異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第88話/Crazy

第88話/Crazy

ボシュウゥゥゥ!
凄まじい煙と閃光が、ジェイの肩から噴き出した。あのバカ、撃ってきやがった!
どうする!俺たちがいるのは廊下の途中、すぐ後ろに階段の踊り場がある。あそこまで逃げ込めればいいが、今は我に返った獣人たちが殺到している。彼らを押しのけていくのはとても無理だ。
かといって、他に逃げ場もない。魔法のように地面が消えでもしない限りは……
ん?それだ!

「みんな近寄れ!」

俺の叫びにキリーたちは困惑した表情を浮かべたが、説明してる暇はない。俺は両手をハンマーのようにかみ合わせると、渾身の力で振り下ろした。

「うおおぉぉぉりゃあ!」

ビシ!バキバキバキ……
床に蜘蛛の巣状のヒビが走る。かと思うと、コンクリートがバコンと砕け散った。床が抜け、俺たちは下の階までドスンと落っこちた。

「きゃあ!」

「うわっ」

「あいたぁ!うぐぐ、おしりが……」

キリーがお尻をさすっている。だが、俺の意識はそれどころじゃなかった。上を見上げると、俺が開けた大穴から上の階の天井が見える。そこをジェイの放ったランチャー弾が、猛スピードで横切っていった。

「まずっ……!みんな伏せろー!」

次の瞬間、頭上で爆音と爆風が炸裂した。

「ぐおっ……!」

床に伏した首筋を、熱風がチリチリと焦がす。それが収まると、その後には大量の粉塵が襲ってくる。俺たちはたまらず立ち上がると、激しくむせこんだ。げほっ、げほほっ!

「げほ、みんな無事か、がほっ」

みんなは突然のことに目を回しながらも、とりあえずケガは無いようだった。

「な、なにが起こったの……?」

スーは涙目をこすりながら言った。粉塵に目をやられたのだろう。彼女の金髪はほこりのせいで老婆のように真っ白になっていた。

「ファローファミリーの幹部クラス……ジェイだ。やつが俺たちに、バズーカ砲を撃ってきたんだ」

「ば、バズーカ?」

「バズーカ……軍事用に用いられる、ロケット弾の発射装置の総称……」

ステリアが横から口をはさむ。白髪になったスーとは違い、彼女の白銀の髪はほこりのせいでねずみ色に汚れていた。

「軍用兵器を平然と使ってくるなんて……ファローの武装は次元が違う」

「同感だな……戦争でも始めるつもりかよ、クソ!」

俺は腹立ちまぎれに小さな瓦礫を叩き潰すと、すっくと立ちあがった。こういう時だからこそ、まずは冷静にならなければ。俺はみんなに手を貸しながら声をかける。

「とりあえず、この粉塵だ。ジェイもろくに動けやしないだろうから、今のうちに体勢を立て直そう」

しかしそういう傍から、煙は少しずつ落ち着いてきた。だんだん視界がクリアになってくると、階段のすみにさっきの獣人たちが腰を抜かしていた。アプリコットが彼らに駆け寄る。

「あんたたち!さっさと逃げなさい、ここを棺桶にしたいわけ!」

「け、けどジェイの兄貴が……」

なおもぐずぐず言う山羊男を、アプリコットは一蹴した。

「アンタねぇ、これで分かったでしょ!あのジェイとかいう男は、あんたたちがいるのを分かってて大砲を撃ち込んできたのよ!あんたたちのことなんか、その辺のアリンコくらいにしか思っちゃないのよ、アイツは!」

現実を叩きつけられて、山羊男は絶句した。

「生きなさい!今ここで死んだって、誰一人悲しんじゃくれないわ!けど、生きてれば勝ちよ!明日笑ってるやつが、今日の勝者なの!」

アプリコットは言い切ると、ビシっと階段を指さした。その先は、アジトの外へとつながっている。
山羊男はぼんやりとアプリコットの指した方を向いていたが、やがて彼女の眼を真っすぐ見つめた。その眼には、確かな輝きが宿っている。

「お前ら、姉さんの言う通りだ!こっから逃げ出そう。今は生きることだけ考えるんだ!」

「あ、兄貴……」

「おら、さっさとしろ!姉さん、ありがとうございやした。どうかお達者で!」

獣人たちは山羊男に蹴飛ばされるようにして、どかどかと階段を下っていった。

「ほんとに……最後まで手のかかる」

「彼ら、無事にパコロまで行けるといいな」

「ええ。けど、それで解決じゃないわ。あいつらをあんな目に遭わせた、諸悪の根源を潰さないと」

そうだ。俺たちには、まだ大きな仕事が残っている。まず手始めに、立ち塞がるジェイを倒さなくては。

「生半可じゃなさそうだけどな……」

「ったりめーだろ!俺を誰だと思ってんだ、え?」

っ!この声!
俺とアプリコットが同時に上を向く。俺の開けた穴のふちから、ジェイがひょこりと顔を出して、こちらを見下ろしていた。

「くっ、お前!」

「ひゅ〜、やるなぁ。ぶっ殺したと思ったのに。床ごと抜くなんてさ」

「おい、話を……」

「ま、いいか!ちっとしぶといくらいのがいいよな!うん」

ダメだ、全然応じない。いや、そもそも聞く気がないのか?

「じゃ、次行くか。ほいっと」

ジェイは手もとで何かをピンっと引っこ抜くと、こちらへ放り投げた。握り拳ほどの、黒い塊……

「ヤバい!」

俺はアプリコットの腰を引っ掴むと、全速力で飛びすさった。今度はみんなも勘付いたのか、同じように床へダイブする。

ドカーン!

「きゃあぁぁ!」

「ちっくしょう!あいつ、めちゃくちゃだ!」

このアジトごとふっ飛ばすつもりなのか、そうじゃなきゃイカれちまってるかのどっちかだ。石ころでも投げるみたいに、ポイポイ爆弾を放りやがって。

「アプリコット、立てるか。走れるか?」

「え、ええ。大丈夫よ」

「よし。みんな、まずはここを離れるんだ!次は何を落とされるか、わかったもんじゃないぞ!」

立ったり倒れたりで、みんなの恰好は土ぼこりまみれのひどい有様だ。髪をぼさぼさにしながらも、全員なんとか起き上がった。
だがその時、再び穴の上から声が響いた。

「あれ、まだ生きてんのかー。ほんとにゴキブリ並にしぶとい連中だなぁ」

ジェイが穴の上から俺たちを見下ろしている。ステリアが頭にきた、とあの釘打ち銃を引き抜いた。

「っこの!節足動物と一緒にするな!」

パシュン!釘が真っ直ぐジェイへと撃ち出される。いいぞ、これなら……
ガチン!

「ひょっほ。あぶへぇなぁ」

「え?」

思わず声が出てしまった。信じられない、あいつ飛んでくる釘を口でくわえやがったぞ……?ステリアもぽかんとしている。
ジェイは釘をぷっと吐き出すと、ニヤリと口を歪めた。

「残念。こんなおもちゃじゃ、届かないぜ?」

「っ……走れー!」

俺たちは脱兎のごとく走り出した。飛び道具が効かない以上、手出しのしようがない。まずは距離を置かなくては、俺たちは黒焦げだ。

「あ……アイツ、何者……ネイルガンが効かないなんて」

ステリアが呆然と手元を見つめる。

「只者じゃないのは確かだな……銃火器の扱いも慣れてるようだし」

「問題はそこじゃないでしょ!そんな奴をどうやって相手にすんのよ!」

アプリコットが吠えると、リルが長い髪を揺らしながら叫んだ。

「何も、必ず相手にすることはないさ!このまま突っ切ってしまえば、アイツはいないも同然……」

リルがそこまで言った時だ。シュシュシュ!足下をネズミ花火のような閃光が走っていく。それが俺たちを追い越し、廊下の端まで到達した瞬間、本日三度目の爆発が俺たちを襲った。

「ぐわっ!」

「あぁっ!」

爆風をモロに浴びた俺たちは、仰向けに吹っ飛ばされた。

「げほっ……なんだ?」

「道が……」

さっきの爆発で、廊下の天井が完全に崩落していた。瓦礫で道がふさがれてしまっている。ピリっとした痛みで頬に手をやると、擦り傷が出来ていた。
みんなは大丈夫だろうか……?俺がみんなの様子をうかがうと、リルが呆然と言った。

「……すまない、前言撤回だ。これじゃ逃げることもできない」

「俺がどかそうか。これくらいならどうってことないぞ」

「いや、この先にも罠が仕掛けられているかもしれないんだ。私たちがここを通るかなんて、いくらなんでも予想できなかったはず。ということは、めぼしい所全てに爆弾を仕掛けたんじゃないかい?」

「まさか……」

その先の言葉は続かなかった。ファローの武力と、ジェイの常軌を逸した言動が、俺のノドに蓋をしたのだ。アイツらなら、やりかねない。

「っ!センパイ、あれ!下りてきたっすよ!」

黒蜜の鋭い叫びに目をやると、天井の大穴の下にジェイの姿があった。あの野郎、追って来やがった……!
奴の手には、巨大な黒い武器が握られている。バズーカか?いや、あれよりは細身で、もっと複雑な形だ。

「黒蜜、アイツが持ってるのって……」

俺が黒蜜を見ると、黒蜜はあごをわなわなと震わせていた。

「あ、あ、あれ。マシンガンじゃないっすか……?」

「何……?」

ジェイはゆらりと体を揺らすと、黒金の銃口をこちらへ向けた。
ダダダダダ!

「うおぉぉぉ!」

「わああぁ!マジっすか!」

足元がバチバチとはじけ飛ぶ。冗談じゃない、これじゃあ本当にハチの巣だ!

「くそ、うりゃあ!」

俺は崩れ落ちた瓦礫の中から、ひときわ大きな塊をひっつかむと、俺たちとジェイを遮るように放り投げた。ズズン!

「みんな、あれの影へ!」

「っはい!」

瓦礫を遮蔽にして、俺たちは身を寄せ合った。反対側からは、銃弾が雨だれのようにぶつかる音が響いている。ガガガガッ!

「おらおらぁ!隠れてないで出て来いよ!鉛玉を浴びて、お前らが踊る姿が見たいんだ!」

「くっそ……完全にいかれてますね」

ウィローがチッっと舌打ちした。

「ああ……おまけに、あの高火力だ。何をしでかすか、まったく予想ができない」

ステリアがうなずく。

「それに、武器にモノを言わせてるわけでもない。それを扱う技量、センスも持ち合わせてる」

「厄介な相手だな……」

雨のような銃撃が一瞬止んだ。と、思ったそばから、ドカン!と爆風が吹き荒れた。ジェイがまた爆弾を投げつけたらしい。このままでは、この瓦礫の盾もいつまで持つか……
スーが切羽詰まったように口を開く。

「ど、どうにかして逃げなきゃ!あ、でも……」

思い出したように言い淀むスーを、リルが継いだ。

「うん。この先、果たして安全に逃げられるかどうか。その先で奴に追いつかれたら、今度こそお終いだ」

ウィローが、決意を込めたまなざしで、言った。

「……ここで、迎え撃つしかないようですね」

俺も、こくりとうなずいた。背後に置いておくには、ジェイはあまりに危険すぎる。それに、ソーダや山羊男の話を聞くに、奴はかなり高い地位にいるようだ。奴から話を聞き出せれば、ゴッドファーザーの居場所を掴めるかもしれない。

「だが、どうやって奴を倒す?あの弾幕をどうにかしないと……」

すると、キリーがぽん、と手を打った。

「あ、ならユキ。ユキの得意な、ブルドーザー作戦はどうかな?おっきな破片を盾にしてさ、あいつを踏みつぶしちゃうの!」

「あぁ……けど、あれには大きな欠点があるんだ」

「へ?欠点?」

「あれは正面の攻撃しか防げないんだよ。回り込まれると隙だらけなんだ」

以前、スーを助け出しに、ホテルカルペディへ突撃した時のことだ。あの時はウィローとステリアがフォローに入って、わきに回ったやつらを蹴散らしてくれたが……

「ステリア、奴を撃てるか?」

俺がたずねると、ステリアは眉間にしわを寄せた。懐からさっきのネイルガンを取り出すと、じっと見つめる。

「……尽力を尽くす、としか。今の手持ちの中で、このネイルガンが最大火力。これが効かないとなると……」

するとステリアは突然、瓦礫の陰から身を乗り出した。

「ステリア!危な……」

バシュ!

俺が言い終わる前に、ステリアは改造銃の引き金を引いた。
しかしやはり、ジェイには届かなかったようだ。ジェイはひらりと身をかわすと、そのまま撃ち返してくる。俺は慌ててステリアのズボンの尻をつかむと、ぐいっと引っ張った。ドスンとしりもちをついたステリアの、さっきまで顔があった場所を無数の銃弾が通り過ぎていく。ババババ!

「あ……っぶないなっ」

「セクハラ」

「だ、誰のおかげで今も生きてると思ってるんだ!」

ステリアはちっとも悪びれずに、チロと舌を出した。

「けど、今見た通り……チッ。コイツじゃ歯が立たない」

「そうか。そうだな……」

「うーん、ダメかぁ……」

キリーはがっくりと肩を落とす。俺は積み重なる瓦礫の山を見た。サイズはまちまちだが、大きいものでも廊下の幅の半分ほどだ。もう少し幅があれば、回り込む余地を潰せたんだが……

「いっそ、この瓦礫を全部投げつけてみるか?それなら……」

「いいえ、ユキ。ここは、私に行かせてもらえませんか」

「ウィロー?」

ウィローは胸の前で、ぐっと手を握りしめた。

「私なら、奴を倒せます」

「どういうことだ?いや、きみの強さは十分知っているが……」

「奴の銃撃をかわすことは、現時点では不可能です。遠距離攻撃ができない以上、どうしたって身をさらす必要がある」

それは……俺が石を投げるにしたって、その寸前はどうしても無防備になる。それは確かにその通りだが。

「けど、なおさらだ。きみだって、危険なことに変わりはないだろ。弾を全部避けれるわけ……」

そこまで言って、俺ははっと思い出した。彼女には、弾丸をすべて避ける手段が一つだけ存在する。いや、避けるというよりは、全て“叩き落す”わけだが……
ウィローは、すぅと息を吸い込んだ。

「九分咲を、使います」

つづく

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