異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第104話/Old days

第104話/Old days

「ふふふっ」

「キリー?何か面白いものでもあったか?」

「ううん。ユキとデートだーって思うと楽しくて」

「……たしかに、ちょっと付き合ってくれとは言ったがな」

「え〜?それってデートじゃないの?」

「いや、それは……まぁ、いいか。そういうことで」

「やった!」

キリーが飛びついて、俺の腕に抱きついた。ぎゅぅと抱きしめる力に、思わず笑みがこぼれた。

「はは、きみは相変わらずだな」

「うん?わたしが変わってた時なんてあったっけ?」

キリーはとぼけたように、チロと舌を出した。

「けど、ほんとのところ、少し安心したよ。もしかしたら、口もきいてもらえないかと思ってた」

「もぉー、ユキったら。そんなことあり得ないって言ってるじゃない」

「ああ。ありがとう」

俺が素直に礼を言うと、キリーはへへっと、照れくさそうに鼻をこすった。

あの、首都プレジョンでの戦争から少し。俺たちは、パコロの街へと帰ってきた。
あれだけの騒ぎがあったのが嘘みたいに、事務所はいつも通りで、シンと静かだった。なんだかそれが、無性にほっとして……俺たちは誰からともなく、笑い合っていた。

「みんな……少し、聞いてくれるか?」

それから少し経ったころ、俺はおもむろに口を開いた。

「みんなが揃っている、今だからこそ聞いて欲しい……俺が取り戻した、俺の過去を」

全員の目が、俺を見つめた。いや、正確には……黒蜜以外が、だ。

「…………」

黒蜜だけは、悲しげな表情で、瞳を伏せていた。彼女もまた、俺の過去を全て知っている内の一人だ。だからこそ、聞いてもらわなくてはならない。彼女こそが、全ての……
俺は、ゆっくりと語り始めた。



「……けど、やっぱりおどろいちゃった。ユキが、警察官だったなんて」

キリーは、俺の腕を抱いたまま言った。辺りはほんのりと薄闇が降り、空は淡いインクを広げたようなピンク色をしていた。

「ああ。けど今思えば、納得できるところも多いんだ。きみたちと初めて出会った時なんて、まさにそういうリアクションだっただろ?」

「あー……言われてみれば、そうかも」

キリーは昔を思い返すように、ふんふんとこめかみを押した。

「けど、あの時のユキ、怪しさも満点だったから。わたし的には、警官っていうよりヤクザの方がしっくり来たよ」

「え。そんなだったか……?」

少しショックだ。そんなに挙動不審だっただろうか。

「……けどさ、ユキ。さっきも言ったけど、ユキが何者だったかなんて、わたし気にしてないよ。今、私が一緒にいるのは、過去でも、未来でもない。今のユキだから」

「キリー……」

キリーは、俺の腕を抱く力を、ギュッと強めた。

「だからね、ユキ。ユキが、女の子が苦手だっていうのもわかってるつもり。だけどわたし、ユキと離れたくないよ。わたし、ユキが好きだもん!」

「ああ。確かに、まだ割り切れては無いけれど。きみたちといっしょにいたいと思うのも、俺の本心だ。俺だって、きみたちが好きだよ」

俺の答えに、キリーはなぜかむっとむくれた。

「そーいう意味じゃないのに……」

「そうか?案外、同じ考えだと思うけどな」

「え~?」

キリーは納得できない、と口を尖らせている。キリーには悪いが、今はこれで勘弁してもらおう。

「それよりほら、着いたぞ。行こう」

「あー、ちょっと!話逸らしたでしょー!」

キリーがポカポカと肩を叩くが、俺はお構いなしに歩き続けた。
やがて俺たちは、一つの墓石の前で足を止めた。

「……少しぶりですね、先代」

「久しぶりっ!おじいちゃん」

俺たちは今、パコロを見下ろす小高い丘……そこにたつ墓地へとやって来ていた。この前、ルゥと一緒に来た、あの墓地だ。

「ユキがいきなり墓参りに行こうなんて言うから、ちょっとびっくりしたけど……来てみるといいもんだね」

「ん、そうか?」

「うん!最近はこうやってのんびりできなかったし、おじいちゃんに顔出すこともできてなかったから。ユキをひとりじめできるし!」

「は、はは……っと、それより。今日来たのは、墓参りだけが理由じゃないんだ」

「へ?」

キリーはきょとんと首をかしげた。そう。俺には一つ、確かめたいことがあった。

「先代!いませんか、先代!」

「わっ。ゆ、ユキ?」

俺は大声で、他に誰もいない墓場へ呼びかけた。当然、返事は返ってこない。だが俺には、不思議な確信があった。

「いるんでしょう!出てきてください!」

「……ちっ。うるせぇなぁ。わーった、今行くわい」

俺たちの背後から、しわがれたダミ声が響いた。

「……来てくれたんですね。ありがとうございます、先代」

「うるせ。お前が呼んだんじゃろうが」

のそのそと不機嫌そのものに歩いてくるのは、メイダロッカ組初代組長、アオギリだった。いや、その幽霊か。彼の足元の雑草は、踏みしめられた様子が全くない。

「なんの用だ。わざわざこんなくんだりまで」

「先代に、お聞きしたいことがありまして」

「ああ?どうせロクなことじゃねーだろ。ったく、キリーまで連れて来やがって……」

アオギリがぶつぶつと文句を言う。それを見て、キリーは唖然としていた。

「お、おじいちゃん……?え、なんで?なんで?」

「な、なに?キリー、ワシが見えとるのか?」

今度はアオギリが慌てる番だった。確か、アオギリの姿は俺にしか見えないんだっけ?あれ、けどそれなら、どうしてキリーに見えるのだろう。

「ど、どういうこと?なにがなんだか……」

動揺したキリーは、フラフラと俺の手を離した。すると今度は、戸惑ったように視線をさまよわせる。

「あれ?消えちゃった……?」

「これは……そういう、ことか?」

俺はキリーの片手をとって、きゅっと握ってみた。キリーは混乱した様子でも、手を握り返す。すると、キリーの目がはっきりとアオギリをとらえた。

「あ!また出てきた!」

「……どーやら、ボウズに触れている間だけ見えるみたいじゃな」

「ええ……不思議なことも、あるもんですね」

「ちょ、ちょちょちょ。待って、ちゃんと説明してよ!」

キリーが食いつかんばかりに詰め寄るから、俺は危うく先代の墓を踏んづけそうになった。

「えーっと、キリー。この前話しただろ?先代の幽霊を見たって」

「へ?あ、あぁ〜……そういえば」

「これが、その幽霊本人だよ。ほら、足が地面についてないだろ?」

これとはなんだ!とわめくアオギリを、キリーがしげしげと見つめる。

「ほんとだ……お化けって本当にいるんだね」

「お化けって……いや、似たようなもんか」

アオギリはガシガシと刈り込んだ頭をかくと、俺を真っ直ぐに見据えた。

「さて。御託はそろそろいいじゃろ。本題があるんだろ?」

「ええ……キリーのことについてです」

「……そうくるよなぁ。うすうす感づいとったわい」

アオギリは観念したように首を振った。一方、当のキリーは目をぱちくりさせている。

「わたし……?」

「ああ。先代、俺たちはプレジョンで、クロという男と出会いました。先代もご存知の、あいつです。俺はそこで、とある話を聞きました」

「そうか……あいつと、会ったか……」

「ええ。やつは何かにつけてキリーを狙ってきましたが、その理由を自分の妹だからだ、と言いました」

「ええっ!」

キリーがすっとんきょうな声を上げる。この話、キリーにはできてなかったもんな。

「クロが言ってたんだ。キリーを狙うのは、自分たちが兄妹だからだってな。家族を溺愛していたあいつは、きみに両親を奪われたと思い込んで、怨んでいたんだ」

「そ……うだったんだ 」

「クロは、家族がある日突然、自分を置いていったと言っていた。しかし、先代はキリーを拾ったという……そうでしたよね?」

「……ああ」

アオギリはぶっきらぼうにつぶやく。

「先代。あなたは、クロに兄妹がいることを知らなかったのですか?」

「……」

「それに、あなたはキリーの両親が亡くなったとも言っていた。なら、その死の詳細も知っているのではないですか?」

「……」

アオギリは何も言わない。だが俺は、ここを曖昧にしたままにするつもりはない。対峙する俺たちを、キリーはおろおろと見守っている。

「あ、あの……ユキ?どうしてそれを、おじいちゃんに聞くの……?」

「……俺は、先代が何かを隠してる気がしてならないんだ。それも、キリーにとって重要な何かを」

「わたしの、何か……?ユキ、わけわかんないよ!」

キリーは相変わらず、困惑した様子だ。その時、アオギリがゆっくりと、気が遠くなるほど深いため息をついた。まるで数十年溜め込み続けた苦悩を、どっと吐き出したようだった。

「……ここが、年貢の納め時か」

「お、おじいちゃん……?」

「キリー、悪かったな。ボウズの言っとることは、全て正しい」

アオギリはぶっきらぼうにつぶやくと、ポケットからタバコの箱を取り出した。が、中身は空だったらしい。アオギリは小さく舌打ちすると、空箱を握り潰した。

「ったく、どいつもこいつも……ユキ、どこでわかった?」

「隠し事のことですか?正直、ついさっきまで確信はなかったです。ただのカンでしたね。けど……あなたの態度を見て、間違いないと踏みました」

「つまり、わしは見事にカマかけられたわけか……まったく、落ちぶれたもんじゃわい。こんな若造に出し抜かれるとは」

キキキ、とアオギリは笑う。だがきっと違う、と俺は思った。俺のカマかけなんてたかが知れている。しらを切ることだって出来たはずだ……きっとアオギリも、秘密を抱えることに疲れていたんじゃないか。
アオギリはやれやれ、とひたいに手を当てている。それが演技かどうかは、俺には分からなかった。

「さて、キリー!今から話すことは、全て本当のことじゃ。お前の失くした記憶に関することじゃから、心して聞くように」

「っ!」

名指しされ、キリーはピシッと背筋を伸ばした。

「まず、クロと兄妹ということじゃが、おそらく本当だ。お前の親父さんから聞いた話じゃから、間違ってはおるまい」

「え……わたしの、お父さんから……?」

「うむ。わしは、お前の親御さんに会ったことがある。そん時に聞いた」

「な、なんで?だって、わたしは拾われたんだよね?どうしてお父さんたちのこと知ってるの?」
アオギリはしわの刻まれた目をぎゅっと閉じると、しゃがれた声で語りだした。

「……お前の親御さんは、マフィアの人間だったんじゃ」

「えっ」

俺はこくりとうなずいた。クロから聞いた話の通りだ。やつの話では、キリーたちの両親はヤクザの手から逃れた後、どこかで殺されてしまったとのことだったが……
アオギリが続ける。

「鳳凰会が首都を獲ったのは知っとるな?その最終段階で、わしらは残党組織を一掃する掃討戦を仕掛けた。その時点で、ほとんどの生き残りは散り散りに逃げていった。お前の親御さんもその一つだったんじゃろうな」

キリーは一生懸命に話を聞いている。握った手にぎゅっと力がこもるのが分かった。

「その後、わしは鳳凰会を抜けた。このパコロの町にやってきて、メイダロッカ組を立ち上げた。ここは貧しく、治安もクソもあったもんじゃなかったが……それでもわしは、ここを気に入っとったよ。ポッドにジャックス、リルがいて、そしてお前たちと……キリーと、出会ったんじゃ」

「……うん」

「そん時は、ちょうどシノギの準備をしとったころじゃった。パコロ周辺で、きな臭い ことが起こっとってな」

「きな臭い、こと?」

「人さらいのうわさじゃ。獣人を中心に、ガキどもが次々に姿を消しとった」

人さらい……そういえば、アプリコットが話していたな。小さなころ、何者かにさらわれかけたことがあるとか……まさか、このころのことなんじゃ……

「わしはそいつを調べていくうちに、お前の親に行き着いた……」

「え……」

「率直に言うとな。落ち延びたお前の親御さんは、法に触れるシノギをしとったんじゃ。わしも正義だなんだとのたまうつもりはなかったが、さすがに見逃せんくてな……」

最後の方は、もごもごとぼやくような言い方だった。アオギリは、言いづらそうに頭をガシガシかいた。

「あー……その、なんだ。お前に言うのもあれなんだが、結構悪どいことをしとってな。詳しくは省くが……」

「ううん。教えて、おじいちゃん」

「え?」

アオギリは面食らったようにキリーの顔を見る。俺は確かめるようにキリーへ声をかけた。

「キリー?」

「いいの。聞かなかったからって、無かったことにはできないもん。わたしは、全てをきちんと知りたい。おじいちゃんのことも、わたしの両親のことも」

キリーの手に力がこもる。彼女がそう言うのなら、俺が口を挟むことはない。俺は返事の代わりに、キリーの手を握り返した。

「……わかった。お前がそう言うなら、わしもきちんと話そう」

アオギリは覚悟を決めた目で、キリーと正面から向き合った。

「お前の親父さんは、人身売買をしとった。獣人や、人間の、小さな子どもをさらってきては、どこぞの金持ちに売り飛ばしていたんじゃ」

「っ……」

キリーが、息をのんだ。

「器量のいい娘は、変態の妾に。ガタイのいいボウズは、労働力としての奴隷に。そこまでならまだあれだったが……体の弱い子、傷を負った子っつー、いわゆる商品にならない子どもに、あいつは何をさせていたと思う?」

「……」

キリーは答えられなかった。言葉を失っていたのかもしれない。

「あいつはどっからかゴロツキどもを集めてきて、ちっぽけなスタジオをこさえた。そこで毎日のように、子ども同士での……胸糞悪い、ビデオを撮ってたのさ。チクショウ!わしもよくは知らんが、相当のことをやらせてたようじゃ。結局詳細は聞けんかったが」

う……俺は思わず、吐き気のこみ上げた胸をおさえた。子どもたちは、いったい何をさせられていたのか。少なくとも、真っ当な人間扱いはされていなかったに違いない。
キリーも蒼白な顔をしながら、震える口を開いた。

「……それで。そこは、その子たちはどうなったの」

「子どもは、死んだ。生きてる子はみな衰弱しきっとって、一人も助けられなかった……そして大人たちも、みな死んだ。わしが殺した」

殺した。アオギリはそう淡々と告げた。まるで今朝食べた朝食のことを話すような、さらりとした口調だった。

「もう薄々気づいとるかもしれんがな、キリー。お前の親父さんを殺したのは、わしだ。わしが、親父さんを撃ったんじゃよ」

キリーは、きゅっと口をひき結んだ。
やっぱり、そうだったのか。そう考えれば全てのつじつまが合う。アオギリがキリーの父親を知っていること。クロがキリーを憎みだしたきっかけ。キリーがメイダロッカ組になったわけ……全ては、アオギリから始まっていたんだ。

「わしが連中のアジトにかちこむと、やつらは必死に抵抗してきた。当然だわな、身に覚えがありすぎる奴らじゃ。じゃが、わしも年を食ってたとはいえ、まだまだ現役じゃった。とうとうお前の親父さんただ一人になった時、わしはやつの耳にクロと同じピアスがあることに気付いたんじゃ」

ピアス……クロが肌身離さず身に着け、またキリーの耳にも同じものが輝いているピアス。これをクロは、家族の証だと言っていた。それならば、キリーの親だって付けていて当然だ。

「わしがクロのことを問いただすと、やつは聞いてもないことまでヤケクソに話した。自暴自棄になっとったんだろうが、そん時にクロに妹がいる事なんかを聞いたんじゃよ」

「……それから、どうなったの?」

キリーが静かにたずねる。ここからどうなるのかなんて、キリーにだって分かっているはずだ。それでも彼女は、あえてそれをたずねたんだろう。自分の過去と、きちんと向き合うために。

「……やつは最後のあがきに、懐に隠し持っとった銃を抜こうとした。だがそれよりも前に、わしのハジキが火を噴いた。やつは頭から血を噴き出してぶっ倒れたが、そん時、奥の扉がゆっくり開いてな。そこがわしと、キリー。お前さんとの初めての出会いじゃ」

「わたしと……」

「ああ。おどろいたもんじゃ、まだ女の子がおったのかと。それと同時に、恐くもあった。今までさんざん汚い仕事はやってきたが、子どもに見られたのは初めてじゃった。お前のガラス玉のような澄んだ瞳が、無性に恐ろしかったのを今でも覚えとるよ」

アオギリは苦い笑みを浮かべた。

「ともかく、親父さんがぶっ倒れるのをみて、お前は呆然と立ち尽くしておった。そっから流れた血がつぅっと伝って、お前さんの足元に届いたと思ったら、ふらっと白目を剥いてひっくり返りおってな。わしは慌ててお前さんを起こしたんだが、目を覚ました時には、記憶を失っておったんじゃ」

そうか。キリーは拳銃恐怖症になった理由として、過去に大事な人を失ったからだと言っていた。それが、この時の親父さんだったのか。

「そっからは、お前の知っとる通りじゃ。わしはお前を拾ってから、他に身寄りのないガキも一緒にかくまうようになった。スーとか、ウィローとか……罪滅ぼしの意味もあったな」

「罪、滅ぼし……」

「ああ。キリー、お前さんへのな。お前から親を奪っちまったから、わしが親代わりになろうと思ったんじゃが……わしはこんなじゃ。いい親とは言えないよな」

「……」

キリーは、無言だった。それをどう受け取ったのか、アオギリは自嘲するように笑った。

「わしは、怖かった。お前らを失うのが、この居場所を失うのが……一度あの温もりを味わっちまうと、もう一人だった頃には戻れなかった。だから、本当のことを言えんかった。文字通り、墓場まで持ってきちまったわい。情けない話じゃよ」

「……あの、おじいちゃん。あのね」

「キリー、すまなかった。お前の人生をめちゃくちゃにしたのはわしだ。お前からもらったものを、わしは何一つ返してやれんかった。恨まれて当然じゃ、わしのことはどれだけ憎んでも……」

「ねえ!ちょっと待って、わたしの話を聞いてよ!」

キリーが大声を出すと、アオギリは面食らったように口を閉ざした。

「どうして、恨んでくれなんて言うの?わたし、おじいちゃんのこと恨んだことなんて、一度もないよ!」

「キリー……し、しかしだな」

「しかしもヘチマもない!わたしが言ってるんだからそうなの!ううん、わたしだけじゃない。ウィローだってスーだって、みんなそう思ってる!」

キリーはつかつかとアオギリに詰め寄る。幽霊だから触れることはできないが、そうじゃなかったら掴みかかりそうな勢いだ。

「おじいちゃんが一生懸命尽くしてくれたこと、わかってるよ。アプリコットだって、素直じゃないけどそう思ってる。誰も恨んでなんかいないよ」

「キリー……わしを……わしを、許してくれるのか?」

「うん。言ってるじゃない、そもそも怒ってないって。そりゃ、お父さんがやってたことはショックだし、その後……お父さんが撃たれた時は、悲しかったし、怖かった。それは、今でも忘れられない……」

「……」

「けど、その後は本当に楽しかった!おじいちゃんといっしょにいれて、わたしはほんとーに良かったと思ってるよ!」

「きっ、キリー……」

くうぅ、とアオギリは目頭を押さえた。

「わ、わしだって……わしだって、お前らといれて……うおおぉ!」

「あはは、おじいちゃんったら」

アオギリはいよいよ本格的な男泣きを始めた。キリーは困ったように笑っていたが、その目尻にもきらりと光るものがあった。
アオギリは乱暴に目を拭うと、ズビーっとはなをすすった。

「わしは幸せもんだ。こんないい娘をもって……お前らと出会えたことが、わしの人生最大の大穴じゃ!」

「うん!わたしも!」

「ガッハッハ!いままでぐずぐずしとったもやがキレイさっぱり吹き飛んだわい!実に晴れやかな気分じゃ!」

アオギリは豪快に笑った。さっき泣いたカラスがなんとやら、だな。

「よし!キリー、今日はよく来てくれたな。ボウズも、礼を言うぞ。キリーを連れて来てくれたこと、感謝する」

「いえ。俺は、なにも。キリーのためを思っただけですから」

そう。今日ここに来たのは、他でもないキリーの過去を知るためだ。言い方は悪いが、俺はキリーをだしに、アオギリを利用したことになる。だがそれは、アオギリもある程度は気づいていたみたいだった。

「キキキ。いいよるわ、このボウズめ!お前みたいな抜け目のない奴なら、少しはあてにできそうだ」

そこまで言うと、アオギリは急に目をむき、じろりと俺を睨んだ。その視線は時おり、いまだにキリーとつないだままの手に向けられてるような……

「じゃが、キリーを泣かせるようなことしてみぃ。あの世からでもお前をぶっ殺しに化けて出るからの」

「……人聞きが悪いですね。しませんよ、そんなこと」

「どうだか。お前さんはどうにも、手癖が悪いように思えるんじゃが……」

「誤解ですよ!」

くそ、俺の評価はどうなっているんだ。誤解もはなはだしい……はずだ、よな。

「カカカ。ま、そういうことにしといてやるわい。さて、ならそろそろ、わしは行くぞ」

「え」

「おじいちゃん、どこかに行っちゃうの?」

「ああ。わしは幽霊だからな。一つ所に留まるわけにはいかんのだ」

「そう、なんだ……」

「なに、しょぼくれるな。また機会があれば、ふらっと会うこともあるじゃろうて」

「うん。わかった。またね、おじいちゃん!今度は、ウィローたちも連れてくるね。みんな会いたがってると思うから!」

おう!とアオギリは笑っている。彼は最後に、俺のほうを見た。

「キリーのこと、頼むぞ。守ってやってくれ」

「もちろんです。彼女だけでなく、みんなを。メイダロッカを、守って見せます」

俺の答えに満足したのか、アオギリはにやりと笑って、くるりときびすを返した。

「……あばよ、わが子よ」

「え?おじいちゃん、何か言った?」

振り向きざまにつぶやいた言葉は、キリーの耳には届かなかったようだった。

「いいや。じゃ、またな」

アオギリは振り向かずに、墓石のあいだを縫って去っていった。

「行っちゃった……」

キリーがポツリとつぶやく。
アオギリはまたといったが、俺はもう、彼と会うことはないんじゃないかと思う。アオギリは自分のことを、幽霊だといった。幽霊ってのはつまり、この世に未練を残した連中のことだろう?もし悔いることがなくなったなら、きっと次の場所へと旅立っていくはずだ。

「……いい天気だな」

俺は手でひさしを作って、天を見上げた。それはまるで、今の彼の気持ちを映したかのような、雲一つない快晴の空だった。

その日を境に。
パコロの町で、老人の幽霊を見たものはついぞ現れなかった……

つづく

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