異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第93話/Versus

第93話/Versus

アプリコットはそんな二人が消えた方向を、ずっと見つめている。

「アプリコット、よかったのか?行かせてしまって」

「ええ。正直、あたしだけいても役に立てないし。かといってあんたたちを向かわせるわけにはいかないでしょ」

「まぁ、それはそうだが……」

それとは別に、俺は一つ気になることがあった。今こんなことを言うべきではないだろうし、そんなことを気にする自分もすこし嫌なのだが……
意を決して口を開こうとしたとき、アプリコットがこちらへ振り向いた。瞳がかち合い、思わず言葉に詰まる。

「あっ……」

「なによユキ。なんか言いかけた?」

「いや、その、なんというか」

「……なんてね。なんとなくは分かるわ。顔に書いてあるもの」

え。俺は思わず自分の頬を触り、アプリコットはそんな俺を見てくすりと笑った。

「安請け合いし過ぎだ、って言いたいんでしょ。あんた、結構アタマ切れるものね。普段は怪力バカみたいな感じなのに」

「一言多いな……」

けど、俺の言いたいことはその通りだ。
パコロは、俺たちのシノギの一環で、確かに獣人が暮らしやすい仕組みができている。だがそれは、他に比べれば、という話だ。身寄りのない獣人を次々受け入れていたら、いつかは限界がくる。そうなれば、浮浪者と化した獣人が街にあふれ、パコロの治安は悪化の一途をたどるだろう。そうなっては、もはやシノギどころではなくなってしまう。
俺たちがきちんと機能してこそ、パコロは保たれると言っても過言ではないのだ。

「あのくらいなら大丈夫だろうが、これを続けていたら……」

「ええ。ごめんなさい、分かってるつもりだったけど、実際に目の前にしたら自分を止められなかったわ。経営者失格ね……」

アプリコットはしょんぼりと耳を伏せてしまった。やはり、今言うべきではなかっただろうか。
だが、そんな心配は無用だったようだ。

「あたしの失態は、あたしで取り戻すわ。うーんとがんばって、今よりもずっと立派な事務所にして、何人だって受け入れられるような懐のでっかい組にして見せるんだから!そのためにも、今はこのヤマを乗り切らないとね!」

「……そうだな。さすがは、風俗街のボス様だ」

「もう。やめてよ」

俺とアプリコットは、にやりと笑いあった。

「……お二人とも、そろそろいいですか」

「あ、悪い、ウィロー」

しまった、すっかり話し込んでしまった。ウィローは倒れたジェイのすぐそばにかがみこんでいる。

「いえ、こっちも今から始めるところですから」

「始める?」

「この男を起こそうと思って。ゴッドファーザーについてたずねてみましょう」

そうだった。ジェイは、ずいぶん位の高いマフィアのようだから、ボスのことについても詳しいかもしれない。

「よし、じゃあさっそく……」

俺が言いかけた、その時だった。

ズドーン!ズズズズ……ズズゥン!

「うおっ」

「きゃー!」

激しい爆発音。遠くで何かが崩れるような衝撃。

「な、なんだ?」

「へ、へへ……コイツだよ、コイツ」

なに?この声の主は……

「ジェイ!きさま……」

そこには、気絶したはずのジェイが、ニヤニヤ笑っている姿があった。

「お前、何をした!」

「へへ……ぷっ」

寝そべったままのジェイが何かを吐き出した。赤いカプセルのようなものが、床をカツンと転がる。

「これは……?」

「起爆スイッチさ……噛みしめると起動するようになってんだ。スゴいだろ?」

「起爆……!さっきのは、お前の爆弾か!」

ジェイは何も言わず、へらへら笑っているだけだ。

「……わたし、ちょっと見てくる!」

「あ、キリーちゃん!待って、わたしも行く!」

キリーとスーが、連れ添って部屋を出て行った。

「……余計なマネはしないことです。次はあなたの頭が吹っ飛びますよ」

すっと、ウィローが鉄パイプをジェイに当てがった。

「その口が動くうちに話しなさい。ゴッドファーザーはどこですか」

「……おお、こえー。答えなきゃ殺すって?」

「そうです。さっさと……」

「なら、好都合だな!」

ジェイは突然体を起こすと、自らの額を鉄パイプにぶつけた。

「おら、首でも何でも跳ねちまえよ!」

「くっ、この……!」

「おい、離れろ!」

俺が肩を蹴飛ばすと、ジェイはバターンと床に倒れた。よく見れば、奴は肩で息をして、ろくに受け身も取れていない。とっくに限界のはずなのに、口だけはよく動く男だ。

「なにためらってんだよ!とっととやっちまえ!」

「こいつ……よっぽど死にたいらしいな!」

「その通りだ!親父のことを話すくらいなら、黙って死ぬ!」

なんだって。ジェイは鬼気迫る勢いで続ける。

「俺が口を割ると思ったら大間違いだ!その前に舌を噛み千切って死んでやる!」

「な……」

だが、コイツならやりかねない。そう思わせるだけの勢いが、今のジェイにはあった。

「だがまぁ、一人だと寂しいからな。冥土のみやげにもう何人かぶっ飛ばしていくか。ヒャハハハ!」

ジェイは笑いながら、懐に手を突っ込んだ。まさか、またスイッチを……!

「っ!」

ウィローがとっさに、鉄パイプを振りかぶった。ゴイン!
後頭部にパイプを食らったジェイは、再び気絶した。

「ふ、ふう……ナイスだ、ウィロー。コイツ、なにしでかすかわかったもんじゃないな」

「ええ……ですが、肝心の情報は何も聞き出せませんでした」

「仕方ないだろう……しかし、少しなめてたな」

「ん?この男を、ですか?」

「いや、ファローファミリー全体を、かな。ここまで忠誠心が高いとは思わなかった」

俺は上部の人間から情報を聞き出そうと思っていたが、ジェイがこの調子じゃ……他の連中も、そう簡単には口を割らないな。

「ね、ねえ!みんな、ちょっと来て!」

その時、キリーがバタバタと戻ってきた。

「た、大変なの。橋が……」

スーがその後からぜえぜえ息をしながらついてくる。橋……?

「……行ってみよう」

「嫌な、予感がします……」

同感だった。



「これは……」

目の前には、空中に伸びる渡り廊下、その無残な残骸が散らばっていた。

「ジェイの奴、最後のあがきでとんでもないものを壊しやがったな」

俺たちが今いるのは、ドーナッツ型の建物の内輪。そこから中心の建物へと掛かる渡り廊下の、端に立っていた。本来ならここから空中廊下が続いているはずなんだろうが……

「……ダメですね。他の通路も軒並みやられています」

ウィローが崩れた廊下の端から、身を乗り出している。そこから円の内輪が見渡せるが、見える範囲の廊下は全て爆破されてしまっていた。

「あーあ……どうしよう?」

キリーがため息をこぼす。対岸までの距離は、ざっと見積もっても十数メートル。刺青ありのウィローやスーならともかく、普通に飛べる距離ではない。

「……なら、下に降りてみようぜ」

俺が明るく言うと、みんながこちらを向いた。

「上がダメなら下さ。一階には、必ず入口があるはずだろ?まぁ、もし無かったとしても……その時は、俺が作ってやるさ」

みんなは、一斉にぷっと笑った。

「あはは、そうだね。行ってみよっか!」

「ああ」

俺たちは階段まで戻ると、慎重に下って行く。しかしさっきまでと打って変わって、待ち伏せも罠もない。静か過ぎてかえって不気味だ。
結局何も起こらないまま、俺たちは一階まで戻ってきた。

「……建物の構造的に、たぶんこっち側」

ステリアが壁の一角をコンコン叩いた。

「よし。離れててくれ」

俺は気合を入れると、一突きで壁をバラバラにした。

「お。さすがステリア、バッチリだな」

壁の向こうは、ドンピシャで外だった。

「これで後は、あの真ん中の建物まで……」

「……ユキ。どうやら、そうもいかないようです」

ウィローが前方を睨む。
目の前には、巨大な塔のような建物がそびえていた。俺たちの今いる場所から、ざっと五十メートルほど先だろうか。コンクリむき出しの、殺風景な灰色の広場には、遮るものは何もない……ある一点を除いては。

「早速のお出ましか……連中もこりないな」

俺たちの行く手を阻むように、あるいは塔を守るように、黒服のマフィアたちが立ちふさがっていた。

「センパイ。あそこの連中、その辺のザコとは違いそうっすよ」

黒蜜が目を凝らしながら言う。ザコと違う、だって?しかし、この意味はすぐに分かった。なぜなら、マフィアたちの中に見知った顔があったからだ。

「……出たぞ、ヤツだ」

真っ白な髪に、真っ黒なコート。遠くからでも、奴の十字の瞳が爛々と燃えているのが見えるようだ。

「ここがお前たちの墓場だ、女。いや……メイダロッカ組」

その男、クロは、初めてキリー以外の俺たちにも敵意を剥いた。

「どうした?いつものお前らしくないな」

「ジェイがやられた。これ以上、お前らの好きにさせるわけにはいかない」

なるほど。奴らも余裕がなくなってきたらしいな。ずいぶんの数のマフィアが集まっている。

「ここらが山場になりそうだな」

俺がそっとささやくと、ウィローもコクリとうなずいた。

「ええ。ですが、やってやれない数ではありません。私たちなら……」

そこまで言って、ウィローが口を閉ざした。どうしたんだ……と思って、俺はぽかんと口を開けてしまった。
ドーナッツ状に開けた広場。その両翼から、黒波の大群が押し寄せてくる。まさかあれ、全部マフィアか……?

「ここで、お前たちヤクザを確実につぶす……覚悟するんだな、メイダロッカ組」

あっという間に、俺たちの視界は黒で埋まってしまった。その数は、最初の数十倍にも及びそうだ。

「……こいつら、今いる全勢力をここに集めたらしいぞ」

「の、ようですね……マフィアっていうのは、加減というものを知らないのでしょうか」

「ちょ、ちょっと!のんきに話してる場合なの?これってかなりヤバいんじゃ……」

アプリコットが代わりに慌ててくれたので、俺はみっともない所を晒さずに済んだ。内心、かなり慌ててる。背中を冷や汗が伝っているんだが……けど、そうも言ってられないだろ。俺の後ろには、キリーやスー、守るべき人たちがいるんだ。

「……腹をくくるしか、なさそうだな」

俺が拳を握った、その時だった。

「よく言いました、ユキ組員」

え?この声は……
その時、俺たちの背後から、怒号のような雄叫びが轟いた。と同時に、大勢の男たちがなだれ込んでくる。なな、なんだなんだ?コイツらは……

「……ヒヒヒ!まるでヤクザがメイダロッカ組しかないような言い方、気に入りませんねぇ」

「全くだ……舐めたこと抜かしやがる」

なっ。そこにいたのは、ファンタンとニゾーだった。ということは、こいつらは鳳凰会の組員たちか!

「メイダロッカ組長。ご無事で何よりです」

「あ!レスさん!レスさんも無事だったんですね!」

カツカツとヒールを鳴らして、レスがにこやかに近づいてきた。キリーもにっこり笑って、レスと握手を交わしている。

「よかったぁ。じゃあ、アイツらをやっつけたんですね」

「ええ。それなりに苦戦しましたが……途中から、敵の勢いが目に見えて衰えまして」

「へぇ……なんでだろ」

「あら?てっきりあなたたちのお陰かと思っていたのですが」

「えぇ?」

キリーはきょとんとしている。レスはそんなキリーを見てクスリと笑うと、俺の方へ顔を向けた。

「あの連続した爆発音は、あなたたちが暴れまわっていた証拠でしょう?地下ですから、音が良く響くんです。あれを聞いたマフィアどもは、気が気じゃないって顔をしてましたよ」

「あ、ああ〜……」

「おかげで間に合いました。奴が敵の大将ですか?」

「いえ、ですが近いことは間違いないです」

「ふむ。射る価値は十分そうです」

レスは胸元から、二丁の拳銃を引き抜いた。他の組員たちも武器を構えている。

「け、けれど。レスさんたちを含めても、奴らの数はこちらの三倍ほどはいるんですよ」

「なら、連中の三倍激しく戦えばいいだけですね」

レスが涼しい顔で言う。俺は思わずあきれてしまった。この人は、筋金入りの武闘派だったらしい。完璧に誤解していたようだ。

「では、そろそろ始めましょうか……」

レスがすぅ、と大きく息を吸い込んだ。

「かかれええええぇぇぇぇぇぇ!」

「うおおおおおおおお!」

鳳凰会の組員たちは、雄たけびを上げて突撃を開始した。

「迎え撃て!」

「おらあああああああ!」

同時に、ファローファミリーの組員たちも一斉に動き出す。まさしく、ヤクザ対マフィアの決戦の火ぶたが落とされたのだ。

つづく

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