異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第77話/Open Gate

第77話/Open Gate

ピョン。ほとんど重さを感じさせずに、ウィローが跳躍した。そのまま敵の車のフロントに着地すると、運転席に鉄パイプを突き刺した。ガチャーン!
車はぐらりと揺れると、けたたましい音を立てて横転した。倒れる直前、ウィローはまた飛び上がると、今度は別の車に着地した。

「すげぇ……曲芸師かよ」

おっと。思わず見惚れてしまったが、俺も負けていられない!
ブロオォン!
アクセルをひねると、猛スピードで突っ込んでいく。あれ、なんだか妙に手に馴染むな。もしかしたら、バイクは運転したことがあるのかもしれない。体が覚えている、てやつだ。

「よぅし……受けてみよ!」

俺は車に横付けすると、その土手っ腹を渾身の力で蹴りつけた。バコォン!
敵の車はひっくり返ったが、俺も反動で吹っ飛んだ。片足を地面に付いてなんとか踏ん張る。うわわわ……プレジョンに着く頃には靴底がなくなってそうだ。

「っと。ユキ、さすがです!やりますね!」

いつのまにか、ウィローが俺の後ろに戻ってきていた。

「ウィロー!ああ、なんとかな!」

「ですが、これだとキリが……」

その瞬間、チュイン!とバイクの鼻先を弾丸が掠めた。

「っ!くそっ!」

思い切りブレーキを踏み込む。俺たちがさっきまでいた場所に、無数の弾が撃ち込まれた。ババババッ!

「ちっ、やりやがったな!」

俺は再びスピードを上げると、一台の車に近づいた。
中でマフィアが慌てて武器を構えるのが見えたが、その前に俺は、ドアをむんずと掴んだ。

「うぉりゃあぁ!」

バキバキバキ!
力任せに引っ張ると、ドアはあっけなくむしり取られた。

「ひいぃぃ!な、なんだこいつ、化け物かよ!」

バキン、ガキン!
失礼な奴だな。弾が撃ち込まれるが、俺は鉄扉でそれを防ぐ。マフィアがひるんで銃を下ろした隙に、俺のわきからウィローが、ひゅっと鉄パイプを突き出した。
ゴキッ。パイプは、相手のあごを強打した。

「せいやぁ!」

とどめに俺が蹴飛ばすと、車はハンドルを滑らせて派手にスピンした。それを避けきれなかった後続の車が次々とぶつかりあう。

「今の……」

ピーンときた。これは使えるかもしれない。

「ウィロー、さっきなんて言いかけたんだー!」

「へ?ああ、このままじゃキリがないって言おうとしたんです!」

「それなんだけど、俺に考えがあるんだ!奴らを一網打尽にできるかもしれない!」

「ええ?」

半信半疑のウィローをよそに、俺はバイクのスピードを上げた。この車の大群の先頭に出ると、俺はさっきもぎ取った鉄の扉をぶんぶん振り回した。

「ユキ?いったい何を……」

「こいつを、こうするのさ!」

おりゃあ!
俺は鉄扉を、ブーメランのように水平に放り投げた。
扉は半円を描くようにフィンフィンと飛んでいき、マフィアどもの集団の先頭を走る車にに直撃した。
ガッシャーン!

「やったぜ、ビンゴだ!」

「おお!ですが、それでも一台だけです。ほかの連中が……」

ウィローが言いかけたその時、ドアをぶつけられた車がとうとう耐え兼ね、横転した。それに巻き込まれた後続が、次々とつのっていく。

「……こんなことって」

あっという間に、ちょっとした車の団子ができた。

「どうだ、だいぶ数は減ったろ!」

「……ええ。残りを片付けましょう!」

だいぶまばらになったが、それでもかなりの数が俺たちを追ってくる。
だが、首都の影もどんどん近づいてきている。あと少しだ。

「っ!ユキ、来ましたよ!ヤツです!」

一台のバイクが車の群れの中を突っ切ってくる。白髪をバサバサ揺らして、クロが鬼の形相で迫って来ていた。

「大人しく女を差し出せぇ!でなきゃお前ら全員皆殺しだ!」

「くそ、お前なんなんだよ!キリーに何の恨みがあるんだ!」

「黙れ!お前に用はない!」

クロは懐から拳銃を取りだした。

「くっ」

ウィローは突然、地面をパイプでガリガリ擦り始めた。乾いた地面からは、もうもうと土煙が上がる。

「バカな女め、煙幕のつもりか!」

クロはそんな物ものともせずに突っ切ってきた。

「バカですね、そんなわけないでしょう」

カツン。ウィローの鉄パイプが、一つの石ころを跳ね上げた。と同時に、パイプをぐぐっと引いた。石が再び地面に落ちる前に、ウィローはそれをカキンと打ち出した。

「ぐぅ!」

クロの手から銃が弾き飛ばされた。さっきの石で、クロの手元を正確に射抜いた……らしい。

「……きみ、ヤクザを辞めたら野球選手になれよ」

「なに呑気なこと言ってるんですか。来ますよ!」

銃を失ったクロは、得物をトンファーに持ち換えている。

「うぅらっ!」

「くっ!」

トンファーと鉄パイプが火花を散らす。衝撃でバイクがぐらりと揺れた。

「邪魔をするな、女!貴様に用はない!」

「なら失せなさい!でないと、あなたもパイプの錆になりますよ!」

「黙れ!ならお前も殺すまでだ!」

ガガガガ!後ろでものすごい応酬が繰り広げられているが、ハンドルからは手を離せない。
ウィローは手強いと感じたのか、クロはサッとトンファーを引いた。そして狙いを付けたのは、運転中で無防備な俺だ。

「うらあ!」

俺の脇腹目掛けてキックが飛んでくる。だがおとなしく喰らってやるほど、俺もお人好しじゃないぞ!

「ふっとべえぇぇ!」

俺は力任せにヤツの単車を蹴っ飛ばした。クロを乗せたまま、バイクがふわりと宙を舞う。クロは必死に舵を取ってドスンと着地したが、その時パン!と軽快な破裂音が響いた。

「なに!?くそぉっ」

クロの単車がグラグラ揺れる。どっちかのタイヤがパンクしたな。

「おのれええぇぇぇ……」

スピードを失ったクロは、俺たちの後方で少しずつ小さくなっていった。

「ふぅ……全く、面倒な相手です。今回も倒し損ねてしまいました」

「ああ……また現れそうな気がするよ」

「ただの予感であってほしいものです……あ!ユキ、見てください!」

ウィローの指先を追うと、そこには霧の合間から姿を見せるプレジョンの街並みがあった。

「着いたか……!」

「けど、どうしましょう?だいぶ減ったとはいえ、まだかなりの数が追って来てますよ!」

サイドミラーをチラリと覗くと、黒い点がポツポツと散っているのが見えた。

「そろそろ市街地に入るよな。連中も追いづらくなるはずだが……」

「けどそうすると、私たちも危ないです!キリーが今の状態で、まともに運転できると思えません!」

ただでさえ普段アレなのに!とウィローが叫ぶ。
確かにウィローの言う通りだ。今のキリーに、そんな高度なことが出来るとは思えない。だが、もう時間がないぞ。荒野は終わり、アスファルトで覆われた地面が始まりだしている。

「あ!」

「え?どうしたウィロー?」

「前!前方に川があります!」

川?見れば、目の前にポッカリと溝が空いている。よく見ると、それはコンクリで固められたドブ川だった。干上がった川は水量はないが、深い。

「ちょっと、落っこちないでくださいよ!」

「おいおいウィロー、いくら俺で……も……」

「ええ……心配なのはこちらではなく……」

俺はまっすぐドブ川に向かっていく、キリーたちの車をこわごわ見つめた。

「流石に道と溝の区別はついてるよな?」

「忘れましたか、ユキ。キリーの運転は走っているところが道、というスタイルです」

「……うおおぉ!キリー、待てえぇぇ!」

俺はアクセル全開でキリーたちを追った。
横付けすると、窓の中から必死に訴えるスーの姿が見えた。

「ああ、わかってる!キリー、おいキリー!」

俺は運転席に向かって大声をかけるが、当のキリーは聞こえていないようだった。一心不乱に前を見つめている。

「キリー!しっかりするんです!走るのは道だけにしないと!」

「あ、あ、あ!ウィロー、やばいぞ!」

ドブ川はもうすぐそこだ!
俺たちがあっと叫ぶ間も無く、キリーたちを乗せた車はドブ川へと飛び出した!

「ああ!……あ?」

ぶつかるかと思ったその瞬間、車は空中でグルンと体をひねり、溝の壁面を爆走した。

「ど……え?」

そのまま何事もなかったかのように川底に着水すると、水しぶきを上げて走り去っていく。

「……はっ。ユキ、ぼーっとしてる場合じゃありません!追いましょう!」

「え、あ、ああ!」

目の前の出来事に呆気にとられていた。運転が壊滅的に下手なキリーが、あんなアクロバットを披露するなんて……
俺が再びエンジンをふかすと、バイクのサイドミラーが突然ふっ飛ばされた。バキィン!

「ちっ、もう追っ手が追い付いたようですね!」

「くそっ」

バオォン!俺はアクセルを踏み込み、バイクを急発進させた。

「ユキ、私たちも降りましょう!」

「え?降りるって、このドブ川にか?」

「少なくとも、銃弾から身は隠せます!それに、キリーたちを追わないと!」

「わかった!しっかり捕まってろよ!」

ハンドルをひねると、ドブ川のほうへ車体を向ける。タイヤが縁石に乗り上げると、車体がガツン、と飛び上がった。

「うおぉぉぉお!」

バッシャーン!水をまき散らしながら着水する。両足で踏ん張り、何とか転倒は免れた。

「おし、これで連中も撒けたか?」

「……いいえ、やつら予想外に命知らずみたいです」

なに?
なんと俺たちを追って、マフィアの車まで川に飛び込んできた。何台かは壁に激突してひっくり返ったが、数台はフロントガラスにひびを入れながらも着地し、こちらを追ってくる。

「くそ、あいつらバカか!」

「一周回って怖いですよ。なんでそこまで私たちに固執するんでしょう?」

「まったくだ、今度じっくり話を聞かせてもらおう!飛ばすぞ!」

アクセルを全開にすると、猛スピードでバイクを走らせた。跳ね上げられた水が白いあぶくのわだちを残していく。
やがて、キリーたちの車のケツをとらえた。道の悪い川底の中を、信じられないスピードで走っている。どう考えても道路より運転がうまいぞ?

「キリー!聞こえてるか!」

俺が叫んでも、やはり返事はかえってこない。
すると、車の窓が下され、中からスーが顔を出した。

「ユキくん!」

「スー!無事か!キリーはどうなってる!」

「呼んでも返事がないの!けどアクセルからは離れないから、危なくて触れもしないんだ!」

「やはり、だいぶ意識が飛んでいるようですね……」

「くそ……スー、何とか止められないか……」

「唐獅子!ウィロー!」

その時、反対側の窓からステリアが叫んだ。

「前方!障害物!」

「な……んだ、ありゃ」

俺たちの行く手、数百メートルほど先に、巨大な鉄格子のような門がそびえ立っている。

「あれは……おそらく下水処理施設の入り口です!立ち入れないように、普段は施錠されているんです!」

「それにしても厳重すぎないか!?監獄じゃないんだぞ!」

びっしりと立ち並ぶ鉄柱たちは、見るからに頑丈そうだ。あんなのにぶつかったら、一たまりもないぞ!
だがキリーは止まるそぶりを見せない。それに今止まったら、後から追いかけてくるマフィアどもにハチの巣にされてしまう。

「ユキ!こうなったら一か八かです!」

「え?どうするつもりだ!」

「私があなたをぶっ飛ばします!」

「は?」

「ユキが砲弾になって、あの門をぶっ壊してください!」

「何!」

違う場所なら冗談で笑えたかもしれないが、今は時が時だ。ウィローの声はいたってまじめだった。

「……考えてる暇もなさそうだ。ウィロー、乗ったぜ。風穴、開けてやる!」

「信じてますよ、ユキ!アクセルは緩めませんから!」

そう言うと、ウィローは後ろの席にまたがり、もぞりと体を寄せた。

「ユキ、座席に立てますか。ハンドルは私が握ります」

「ああ。けど、どうやって俺を飛ばす?」

「私がパイプでユキを打ち出します。あなたはタイミングよくジャンプしてください」

「……結構難しいな、それ」

「なるべくユキのペースに合わせますよ。それとも、練習が必要ですか?」

「……その練習が本番なんだろ。いいさ、やろう!」

俺は慎重にハンドルを離すと、そろそろ座席の上に立った。俺の足越しにウィローがハンドルを握る。

「いいですか!さん、にい、いち!で飛んでください!」

「わかった!」

「そんなに力む必要はありません。ポンっと、軽く横に飛んでください。後は私が後押しします!」

「ようし。やろう!」

「はい!」

俺はふっ、と息を吐いた。今や鉄の門は目の前に迫っている。道を切り開かなくては、俺たちはここで全滅だ。

「させてたまるか、そんなこと……!」

「ユキ!カウント、行きますよ!さん……」

ギリ、と奥歯を噛む。

「に……」

だが、強張ってはいけない。ウィローに身を任せるんだ。

「いち!」

とんっ。座席を蹴ると同時に、ぐっと膝を折る。次の瞬間、靴の裏に硬い物が当たった。と同時に、体がぐんっと加速する。

「せりゃあああぁぁぁぁ!」

ウィローの雄叫びが終わる瞬間、俺も足をぐっと伸ばした。

ドンッ!

俺は猛烈な勢いで飛び出した。宙を飛びながら、唐獅子のオーラを纏う。俺は真っ赤に燃えるロケットのように、一直線で門へと突っ込んでいく!

「開けええええぇぇぇぇぇぇ!」

拳を格子にぶち当てた!

バコーン!ガラガラガラ!

凄まじい音と共に、俺は川底に突っ込んだ。勢いでゴロゴロ転がってから振り返ると、鉄格子のど真ん中にぽっかり穴が空いていた。その穴からウィローが飛び込んでくる。

「ユキ!」

ウィローが手を差し伸べる。その手をなんとか掴むと、ぐいと車上に引き上げられた。

「ウィロー!どうだ!?」

「格子の継ぎ目から吹き飛んだようです!車が通れるかはギリギリかと……!」

くっ……俺が開けた穴は、縦長に格子の一区画を吹き飛ばしていた。横幅は思ったより狭いぞ。うちの車が通り抜けられるかどうか……

「やっぱりキリーたちを止めよう!危険すぎだ!」

「ですがもう時間が……くそっ!キリーが正気に戻ってくれればいいのですが!」

ギャルン!ウィローはバイクをUターンさせると、俺が空けた穴の方へと走らせた。
だが、キリーたちの車も猛スピードで突っ込んでくる。

「キリー!止まれえぇぇっ!」

「この際力づくでも……!」

ウィローが鉄パイプをぐぐっと引く。な、投げる気か?

だがその時、キリーたちの車は突然ふらりと揺れて、壁面に激突した。

「ああ!」

俺たち二人の叫びがこだまする。
だが、違った。壁にぶつかったんじゃなくて、タイヤを壁面に乗り上げたんだ。片輪を壁に、もう片方を川底に押し付け、車は斜めになって走る。その体勢のまま、ふわりと壁を離れた。

「か……」

「片輪走行……」

車は斜めになったまま、するりと格子の穴をすり抜けた。

「……キリーって、もしかして普段は運転へたなフリをしてるんじゃないか」

「そんなばかな……」

俺たちが呆気に取られていると、後を追ってきたマフィアたちも門の目前まで迫ってきていた。やつらもスピードを緩める気はさらさらないらしい。

「本当に命知らずですね。通れるかもわからないでしょうに」

「ここにいてもいいことはなさそうだな。出してくれウィロー!キリーたちに続こう!」

「はい!」

ブロォン!エンジンが唸りをあげ、俺たちは再び走り出した。ちらりと振り返ると、マフィアの車が格子に突っ込むところが見えた。あれ、でも明らかに幅が足りてないぞ。あれじゃ……

ドガシャーン!

壮絶な轟音を響かせ、車が鉄の柱に激突した。そのあとに続いていた車はブレーキを踏んだが、もう遅い。
ドン!ドガン!
続けざまに二台、三台と突っ込む。

「ヤバそうだな。ウィロー!気を付け……」

俺が言い終えようとした、その時だ。

ドガガァァァァン!

「うおっ!」

「きゃあぁ!」

爆音と共に、とんでもない熱風が首筋を焼いた。後方を見れば、格子の前に真っ赤に燃える火の玉があった。マフィアの車が爆発したんだ。

「……馬鹿な連中ですね。こんな所が死に場所だなんて」

「……ああ」

俺たちは燃え盛る火の塊を一瞥すると、再びバイクを走らせた。

つづく

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