船旅も……事件だった。あげくに船は爆発しちまうし、散々だよ」
 桃子は言った。
 「刺激的でいいじゃないか……」
 縁は言った。
 「刺激はくさる程感じてきた……」
 巧が言った。
 「つまんないよりましだろ?何も無いより何かあるほうが……いいんじゃない?」
 桃子が言った。
 「そんな刺激を求める縁に朗報だ」
 縁は言った。
 「話を聞いてたのか?俺は刺激を求めていないっ!」
 桃子は構わず言った。
 「これから昨日の事件の事で取材がある……縁も付いてこい、先方にはもう言ってある」
 縁は言った。
 「めんどくさいうえに、刺激も関係ねぇだろっ!」
 桃子は聞く耳を持たない。
 「時間が無い……行くぞっ!それに言ったろ?私とお前は運命共同体だと……」
 桃子は縁の手を引いた。
 手を引かれた縁は呟いた。
 「災難だ……」





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