天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

海上攻防戦 前編①

……喫茶店風の声……


夏休みも後10日で終わり、新しい生活が始まる。
 夏休みが終わるからといって、この暑苦しい日々がすぐに終わるわけではない。
 外は相変わらずの猛暑だった。
 縁はいつものカウンター席でいつものアイスカフェを飲んでいた。
 時刻は午後2時を回ったところで、客は縁しかいない……。
 暇そうにしている店主の巧が縁に言った。
 「夏休みも……もう終るな……」
 縁は方肘をついて、愛想無しに答えた。
 「うん……そうだね……」
 巧はニヤニヤしながら言った。
 「で、縁君は……普通の高校生の夏休みを、満喫出来たのかな?」
 巧の嫌味に縁は答えた。
 「白々しい……」
 「やはり君には普通の生活は出来ないんじゃないのかね?」
 縁は頭を抱えた。
 「こんなはずじゃなかったのに~!帰国して2年……やっと事件だの、何だのに解放されたと思ったのに……」
 巧は言った。
 「ずっと聞きたかったんだけど……縁、お前……向こうでどういう生活してたの?」
 「一つ言えるのは……普通の少年の生活では無かったよ……クソジジイのおかげで……」
 「縁のじいさんって……何者だ?」
 縁は顔を歪めて言った。
 「ただの不良ジジイだよ……」
 すると店の扉が開いて、客が一人来た。
 縁は振り向かず言った。
 「普通の生活を送れない、原因の一つが来た……」
 縁の言う原因の一つとは……桃子だった。
 桃子は縁の隣に座り、巧に言った。
 「相変わらず暇そうだな……店、潰れるんじゃないのか?」
 巧は苦笑いをして言った。
 「ほっとけっ!……んで、注文は?」
 「アイスカフェ……」
 桃子は縁に言った。
 「縁……暇そうだな……」
 縁は嫌な予感がしたので、忙しいふりをした。
 「いやっ、暇じゃないよっ!忙しいよ……」
 桃子は顔をしかめた。
 「そうか?忙しいのに何故ここにいる?」
 「えっ?いや……忙しいから気分転換でここに……」
 すると巧が桃子のアイスカフェを持ってきて、桃子に言った。
 「先生……縁のやつ夏休みを満喫してないんだって……」
 縁は焦った表情で言った。
 「ちょっ……たっくんっ!」
 桃子はそれを聞いてニヤリとした。
 「何だ縁……それならそうと早く言えっ!良い物を持ってきたんだ……」
 巧はゲラゲラ笑って、縁は頭を抱えている。
 桃子は何かのチケットを1枚出した。
 桃子は言った。
 「健全な高校生が夏休みを満喫していないのは……不憫だ……」
 縁はボソッと言った。
 「あんたのせいでも、あるんだけど……」
 桃子は構わず言った。
 「それでだっ!そんな不憫な高校生……新井場縁にプレゼントを持ってきたのだ!これを見ろっ!」
 桃子はチケットを縁に渡した。
 縁はそれを見て言った。
 「何だ……『Queensshipクイーンズシップ日帰り豪華クルーズ』」
 桃子は言った。
 「日帰りの船旅だ……」
 「それはわかってるよ……」
 「縁には世話になってるからな……」
 縁は言った。
 「チケットって……1枚だけか?」
 「そうだ……残念ながら1枚しか貰えなかったのだ……」
 桃子は残念そうな表情をしている。
 縁は思った。
 桃子の表情からしてチケットは本当に1枚だけで、それを自分にくれると言っている……裏は無さそうだと……。
 しかし、チケットを1枚貰ったところで、一人でそんな所には……。
 縁は言った。
 「行きたいのは、やまやまなんだけど……いくらなんでも一人は……」
 桃子は言った。
 「どうして一人何だ?」
 「えっ、何でって……チケットは1枚だろ?」
 桃子は嬉しそうに言った。
 「安心しろ縁……裏を見てみろ……」
 「裏を?」
 縁はチケットの裏を見て読み上げた。
 「『このチケットは2人1組のペアでご利用頂けます』なるほど……って!?」
 桃子はニコニコしながら言った。
 「よかったな縁っ!夏休みの思い出が作れるぞっ!」
 縁は顔をひきつらせた。
 「は、はは……裏はあったのな……」
 縁と桃子は夏休み最後のバカンスへ、行く事となったが……。
 バカンスだけでは終わらないのが、この二人だ。
 縁は悪い事が起こらなければいいと、思っていた。




……クルージング当日……




 縁と桃子の二人は、桃子の車で目的地でもある太平洋側のとある港へ来ていた。
 車を近くのパーキングに駐車し、歩いて港まで向かった。
 空は快晴で、クルージングには絶好の天気だった。
 港に近づくにつれ、人が増えてきた。
 おそらく縁と桃子と同じ目的の人達だろう。
 広い港だったが、目的の船はすぐにわかった。
 港に船はそれしかなかったからだ。
 港にはその船の前にだけに、大勢の人が集まっていた。
 およそ40~50人程はいて、搭乗するのを今か今かと待ちわびている様子だった。
 だだっ広い港に、1隻の巨大な船……あれが目的の船『queensship』だろう……。
 船に近づくにつれその全貌は明らかになってきた。
 船はそんな40~50人を軽く乗せれそうなくらい大きい。
 全長はおよそ70~80mはあり、デッキは2層になっており、さらにラウンジも広い。
 見た感じは、レストラン船といった感じだろうか……150人程は容易に乗れそうだ。
 縁は思わず言った。
 「でかいな……」
 桃子も頷いた。
 「ああ……予想以上の大きさだ……」
 船の搭乗口を探していると、人が並んでいる所を発見した。おそらくそこで受付をし、船に搭乗するのだろう。
 縁と桃子はその列の最後尾に並んだ。
 家族連れやカップル、老夫婦、友達連れなど……様々な人が並んでいる。
 夏休みも終わりかけなので、皆が遊び納めに来ているのだろう。
 そして、受付の順番は縁と桃子に回ってきた。
 桃子はチケットを受付の女性に渡すと、1枚のカードキーとパンフレットを手渡された。
 カードキーに『2035』と記載されていた。おそらくこの番号が部屋番号だろう。
 二人は船に繋がる即席の階段を登り船の搭乗口に入った。
 中に入ると、女性スタッフがいて「矢印の方向にお進み下さい」と言った。
 スタッフの言うように、通路には大きな矢印が書かれており、縁と桃子は先に入った、搭乗客の後を追うように進んだ。
 しばらく進むと、1層目に繋がる階段が出てきて、それを上がった。
 すると、上がった先の通路にまたもや矢印が書かれており、それに従い進む……すると、やがて広いホールに出た。
 ホールはパーティー会場のように広く……中には入った搭乗客が40~50人程いて、それぞれ出港の時を待っていた。
 縁が言った。
 「凄い人の数だな……」
 桃子が言った。
 「一般運航は今日からのようだぞ……今日来ている客は、皆……裕福な者ばかりのようだ……」
 「桃子さん……チケットどこで手に入れたんだ?」
 「知り合いの作家の先生に貰った……」
 すると、全ての客の搭乗が完了したのか、一人の男性スタッフがホールにやって来た。
 男性スタッフはメガホンを手に、搭乗客全員に向かって言った。
 「それでは皆様っ!船が出港するまでの間……お部屋の方での待機を、お願い致しますっ!」
 ホールはざわざわしているが、男性スタッフは続けた。
 「出港致しましたら、船内アナウンスでご案内致しますので……先程、カードキーとお渡ししたパンフレットお読みになり、お待ちくださいっ!……なお、出港後は自由行動になります。ご不明な点がごさいましたら……部屋の内線にて、スタッフルームにお問い合わせ下さいっ!」
 桃子は言った。
 「自由行動か……それは良い……」
 最後に男性スタッフは言った。
 「それでは良い船旅を……」
 ホールにいた乗客達は解散した。
 別のスタッフが客室へ向かう通路を案内している……客室は船の2層目のようだ。
 縁と桃子も客室に向かった。




……客室2035号室……




 部屋に着いた二人は出港の時を待っていた。
 日帰りなので、軽い手荷物しか持ってこなかったが、用意された部屋に置いておけるので、二人にはありがたかった。
 桃子はパンフレットを見ながら言った。
 「旅客船とレストラン船の兼用のようだな……客室が70ある……」
 縁は部屋を見渡して言った。
 「この部屋もたいがいでかいぜ……スイートルームか?」
 桃子は言った。
 「広さと設備的にはミニスイートだな……スイートはもう少し広い50平方mはあるぞ」
 見渡した感じ……広さはおよそ30平方mはありそうだ。
 ベッドは2つ、テーブル、ソファーに冷蔵庫、クローゼットもある。
 縁は言った。
 「これでミニかよ……」
 桃子は窓際に立って言った。
 「景色も素晴らしい……天気も良いせいか、水平線がはっきり見えるぞ」
 縁も窓際に立って景色を見てみた。
 桃子の言うように、良い景色だった。これが雨だったら台無しになっていただろう。
 縁は言った。
 「俺らが出掛ける時は……天気には恵まれてるよな……」
 桃子は言った。
 「私は晴れ女だ……」
 「桃子さん……パンフレット見せて」
 桃子は縁にパンフレットを渡し、縁はそれを見て驚いた。
 パンフレットには食事の写真が載っており、ステーキに中華、寿司などの美味しそうな写真が数多く載っていた。
 そして、驚くことに……これらの飲食は全て、食べ放題の飲み放題だった。
 「すっげぇーっ!これ全部食べ放題かよ……」
 驚いている縁を見て桃子は言った。
 「ふふん……凄いだろ?来てよかっただろ?」
 縁は興奮気味だ。
 「すげぇよっ!すげぇよっ!……早く出港しねぇかなぁ……」
 縁は期待でいっぱいだった。
 すると、部屋に船内アナウンスが響いた。
 『まもなく出港致します……まもなく出港致します』
 縁が言った。
 「出港だってよ……」
 『出港の際に少し船内が揺れますので、ご注意下さい』
 するとしばらくして、汽笛が鳴り響いた。
 かん高い汽笛合図と共に少し船が揺れた。
 縁と桃子は体を足で支えながら、船が動くのを体感する……すると、船内アナウンスが鳴った。
 「出港致しました……出港致しました。皆様楽しい船旅をお楽しみ下さい……」
 乗客に、楽しみと癒しを与えるべく……船は出港した。
 縁と桃子も自然と気持ちが踊った。




……警視庁……




 険しい表情をした有村は、捜査会議室に集まった、大勢の刑事達に言った。
 「皆っ!聞いてくれっ!」
 有村の緊張感のある声に、刑事達は背筋を伸ばした。
 有村は続けた。
 「今朝……警視庁に、ある犯行声明が送られてきた……」
 有村の隣に座っていた刑事が言った。
 「犯行声明にはこうあった『豪華客船に爆弾を仕掛けた』と……」
 会議室はざわついた。
 有村は言った。
 「『船員乗客合わせて75人×1億……75億円を用意しなければ、船を爆破する』と……」
 会議室はさらにざわついた。
 「75億っ!?」
 「そんな無茶な……」
 「いったい誰が?」
 「いや、組織ぐるみだろっ!」
 有村は声を荒げた。
 「静かにっ!……爆弾が仕掛けられた客船は……」
 「queensship号だ……」





コメント

コメントを書く

「推理」の人気作品

書籍化作品