異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第78話/Pipeline
第78話/Pipeline
しばらくすると、ドブ川はトンネルへ入り、地下へと続いていた。
「地下か……この先に処理場があるのかな」
「恐らくは……しかし、あまり深入りして良い場所ではありませんよ」
「だよな。早くキリーに止まってもらわないと」
ウィローはアクセルをふかすと、キリーたちの後ろにつける。俺は手を筒にして、大声で叫んだ。
「キリー!もう走らなくていい!追っ手はいなくなったんだ!」
「そうですよキリー!逃げ切ったんです!」
俺たちの声がトンネル内にうわんうわんとこだまする。
すると、徐々に車のスピードが落ち始めた。跳ね飛ぶ水しぶきは次第におさまっていき、やがて完全に停止した。
「キリー!大丈夫か?ていうかマトモか!?」
「意識はありますか?ていうか正気ですか!?」
「二人ともひどくな〜い……?」
キリーはぐったりとハンドルにもたれて、力なく笑ってみせた。
「だいじょーぶ。今は落ち着いてるよ。ぶっちゃけさっきまでの記憶ないんだけどさ」
「あ、やっぱり……」
「気付いたらこんな所にいるからびっくりしたよ。ていうかココどこ?」
「話せば長いが……」
その時、ドアがバタンと開いて、スーがフラフラと降りてきた。
「と、と、と、止まった?止まったの?」
「スー、そうだぞ。現に車を降りてるじゃないか」
「え?まだ走ってなぁい?だってぐるぐる回ってるよ?」
うわぁ……スーが大変だ。
車内を覗き込むと、ステリアはシートに横になって伸びていた。助手席ではリルと黒蜜が、仲良くお互いの腕を抱き合っている。あれ、所でアプリコットは?
「みんなどうしたの?わたしよく覚えてないけど、事故ったりしてないよね?」
キリーが頭を抱えながら言う。
「事故はなかったが……」
「不思議ですねぇ。錯乱している方が運転がうまいなんて」
その時、おかしなところから声が聞こえてきた。
「うまいなんて……もんじゃないわよ……」
うわっ。座席の下から手が伸びている。そこからゾンビのように這い出してきたのは、アプリコットだった。
「だ、大丈夫か?アプリコット……」
「だいじょばないわよ……冗談抜きで三途の川が見えたわ……」
「ここがドブ川だけに?」
「はっ倒すわよ!」
今にも俺に噛みつきそうなアプリコットを、スーがよしよしとなだめる。
「ま、まぁまぁアプリコットちゃん……けど、とりあえずみんな無事でよかったよ」
「そうだな。キリーがあれだけ妙技を決めてくれなかったら、きっと今頃みんなお陀仏だ。ありがとな、キリー」
「ま、怪我の功名ですかね」
「え、そーお?うふふ」
キリーは照れくさそうに鼻の頭をかいた。
「じゃあ、引き続き運転はわたしが……」
「それはよせ!」「やめてください!」
「ええー?」
俺たちがきれいにハモったところで、青白い顔をしたリルが車から降りてきた。
「……とりあえず、ドライバーを交代するのには賛成だよ。ところで、この先どこへ行く?」
どこへ……俺は、虚ろに伸びるトンネルの先を見渡した。が、真っ暗だ。
「このトンネルは、どこに繋がってるんだろう」
「先には下水処理施設があるはずですよ。さっきの門はその為のものでしょうし」
「ふむ。だとしたら、この先に行っても出口はなさそうだね。かと言って、また来た道を引き返すのは賛成しづらいかな」
それもそうだ。門にはクラッシュしたマフィアの車が山を築いている。燃え盛るのろしを見て、仲間が集まっているかもしれない。
「もしかしたら……」
ウィローが顎に手を当てながらつぶやく。
「処理場から流れる水は、郊外に排出されるようになっているはずです。そしてその水路は、首都の地下に網目のように張り巡らされているとか」
「へぇ……なんでそんなことになってるんだろう」
「雨天時の洪水対策だとか、いろいろ噂は聞きますね」
「なら……このトンネルも、そのうちの一つ?」
「可能性はあります」
「となれば、外に繋がる別の道に出られるかもしれないね。このまま奥に進んでみないかい?」
「……それがよさそうだな」
この暗がりを先に進むのは少し気が引けるが……戻るよりはススメ、だ。
「よし!ならステリア、調子は平気か?」
「……そう見えるなら、眼科に行って」
「はは……ドライバー交代なんだけど」
「……わかった。これ以上犠牲者は増やせない」
ステリアはむくりとシートから起き上がった。キリーは「さっきは褒めてくれたのに……」とぶつくさ言いながら、運転席を交代した。
「さて、ユキ。私たちはこのままバイクで行きましょう。ハンドル代わってください」
「え?ああ。いいけど、なんで俺なんだ?」
「ま、まあいいじゃないですか。ユキも運転できるみたいですし」
特に不満はないが。俺はバイクにまたがると、その後ろにキリーがぴょんと乗った。腰にしっかり手が回され、ウィローの体がぴったりくっつく。
う……なんだかこの前の夜のことを思い出しそうだ。いかん、集中集中……
「……」
ところで、冷ややかな視線を感じるのはなぜだろう。首筋にチクチクと……
「よ、よし!じゃあ行こう。俺たちが先行するから、続いてくれ!」
ブロンとアクセルをふかすと、俺はごまかすようにバイクを走らせた。
それからどれくらい走っただろうか。暗いトンネルの中じゃ外の時間もわからないし、目に入るものは延々続くコンクリの壁だけだから、距離感もつかめない。
「……ん?」
バシャバシャ水をかき分けながら走っていると、前方の水の中にきらりと光るものがあった。水の反射だろうか。
「ユキ?どうしました?」
「いや、なんかあるような……」
俺はゆっくりブレーキを踏んで、スピードを緩めた。あとから続くステリアたちも車を止める。
確か、さっきこの辺りに……近づいてみると、やはり黒いものが水中で光を反射している。
「なんだこれ……」
靴の先で小突くと、硬い感触。ちょっと気は引けるが、俺は水に手をさして、それを拾い上げてみた。
「これって……」
「……拳銃、ですね」
それは黒光りする拳銃だった。くろがねの銃身は、ヘッドライトに照らされてぴかぴか光っている。
「新しいな」
「ですね……どうしてこんなところに……?」
その時、ぷっぷ、とクラクションが鳴った。
「唐獅子!どうしたの?」
「あ、すまないステリア!拳銃が落っこちてたんだ!」
「拳銃?」
「ああ……」
「あ!ユキ、見てください!」
へ?ウィローが鉄パイプで指し示すほうを見ると、暗闇の中に、ひっそりと別の水路が口を開けているのが見えた。
「やっぱり脇道があったんです!もしかしたら外に繋がってるかも知れません!」
「おお!ステリア、別の道が見つかった!行ってみよう!」
「え?ちょっと、銃の話は……もう、唐獅子!」
俺たちが意気揚々と水路へ入っていくと、ステリアはブー!と一つ抗議のクラクションを鳴らして、後についてきた。
脇道の水路はずいぶん狭く、車一台がやっと通れるくらいの幅だった。おまけに空気が淀んでいて、ひどくカビ臭い。
息詰まる思いでバイクを走らせていると、やがて前方に待ち望んでいたものが見えてきた。
光だ。
「やった!出口だ!」
「ビンゴです!はぁ、息が詰まって死にそうでしたよ」
新鮮な空気が流れ込んでくる。カビ臭さとは無縁の、外の匂いだ。
だが、出口の目前まで行くと、新たな問題が見えてきた。
「これは……」
「……まいったな」
水路の出口、いや、この場合は入り口か。そこには、がっちりと鉄格子がはまっていたのだ。さっきといい、ほんとうに厳重な措置だ。
俺たちの後からステリアたちの車も追いついた。バイクならまだあれだが、車はとても通れそうにないぞ。
「ユキ、外せませんか?」
「ああ。やってみよう」
俺は鉄格子をがっしり握ると、ぐっと引っ張ってみた。かなりしっかり固定されているらしい、ものすごい手ごたえだ。
「ふんっ」
俺が力んだその時だ。
ミシミシ!格子の根元からトンネル全体へと、コンクリにひびが入った。
「うおっ」
「ユキ、ストップ!下手すると崩れかねません!」
俺は慌てて手を離した。
「まいったな。ゴリ押しが効かないんじゃ、お手上げだ」
「……しかたありません。みなさん、車はここに置いていきましょう」
ウィローは振り返ると、ステリアたちにも聞こえるように呼びかけた。
キリーが窓から身を乗り出す。
「え!ウィロー、どういうことなの?」
「見てのとおりです。この格子は車では抜けられません」
「そんな……この子を置いてくの?」
キリーはオンボロの車を見つめる。なんだかんだ言って、頑張ってきてくれた車だ。キリーはたいそうこの車を気に入っていた。
「キリー……今生の別れと言うわけじゃないさ。全部かたが付いたら迎えに来よう。なぁに、こんなところ誰も来やしない、絶好の隠し場所さ」
「ユキ……」
「そうですね。すみませんが、今はそれが最良です。私たちが、きちんとたどり着かないと」
「うん……そうだね」
キリーは名残惜しそうだったが、わがままを言うことはなかった。
みんな車を降り、最後にステリアがエンジンを切る。最後に、キリーが愛おしそうに車体を撫でた。
「……少しの間、待っててね」
俺たちもバイクを降りると、鉄格子の前に立った。手をかけると、慎重に力を込める。
ギギギ……格子が歪み、人ひとりが通れるほどの隙間ができた。
「よっ……と」
順番に外に出ると、そこはどこかの街中に流れる小さな水路だった。トンネルの中にいる間に、外はすっかり夕暮れ時になっている。
「ユキ。あそこにはしごが」
「よし。とりあえず、上に上がろうか」
はしごを上りきると、リルはかばんからばさりと地図を取り出した。
「さて、ここはどこだろうね。誰か、あたりに手掛かりになる物はないかな?」
手掛かりか……俺たちは手分けしてキョロキョロと歩き回った。闇雲に逃げてきたから、今プレジョンのどのあたりにいるのか見当もつかない。
ほどなくして、あっ、と黒蜜が声を上げた。
「センパイ!見てください」
黒蜜が指さしたのは、電柱に張られたボロボロのチラシだった。だいぶ傷んでいるが、辛うじて『ドットメータウン店・新装開店!』と読み取れる。
「ドットメー……それが、ここの名前かな」
「ぽいっすよね。リル、どうっすか?」
「ちょっと待っておくれ……あった、ドットメータウン。うん、地理的にも間違ってなさそうだ」
リルが地図を指差す。プレジョンの端の方に、小さくここの名前が記されていた。
「そして、目的のピップスポットはここだよ」
二町ほど隣の場所を、リルの指がトントンと叩く。
「思ったより距離は離れていないよ。タクシーでじゅうぶん行けるね」
「おお、ラッキーだったな。すぐにでも向かえる、が……」
そこまで言って口をつぐんだ。さっきのカーチェイスのせいで、みんな疲れ果てている。
「……今日はもう休んで、明日にしようか」
「さんせ〜い……」
「それで、結局こうなるんだな……」
俺はでっかいベッドの上であぐらをかきながら、ぐるぐる回る部屋を眺めていた。正確には、回っているのはベッドの方だが。
「きゃははは!すごーい、このベッド回るよ!」
「こっちはミラーボールがありますよ。場末感満載ですね」
「あれ、ユキ?どうしたんだい?」
「……なんでもないよ、リル。慣れってのは怖いもんだな」
俺たちはまたもやそういうホテルに押しかけていた。ここはフロントに人がいなくて助かった……
リルは近くの引き出しをガラッと開けると、中をしげしげと眺めた。
「すごいなコレ。どう使うのかさっぱりわからないよ」
「……頼むから、大人しくしてくれないか」
「ははは。君からすると悩ましい空間かな?」
「別に、いつもと変わらないよ。だからきみも普段通りにしてくれ」
「ん、わかった。実は少し緊張していたんだ」
リルはパタンと引き出しを閉めると、ベッドにぼすっと寝っ転がった。
「くくく。緊張だなんて、リルも可愛いとこがあるじゃないか」
「ふふ、言うね。そういう君はずいぶんと手慣れてるみたいだけど」
「そうだなぁ。初めてではないからかな」
「は?」
答えたのはリルじゃない。黒蜜だ。
「センパイ、今のどういう意味っすか?」
「え。いや、言葉通りで……」
「だから、どういう意味ですか。誰と来たんすか。ていうかいつですか」
「く、黒蜜?顔が怖いぞ?」
「……あーあ、ユキ。地雷踏んだね」
リルがさも面白そうにくつくつと笑う。
「リル、分かってるなら助けてくれよ!」
「さあ?私にはさっぱりわからないな」
「く……」
「センパイ!今ウチが話してるんすけど!」
「ひぃ!」
な、なぜこんな目に……誰か助けてくれぇ!
結局黒蜜のツノが引っ込んだのは、その日の深夜になってからだった。
つづく
しばらくすると、ドブ川はトンネルへ入り、地下へと続いていた。
「地下か……この先に処理場があるのかな」
「恐らくは……しかし、あまり深入りして良い場所ではありませんよ」
「だよな。早くキリーに止まってもらわないと」
ウィローはアクセルをふかすと、キリーたちの後ろにつける。俺は手を筒にして、大声で叫んだ。
「キリー!もう走らなくていい!追っ手はいなくなったんだ!」
「そうですよキリー!逃げ切ったんです!」
俺たちの声がトンネル内にうわんうわんとこだまする。
すると、徐々に車のスピードが落ち始めた。跳ね飛ぶ水しぶきは次第におさまっていき、やがて完全に停止した。
「キリー!大丈夫か?ていうかマトモか!?」
「意識はありますか?ていうか正気ですか!?」
「二人ともひどくな〜い……?」
キリーはぐったりとハンドルにもたれて、力なく笑ってみせた。
「だいじょーぶ。今は落ち着いてるよ。ぶっちゃけさっきまでの記憶ないんだけどさ」
「あ、やっぱり……」
「気付いたらこんな所にいるからびっくりしたよ。ていうかココどこ?」
「話せば長いが……」
その時、ドアがバタンと開いて、スーがフラフラと降りてきた。
「と、と、と、止まった?止まったの?」
「スー、そうだぞ。現に車を降りてるじゃないか」
「え?まだ走ってなぁい?だってぐるぐる回ってるよ?」
うわぁ……スーが大変だ。
車内を覗き込むと、ステリアはシートに横になって伸びていた。助手席ではリルと黒蜜が、仲良くお互いの腕を抱き合っている。あれ、所でアプリコットは?
「みんなどうしたの?わたしよく覚えてないけど、事故ったりしてないよね?」
キリーが頭を抱えながら言う。
「事故はなかったが……」
「不思議ですねぇ。錯乱している方が運転がうまいなんて」
その時、おかしなところから声が聞こえてきた。
「うまいなんて……もんじゃないわよ……」
うわっ。座席の下から手が伸びている。そこからゾンビのように這い出してきたのは、アプリコットだった。
「だ、大丈夫か?アプリコット……」
「だいじょばないわよ……冗談抜きで三途の川が見えたわ……」
「ここがドブ川だけに?」
「はっ倒すわよ!」
今にも俺に噛みつきそうなアプリコットを、スーがよしよしとなだめる。
「ま、まぁまぁアプリコットちゃん……けど、とりあえずみんな無事でよかったよ」
「そうだな。キリーがあれだけ妙技を決めてくれなかったら、きっと今頃みんなお陀仏だ。ありがとな、キリー」
「ま、怪我の功名ですかね」
「え、そーお?うふふ」
キリーは照れくさそうに鼻の頭をかいた。
「じゃあ、引き続き運転はわたしが……」
「それはよせ!」「やめてください!」
「ええー?」
俺たちがきれいにハモったところで、青白い顔をしたリルが車から降りてきた。
「……とりあえず、ドライバーを交代するのには賛成だよ。ところで、この先どこへ行く?」
どこへ……俺は、虚ろに伸びるトンネルの先を見渡した。が、真っ暗だ。
「このトンネルは、どこに繋がってるんだろう」
「先には下水処理施設があるはずですよ。さっきの門はその為のものでしょうし」
「ふむ。だとしたら、この先に行っても出口はなさそうだね。かと言って、また来た道を引き返すのは賛成しづらいかな」
それもそうだ。門にはクラッシュしたマフィアの車が山を築いている。燃え盛るのろしを見て、仲間が集まっているかもしれない。
「もしかしたら……」
ウィローが顎に手を当てながらつぶやく。
「処理場から流れる水は、郊外に排出されるようになっているはずです。そしてその水路は、首都の地下に網目のように張り巡らされているとか」
「へぇ……なんでそんなことになってるんだろう」
「雨天時の洪水対策だとか、いろいろ噂は聞きますね」
「なら……このトンネルも、そのうちの一つ?」
「可能性はあります」
「となれば、外に繋がる別の道に出られるかもしれないね。このまま奥に進んでみないかい?」
「……それがよさそうだな」
この暗がりを先に進むのは少し気が引けるが……戻るよりはススメ、だ。
「よし!ならステリア、調子は平気か?」
「……そう見えるなら、眼科に行って」
「はは……ドライバー交代なんだけど」
「……わかった。これ以上犠牲者は増やせない」
ステリアはむくりとシートから起き上がった。キリーは「さっきは褒めてくれたのに……」とぶつくさ言いながら、運転席を交代した。
「さて、ユキ。私たちはこのままバイクで行きましょう。ハンドル代わってください」
「え?ああ。いいけど、なんで俺なんだ?」
「ま、まあいいじゃないですか。ユキも運転できるみたいですし」
特に不満はないが。俺はバイクにまたがると、その後ろにキリーがぴょんと乗った。腰にしっかり手が回され、ウィローの体がぴったりくっつく。
う……なんだかこの前の夜のことを思い出しそうだ。いかん、集中集中……
「……」
ところで、冷ややかな視線を感じるのはなぜだろう。首筋にチクチクと……
「よ、よし!じゃあ行こう。俺たちが先行するから、続いてくれ!」
ブロンとアクセルをふかすと、俺はごまかすようにバイクを走らせた。
それからどれくらい走っただろうか。暗いトンネルの中じゃ外の時間もわからないし、目に入るものは延々続くコンクリの壁だけだから、距離感もつかめない。
「……ん?」
バシャバシャ水をかき分けながら走っていると、前方の水の中にきらりと光るものがあった。水の反射だろうか。
「ユキ?どうしました?」
「いや、なんかあるような……」
俺はゆっくりブレーキを踏んで、スピードを緩めた。あとから続くステリアたちも車を止める。
確か、さっきこの辺りに……近づいてみると、やはり黒いものが水中で光を反射している。
「なんだこれ……」
靴の先で小突くと、硬い感触。ちょっと気は引けるが、俺は水に手をさして、それを拾い上げてみた。
「これって……」
「……拳銃、ですね」
それは黒光りする拳銃だった。くろがねの銃身は、ヘッドライトに照らされてぴかぴか光っている。
「新しいな」
「ですね……どうしてこんなところに……?」
その時、ぷっぷ、とクラクションが鳴った。
「唐獅子!どうしたの?」
「あ、すまないステリア!拳銃が落っこちてたんだ!」
「拳銃?」
「ああ……」
「あ!ユキ、見てください!」
へ?ウィローが鉄パイプで指し示すほうを見ると、暗闇の中に、ひっそりと別の水路が口を開けているのが見えた。
「やっぱり脇道があったんです!もしかしたら外に繋がってるかも知れません!」
「おお!ステリア、別の道が見つかった!行ってみよう!」
「え?ちょっと、銃の話は……もう、唐獅子!」
俺たちが意気揚々と水路へ入っていくと、ステリアはブー!と一つ抗議のクラクションを鳴らして、後についてきた。
脇道の水路はずいぶん狭く、車一台がやっと通れるくらいの幅だった。おまけに空気が淀んでいて、ひどくカビ臭い。
息詰まる思いでバイクを走らせていると、やがて前方に待ち望んでいたものが見えてきた。
光だ。
「やった!出口だ!」
「ビンゴです!はぁ、息が詰まって死にそうでしたよ」
新鮮な空気が流れ込んでくる。カビ臭さとは無縁の、外の匂いだ。
だが、出口の目前まで行くと、新たな問題が見えてきた。
「これは……」
「……まいったな」
水路の出口、いや、この場合は入り口か。そこには、がっちりと鉄格子がはまっていたのだ。さっきといい、ほんとうに厳重な措置だ。
俺たちの後からステリアたちの車も追いついた。バイクならまだあれだが、車はとても通れそうにないぞ。
「ユキ、外せませんか?」
「ああ。やってみよう」
俺は鉄格子をがっしり握ると、ぐっと引っ張ってみた。かなりしっかり固定されているらしい、ものすごい手ごたえだ。
「ふんっ」
俺が力んだその時だ。
ミシミシ!格子の根元からトンネル全体へと、コンクリにひびが入った。
「うおっ」
「ユキ、ストップ!下手すると崩れかねません!」
俺は慌てて手を離した。
「まいったな。ゴリ押しが効かないんじゃ、お手上げだ」
「……しかたありません。みなさん、車はここに置いていきましょう」
ウィローは振り返ると、ステリアたちにも聞こえるように呼びかけた。
キリーが窓から身を乗り出す。
「え!ウィロー、どういうことなの?」
「見てのとおりです。この格子は車では抜けられません」
「そんな……この子を置いてくの?」
キリーはオンボロの車を見つめる。なんだかんだ言って、頑張ってきてくれた車だ。キリーはたいそうこの車を気に入っていた。
「キリー……今生の別れと言うわけじゃないさ。全部かたが付いたら迎えに来よう。なぁに、こんなところ誰も来やしない、絶好の隠し場所さ」
「ユキ……」
「そうですね。すみませんが、今はそれが最良です。私たちが、きちんとたどり着かないと」
「うん……そうだね」
キリーは名残惜しそうだったが、わがままを言うことはなかった。
みんな車を降り、最後にステリアがエンジンを切る。最後に、キリーが愛おしそうに車体を撫でた。
「……少しの間、待っててね」
俺たちもバイクを降りると、鉄格子の前に立った。手をかけると、慎重に力を込める。
ギギギ……格子が歪み、人ひとりが通れるほどの隙間ができた。
「よっ……と」
順番に外に出ると、そこはどこかの街中に流れる小さな水路だった。トンネルの中にいる間に、外はすっかり夕暮れ時になっている。
「ユキ。あそこにはしごが」
「よし。とりあえず、上に上がろうか」
はしごを上りきると、リルはかばんからばさりと地図を取り出した。
「さて、ここはどこだろうね。誰か、あたりに手掛かりになる物はないかな?」
手掛かりか……俺たちは手分けしてキョロキョロと歩き回った。闇雲に逃げてきたから、今プレジョンのどのあたりにいるのか見当もつかない。
ほどなくして、あっ、と黒蜜が声を上げた。
「センパイ!見てください」
黒蜜が指さしたのは、電柱に張られたボロボロのチラシだった。だいぶ傷んでいるが、辛うじて『ドットメータウン店・新装開店!』と読み取れる。
「ドットメー……それが、ここの名前かな」
「ぽいっすよね。リル、どうっすか?」
「ちょっと待っておくれ……あった、ドットメータウン。うん、地理的にも間違ってなさそうだ」
リルが地図を指差す。プレジョンの端の方に、小さくここの名前が記されていた。
「そして、目的のピップスポットはここだよ」
二町ほど隣の場所を、リルの指がトントンと叩く。
「思ったより距離は離れていないよ。タクシーでじゅうぶん行けるね」
「おお、ラッキーだったな。すぐにでも向かえる、が……」
そこまで言って口をつぐんだ。さっきのカーチェイスのせいで、みんな疲れ果てている。
「……今日はもう休んで、明日にしようか」
「さんせ〜い……」
「それで、結局こうなるんだな……」
俺はでっかいベッドの上であぐらをかきながら、ぐるぐる回る部屋を眺めていた。正確には、回っているのはベッドの方だが。
「きゃははは!すごーい、このベッド回るよ!」
「こっちはミラーボールがありますよ。場末感満載ですね」
「あれ、ユキ?どうしたんだい?」
「……なんでもないよ、リル。慣れってのは怖いもんだな」
俺たちはまたもやそういうホテルに押しかけていた。ここはフロントに人がいなくて助かった……
リルは近くの引き出しをガラッと開けると、中をしげしげと眺めた。
「すごいなコレ。どう使うのかさっぱりわからないよ」
「……頼むから、大人しくしてくれないか」
「ははは。君からすると悩ましい空間かな?」
「別に、いつもと変わらないよ。だからきみも普段通りにしてくれ」
「ん、わかった。実は少し緊張していたんだ」
リルはパタンと引き出しを閉めると、ベッドにぼすっと寝っ転がった。
「くくく。緊張だなんて、リルも可愛いとこがあるじゃないか」
「ふふ、言うね。そういう君はずいぶんと手慣れてるみたいだけど」
「そうだなぁ。初めてではないからかな」
「は?」
答えたのはリルじゃない。黒蜜だ。
「センパイ、今のどういう意味っすか?」
「え。いや、言葉通りで……」
「だから、どういう意味ですか。誰と来たんすか。ていうかいつですか」
「く、黒蜜?顔が怖いぞ?」
「……あーあ、ユキ。地雷踏んだね」
リルがさも面白そうにくつくつと笑う。
「リル、分かってるなら助けてくれよ!」
「さあ?私にはさっぱりわからないな」
「く……」
「センパイ!今ウチが話してるんすけど!」
「ひぃ!」
な、なぜこんな目に……誰か助けてくれぇ!
結局黒蜜のツノが引っ込んだのは、その日の深夜になってからだった。
つづく
コメント