異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第77話/Open Gate
第77話/Open Gate
ピョン。ほとんど重さを感じさせずに、ウィローが跳躍した。そのまま敵の車のフロントに着地すると、運転席に鉄パイプを突き刺した。ガチャーン!
車はぐらりと揺れると、けたたましい音を立てて横転した。倒れる直前、ウィローはまた飛び上がると、今度は別の車に着地した。
「すげぇ……曲芸師かよ」
おっと。思わず見惚れてしまったが、俺も負けていられない!
ブロオォン!
アクセルをひねると、猛スピードで突っ込んでいく。あれ、なんだか妙に手に馴染むな。もしかしたら、バイクは運転したことがあるのかもしれない。体が覚えている、てやつだ。
「よぅし……受けてみよ!」
俺は車に横付けすると、その土手っ腹を渾身の力で蹴りつけた。バコォン!
敵の車はひっくり返ったが、俺も反動で吹っ飛んだ。片足を地面に付いてなんとか踏ん張る。うわわわ……プレジョンに着く頃には靴底がなくなってそうだ。
「っと。ユキ、さすがです!やりますね!」
いつのまにか、ウィローが俺の後ろに戻ってきていた。
「ウィロー!ああ、なんとかな!」
「ですが、これだとキリが……」
その瞬間、チュイン!とバイクの鼻先を弾丸が掠めた。
「っ!くそっ!」
思い切りブレーキを踏み込む。俺たちがさっきまでいた場所に、無数の弾が撃ち込まれた。ババババッ!
「ちっ、やりやがったな!」
俺は再びスピードを上げると、一台の車に近づいた。
中でマフィアが慌てて武器を構えるのが見えたが、その前に俺は、ドアをむんずと掴んだ。
「うぉりゃあぁ!」
バキバキバキ!
力任せに引っ張ると、ドアはあっけなくむしり取られた。
「ひいぃぃ!な、なんだこいつ、化け物かよ!」
バキン、ガキン!
失礼な奴だな。弾が撃ち込まれるが、俺は鉄扉でそれを防ぐ。マフィアがひるんで銃を下ろした隙に、俺のわきからウィローが、ひゅっと鉄パイプを突き出した。
ゴキッ。パイプは、相手のあごを強打した。
「せいやぁ!」
とどめに俺が蹴飛ばすと、車はハンドルを滑らせて派手にスピンした。それを避けきれなかった後続の車が次々とぶつかりあう。
「今の……」
ピーンときた。これは使えるかもしれない。
「ウィロー、さっきなんて言いかけたんだー!」
「へ?ああ、このままじゃキリがないって言おうとしたんです!」
「それなんだけど、俺に考えがあるんだ!奴らを一網打尽にできるかもしれない!」
「ええ?」
半信半疑のウィローをよそに、俺はバイクのスピードを上げた。この車の大群の先頭に出ると、俺はさっきもぎ取った鉄の扉をぶんぶん振り回した。
「ユキ?いったい何を……」
「こいつを、こうするのさ!」
おりゃあ!
俺は鉄扉を、ブーメランのように水平に放り投げた。
扉は半円を描くようにフィンフィンと飛んでいき、マフィアどもの集団の先頭を走る車にに直撃した。
ガッシャーン!
「やったぜ、ビンゴだ!」
「おお!ですが、それでも一台だけです。ほかの連中が……」
ウィローが言いかけたその時、ドアをぶつけられた車がとうとう耐え兼ね、横転した。それに巻き込まれた後続が、次々とつのっていく。
「……こんなことって」
あっという間に、ちょっとした車の団子ができた。
「どうだ、だいぶ数は減ったろ!」
「……ええ。残りを片付けましょう!」
だいぶまばらになったが、それでもかなりの数が俺たちを追ってくる。
だが、首都の影もどんどん近づいてきている。あと少しだ。
「っ!ユキ、来ましたよ!ヤツです!」
一台のバイクが車の群れの中を突っ切ってくる。白髪をバサバサ揺らして、クロが鬼の形相で迫って来ていた。
「大人しく女を差し出せぇ!でなきゃお前ら全員皆殺しだ!」
「くそ、お前なんなんだよ!キリーに何の恨みがあるんだ!」
「黙れ!お前に用はない!」
クロは懐から拳銃を取りだした。
「くっ」
ウィローは突然、地面をパイプでガリガリ擦り始めた。乾いた地面からは、もうもうと土煙が上がる。
「バカな女め、煙幕のつもりか!」
クロはそんな物ものともせずに突っ切ってきた。
「バカですね、そんなわけないでしょう」
カツン。ウィローの鉄パイプが、一つの石ころを跳ね上げた。と同時に、パイプをぐぐっと引いた。石が再び地面に落ちる前に、ウィローはそれをカキンと打ち出した。
「ぐぅ!」
クロの手から銃が弾き飛ばされた。さっきの石で、クロの手元を正確に射抜いた……らしい。
「……きみ、ヤクザを辞めたら野球選手になれよ」
「なに呑気なこと言ってるんですか。来ますよ!」
銃を失ったクロは、得物をトンファーに持ち換えている。
「うぅらっ!」
「くっ!」
トンファーと鉄パイプが火花を散らす。衝撃でバイクがぐらりと揺れた。
「邪魔をするな、女!貴様に用はない!」
「なら失せなさい!でないと、あなたもパイプの錆になりますよ!」
「黙れ!ならお前も殺すまでだ!」
ガガガガ!後ろでものすごい応酬が繰り広げられているが、ハンドルからは手を離せない。
ウィローは手強いと感じたのか、クロはサッとトンファーを引いた。そして狙いを付けたのは、運転中で無防備な俺だ。
「うらあ!」
俺の脇腹目掛けてキックが飛んでくる。だがおとなしく喰らってやるほど、俺もお人好しじゃないぞ!
「ふっとべえぇぇ!」
俺は力任せにヤツの単車を蹴っ飛ばした。クロを乗せたまま、バイクがふわりと宙を舞う。クロは必死に舵を取ってドスンと着地したが、その時パン!と軽快な破裂音が響いた。
「なに!?くそぉっ」
クロの単車がグラグラ揺れる。どっちかのタイヤがパンクしたな。
「おのれええぇぇぇ……」
スピードを失ったクロは、俺たちの後方で少しずつ小さくなっていった。
「ふぅ……全く、面倒な相手です。今回も倒し損ねてしまいました」
「ああ……また現れそうな気がするよ」
「ただの予感であってほしいものです……あ!ユキ、見てください!」
ウィローの指先を追うと、そこには霧の合間から姿を見せるプレジョンの街並みがあった。
「着いたか……!」
「けど、どうしましょう?だいぶ減ったとはいえ、まだかなりの数が追って来てますよ!」
サイドミラーをチラリと覗くと、黒い点がポツポツと散っているのが見えた。
「そろそろ市街地に入るよな。連中も追いづらくなるはずだが……」
「けどそうすると、私たちも危ないです!キリーが今の状態で、まともに運転できると思えません!」
ただでさえ普段アレなのに!とウィローが叫ぶ。
確かにウィローの言う通りだ。今のキリーに、そんな高度なことが出来るとは思えない。だが、もう時間がないぞ。荒野は終わり、アスファルトで覆われた地面が始まりだしている。
「あ!」
「え?どうしたウィロー?」
「前!前方に川があります!」
川?見れば、目の前にポッカリと溝が空いている。よく見ると、それはコンクリで固められたドブ川だった。干上がった川は水量はないが、深い。
「ちょっと、落っこちないでくださいよ!」
「おいおいウィロー、いくら俺で……も……」
「ええ……心配なのはこちらではなく……」
俺はまっすぐドブ川に向かっていく、キリーたちの車をこわごわ見つめた。
「流石に道と溝の区別はついてるよな?」
「忘れましたか、ユキ。キリーの運転は走っているところが道、というスタイルです」
「……うおおぉ!キリー、待てえぇぇ!」
俺はアクセル全開でキリーたちを追った。
横付けすると、窓の中から必死に訴えるスーの姿が見えた。
「ああ、わかってる!キリー、おいキリー!」
俺は運転席に向かって大声をかけるが、当のキリーは聞こえていないようだった。一心不乱に前を見つめている。
「キリー!しっかりするんです!走るのは道だけにしないと!」
「あ、あ、あ!ウィロー、やばいぞ!」
ドブ川はもうすぐそこだ!
俺たちがあっと叫ぶ間も無く、キリーたちを乗せた車はドブ川へと飛び出した!
「ああ!……あ?」
ぶつかるかと思ったその瞬間、車は空中でグルンと体をひねり、溝の壁面を爆走した。
「ど……え?」
そのまま何事もなかったかのように川底に着水すると、水しぶきを上げて走り去っていく。
「……はっ。ユキ、ぼーっとしてる場合じゃありません!追いましょう!」
「え、あ、ああ!」
目の前の出来事に呆気にとられていた。運転が壊滅的に下手なキリーが、あんなアクロバットを披露するなんて……
俺が再びエンジンをふかすと、バイクのサイドミラーが突然ふっ飛ばされた。バキィン!
「ちっ、もう追っ手が追い付いたようですね!」
「くそっ」
バオォン!俺はアクセルを踏み込み、バイクを急発進させた。
「ユキ、私たちも降りましょう!」
「え?降りるって、このドブ川にか?」
「少なくとも、銃弾から身は隠せます!それに、キリーたちを追わないと!」
「わかった!しっかり捕まってろよ!」
ハンドルをひねると、ドブ川のほうへ車体を向ける。タイヤが縁石に乗り上げると、車体がガツン、と飛び上がった。
「うおぉぉぉお!」
バッシャーン!水をまき散らしながら着水する。両足で踏ん張り、何とか転倒は免れた。
「おし、これで連中も撒けたか?」
「……いいえ、やつら予想外に命知らずみたいです」
なに?
なんと俺たちを追って、マフィアの車まで川に飛び込んできた。何台かは壁に激突してひっくり返ったが、数台はフロントガラスにひびを入れながらも着地し、こちらを追ってくる。
「くそ、あいつらバカか!」
「一周回って怖いですよ。なんでそこまで私たちに固執するんでしょう?」
「まったくだ、今度じっくり話を聞かせてもらおう!飛ばすぞ!」
アクセルを全開にすると、猛スピードでバイクを走らせた。跳ね上げられた水が白いあぶくのわだちを残していく。
やがて、キリーたちの車のケツをとらえた。道の悪い川底の中を、信じられないスピードで走っている。どう考えても道路より運転がうまいぞ?
「キリー!聞こえてるか!」
俺が叫んでも、やはり返事はかえってこない。
すると、車の窓が下され、中からスーが顔を出した。
「ユキくん!」
「スー!無事か!キリーはどうなってる!」
「呼んでも返事がないの!けどアクセルからは離れないから、危なくて触れもしないんだ!」
「やはり、だいぶ意識が飛んでいるようですね……」
「くそ……スー、何とか止められないか……」
「唐獅子!ウィロー!」
その時、反対側の窓からステリアが叫んだ。
「前方!障害物!」
「な……んだ、ありゃ」
俺たちの行く手、数百メートルほど先に、巨大な鉄格子のような門がそびえ立っている。
「あれは……おそらく下水処理施設の入り口です!立ち入れないように、普段は施錠されているんです!」
「それにしても厳重すぎないか!?監獄じゃないんだぞ!」
びっしりと立ち並ぶ鉄柱たちは、見るからに頑丈そうだ。あんなのにぶつかったら、一たまりもないぞ!
だがキリーは止まるそぶりを見せない。それに今止まったら、後から追いかけてくるマフィアどもにハチの巣にされてしまう。
「ユキ!こうなったら一か八かです!」
「え?どうするつもりだ!」
「私があなたをぶっ飛ばします!」
「は?」
「ユキが砲弾になって、あの門をぶっ壊してください!」
「何!」
違う場所なら冗談で笑えたかもしれないが、今は時が時だ。ウィローの声はいたってまじめだった。
「……考えてる暇もなさそうだ。ウィロー、乗ったぜ。風穴、開けてやる!」
「信じてますよ、ユキ!アクセルは緩めませんから!」
そう言うと、ウィローは後ろの席にまたがり、もぞりと体を寄せた。
「ユキ、座席に立てますか。ハンドルは私が握ります」
「ああ。けど、どうやって俺を飛ばす?」
「私がパイプでユキを打ち出します。あなたはタイミングよくジャンプしてください」
「……結構難しいな、それ」
「なるべくユキのペースに合わせますよ。それとも、練習が必要ですか?」
「……その練習が本番なんだろ。いいさ、やろう!」
俺は慎重にハンドルを離すと、そろそろ座席の上に立った。俺の足越しにウィローがハンドルを握る。
「いいですか!さん、にい、いち!で飛んでください!」
「わかった!」
「そんなに力む必要はありません。ポンっと、軽く横に飛んでください。後は私が後押しします!」
「ようし。やろう!」
「はい!」
俺はふっ、と息を吐いた。今や鉄の門は目の前に迫っている。道を切り開かなくては、俺たちはここで全滅だ。
「させてたまるか、そんなこと……!」
「ユキ!カウント、行きますよ!さん……」
ギリ、と奥歯を噛む。
「に……」
だが、強張ってはいけない。ウィローに身を任せるんだ。
「いち!」
とんっ。座席を蹴ると同時に、ぐっと膝を折る。次の瞬間、靴の裏に硬い物が当たった。と同時に、体がぐんっと加速する。
「せりゃあああぁぁぁぁ!」
ウィローの雄叫びが終わる瞬間、俺も足をぐっと伸ばした。
ドンッ!
俺は猛烈な勢いで飛び出した。宙を飛びながら、唐獅子のオーラを纏う。俺は真っ赤に燃えるロケットのように、一直線で門へと突っ込んでいく!
「開けええええぇぇぇぇぇぇ!」
拳を格子にぶち当てた!
バコーン!ガラガラガラ!
凄まじい音と共に、俺は川底に突っ込んだ。勢いでゴロゴロ転がってから振り返ると、鉄格子のど真ん中にぽっかり穴が空いていた。その穴からウィローが飛び込んでくる。
「ユキ!」
ウィローが手を差し伸べる。その手をなんとか掴むと、ぐいと車上に引き上げられた。
「ウィロー!どうだ!?」
「格子の継ぎ目から吹き飛んだようです!車が通れるかはギリギリかと……!」
くっ……俺が開けた穴は、縦長に格子の一区画を吹き飛ばしていた。横幅は思ったより狭いぞ。うちの車が通り抜けられるかどうか……
「やっぱりキリーたちを止めよう!危険すぎだ!」
「ですがもう時間が……くそっ!キリーが正気に戻ってくれればいいのですが!」
ギャルン!ウィローはバイクをUターンさせると、俺が空けた穴の方へと走らせた。
だが、キリーたちの車も猛スピードで突っ込んでくる。
「キリー!止まれえぇぇっ!」
「この際力づくでも……!」
ウィローが鉄パイプをぐぐっと引く。な、投げる気か?
だがその時、キリーたちの車は突然ふらりと揺れて、壁面に激突した。
「ああ!」
俺たち二人の叫びがこだまする。
だが、違った。壁にぶつかったんじゃなくて、タイヤを壁面に乗り上げたんだ。片輪を壁に、もう片方を川底に押し付け、車は斜めになって走る。その体勢のまま、ふわりと壁を離れた。
「か……」
「片輪走行……」
車は斜めになったまま、するりと格子の穴をすり抜けた。
「……キリーって、もしかして普段は運転へたなフリをしてるんじゃないか」
「そんなばかな……」
俺たちが呆気に取られていると、後を追ってきたマフィアたちも門の目前まで迫ってきていた。やつらもスピードを緩める気はさらさらないらしい。
「本当に命知らずですね。通れるかもわからないでしょうに」
「ここにいてもいいことはなさそうだな。出してくれウィロー!キリーたちに続こう!」
「はい!」
ブロォン!エンジンが唸りをあげ、俺たちは再び走り出した。ちらりと振り返ると、マフィアの車が格子に突っ込むところが見えた。あれ、でも明らかに幅が足りてないぞ。あれじゃ……
ドガシャーン!
壮絶な轟音を響かせ、車が鉄の柱に激突した。そのあとに続いていた車はブレーキを踏んだが、もう遅い。
ドン!ドガン!
続けざまに二台、三台と突っ込む。
「ヤバそうだな。ウィロー!気を付け……」
俺が言い終えようとした、その時だ。
ドガガァァァァン!
「うおっ!」
「きゃあぁ!」
爆音と共に、とんでもない熱風が首筋を焼いた。後方を見れば、格子の前に真っ赤に燃える火の玉があった。マフィアの車が爆発したんだ。
「……馬鹿な連中ですね。こんな所が死に場所だなんて」
「……ああ」
俺たちは燃え盛る火の塊を一瞥すると、再びバイクを走らせた。
つづく
ピョン。ほとんど重さを感じさせずに、ウィローが跳躍した。そのまま敵の車のフロントに着地すると、運転席に鉄パイプを突き刺した。ガチャーン!
車はぐらりと揺れると、けたたましい音を立てて横転した。倒れる直前、ウィローはまた飛び上がると、今度は別の車に着地した。
「すげぇ……曲芸師かよ」
おっと。思わず見惚れてしまったが、俺も負けていられない!
ブロオォン!
アクセルをひねると、猛スピードで突っ込んでいく。あれ、なんだか妙に手に馴染むな。もしかしたら、バイクは運転したことがあるのかもしれない。体が覚えている、てやつだ。
「よぅし……受けてみよ!」
俺は車に横付けすると、その土手っ腹を渾身の力で蹴りつけた。バコォン!
敵の車はひっくり返ったが、俺も反動で吹っ飛んだ。片足を地面に付いてなんとか踏ん張る。うわわわ……プレジョンに着く頃には靴底がなくなってそうだ。
「っと。ユキ、さすがです!やりますね!」
いつのまにか、ウィローが俺の後ろに戻ってきていた。
「ウィロー!ああ、なんとかな!」
「ですが、これだとキリが……」
その瞬間、チュイン!とバイクの鼻先を弾丸が掠めた。
「っ!くそっ!」
思い切りブレーキを踏み込む。俺たちがさっきまでいた場所に、無数の弾が撃ち込まれた。ババババッ!
「ちっ、やりやがったな!」
俺は再びスピードを上げると、一台の車に近づいた。
中でマフィアが慌てて武器を構えるのが見えたが、その前に俺は、ドアをむんずと掴んだ。
「うぉりゃあぁ!」
バキバキバキ!
力任せに引っ張ると、ドアはあっけなくむしり取られた。
「ひいぃぃ!な、なんだこいつ、化け物かよ!」
バキン、ガキン!
失礼な奴だな。弾が撃ち込まれるが、俺は鉄扉でそれを防ぐ。マフィアがひるんで銃を下ろした隙に、俺のわきからウィローが、ひゅっと鉄パイプを突き出した。
ゴキッ。パイプは、相手のあごを強打した。
「せいやぁ!」
とどめに俺が蹴飛ばすと、車はハンドルを滑らせて派手にスピンした。それを避けきれなかった後続の車が次々とぶつかりあう。
「今の……」
ピーンときた。これは使えるかもしれない。
「ウィロー、さっきなんて言いかけたんだー!」
「へ?ああ、このままじゃキリがないって言おうとしたんです!」
「それなんだけど、俺に考えがあるんだ!奴らを一網打尽にできるかもしれない!」
「ええ?」
半信半疑のウィローをよそに、俺はバイクのスピードを上げた。この車の大群の先頭に出ると、俺はさっきもぎ取った鉄の扉をぶんぶん振り回した。
「ユキ?いったい何を……」
「こいつを、こうするのさ!」
おりゃあ!
俺は鉄扉を、ブーメランのように水平に放り投げた。
扉は半円を描くようにフィンフィンと飛んでいき、マフィアどもの集団の先頭を走る車にに直撃した。
ガッシャーン!
「やったぜ、ビンゴだ!」
「おお!ですが、それでも一台だけです。ほかの連中が……」
ウィローが言いかけたその時、ドアをぶつけられた車がとうとう耐え兼ね、横転した。それに巻き込まれた後続が、次々とつのっていく。
「……こんなことって」
あっという間に、ちょっとした車の団子ができた。
「どうだ、だいぶ数は減ったろ!」
「……ええ。残りを片付けましょう!」
だいぶまばらになったが、それでもかなりの数が俺たちを追ってくる。
だが、首都の影もどんどん近づいてきている。あと少しだ。
「っ!ユキ、来ましたよ!ヤツです!」
一台のバイクが車の群れの中を突っ切ってくる。白髪をバサバサ揺らして、クロが鬼の形相で迫って来ていた。
「大人しく女を差し出せぇ!でなきゃお前ら全員皆殺しだ!」
「くそ、お前なんなんだよ!キリーに何の恨みがあるんだ!」
「黙れ!お前に用はない!」
クロは懐から拳銃を取りだした。
「くっ」
ウィローは突然、地面をパイプでガリガリ擦り始めた。乾いた地面からは、もうもうと土煙が上がる。
「バカな女め、煙幕のつもりか!」
クロはそんな物ものともせずに突っ切ってきた。
「バカですね、そんなわけないでしょう」
カツン。ウィローの鉄パイプが、一つの石ころを跳ね上げた。と同時に、パイプをぐぐっと引いた。石が再び地面に落ちる前に、ウィローはそれをカキンと打ち出した。
「ぐぅ!」
クロの手から銃が弾き飛ばされた。さっきの石で、クロの手元を正確に射抜いた……らしい。
「……きみ、ヤクザを辞めたら野球選手になれよ」
「なに呑気なこと言ってるんですか。来ますよ!」
銃を失ったクロは、得物をトンファーに持ち換えている。
「うぅらっ!」
「くっ!」
トンファーと鉄パイプが火花を散らす。衝撃でバイクがぐらりと揺れた。
「邪魔をするな、女!貴様に用はない!」
「なら失せなさい!でないと、あなたもパイプの錆になりますよ!」
「黙れ!ならお前も殺すまでだ!」
ガガガガ!後ろでものすごい応酬が繰り広げられているが、ハンドルからは手を離せない。
ウィローは手強いと感じたのか、クロはサッとトンファーを引いた。そして狙いを付けたのは、運転中で無防備な俺だ。
「うらあ!」
俺の脇腹目掛けてキックが飛んでくる。だがおとなしく喰らってやるほど、俺もお人好しじゃないぞ!
「ふっとべえぇぇ!」
俺は力任せにヤツの単車を蹴っ飛ばした。クロを乗せたまま、バイクがふわりと宙を舞う。クロは必死に舵を取ってドスンと着地したが、その時パン!と軽快な破裂音が響いた。
「なに!?くそぉっ」
クロの単車がグラグラ揺れる。どっちかのタイヤがパンクしたな。
「おのれええぇぇぇ……」
スピードを失ったクロは、俺たちの後方で少しずつ小さくなっていった。
「ふぅ……全く、面倒な相手です。今回も倒し損ねてしまいました」
「ああ……また現れそうな気がするよ」
「ただの予感であってほしいものです……あ!ユキ、見てください!」
ウィローの指先を追うと、そこには霧の合間から姿を見せるプレジョンの街並みがあった。
「着いたか……!」
「けど、どうしましょう?だいぶ減ったとはいえ、まだかなりの数が追って来てますよ!」
サイドミラーをチラリと覗くと、黒い点がポツポツと散っているのが見えた。
「そろそろ市街地に入るよな。連中も追いづらくなるはずだが……」
「けどそうすると、私たちも危ないです!キリーが今の状態で、まともに運転できると思えません!」
ただでさえ普段アレなのに!とウィローが叫ぶ。
確かにウィローの言う通りだ。今のキリーに、そんな高度なことが出来るとは思えない。だが、もう時間がないぞ。荒野は終わり、アスファルトで覆われた地面が始まりだしている。
「あ!」
「え?どうしたウィロー?」
「前!前方に川があります!」
川?見れば、目の前にポッカリと溝が空いている。よく見ると、それはコンクリで固められたドブ川だった。干上がった川は水量はないが、深い。
「ちょっと、落っこちないでくださいよ!」
「おいおいウィロー、いくら俺で……も……」
「ええ……心配なのはこちらではなく……」
俺はまっすぐドブ川に向かっていく、キリーたちの車をこわごわ見つめた。
「流石に道と溝の区別はついてるよな?」
「忘れましたか、ユキ。キリーの運転は走っているところが道、というスタイルです」
「……うおおぉ!キリー、待てえぇぇ!」
俺はアクセル全開でキリーたちを追った。
横付けすると、窓の中から必死に訴えるスーの姿が見えた。
「ああ、わかってる!キリー、おいキリー!」
俺は運転席に向かって大声をかけるが、当のキリーは聞こえていないようだった。一心不乱に前を見つめている。
「キリー!しっかりするんです!走るのは道だけにしないと!」
「あ、あ、あ!ウィロー、やばいぞ!」
ドブ川はもうすぐそこだ!
俺たちがあっと叫ぶ間も無く、キリーたちを乗せた車はドブ川へと飛び出した!
「ああ!……あ?」
ぶつかるかと思ったその瞬間、車は空中でグルンと体をひねり、溝の壁面を爆走した。
「ど……え?」
そのまま何事もなかったかのように川底に着水すると、水しぶきを上げて走り去っていく。
「……はっ。ユキ、ぼーっとしてる場合じゃありません!追いましょう!」
「え、あ、ああ!」
目の前の出来事に呆気にとられていた。運転が壊滅的に下手なキリーが、あんなアクロバットを披露するなんて……
俺が再びエンジンをふかすと、バイクのサイドミラーが突然ふっ飛ばされた。バキィン!
「ちっ、もう追っ手が追い付いたようですね!」
「くそっ」
バオォン!俺はアクセルを踏み込み、バイクを急発進させた。
「ユキ、私たちも降りましょう!」
「え?降りるって、このドブ川にか?」
「少なくとも、銃弾から身は隠せます!それに、キリーたちを追わないと!」
「わかった!しっかり捕まってろよ!」
ハンドルをひねると、ドブ川のほうへ車体を向ける。タイヤが縁石に乗り上げると、車体がガツン、と飛び上がった。
「うおぉぉぉお!」
バッシャーン!水をまき散らしながら着水する。両足で踏ん張り、何とか転倒は免れた。
「おし、これで連中も撒けたか?」
「……いいえ、やつら予想外に命知らずみたいです」
なに?
なんと俺たちを追って、マフィアの車まで川に飛び込んできた。何台かは壁に激突してひっくり返ったが、数台はフロントガラスにひびを入れながらも着地し、こちらを追ってくる。
「くそ、あいつらバカか!」
「一周回って怖いですよ。なんでそこまで私たちに固執するんでしょう?」
「まったくだ、今度じっくり話を聞かせてもらおう!飛ばすぞ!」
アクセルを全開にすると、猛スピードでバイクを走らせた。跳ね上げられた水が白いあぶくのわだちを残していく。
やがて、キリーたちの車のケツをとらえた。道の悪い川底の中を、信じられないスピードで走っている。どう考えても道路より運転がうまいぞ?
「キリー!聞こえてるか!」
俺が叫んでも、やはり返事はかえってこない。
すると、車の窓が下され、中からスーが顔を出した。
「ユキくん!」
「スー!無事か!キリーはどうなってる!」
「呼んでも返事がないの!けどアクセルからは離れないから、危なくて触れもしないんだ!」
「やはり、だいぶ意識が飛んでいるようですね……」
「くそ……スー、何とか止められないか……」
「唐獅子!ウィロー!」
その時、反対側の窓からステリアが叫んだ。
「前方!障害物!」
「な……んだ、ありゃ」
俺たちの行く手、数百メートルほど先に、巨大な鉄格子のような門がそびえ立っている。
「あれは……おそらく下水処理施設の入り口です!立ち入れないように、普段は施錠されているんです!」
「それにしても厳重すぎないか!?監獄じゃないんだぞ!」
びっしりと立ち並ぶ鉄柱たちは、見るからに頑丈そうだ。あんなのにぶつかったら、一たまりもないぞ!
だがキリーは止まるそぶりを見せない。それに今止まったら、後から追いかけてくるマフィアどもにハチの巣にされてしまう。
「ユキ!こうなったら一か八かです!」
「え?どうするつもりだ!」
「私があなたをぶっ飛ばします!」
「は?」
「ユキが砲弾になって、あの門をぶっ壊してください!」
「何!」
違う場所なら冗談で笑えたかもしれないが、今は時が時だ。ウィローの声はいたってまじめだった。
「……考えてる暇もなさそうだ。ウィロー、乗ったぜ。風穴、開けてやる!」
「信じてますよ、ユキ!アクセルは緩めませんから!」
そう言うと、ウィローは後ろの席にまたがり、もぞりと体を寄せた。
「ユキ、座席に立てますか。ハンドルは私が握ります」
「ああ。けど、どうやって俺を飛ばす?」
「私がパイプでユキを打ち出します。あなたはタイミングよくジャンプしてください」
「……結構難しいな、それ」
「なるべくユキのペースに合わせますよ。それとも、練習が必要ですか?」
「……その練習が本番なんだろ。いいさ、やろう!」
俺は慎重にハンドルを離すと、そろそろ座席の上に立った。俺の足越しにウィローがハンドルを握る。
「いいですか!さん、にい、いち!で飛んでください!」
「わかった!」
「そんなに力む必要はありません。ポンっと、軽く横に飛んでください。後は私が後押しします!」
「ようし。やろう!」
「はい!」
俺はふっ、と息を吐いた。今や鉄の門は目の前に迫っている。道を切り開かなくては、俺たちはここで全滅だ。
「させてたまるか、そんなこと……!」
「ユキ!カウント、行きますよ!さん……」
ギリ、と奥歯を噛む。
「に……」
だが、強張ってはいけない。ウィローに身を任せるんだ。
「いち!」
とんっ。座席を蹴ると同時に、ぐっと膝を折る。次の瞬間、靴の裏に硬い物が当たった。と同時に、体がぐんっと加速する。
「せりゃあああぁぁぁぁ!」
ウィローの雄叫びが終わる瞬間、俺も足をぐっと伸ばした。
ドンッ!
俺は猛烈な勢いで飛び出した。宙を飛びながら、唐獅子のオーラを纏う。俺は真っ赤に燃えるロケットのように、一直線で門へと突っ込んでいく!
「開けええええぇぇぇぇぇぇ!」
拳を格子にぶち当てた!
バコーン!ガラガラガラ!
凄まじい音と共に、俺は川底に突っ込んだ。勢いでゴロゴロ転がってから振り返ると、鉄格子のど真ん中にぽっかり穴が空いていた。その穴からウィローが飛び込んでくる。
「ユキ!」
ウィローが手を差し伸べる。その手をなんとか掴むと、ぐいと車上に引き上げられた。
「ウィロー!どうだ!?」
「格子の継ぎ目から吹き飛んだようです!車が通れるかはギリギリかと……!」
くっ……俺が開けた穴は、縦長に格子の一区画を吹き飛ばしていた。横幅は思ったより狭いぞ。うちの車が通り抜けられるかどうか……
「やっぱりキリーたちを止めよう!危険すぎだ!」
「ですがもう時間が……くそっ!キリーが正気に戻ってくれればいいのですが!」
ギャルン!ウィローはバイクをUターンさせると、俺が空けた穴の方へと走らせた。
だが、キリーたちの車も猛スピードで突っ込んでくる。
「キリー!止まれえぇぇっ!」
「この際力づくでも……!」
ウィローが鉄パイプをぐぐっと引く。な、投げる気か?
だがその時、キリーたちの車は突然ふらりと揺れて、壁面に激突した。
「ああ!」
俺たち二人の叫びがこだまする。
だが、違った。壁にぶつかったんじゃなくて、タイヤを壁面に乗り上げたんだ。片輪を壁に、もう片方を川底に押し付け、車は斜めになって走る。その体勢のまま、ふわりと壁を離れた。
「か……」
「片輪走行……」
車は斜めになったまま、するりと格子の穴をすり抜けた。
「……キリーって、もしかして普段は運転へたなフリをしてるんじゃないか」
「そんなばかな……」
俺たちが呆気に取られていると、後を追ってきたマフィアたちも門の目前まで迫ってきていた。やつらもスピードを緩める気はさらさらないらしい。
「本当に命知らずですね。通れるかもわからないでしょうに」
「ここにいてもいいことはなさそうだな。出してくれウィロー!キリーたちに続こう!」
「はい!」
ブロォン!エンジンが唸りをあげ、俺たちは再び走り出した。ちらりと振り返ると、マフィアの車が格子に突っ込むところが見えた。あれ、でも明らかに幅が足りてないぞ。あれじゃ……
ドガシャーン!
壮絶な轟音を響かせ、車が鉄の柱に激突した。そのあとに続いていた車はブレーキを踏んだが、もう遅い。
ドン!ドガン!
続けざまに二台、三台と突っ込む。
「ヤバそうだな。ウィロー!気を付け……」
俺が言い終えようとした、その時だ。
ドガガァァァァン!
「うおっ!」
「きゃあぁ!」
爆音と共に、とんでもない熱風が首筋を焼いた。後方を見れば、格子の前に真っ赤に燃える火の玉があった。マフィアの車が爆発したんだ。
「……馬鹿な連中ですね。こんな所が死に場所だなんて」
「……ああ」
俺たちは燃え盛る火の塊を一瞥すると、再びバイクを走らせた。
つづく
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