異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第98話/Recollection

第98話/Recollection

「……キ。ユキ。おーい。ユキったラ」

「んぁ……?」

目を開けると、視界が真っ赤だった。。俺はまだ、唐獅子に照らされたあの部屋にいるのか?

「ユキ。やっと目が覚めタ?」

「だ……誰だ?」

俺を呼ぶのは、メイダロッカの誰かだろうか。それとも……

「あ、ひどい。ユキ、ワタシを忘れたの?」

「あ……お前、苅葉、か?」

そこにいたのは、金色の髪に、青い瞳を持つ少女。学生時代の苅葉だった。

「そうだヨ、ユキ」

「か、苅葉……どうしてここに?」

「ふふふ。ワタシだけじゃないよ。ホラ、出てきなって」

「で、でも……」

「いいから、ね?」

苅葉に手を引かれて、現れたのは黒髪の少女。あのけばけばしい金髪じゃない、ヤクザになる前の手綱だった。

「うぅ……」

「もぉ、何照れてるの。ワタシたちの仲じゃなイ」

手綱は居心地悪そうに、スカートのはしをもじもじいじっている。

「あれ、そういえば。どうして二人とも制服なんだ?」

「ええー。ユキ、イマサラ?」

苅葉と手綱は、高校の時のセーラー服を着ていた。今気づいたが、ここも俺たちの学校だ。夕日に照らされた廊下が、静かに夕闇の中へと続いている。

「ああ、そうか。いつもの夢だな」

「夢?ううーん、そうかもしれないネ」

ふふふ、と苅葉は意味深に微笑んだ。だって……どう考えても、夢だよな?
苅葉は踊るように廊下を歩き出した。くるりと舞い、ぴょんと跳ねる。スカートがふわりと揺れ、オレンジ色の夕日が金髪に跳ねてキラキラ輝いた。

「……あのね、木ノ下くん」

手綱が、おずおずと口を開く。

「ん?俺の……ことだよな?」

「あは、それ以外に誰がいるの?」

「いや、そうなんだけど。はは」

俺と手綱は、二人で静かに笑い合った。苗字でなんて、ひさびさに呼ばれたな。
ひとしきり笑うと、手綱はまっすぐに俺を見つめた。

「木ノ下くん……私、ずっと君に謝りたかった」

「え?どうしてだ?」

「え。だって……木ノ下くんは、私のせいで……」

手綱は一瞬目線を逸らしたが、それでも前を向いた。

「ごめんなさい。木ノ下くんまで、馬鹿な私に付き合わせちゃって」

「え、ちょっと待ってくれよ。本当にわからないんだ。なんのことなんだ?」

「え?」

手綱はきょとんと、目を丸くした。

「手綱。ユキは、思い出せないでいるんだヨ。記憶がゴチャゴチャしてるみたい。無理もないよね、異世界にテンセイしちゃったんだかラ」

さっきまでくるくる回っていた苅葉が、こちらに戻ってきた。いや、それより。今なんて言った?

「は?てん……せい?」

「そうだヨ。ていうか、びっくりしたのはウチら。ユキがいつまでたってもコッチに来ないから、心配になっちゃったんだよ。迷子にでもなってるのかと……」

「こ、こっち?ってなんのことだ?」

「天国。あの世でもヘヴンでもいいけど、まぁそういうトコロよ」

てん……ごく?
俺が思わず手綱を見ると、手綱もコクリとうなずいた。

「私たちは、もう死んでるの」

「ええ!そ、そうだったのか……」

「うん。あの後、私も撃たれてね。抵抗の末、射殺ってやつなのかな」

「そんな……くそ、手綱。俺は何と言ったらいいか……」

「そんな!さっきも言ったでしょ、謝るのは私の方……」

「はいはい!暗―い話はおしまいにしまショ?」

苅葉はぱちんと手を叩いた。

「このままだと、二人とも延々謝り続けることになっちゃうヨ。またみんなで会えたんだもん、この時間を大事にしなきゃ」

「あ、ああ……ところで、その。苅葉も、やっぱり……?」

「うん。死んでるヨ」

「そ……うか」

「ふふ。因みに、死因は老衰。娘と孫に囲まれて、とっても幸せな人生だったよ」

「え」

老衰?だって、目の前の苅葉はこんなに若い……あ、けど夢の中で、彼女は妊娠していたっけ?

「死後の世界に、時間の概念は存在しないの」

手綱が混乱する俺に説明してくれる。

「今の私たちは若い姿だけど、現実の時間だともう百年くらいは経ってるんじゃないかな」

「百年!そりゃ、苅葉もおばあちゃんになるよな……」

「……なんか間違ってないけど、ムカつくナ。けど、手綱の言った通り。ワタシと手綱の生涯には時間の差があるけど、感覚的にはついこのあいだ会ったばかりナンダ」

「……だけど、木ノ下くんは違う。本当ならここに居るはずなのに、どこか別の場所に流れていったみたいだった」

「そうだな。俺は手綱たちとは違う世界にいたから……けど、そうか。やっぱり、そうなんだよな」

死後の世界に居る二人と、そこからはぐれてしまった俺。

「俺は……すでに死んでいるんだな」

苅葉と手綱は、黙ってこくりとうなずいた。

「木ノ下くんは、覚えてるかな。埠頭で、警察に追い詰められた時のこと」

それは、夢で見たことがある。俺たちは大勢の警官に追われ、最終的に俺が囮になって手綱を逃がそうとしたんだ。だが、手綱が撃たれそうになり、俺は……

「ああ、覚えてる。あそこが、俺の死に場所か?」

「ううん。あの時は私だけ。木ノ下くんも撃たれたけど、致命傷にはならなかったみたい。ね、苅葉ちゃん?」

「ウン。ワタシ、お見舞いに行ったからね。ユキはきちんと回復したヨ」

「え、そうなのか。よく撃ち殺されなかったな……」

「さすがに、同僚はあんまり撃ちたくなかったんじゃナイ?」

「は?同僚?」

なに言ってるんだ?だって俺は、ヤクザだっただろ。だが手綱まで、そうだねとうなずいている。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。二人が言ってることが全然分からない。俺をからかってるのか?」

「ううん。木ノ下君、嘘でも冗談でもないよ。私たちは、それを伝えに来たの」

「そうダネ。ユキ、そろそろ思い出す時間なんだ。スベテを」

全て……苅葉がゆっくりとこちらへ近づいてくる。廊下はいつの間にか日が沈み、薄闇が辺りを覆い始めていた。

「きっかけは、ユキ“たち”がこっちに来てないことだっタ」

「俺、たち?」

「そう。ユキと、クロミちゃんだヨ」

「そんな……黒蜜も、なのか」

「あんまり詳しいことはわからないケド。世界を移動するなんて、それこそ一度死なないと、起こり得ないんじゃナイ?」

死んで、生まれ変わる。だからこそ、転生。

「けど、俺も黒蜜も、元の姿のままだ」

「そうだネ。どちらかと言うと、魂だけがどこかに行っちゃったカンジかな。まるでどこかに引っこ抜かれたみたいに」

引っこ抜く?そんなの……意思を持った何かが、俺たちをあの世界に引き込んだみたいじゃないか。

「だから私たちは、木ノ下君たちを探しに来たの。普通じゃあり得ないことが起こったって、分かったから」

手綱が薄暗がりの中で、俺を見つめる。

「木ノ下君は、不思議に思わなかった?なぜ自分がヤクザに詳しいのか。なぜ、女性が苦手なのか。なぜ……記憶を、失ったのか」

え……どういうことだ?それらは全て、一つに繋がっているのか……?

「全部が、今の木ノ下君のルーツになっているんだよ。昨日があったから、明日に続いていくように……だから、木ノ下君には思い出してほしい。そのために、私たちはここへ来たんだから」

手綱はそう言うと、そっと俺の手を取った。

「けっこうタイヘンだったんだヨ?ユキを見つけるの!」

苅葉も手綱の横に並ぶと、反対の手を握った。

「けど、見つけられてよかった。ずいぶん時間が掛かっちゃったけど……こうして、また話すこともできた」

「あは、それワタシも!みんなワタシを置いて先に逝っちゃうんだもん。さみしかったんダカラ」

苅葉はけらけらと笑った。

「さてと……ユキ、思い出して。あの時の全てを。ワタシたち、三人での記憶を」

すると、苅葉に握られた手から、温かい何かが俺に流れ込んでくるのを感じた。俺は恐ろしくなって、手を引っ込めそうになった。それを見て、手綱は落ち着かせるように、俺の手に自分の指を絡めた。

「怖がらないで。木ノ下君にとっては、辛い記憶かもしれないけど……でも、それを忘れたままじゃ。きっと前に進めない……!」

しかし手綱は、ふっと陰りのある表情になった。

「こんなこと、私が言う資格ないかもしれないけど……」

「ううん。それを決めるのはユキでしょ?そのためにも、ユキの記憶を戻さないと」

苅葉は空いてる手で、手綱の手を握った。俺たちは手を取り合って、一つの輪になっていた。

「これが、失われたすべて。取り戻して、ユキ……!」

両腕を伝って、何かが俺に伝わってくる。それは全身を駆け巡って、俺の記憶を呼び覚ましていく。見たこともない景色、聞いたことのない声、味わったことのない感覚。

(頭……だけじゃないんだ。記憶って、体中に積み重なっているんだな……)

俺は文字通り、記憶の奔流の中に飲まれていった。



「ユキ……だいじょうブ?」

「ああ……なんだか、くらくらするよ」

俺は頭を振りながら答えた。ひさびさに使ったみたいに、脳がピリピリ痺れているようだ。

「それで……記憶は?」

「うん。全部、思い出したよ。それに……どうして俺が、あの世界に呼ばれたのかも」

そっか、と苅葉は満足そうにうなずいた。一方で、手綱はしゃがみ込んで、小さく縮まっている。手綱は今にも消え入りそうな声でたずねた。

「それじゃ……あのことも、その……」

「……ああ。はは、さすがに驚いたよ」

「ううぅぅぅぅうう〜……」

手綱はぎゅうと膝を抱え込んで、少しでも体をちいさくしようとしている。だが、覚悟を決めたように、よしっと立ち上がった。

「木ノ下君。ごめんなさい。謝って済む話じゃないけど、どうしても謝りたかったの。私……」

手綱は深々と頭を下げた。
彼女がこうまでする理由。俺はそれを、はっきりと思い出せた。あれは、高校三年の、卒業式の日のことだった。

簡単に言うと、俺は手綱に襲われたのだ。

「卒業おめでとう、木ノ下君」

あの日、俺たちは放課後の校舎裏で、二人だけの卒業パーティーをしていた。俺は苅葉も誘おうとしたが、なぜか手綱はそれを嫌がった。

「だって……木ノ下君、苅葉のこと、好きでしょ?」

俺は手綱にもらったジュースを吹き出しかけたのを覚えている。実際、図星だった。最初こそ不良娘だと嫌っていたが、仲良くなってからは、彼女の無邪気な姿に次第に惹かれていった。俺の勘違いじゃなければ、苅葉も俺を憎からず思っていたはずだ。

「だから……今だけでいい。君を、私だけのモノにしたいの」

そこから、俺の記憶は急に曖昧になる。ジュースに一服盛られたのだと気づいたのは、俺の意識が落ちる寸前だった。
目が覚めた時、あたりはすでに暗くなっていた。俺は薄暗い倉庫のようなところに、両手を縛られて転がされていた。

「あ、木ノ下君。起きた?」

手綱の声は、俺の頭の上から聞こえてきた。枕元に手綱が立って、俺を見下ろしている。スカートの中が見えてしまって、俺は慌てて視線を逸らす。

「ふふ。いいよ、別に。木ノ下君になら」

そう言って手綱は、スカートをぱさりと足下へ落とした。

「代わりに、私も木ノ下君からもらいたいものがあるの」

手綱が俺の顔のすぐ脇に両膝をつく。俺の頭は股の間に挟まれ、、手綱のふとももがしっとりと頬に触れた。
彼女は背をかがめ、俺を覗き込む。

「私に、木ノ下君の子どもをちょうだい」

そこから先は、よく思い出せなかった。情けない話だが、俺はあまりの恐怖と混乱で、ほとんど気をやってしまっていたのだ。
当時の俺には、手綱の言っていることは何一つ理解できなかった。言葉の意味が、というわけではない。今までの手綱の姿からあまりにかけ離れ過ぎていて、目の前の現実が受け入れられなかったのだ。これは全部夢なんだと言われた方が、まだ信じられた気がする。
手綱の顔をした、手綱そっくりの誰かが、わけのわからないことを俺に求める。その光景は、俺に凄まじい恐怖を刻み付けた。
最終的に、俺と手綱は未遂で終わった。

「ソコマデよ!手綱、ユキから離れて!」

暗闇の倉庫に乗り込んできたのは、まぶしい金髪の苅葉だった。苅葉はほとんど半裸の手綱と俺を見てぎょっとしたようだったが、それでも気丈に手綱を睨み付けた。

「何考えてるの、手綱!まだ子どものくせに、こんなところでマチガイを起こすつもりだなんて!」

「ッ……!んたなんかに……あんたなんかに、何がわかるのよ!」

手綱は金切り声で叫ぶ。こんなにヒステリックな手綱は初めて見た。そして、何が彼女をここまでさせたのかも、この時の俺にはわからなかった。

「手綱!」

「うるさい!どきなさいよ!」

手綱は苅葉を押しのけると、ろくに服も着ずに飛び出して行ってしまった。

「手綱!……ッ!ユキ、ゴメン!手綱をほっとけない!せめて服だけは着させてくる!」

苅葉もそれを追って走っていく。倉庫には俺だけがぽつんと残された。もっとも、あの格好で街中をうろつくのはあまりに危険だ。苅葉の判断は正しかったと思うし、俺は半分ほうけていたので、それほど時間は感じなかった。

「ユキ!大丈夫!?」

苅葉はしばらくして戻ってきた。苅葉は俺に慌てて駆け寄ると、俺を縛っていたロープをほどいた。俺はようやく正気を取り戻してきて、その時ようやくここが体育倉庫だという事がわかった。

「ユキ……とりあえず、手綱は大丈夫。放課後だから、人がほとんどいなくて助かったよ」

苅葉はハンカチを取り出して、俺の体を拭いてくれた。俺の全身は、手綱の体液でベトベトだった。

「ユキ……どうシテ……!」

ぽたり。俺の頬に、苅葉の涙がひと粒伝った。

「どうして、こんなことに……!ワタシたち、友達だったハズなのに……!」

苅葉は俺の頭をぎゅうと抱きしめた。
これ以降、手綱とはぱったり連絡が取れなくなってしまった。俺は女性に怯えを見せるようになり、苅葉もそんな俺を気遣ってか、前より会う機会は少なくなったっていった。

つづく

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