天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

夏の屋敷と過去からの贈り物③



 縁、桃子、瑠璃の3人は資料室で事件の資料と睨み合っていた。
 桃子が言った。
 「それにしても暑いな……」
 それもそのはずで、この真夏の真っ只中にもかかわらず、資料室の空調は故障中らしい。
 熱のこもりきった資料室は、窓を開けていても暑い。
 縁は言った。
 「資料は一通り目を通して、気になるところはリストアップしておいたから……外に出よう……」
 3人は資料室の窓を閉めて、外に出た。
 外に出ると入口で有村が3人を迎えた。
 「終わったかい?」
 有村がそう言うと、縁が言った。
 「有村さん……もう一つ頼みがあるんだけど……」
 「何だい?」
 「遺品の、血の付いた本を見てみたいんだけど……」
 「本?」
 「現場に残されていた、血の付いた本だよ……遺品のとしてあるはずだけど……」
 有村は言った。
 「う~ん……わかったよ調べておくよ……僕はもう本庁に戻らないといけないから……」
 縁は言った。
 「じゃあ、手に入ったら連絡してくれ……」
 「わかったよ……じゃあ、また……」
 そう言うと有村は本庁へと戻って行った。
 有村と別れた3人も百合根署を後にした。
 時刻は午後1時を過ぎた頃だったので、3人は昼食をする事にした。
 桃子は車を走らせて、適当なファミレスに入った。
 ファミレスに入った3人は、奥にちょうどテーブル席が空いていたので、そこに案内された。
 3人はオススメランチを注文した。
 縁は言った。
 「とりあえず、作治さんの身辺を調査していくか……」
 桃子が言った。
「身辺整理?」
 「ああ……資料にもあったけど、作治さんは亡くなる前に、家にあった高価な物などを売ったり……自分の会社まで売却してる……身辺整理をするように……」
 桃子が縁に言った。
 「自殺の可能性も考えられるぞ……」
 「俺もそれは考えたが……無理だよ……」
 「何故だ?確かに…傷は背中だが、不可能ではないだろ?」
 「刃渡りが短くて、傷が浅ければ出来ないこともないよ……でも、凶器は刃渡り30cmの包丁だ……。しかも刺された角度は上から下に向けて刺されている……自分のてを使って刺す事は不可能だよ」
 桃子は縁に食い下がる。
 「では、何かトリックを……」
 「仮に何らかのトリックを使って、自殺を他殺に見せる事は不可能じゃないけど……資料を見た限りじゃ、トリックに使えそうな物は無かったよ……」
 桃子は完全に言い負かされて、黙ってしまった。
 瑠璃が言った。
 「でも、どうして身辺を?」
 「身辺整理を済ました後に、殺されている……タイミングが良すぎるよ。それに、所持品はともかく……会社まで売却してしまっているのは、気になるなぁ……」
 ちょうどその時ランチが到着した。
 縁は言った。
 「まぁ、とりあえず食べよ……腹が減ったら頭の回転も悪くなる……」
 ランチが到着した事により、黙っていた桃子も復活した。
 「そうだな、食べよう……ハンバーグが美味しそうだ」
 食事をしながら3人は話を続けた。
 縁は言った。
 「売却された会社が今どうなっているのかを調べてみる」
 桃子は瑠璃に言った。
 「祖父は何の会社を経営していたのだ?資料には『雨家工業』とあったが……」
 「家電部品の製造業をやってたみたいです……」
 縁は言った。
 「製造業か……それも調べてみるか、家電部品も色々あるからな」
 桃子が縁に言った。
 「次にやる事が決まったな」
 「ああ……百合根町図書館のPCで、資料にあった雨家工業の調査だ」
 そして3人は昼食後、百合根町図書館に向かった。


……百合根町図書館……


 百合根図書館は百合根署とは違い外観はとてもきれいだ。
 2年前に建て替えたばかりで、来観者も多い大きな図書館だ。
 3人はさっそく、図書館内のPCコーナーへ向かった。
 縁は言った。
 「雨家作治さんは、百合根町の発展に貢献した人物だ……ここのPCに作治さんのデータが残っていると思うんだけど……」
 縁はPCを軽快に操作し、雨家作治に関する情報を探している。
 しばらく操作を続け、縁は言った。
 「あった……これだ」
 情報によると、1980年代に業績を伸ばして、多くの雇用を産み、地域の活性化に貢献したとある。
 しかし、1994年に『株式会社Y-companyワイカンパニー』に買収されたと、記載されている。
 桃子は言った。
 「Y-companyとは何だ?」
 縁は言った。
 「保有していた株式も全て手離したようだな………設備や従業員もY-companyに移行したみたいだ」
 桃子は言った。
 「どういった製造業だったんだ?」
 縁は言った。
 「えーっと……家電部品としか載っていないな……Y-companyを調べてみるか……」
 縁は次にY-companyを検索してみた。
 Y-companyの情報はすぐに出てきたが……。
 「2000年に倒産している……倒産理由は負債額が多過ぎた、ためのようだが……細かい理由は載っていないな…」
 桃子は言った。
 「作治氏の死と関係あるのだろうか?」
 縁は否定した。
 「いや、倒産したのは2000年だ……作治さんが死んでから5年経っている……直接の関係はないだろう……でも、取扱い部品がコンポ等の、オーディオ機器の部品のようだな……」
 縁は画面を凝視した。
 「ダメだ……これ以上の情報は無い……」
 縁は言った。
 「しかし、どうして会社を売却したんだ?90年代はMDプレーヤーが普及して、会社も充実したはずなんだが……」
 桃子が瑠璃に言った。
 「祖父の人柄はどうだったんだ?」
 「私が生まれる前に死んじゃったんで、見たわけじゃないですけど……お母さんの話だと、仕事一筋だったみたいです……」
 縁は感慨深い表情をしている。
 桃子は縁に言った。
 「どうした縁?」
 「いや、俺のじいさんも……そうだったなぁって……」
 瑠璃が縁に聞いた。
 「新井場君のおじいさんも、仕事一筋だったの?」
 「俺のじいさん……ちょっと特殊なんだ……仕事一筋と言えば聞こえは良いけど……」
 「特殊って?」
 「ああ……アメリカやヨーロッパの各国に、変な私設ばっか作ってさ……俺も15歳までアメリカにあるその私設に放り込まれたんだ……いい迷惑だよ」
 「確かに…私にはちょっとわかんない……」
 「まぁ、俺の話はいいとして……作治さんの事件を一度整理した方がいいよ」
 そう言うと縁は図書館に備え付けてある、メモ用の紙とペンを取り出した。
 縁は何かを書き出した。
 ・作治さんは午後8時に背中を刺されて死亡。
 ・部屋は密室であった(誤って自分で鍵を掛けた可能性もあり)。
 ・多額の保険金が掛けられていた。
 ・当時親族が疑われたが、全員にアリバイあり。
 ・強盗殺人となっているが、盗られた物は現金のみ。
 ・作治さんは死ぬ前に家以外の全ての資産を売却していた。
 ・犯人は今も捕まっていない。
 ・これといった目撃証言もない。
 ・写真の裏に書かれていた詞。
 縁は言った。
 「警察で見た資料と図書館のデータからまとめてみた……」
 桃子は言った。
 「どうだ?縁……」
 縁は顔をしかめて言った。
 「さっぱりわからん……」
 桃子が言った。
 「続きは明日にするか……図書館もそろそろ閉館だ……」
 桃子の言うように時刻は午後3時40分になっていた。
 瑠璃、縁の順に桃子は車で家まで送った。
 瑠璃を車から降ろし、縁の家に向かっている間……二人は今回の事件の事を話していた。
 縁は言った。
 「雨家さんの表情を見たか?」
 桃子は言った。
 「ああ……暗かった」
 「だから安請け合いしちゃだめなんだよ……」
 「どうして彼女の表情は曇った?」
 「家族が警察に疑われたんだぜ……」
 桃子は少し困った表情をした。
 「お前……こうなるとわかっていたのか?」
 「まぁな……可能性の一つとしては……」
 「だから躊躇したのか?」
 「そう言う事……でも、受けちまったからには仕方ないよ……。雨家さんもそれなりの覚悟はあるだろ……」
 それから二人は沈黙した。
 沈黙の空気に桃子は少し縁との距離を感じた……。それを嫌い桃子は縁に言った。
 「縁……すまん……」
 桃子の意外な言葉に縁は目を丸くした。
 「熱でもあんのか?」
 桃子は顔を赤くした。
 「ばっ、ばか……お前や瑠璃に悪いと思ったから謝ったんだっ!」
 そんな桃子の様子を見て、縁は少し笑った。
 「そう思えるんなら……いいよ……」
 縁は桃子に送ってもらい車から降ろし降りた。
 桃子の車が見えなくなるのを確認し、家に入ろうとしたら、携帯が鳴った。
 着信は有村からだった。
 「もしもし………うん、うん……風の声?……ああ…わかった、すぐに行くよ」
 縁は有村からの呼び出しで、喫茶店風の声へ向かった。


……喫茶店風の声……


 縁と有村はカウンターに並んでそれぞれコーヒーを飲んでいた。
 「これ、頼まれていた本……」
 有村はそう言うと、紙袋から本を5冊取り出した。
 本は一冊づづ丁寧に、透明の袋に入っている。
 「大きいな……」
 縁の言うように5冊の本は分厚く、長かった。厚みは5cm程、長さは30cm程あった。
 本にはそれぞれ血が付いているが、1冊だけはきれいだった。
 縁は言った。
 「どうしてこの本には血が付いていない?」
 「この5冊の本は本棚から落ちていた本なんだよ……死体の側にね……。1冊だけたまたま血が付いていなかったんじゃない?」
 縁は血の付いていない本を調べてみた。
 すると縁は何か発見した。
 「何だ、この丸いへこみは?」
 縁の言うように本の表面の中央部に丸いへこみがあった。
 有村は言った。
 「古い本だからね……」
 縁は他の4冊の本を調べた。
 本にはそれぞれ表面と側面に血の染みが付いている。しかし、その内の1冊の本の表面に手形のような物が付いていた。
 「有村さん……この手形は……」
 「被害者の血の手形だよ」
 本自体は古いので染みの色は血の色ではなかったが、どこか生々しさを感じる。
 縁はそれぞれの本をスマホのカメラで撮った。
 縁は言った。
 「Y-companyって、知ってるか?」
 「ああ……被害者の会社を買収したとこだろ……」
 「どういった会社だ……」
 「一言で言えば……イケイケドンドンな会社だったよ……」
 「なるほど……オーディオ機器の普及で業績を伸ばしたのはいいが……調子に乗って倒産した……」
 「そう言う事……人間は良い時は良いんだけど、いざ悪くなるとどうしていいか、わからなくなるもんさ……」
 「桃子さんにも聞かせてやりたいよ……」
 「はは、桃子ちゃんはあれでいいんじゃないかな……縁もついてるし」
 「俺はあの人の保護者じゃない……」
「そう言うなよ……見た感じはアンバランスだけど……良いコンビだと思うよ」
 「他人事だと思って……」
 縁にそう言われると、有村は立ち上がった。
 「僕はそろそろ行くよ……本も戻さないとね……」
 そう言うと有村は縁の分も会計を済ませて、本庁に戻って行った。
 店主の巧が縁に言った。
 「俺も縁と先生……良いコンビだと思うぜ……」
 縁は溜め息をついた。
 「はぁ……俺は普通の高校生活が送りたいのに……」



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