異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第86話/Two hands

第86話/Two hands

「うおおぉぉぉぉっ!」

「きゃあぁぁぁ!いやあぁぁぁ!」

「きゃー♪」

ぐうぅぅぅ!コンクリの地面がグングン近づいてくる!
ぶつかる……!

ストッ。

「おっ。は。ふぉ……」

「はい、とーちゃく。ね、早かったでしょ?」

そう言うと、スーは得意気に笑った。

「はぁっ、はぁ……し、死ぬかと思ったっす……」

黒蜜は息も絶え絶えに言った。

「えへへ。よかったよ、まだ早い時間で」

スーはうーん、と伸びをすると、金色の光をキラキラと振りまいた。彼女の、蜘蛛の刺青のオーラだ。

「は、はは。二回目と言えど、慣れるもんじゃないな……」

俺はよろよろ立ち上がると、はるか上方を見上げる。俺たちが落っこちてきた水路の入口が、豆粒のようにぽつりと見えた。

「あんな高さから落ちて、なんで平気なんすか……わけ分かんないっす……」

「これがわたしの刺青の力なんだ。やっぱりユキくんがいると、墨の調子がいいみたい」

スーはえへへ、とはにかんだ笑顔を向けた。

「けど、もう時間切れかな。持ちそうにないや」

スーがそう言うやいなや、金色の光はみるまに弱まって、消えてしまった。

「そうか。仕方ないとはいえ、残念だな。もう少し持てば……」

「うん。陽が昇ってずいぶん経ってたし、ここは光も差さない地下だから……ごめんね」

「謝ることないさ。スーのおかげで、俺たちが一番乗りだ」

俺は再び上を見上げた。壁沿いの梯子を、鳳凰会の組員たちが列をなして降りている。黒服たちがぞろぞろ続く様は、さながら蟻の行列のようだった。

「さて、それじゃまず……みんなを起こしてから行こうか」

「あはは……」

俺とスー以外のみんなは、ぐったりと横たわっていた。スーが二人ずつピストン形式で運んでいったのだが、慣れないみんなは完全にグロッキー状態だった。唯一無事だったのはアプリコットだけだ。

「情けないわねぇ。なんでみんな伸びてるの?あんなに気持ちいいことないじゃない」

キョトンとするアプリコットを、ステリアが恨めしそうに見つめた。

「……猫は、高いところが好きだから……煙と同じ……」

「ちょっと。アンタ、バカにしてるでしょ」

みんなはふらふら立ち上がると、どうにか気を取り戻した。さて、ここから……
俺が声をかけようとした、その時だ。
ターン!

「ッ!今のは!」

遠くから聞こえたが、今のは間違いなく銃声だ。

「センパイ!あそこっす!」

目のいい黒蜜が真っ先に指をさす。その先には今まさに下に降りようと列をなしている、鳳凰会の組員たちがいた。

「銃撃されてる!待ち伏せされてたんだ!」

黒蜜の言う通り、組員たちの降りる梯子の脇、また別の水路の出口から、マフィアが銃を撃っている。無防備な組員たちは、次々と撃ち落とされていった。

「ぎゃああ!」

「うわああ!」

男たちの断末魔が微かに聞こえる。

「っ、みんな離れろ!」

俺たちは一斉にその場から駆け出した。そのすぐ直後に、上方から組員たちが降ってくる。
グシャ!

「う……」

酷い死に様だ……身の毛もよだつ光景だった。

「……くそっ!」

「センパイ!?どこ行くんすか!」

「助ける!見殺しにはできない!」

「無茶っす!みんな上にいるんすよ!」

その時、また新たに銃声が鳴った。
鳳凰会の組員が、マフィアへの反撃を開始したのだ。俺たちのはるか頭上で、凄まじい銃撃戦が繰り広げられている。その中で、一際鮮やかな浅葱色が目を引いた。

「あれは……レス?」

あの髪の色は間違いなく彼女だろう。彼女の手元が光ると、バタバタとマフィアが倒れていく。話に聞いた通り、すごい腕前だ。

「うわ……あの人、“二丁拳銃トゥーハンド”っすよ。漫画じゃあるまいし……」

黒蜜が目を凝らしながら言う。
だがその時、俺の視界の端に黒い人影が映った。

「っ!黒蜜!」

「え?きゃあ!」

チュイン!
俺が黒蜜を引き寄せると、今さっきまで黒蜜がいた地面が爆ぜた。

「くそ!連中、もうこっちまで来やがった!」

黒服をきたマフィアたちが、俺たちめがけて続々と押し寄せてくる。これじゃあレスたちの援護どころじゃない。俺たちが逃げなくては!

「黒蜜、こっちへ!みんな、走れー!」

俺は黒蜜の手を掴むと、猛然と駆け出した。俺たちの様子を見ていたみんなも、弾かれたように走り出す。

「せ、センパイ!どこに、行くっすか!?」

黒蜜は半ば俺に引きずられながら叫ぶ。俺は銃弾を避けるように、なるべく立ち並んだ巨大な柱に沿うように走っていた。そして前方には、あの砦のような建物がそびえている。

「よし!あそこに行こう!」

「ええ!だって、あそこはファローファミリーの総本山っすよ!そこにウチらだけで……」

「だが、他に道が無い!今戻ったら、撃ち殺されるぞ!」

殺される、という言葉に、黒蜜はぐっと言葉を詰まらせた。
俺たちの少し前を走るリルが、それを聞いて振り返る。

「ユキ!私は賛成だよ!どのみちあそこへ行くことになるんだ、ならこちらから招かれてやろうじゃないか!」

「おう!」

そうと決まれば、あと一仕上げだ。俺は黒蜜の手を離すと、一本の柱に向き合った。

「黒蜜!先に行ってくれ!」

「センパイ?どうするんすか!」

「奴らに、贈り物をくれてやる!」

渾身の力を込めて、目の前の柱を殴り付けた。ガガーン!
柱はひび割れ、巨大なコンクリート片がゴロゴロと転がった。俺はそのうちの一つを拾い上げると、こちらへやってくるマフィア共に狙いを定めた。

「ふんっ!」

ドコーン!
唸りを上げて飛んで行ったコンクリ魂は、ちょうどマフィアの目の前に炸裂した。カケラがつぶての様に飛び散り、驚いたマフィアの足が止まった。

「よしっ!」

俺はさらにひと抱えほど塊を拾うと、みんなの後を追う。時折振り向いては、連中にコンクリ片をお見舞いしてやった。
追手の攻めが緩んだことで、俺たちはからがらアジトへ到達することができた。

「はぁ……はぁ……た、たどり着いたっすね」

「ああ……けど、入口はどこなんだ?」

のっぺりした無骨な建物には、入口はおろか、窓らしい窓も見当たらない。細長い切れ込みのような隙間が、チラホラ空いているだけだ。

「どういうことっすかね……秘密の隠し扉でもあるのかな」

しかし現実には、灰色の壁が延々続いてるだけだ。隙間はとても人が通れそうもないし……

「あ。こう言う時こそ、あれですよ」

ウィローが思い出したように、ポンと手を叩いた。

「ウィロー、何か策があるのか?」

「私じゃなくて、あなたにです。ほら、入口がないなら、作ればいい理論」

「あー……」

確かにそれが、一番手っ取り早い。


「よし……これだけあれば通れるだろ」

俺はぽんぽんと手を払うと、壁にぽっかり空いた大穴を見つめた。

「なんて言うか……アンタがいると、ルール無用って感じよね。常識が通じないって言うか……」

アプリコットは呆れたように首を振る。その横でステリアがボソッと呟いた。

「チート……」

「……きみたちに言われたくないな。それより、早く行こう。音を聞きつけてマフィアが集まってくるかもしれない」

瓦礫の山をまたいでアジトに侵入する。中に入ると、そこはどうやら廊下のようだった。

「さて……ここからどうするか。ゴッドファーザーを探さなきゃならないが……キリーはどう思う?」

「へ?」

俺は、さっきからずっと静かなキリーに話を振った。もしかして、まださっきみたいな調子なのか?と思ったのだが。
キリーはまだ少し顔が赤かったが、それでもだいぶ調子が戻っているようだった。

「う、うーんと。どこにゴッドファーザーって人がいるのかってことだよね?」

俺はこくりとうなずいた。そいつさえ押さえてしまえば、この戦いはぐっと有利になるだろう。

「そうだな、わたしなら……一番大事な人は、一番安全なところ。一番奥深くに隠すよ」

「一番深く、か……」

キリーの言い分はもっともだ。ファミリーのトップともなれば、かなり厳重に警備されているだろう。それを考えれば、一番奥というのもあながち的外れじゃない。しかし……

「問題は、奥と言うのがどこになるのか、ということですね」

ウィローが神妙な面持ちで言った。彼女の言う通り、単に奥といっても、どこを基準にするかでその位置は大きく変わってくるのだ。

「シンプルに考えれば、入り口から一番遠いところよね……」

アプリコットがあごに手を当てながら、独り言のように言った。

「けど、わたしたちは壁から入ってきちゃったから……どこが入り口か、わからないよ?」

スーが眉をハの字にする。

「……平面的ではわからない。けど、立体的に考えたら?」

ステリアはそう言うと、くいっと上を指差した。

「さすがに、入口は一階にあるはず。そこからもっとも離れているのは……」

「……最上階。この建物のてっぺんってことか」

「そういうこと」

上を目指せということなら、話は簡単だ。階段を見つけて、ひたすら登っていけばいい。

「となると、またビル登りだな」

「ふふ、スーの時を思い出しますね」

ウィローがクスリと笑うと、スーはギクリと体を強張らせた。

「けれど、囚われの女の子を迎えに行くのとは、ワケが違うんじゃないっすか?」

黒蜜の言葉に、リルもうなずいた。

「そうだね、前回がお姫様だとすれば、今回待ち受けるのは魔王だ。いわば、ラスボスだね」

ラスボス……なら、ここはラストダンジョンか。

「そうすると、俺たちは魔王を倒す勇者御一行だな?」

俺がおどけて言うと、キリーはにっこり笑った。

「よーし!悪い魔王なんてやっつけちゃおうよ!正義は勝つって言うけれど、今回勝つのはヤクザだよ!」

キリーのむちゃくちゃな言い分に、俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
すると廊下の先が、にわかに賑やかになってきた。

「いたぞ!あそこだ!」

「見つけたぞ!おらぁ!」

右からも左からも、黒服の男たちがどかどかとやって来る。ファローファミリーのお出ましだ。

「どうやら、お出迎えが来たようですね」

ウィローは鉄パイプをビュン!と素振りした。

「ああ……派手に行こうぜ!」

ブワー!色とりどりのオーラがあたりを包む。俺たちは燃え盛る弾丸のように、突撃を開始した。



「おりゃああああ!」

「ぐわぁ!」

「せりゃあああ!」

「ぐぶぁっ!」

俺たちは嵐のように、暴れまくりで突き進んでいた。

「ぶっ飛べっ!」

バコォ!俺のパンチが腹に突き刺さった男は、悲鳴も上げられずにぶっ飛んでいった。運悪くその先に固まっていた連中は、巻き込まれて共倒れになった。

「よし!道が開けたぞ!こっちへ!」

俺は大声で叫ぶと、先頭に立って走り出した。みなもバタバタと続く。

「あ!センパイ、階段っすよ!」

黒蜜が指さしたほうには、上階へと続く階段が伸びていた。

「幸先いいっすね。これで……」

「待て黒蜜、危ない!」

バチュン!
黒蜜の足元の床で、銃弾がはじけた。間一髪、俺は黒蜜の首根っこつかんで引き寄せた。

「うわっ。び、びっくりした……」

「くそ、上か!」

姿は見えないが、階段の上方から、こちらを狙っているヤツがいる。俺たちが上を目指すことは、むこうも承知しているようだ。

「ちっ、どうする?迂回するか……」

「唐獅子、私に任せて」

「え?す、ステリア?」

ステリアは前にずいと進み出ると、懐から何かを取り出した。でっかい銃?だが銃身の下部には丸いマガジンのようなものがくっついている。

「ステリア、それは……?」

「大した物じゃない。ちょっと、アイツらを蹴散らすだけ」

ニィ、と笑うと、ステリアは前に飛び出した!
バチィン!再び銃弾が爆ぜる。その音に驚いて、ステリアはずてっと転んでしまった。

「ステッ……」

いや待て、何かがおかしい。こんなピンチの状況で、どうして彼女は笑っているんだ……?

「見つけた……!」

そうか、フェイクか!わざと隙を見せて、相手の油断を誘う。そして相手が顔を出したところを……

「fire!」

「ぎゃああああ!」

バシュン!ステリアの手元が動くと同時に、上から壮絶な悲鳴が聞こえてきた。

「みんな、今!」

「っ!あ、ああ!」

急いで階段を駆け登る。踊り場で折り返したところで、俺たちを狙っていた狙撃手がのたうち回っていた。その手に刺さっているのは……釘?

「ネイルガン……高速で釘を打ち出す工具。通常はこんなに威力は無いけど、そこはバキバキに改造済み」

「そ、そうか」

苦痛に悶えるマフィアが、さすがに哀れに思えた。そんな物で撃たれたら、そりゃこうもなるだろう。

「ユキ!ぼーっとしてないで、行きますよ!」

「っ、お、おう!」

ウィローの声で我に返った。今は敵を気にかけてる暇はない。この先に立ち塞がる奴らは、全員蹴散らして行かなきゃいけないのだ。
階段を一フロア分登り切ると、そこにはマフィアがずらりと待ち構えていた。だが、その恰好はどうにもちぐはぐだ。黒いスーツのやつもちらほらいるが、大半はみすぼらしい上着に、よれよれのズボンだ。そして極めつけに、そいつらの頭には獣の耳 がついていた。
その中の、剃りあげた頭に山羊のような角を持つ男が、大声で怒鳴った。

「オラァ!もう逃げ場はねぇぞ!いい加減くたばれや!」

男の叫びに感化されるように、他の獣人たちも一斉に怒声をあげた。だがその手に握られているのは、ツルハシやシャベルと、武器にしては異色の物ばかりだ。
それを見てウィローが眉をひそめる。

「あの人たちの武器、妙なものばかりですね……」

「いや、アンタが言えたことじゃないでしょ」

鉄パイプを握るウィローに、すかさずアプリコットが突っ込みを入れた。

「けど、ほんとね。たぶんアレ、ここの工事に使われた物なんじゃないかしら」

「工事?アプリコット、どういうことな……」

俺が質問しようとしたとき、山羊男がしびれを切らして襲い掛かってきた。

「ウラアアァァ!」

ツルハシがうなりをあげて振り下ろされる。だが、それよりも早く反応したのはウィローだった。

「はぁっ!」

ガキィン!バキッ!
ウィローがパイプを一振りすると、ツルハシは柄の部分で真っ二つに折れてしまった。

「ひっ、ひいぃぃ!」

真っ青になった山羊男は、折れた柄を放り出してバッと飛び退った。

「うん?意外と脆いんですね」

ウィローは手元を見つめながら、不思議そうにつぶやく。

「本当は弾くつもりで力を込めたのですが」

「……それはきっと、あの道具がもうボロボロだからよ」

アプリコットが悲しそうに獣人たちを見つめる。

「さっき言いかけたことか?」

「ええ……このアジトの工事に、全部が全部じゃないでしょうけど、彼らも動員されたんじゃないかしら。それだけじゃない、面倒な事はこの前のソーダたちみたいに、獣人を使ってたんだわ」

「そんな……それが本当なら、まるで……」

俺はアプリコットに気を使って、その先は言えなかった。だが、アプリコットは静かに告げた。

「ええ。まるで奴隷だわ」

アプリコットは、ギリ、と歯を噛み締めた。

「どいつもこいつも、獣人をなんだと思ってるのよ……!」

「アプリコット……」

「でもそれよりムカつくのは、そんなヤツらの言うことをバカみたいに信じてるあのバカたちよ!」

ビシィ!とアプリコットは獣人たちに指を突き付けた。

「ユキ!お願い、アイツらをぶん殴って目を覚ましてやってくれないかしら!」

「え、アプリコット、いいのか?」

「いい!あたしが許す!ていうかあたしの代わりにボコして欲しい!」

アプリコットは気合たっぷりに、シュッシュッとパンチを繰り出している。
そう言われたらなぁ。俺は拳をバキリと鳴らすと、獣人たちの前に一歩踏み出した。
その瞬間、獣人たちは一歩後ろに下がった。
俺がもう一歩出ると、もう一歩下がる。

「っ……!」

「……」

「お、お前ら!逃げてないで戦え!

「い、いやっすよ!そういうならアニキが行ってください!」

「バカ、それどころじゃないだろ!」

「……お前ら、戦う気が無いのなら、そこを退いてくれないか?通してくれるだけでいいんだが」

俺が呆れながら言うと、山羊男はカチンときたようだ。

「こっの……バカにしやがって!おら、いくぞ!」

山羊男が拳を振りながら突っ込んでくる。仕方なしといった様子で、他の獣人たちもヤケクソ気味に走り出した。

「うわああぁぁ!」

「うおぉー!もうどうにでもなれだ!」

「……仕方ないな」

降りかかる火の粉払わねば、だ。
俺は拳を握りしめると、遠慮なしに暴れまわった。殴り、蹴り、ぶん回し、なぎ倒し……

つづく

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